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ITALY NEWS
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2008/10/31 


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バチカンに考える
第1回 バチカンから見た欧州 


駐バチカン大使  上野 景文

1.「3つの相」を持つ欧州
バチカンにいると、欧州、アジアなど世界が「一望」できる。勿論キリスト教を軸にということだが。以下、当地から欧州がどう見えるか略述する。キリスト教文明が基盤をなす欧州であるが、地域により個性やばらつきがあり、多相的だ。個人的見聞や体験を踏まえて言えば、3つの異なる「相」をもった地域に分けると理解しやすい。
第1は、社会の「世俗化」、教会離れが大幅に進行した北欧州(北欧ではない!)[英、仏(北部)、ベネルックス、北欧など]。プロテスタンティズム、アングリカニズムが中心だ。その南には、「世俗化」の進行がまだ限定的で、教会がなお存在感を有している南欧州がある。カトリックが中心だ。他方、東方に目を転じれば、共産党政権崩壊に伴い、教会の「復権」が進行中の東欧州(東欧・旧ソ連圏)がある。ルーマニア正教、セルビア正教、ロシア正教といった正教が中心だ。
以上3地域の違いは結構根深い。早い話、それぞれの地域の文化、アイデンティティーを語るに際し、キリスト教なり教会なりが重みを持つ処と、そうでない処とがある。

(1)北欧州
先ず北欧州だが、荒っぽく言えば、合理主義思想、科学主義、人権思想などが、キリスト教を事実上押さえ込んでしまった地域で、そのアイデンティティーを語る時、キリスト教の影は薄い。むしろ、「母なる自然」を神聖視する「環境信仰」、表現の自由を神聖視する「表現の自由信仰」、「人権信仰」、「科学信仰」など、「ポスト・キリスト教文明」に特有の「神なき信仰」が、アイデンティティーの支柱となりつつある。
因みに、2年前デンマークの漫画家がイスラムを風刺する作品を発表し、これに対し、イスラム諸国が一斉に反発した事件をご記憶と思う。デンマークのジャーナリストの言い分は、自分達は「表現の自由」を守るために、(イスラム批判はしてはならないとの)タブーと闘っているというもので、「表現の自由」を絶対視・神聖視していることがよく分かった。つまり、「表現の自由」という神聖な価値を守るためであれば、マイナーな犠牲(イスラムの人々の心を傷つけること)は正当化される、という考えだ。この事件に関し、バチカンは、イスラムを含む宗教を冒涜するような言動を慎むよう訴え、批判した。また、今春日本の捕鯨船を南氷洋で「襲撃」した環境活動グループのことをご記憶かと想う。彼らもまた、鯨「殺戮」という「不正義」と闘う自分達の神聖な使命の前には、手段は正当化される旨TVニュースで平然と語っていた。
「表現の自由」や「環境」を神聖視・絶対視する意味で、「ポスト・キリスト教文明」の申し子といえる彼らであるが、「一神教的メンタリティー」だけは前世代からしっかり受け継いでいる。

(2)南欧州
対照的に、南欧州では、カトリックは依然として人々のアイデンティティーの一角を占めており、カトリック抜きに南欧州文化を語ることは困難だ。ただ、北欧州から「世俗化」の波、教会離れの波が南欧州に浸透して来ており、南欧州は、「南欧のスウェーデン」といわれるスペインを筆頭として、急速に変貌を遂げつつある。お膝元の変貌にローマ法王の悩みはいや増すばかりだ。                 
(3)東欧州
3つの地域の中でも、最もドラマチックなのは東欧州だろう。ベルリンの壁崩壊後、共産主義という「国家のアイデンティティー」を失った各国は、それに替わるアイデンティティーの核を(自国の)正教に求めるようになり、それに伴い、各国正教会の社会的ステータス・発言力が高まって来ている。この正教会の「復権プロセス」は、教会が元気を失いつつある西欧とは対照的で、今日なお続いている。因みに、正教会が「復権」したと強く感じさせる事態が近年起きた。ロシア革命で処刑されたロマノフ王朝のニコライ2世をロシア正教会が何と「聖人」に列してしまったのだ。この「列聖」により正教会「復権」は本物となった。

3.2つの「バトル」
欧州の実態をより立体的に把握するためには、これら地域間ないし地域内で繰り広げられている「バトル」にも目を向ける必要がある。以下代表的な2事例につき触れる。

(1)「相対主義」をめぐる「バトル」
第1は、世俗化の進む北欧州を源流とする「脱キリスト教化」の拡散の動きと、(これに歯止めをかけんとする)バチカンの間の「バトル」。
欧州では、「ポスト・キリスト教文明」に転じた北欧州を中心に、家族倫理とか生命倫理の問題(事実婚、同性婚、中絶、尊厳死、ES細胞実験など)につき、キリスト教の伝統的価値を真っ向から否定するような動きが強まっている。たとえば、フランスでは新生児の半数は、事実婚のカップルからの出生だ。同性婚もこの20年の間に北欧州の全域で(英、仏、独、ベネルックス、スカンジナビアなど)認められるようになった。更に、オランダ、ベルギー、ルクセンブルグでは、安楽死(尊厳死)すら合法化されている。この北からの新思潮は、スペイン、イタリア、ポルトガルといった法王のお膝元の南欧州にも浸透を強めており、法王の悩みは深まるばかりだ。バチカンは、一連の流れを、キリスト教の根本にもとる「相対主義」として声高に非難する。多い時は、バチカンは週に1〜2回、幹部スピーチなどを通じて相対主義批判のメッセージを発出している。にもかかわらず、2005年に同性婚の合法化に踏みきったスペインは、「相対主義化」の道を突き進んでいる。イタリアでも、中絶や尊厳死を巡り、TVがたえずディスカッション番組を流し、主要紙が大々的報道を行っている。この「相対主義」論争の焔は政治家・学者も巻き込み、燃え上がりつつある。因みに、中絶や同性婚を巡る論争は、世論の9割5分が「相対主義」を当然視しているスカンジナビアでは殆ど見られないという。この論争はとうに決着済みだから。その意味からは、論争が進行中のイタリアはまだ「まし」なのかも知れない。
この「相対主義」論争は、一神教的文化の土壌を欠く日本人には馴染みが薄い。筆者から見ても、何故彼らがかくまでこだわるのか、正直言って分からない。ただ同時に、この視点(欧州人のこだわり)に着目しないと、欧州を深く理解することが困難なことも確かだ。然も、欧州におけるこのイデオロギーのバトルは、宗教論争を超えるマグニチュードや意味を有するようだ。つまり、この「バトル」は、伝統的キリスト教をバックボーンとする既存の西洋文明と、(キリスト教のイデオロギーと訣別した)ポスト・キリスト教の文明という、2つの文明の間の「せめぎ合い」を意味しており、欧州の文明的変貌を反映するものと解せられる。

(2)カトリックと正教の間の「バトル」(注1,2)
第2は、カトリック教会と東方正教会との間の「バトル」。両教会はおよそ1千年前に相互に破門し合った間柄であるが、近年、千年間の「別離」を乗り越え、対話関係が築かれつつある。この6月末にはコンスタンチノープルの総主教がバチカンを訪問、逆に、2〜6月にはバチカン幹部がロシア、ウクライナ、アゼルバイジャン、白ロシアを訪問して、各国正教会幹部と会見するなど、数年前とは様変わりの交流が行われている。既にコンスタンチノープル、アテネ、ブカレスト、キプロスなどとバチカン(ローマ)との関係は事実上修復されている。
残された最大の課題は、モスクワ(の総主教)とローマ(法王)関係の修復だ。これまで不信感が支配的だったモスクワ・ローマ関係だが、そもそも、宗教哲学面や典礼面(ミサのあげ方)でさしたる違いはない。むしろ、「相対主義」の浸透を前に、これに反対する両教会は、小異を捨て大同につくべし、すなわち、「同志」として共同戦線を張るべしとの声や、欧州で伸張を示しつつあるイスラムに対抗するとの観点から(両教会は)連携するべきだとの声が、出てきている。両教会間の不信感が氷解の兆しを見せる中、遠くない将来ローマ法王とモスクワの総主教が直接会見する可能性が出て来ている。実現すれば、「欧州の宗教地図」が変わるだけでなく、西欧・ロシア関係全般にも何がしかのインパクトがありそうだ。
ただ、グルジア紛争発生後ロシアと米・西欧の関係の冷却化が進みつつある。今後の事態の展開によっては、政治・外交の影響を受けやすいロシア正教会が、「西洋の象徴」と言うべきバチカン(ローマ法王)との関係改善のペースをスローダウンする可能性があろう。

(注1)今日では、東欧を中心に、国ごとに、正教会が存在するが(ブルガリア正教会、ルーマニア正教会、セルビア正教会 ・・・・・)、正教会は、カトリック教会と「離別」した千年前には、一つだった。その後、ビザンチン帝国の崩壊(新国家の出現)に伴い、「正教会の多様化」が進んで、今日に至っている。 (注2)欧州には、更にもう一つ不確実な要素として、正教会間の「バトル」(たとえば、ロシア正教会とウクライナ正教会の間)があるが、紙面の制約から、省略する。

3.まとめ
以上概観したように、一口に欧州と言っても、教会の元気なところから勢いのないところまで、多様だ。然も、欧州では幾つもの「バトル」が進行中だ。中でも、バチカンと「相対主義者」の間のイデオロギー論争は見応えがある。更に、正教の動向からも目が離せない。今、欧州は中々に面白い



◆執筆者プロフィール
上野 景文 (Ueno Kagefumi) 
 駐バチカン特命全権大使
1948年生まれ。1970年東京大学教養学部を卒業し、外務省へ。英ケンブリッジ大学経済学部修士課程修了。スペイン公使、メルボルン総領事、駐グアテマラ大使、国際研修協力機構理事を経て、2006年より駐バチカン大使。文明思考家、アミニズム論考家としての顔を持つ異色の外交官。
著書に「現代日本文明論ー神を呑み込んだカミガミの物語」(第三企画)ほか。論文、エッセイ多数。

 

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