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ITALY NEWS
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2008/07/31 


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カトリック教と地域コミュニティ


新著『違和感のイタリア』−人文学的観察記 発行に寄せて

八木宏美


ミラノ在住、トリノ大学大学院で教鞭をとり活躍されている八木宏美さんが、9月1日付けで『違和感のイタリア』−人文学的観察記 を出版されます。(詳細は末尾を参照ください)
著者の八木宏美さんいわく「カトリックコミュニティ、教育問題、フィアットに場を借りての経営者や労働者の価値感、現在のイタリアにいろいろな後遺症が残るムッソリーニや戦争、マフィアなどを扱っています。30年間のイタリア観察記、イタリアに刺激されて考えたことの総括でしょうか」。
ズームアップでは本書のエッセンスの一部を7月号、9月号の2回にわたって著者の八木さんに紹介していただきます。

JIBO編集部 大島悦子

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いつの間にかイタリア滞在も30年である。思えばこの30年は、イタリア到着以来突きつけられてきた違和感の納得のいく説明探しの日々だった。研究活動や教育活動をしながら、日本とイタリアを交互に眺めるうちに、"イタリアの今"を説明する鍵は、明治維新とほぼ同時に起きたイタリア統一の経緯や、第二次大戦の後遺症、冷戦時代に多くがあるように思った。しかもイタリアは、日本と似た歴史的局面で日本とはまったくちがう選択を数多くしてきた国であり、比較には興味の尽きない素材である。そして少子高齢化、格差社会、多くの問題を同様に抱えるイタリアで"こんな解決法って本当にあり?"と言いたくなることの連続を目の当たりにすると、なぜか袋小路を抜けられそうな気がするから不思議である。そこで"隣の芝生"の実態や"他山の石"、"先人の知恵"を取り混ぜてまとめてみたくなった。本書は、"人間の営み"をあらゆる角度から眺める人文学、ミラノ大学で叩き込まれたイタリア式人文学の実践記録でもある。以下では、取り上げたテーマの一つ、イタリア社会の基盤をなすカトリックコミュニティについてご紹介したいと思う。

「カトリック教はイタリア文化の基盤であり、イタリアの伝統やイタリア人の価値観に大きな影響を与えてきた」というのはよく耳にする話であるが、実際のカトリック教については一般にあまり知られていないのが実情ではないだろうか。
マックス・ヴェーバーを介して資本主義の基盤ともなった"富"を神に祝福された"人徳"と位置づけるプロテスタント思想とはまったく異なり、"富"を"罪悪"と位置づけるカトリック教の国々は、不合理な人間性を引きずり、経済部門でもまったく異なった発展のパターンを見せてきた。けれども現在世界中で大問題となっている地球環境問題や、貧富の凄まじい地域格差は、人間万能主義、効率主義、数の経済、つまりは"アメリカ的な資本主義"に代表される現代主流の価値観のバランス感覚の欠如のつけが回ってきた状況だとは言えないだろうか。こうした現代社会の行きづまり感、問題山積にまったく方向の異なった対処法を示してくれているのが、イタリアのカトリック教、地域コミュニティである。

ヒトゲノムが解読されるような現代社会において、ほとんど前近代的にさえ見えるカトリック教は信者数世界一を誇る世界最大の宗教団体である。どのような部門においても"世界一"にはそれなりの理由があるはずである。観察してみると確かにそれだけのことはあった。イタリアのカトリック教は日本人が普通にイメージする"宗教"や"信仰"などという観念的なものとはまったく違い、イタリア人のほぼ全員が誕生時から参加する地域コミュニティの"社会システム"なのである。

誕生から葬式に至るまでのすべてを地域住民全体で互助的に生きるこのシステムは、具体的には婚前心得教室、出産心得教室、子育て教室、青少年モラル教育、共働き支援学童保育、老人クラブ、高齢者互助サービス、末期患者ターミナルケア、里子制度、ボランティア活動、少年サッカーチーム、各種スポーツクラブ、読書クラブ、コーラス同好会、海外旅行も含む団体旅行、各種レクリエーション、コンサート、講演会、サマーキャンプ、各種の祭りや仮装行列、お食事会など実に多義多彩な社会活動の大部分を提供し、それぞれの住民がまったくの自然体で、必要に応じ、可能な時に可能な範囲で参加協力し、すべてを無料、ボランティアもしくは実費負担、有志カンパでまかないつつ実際に機能している実にすばらしい社会システムなのである。

ここでは、スウェーデンなど北欧諸国の高税金、高福祉、全市民平等扱い型とはまったく発想の違う社会問題対処システムがみごとに実現されている。数年ごとに異動のある市役所の社会福祉課の職員とはちがい、イタリアの地域コミュニティにおける神父は、宗教的モラルを信条に、地域住民の実質的・精神的生活クオリティ向上のために専任で働く専門職であり、住民生活の総合コーディネーターなのである。金持ちにはなれなくとも、住居や一生の生活を保障される神父職は実にやりがいのある仕事であり、脱サラ組のなり手なども結構いるのである。

ここで注目すべきは、ただの地域コミュニティではこうはうまく機能しない点である。宗教的モラルは、どの局面でも各自にエゴの反省をうながす効果を生み、全ての調停を可能にしている。神という絶対的存在と高度なモラル、他人への思いやりを"努力目標"として軸に持つことが、まさに全システムを機能させる決定的条件となっている。

同じ少子高齢大国、格差社会でありながら、イタリアでは孤独死、育児ノイローゼ、社会からの疎外感、高齢者の困窮などは、社会問題としてほとんどマスコミの話題に上らない。10万人あたりの自殺者率が日本の5分の一ほどで推移していることも、その具体的な効果の現われだと言えるだろう。ちなみに北欧3国の自殺者率はイタリアの倍である。一朝一夕に実現できるシステムではない。イタリアが2000年の歳月をかけて育んできた世界に誇るシステムである。

幼少時からモラルを教え込まれたにしては、イタリア人の行動にはモラルの片鱗があまり見られないではないか、という疑問は前提が間違っているのである。カトリック教は人間を"ノアの箱舟"時代からずっと性懲りもなく過ちを繰り返す、進歩のない浅はかなものだと考えているのである。だからこそ効率重視、経済性重視とは全く異なった、互助的に支えあうコミュニティをつくり弱者を決して見殺しにせず、長所も短所もそっくりそのまま受け入れて、毎日反省を促しながら可能な者が可能なことをして生きるファジーな社会システムを築き上げたのである。

世界一の宗教、カトリック教は、現代社会に相対的に不足しがちな謙虚さをうながし、ぬくもりある問題解決法が実際に実現可能であることを示す人類が共有すべき貴重な歴史遺産、知恵袋でもある。イタリアの最も貴重な世界遺産はもしかするとこのカトリックコミュニティかもしれない。本書では、イタリア理解には絶対に欠かせないこのカトリック教についても、現代社会におけるその素顔や存在意義を分かりやすく解説している。



新著紹介 9月1日発売
八木宏美著『違和感のイタリア』
              −人文学的観察記 新曜社 2700円

人間みな不平等!
非合理・非効率性にこそ創造性の芽は育つ


イタリア滞在30年。日本人としての"当たり前”をことごとくひっくり返された著者が、社会生活をつぶさに体験し、その近現代史をたどる中で見えてきた、"違和感”のあり方と本音のイタリア。

もくじ
序章 イタリアとの出会い

第1章 教育を受けない自由
第2章 人文学とは何か
第3章 カトリック教と地域コミュニティ

第4章 封建領主をめざしたブルジョワたち
第5章 愛国心とフィアットで育ったイタリア市民
第6章 イタリア最後の王ジャンニ・アニェッリ

第7章 ムッソリーニとファシズム
第8章 戦争とレジスタンスの後遺症
第9章 マフィアと談合


◆執筆者プロフィール
八木宏美

1979年ロータリー財団奨学生として渡イ。ベルディ音楽院、ミラノ大学人文学部に学ぶ。1989年インプット・イタリア・ジャパン社設立。翻訳、日本の官公庁委託調査などに携わる傍ら1991年よりJetro&ボッコーニ大学共催ビジネス日本語講座およびボッコーニ大学にて教鞭を取り、1997年にビジネス日本語テキスト『Comunicare Giapponese』を出版。
1999年よりトリノ大学外国語学部契約教授。2007年より同学部大学院で契約教授として日本語教育全般を預かっている。

 

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