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2009/9/30 


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バチカンに考える
第4回 動物にも「人権」をとの西欧新思潮
 ― 脱キリスト教文明の台頭の中で ―


駐バチカン大使  上野 景文

近年、西欧を中心に、人権派の最前線では、動物にも「人権」というか、「動物権」を認めるべしとの声が大きくなって来ている。この傾向は、西欧を中心に進みつつある文明的転換が背景にある根の深い動きであり、それ故、注目を要する話なので、取り上げることとした。先ずは、西欧や北米で出てきている最近の事例を、報道をベースに見てみよう。

≪西欧≫
○ベルギーのフランドル地方にあるゲラードベルゲン村では、毎年春の祭典において、カトリックの司祭を始めとする村民が(ケルトの伝統である)ドルイド僧の装束に身をまとい、赤ワイン漬けの生きた小魚を、福岡の白魚同様、一気に飲み干すことで春の到来を祝っている。近年、「動物権」活動家がこの行事は残酷かつ時代錯誤的で、動物保護法に違反するとして、その取りやめを求めて提訴。これに対し、伝統派は、中世より続けられてきているこの儀式は自分達のアイデンティティーそのものだと反駁し、止める謂れはないとする。裁判では、初級審が取りやめを命じた(00年)のに対し、控訴審は伝統継続を許した(02年)が、最終決着はついていない。
○動物実験を実施している医薬品研究企業を「脅迫」したかどで、英国の「動物権」活動家7人が有罪判決を受けた(09年1月)。
○EUは、化粧品及びその原料の研究開発のために動物実験することを規制するEU指令(化粧品指令)を施行(09年3月)。
○EU農相理事会は、家畜の屠殺は、動物に無用の苦痛を与えない「安楽死」をさせることを義務づける新指針を承認。2013年から実施の運び(09年6月)。
○ 欧州委員会のオンブズマンは、オーストリアのサーカス関係者よりの訴えに基づき、サーカスでの野生動物使用を禁じた同国の規制策に行き過ぎがないか再チェックすることを欧州委の求めた(09年6月)。
○EU外相理事会は、カナダにおける棍棒を使ったあざらし猟は「非人道的」との理由から、同国からのあざらし製品(毛皮、油脂)の輸入規制を決定。これに対し、カナダが報復措置を講じ、外交問題に発展(09年7月)。
○イタリアでは、犬、猫などのペットや競走馬の「処遇」に関する包括的規則制定プロセスが進行中。
○スペインでは、類人猿に「基礎的権利」を付与することが検討されている。

≪米国≫
○カリフォルニア州議会は、子牛、妊娠豚、産卵雌鶏などを身動きできない狭隘な畜舎・鶏舎に閉じこめることを、「非人道的」ということで禁止する「動物権擁護法」を可決(08年11月)。なお、フロリダ、アリゾナ、コロラド、オレゴン州には既に同様の州法がある。
○米人道協会は、他州もカリフォルニア州に追随すべしということで、キャンペーンを推進中。
○バーガーキングはじめとするファーストフードのレストラン・チェーンは、「動物権」擁護グループの主張に気を配るようになって来ている。
○米国では、多くの大学のロースクールが、「動物権」講座を開設。

2.背景を探る

これらの動きをどう整理・理解したら良いのか。これらの動きの底流にあるものは何か。背後にある哲学は何か。2人のプリンストン大学の学者の話が参考になる。

まずシンガー教授。生命倫理専門で、豪州生まれの教授は、「動物の解放」(1975年)なる著作で、「人類の自分達に対する『道徳的義務』は、人類に対してだけでなく、他の動物に対しても向けられるべし。」と主張。教授は「動物権」の言い出しっぺ(平たく言えば、動物にも「人権」を付与するべしとの考え)であり、「動物権」運動の教祖のような人だ。教授は言う、「一人の人間を生かしておくために1万頭もの豚を殺さねばならないといった考えほど、自分を苦しめるものはない。」と。それから30余年を経た今日では、特定種(の動物)が他種の動物の福祉の面倒をみるという、道徳的に見てユニークな状況が現出しつつある。今日の米国・西欧では、「動物権」運動は社会の「主流」の座を占めつつあるとNYタイムス紙は断ずる(09年4月)。

もう一人、分子生物学専門のシルバー教授による、宗教的・文明的視座からの解説も有益だ。曰く、いわゆる「脱キリスト教文明」の段階に入った西欧では、人々はキリストに代わる「新たな神」(というか価値観)を見出だし、それへの信仰を深めつつあると。中でも、「母なる自然(Mother Nature)」信仰は強力だ(教授は言及していないが、「科学」、「人権」、「表現自由」信仰も有力だ)。キリストを神として崇めることはなくなったものの、かれらの多くは、「母なる自然」の背後に、自然全体を統括的に企画創造した「神意」を感じており、この超越的な神意に逆らい、自然を冒すことがあってはならないとする。「動物権」思想の興隆など、この西欧の新文明(=「自然信仰」)という背景抜きにはあり得ないことだし、動物の話から逸れるが、西欧で、遺伝子操作されたコーンの作付けや、コーンの(米国からの)輸入への抵抗感が強いのも、背景は同じだ。これに対し、「科学信仰」の強い米国では、遺伝子操作されたコーンを開発の上、世界中に売りさばく(米国でも、カリフォルニア州や東海岸部では「自然信仰」派が有力だが、国全体では「科学信仰」派の方が強いようで、遺伝子操作を止めさせるだけの力はない)。だから、米EU間では摩擦が絶えない。

余談ながら、シルバー教授は、著書「自然への挑戦」の中で、一神教的伝統のない中国、韓国、シンガポールなど東アジア(教授はなぜか日本には言及せず)では、「全ての自然を統べる神意」のごとき観念がないことから、そのような神意への畏敬心に欠け、よって、自然に手をつけることへの抵抗感が稀薄と断じている。中韓両国についてはそうかも知れないが、日本の事情はそうではなかろう。こと日本人に関しては、神道的メンタリティーもあり、概して自然への畏敬心が強い。遺伝子操作した食材を口にすることに抵抗感のある人が多い筈だ。以上の点、すなわち、日本人の宗教観については、昨年3月28日付オセルバトーレ・ロマーノ紙(バチカン直営紙)が、私のブリーフィングを踏まえ、特集記事を掲載したので、関心ある方はお読み願いたい。

3.西欧における「相対主義」の浸透とカトリック教会の反発

シルバー教授のいう「脱キリスト教文明」派は、人権問題に関しても積極的活動が目立つ。すなわち西欧(特に北部)では、多様な人権グループが、細切れ的に、自分達の関心事項(母親の人権、子供の人権、肥満者の人権、動物の人権・・・)の認知を求めており、誰が言い出したものであれ、新しい項目が提示されると、機械的に認知リストに入れる傾向が強いため、全体として人権の項目が際限なく膨れ上がりつつある。これに対しバチカン、カトリック教会は、かれらのイニシアチブを、人の尊厳・人間性といった確固とした基準・基本に立ち返ることない無原則的営為として糾弾する。因みに、かれらを批判するに際し、バチカンは「相対主義」として非難することが多い。

特に「相対主義者」の主張の中には、(中絶に関する)母親の選択権の擁護とか、同性婚の合法化や(かれらの)養子を迎える権利の擁護のように、バチカンが、人倫にもとり、自然法に反する(人間性、夫婦、家族といった基本中の基本に基づかない)として退けているものが多い。バチカンとかれらとうまが合う筈がない。

バチカン関係者は、近代合理主義・啓蒙主義の延長線上にある「相対主義」は、「越えてはならぬ一線」を越えてしまったと言って嘆くことしきり。その意味から、「相対主義者」とバチカン・カトリック教会の対立は、「キリスト教の根本を棄ててしまった」西欧の新文明とキリスト教の根本に忠実な伝統的西欧文明という、二つの文明の間の対立であり、数百年前に種の蒔かれた根の深い話なのだ。

参考まで、「相対主義」の具体的事例をノルウェーに見てみよう。同国では、本年6月に同性婚者が人口受精でもうけた子供を養子にする権利を法制化した。この「子供を調達」する権利の是非を、生物学的な親子という自然法的原点に立ち返って議論することなく、ただ機械的に認めてしまうノルウェー議会のやり方には違和感を持つと、オスロ大学のマトレイ教授がバチカンのセミナーで嘆いていた。女史はそのような機会主義的やり方は「相対主義」そのものとも言っていた。因みに、同国の「相対主義者」の次のアジェンダは「安楽死」権の法制化だそうだ。

考えてみれば、「動物権」思想は、バチカンに覚えの良くない「相対主義者」が推進している諸権利の一つなので、バチカンには違和感がある筈だ。「動物権」のような権利を機械的、無原則的に設定するやり方は「相対主義」そのものと、バチカンには映っている筈だ。もっとも、何故かかれらは公式の論評は控えているが。平たく言えば、バチカンは「動物を大切にするべし」とは言うだろうが、「動物にも人間並み権利を」との考えには同調するまい。

4.まとめ ---- 2つの懸念

以上見てきたように、英国における薬品研究所と「動物権」運動家との摩擦や、コーンをめぐる米・EUの対立、更には、捕鯨をめぐる日・欧米豪間の摩擦などは、何れも同根の問題で、西欧を中心とする「脱キリスト教文明」の台頭、わけても、「母なる自然」信仰派の台頭抜きには語れない。文明摩擦と言うべきものだ。関連して2点だけ述べておきたい。

一つは、「動物権」派は得てして非妥協的だという点。かれらの多くは、自分達の「信仰」こそが正義だと、その信条を神聖視・絶対視しており、妥協を好まないことから、しばしば摩擦を生む。まあ、一神教的メンタリティーとは、そんなものなのだろう。イデオロギー色が強いことが特徴なのだ。

もう一点は、「動物権」擁護派の主張が、上述のEU化粧品指令に例を見るように、EUで着実に政策になりつつある点。放っておくと、かれらの基準が世界標準になる恐れがある。然も、米国もEUと似た政策を打ち出しつつあり、我が方が孤立する可能性すらある。経済的利害に直結する話だけに、文明論的コメントだけで済ます訳は行かない時到来と見る。



◆執筆者プロフィール
上野 景文 (Ueno Kagefumi) 
 駐バチカン特命全権大使
1948年生まれ。1970年東京大学教養学部を卒業し、外務省へ。英ケンブリッジ大学修士課程修了(経済学)。スペイン公使、メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、国際研修協力機構理事を経て、2006年より駐バチカン大使。文明思考家、アミニズム論考家としての顔を持つ異色の外交官。
著書に「現代日本文明論ー神を呑み込んだカミガミの物語」(第三企画)ほか。論文、エッセイ多数。

 

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