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ITALY NEWS
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2007/10/31 


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イタリア政府2008年予算案の閣議決定


在イタリア日本国大使館 二等書記官 松本 千城

■国民の7割が支持
9月末、イタリア政府は08年予算案(及び07年補正予算案)を閣議決定した。
同予算案に対する国民からの評価は極めて高い。"La Repubblica"紙の調査によれば、69%もの国民が予算案を支持すると答えたとのことだ。最近のプローディ政権そのものに対する支持率が30%程度に過ぎないことと比べれば、予算案は国民に大歓迎されていると言っても過言ではない。
この理由は、予算案の中身を見れば明らかだ。

低所得層への一時金支給、住宅に係る固定資産税(ICI)の減税、家賃減税、納税手続きの簡素化、法人税率の引き下げ、地下鉄の整備など、家計や企業が待ち望んでいた施策が多数盛り込まれているのだ。
低所得層に対する一時金について詳しく見てみると、これは、所得が一定の水準未満の家計に対し1人当たり150ユーロを今年末に支給するというもので、例えば、扶養家族が3人いる家計であれば、年末に600ユーロ(150ユーロ×4)もの金額を受領することができる。新聞の解説によれば1250万もの人々が一時金支給の対象になるとのことであり、これはイタリア人の約5人に1人が受給者となることを意味している。
政府による予算案の説明を聞いていても、今回の予算案の基本コンセプトとして、"distribuzione(分配)"や"restituzione(還元)"といった単語が用いられており、今般の予算の性格を物語っている。
一年遡って昨年の07年予算では、補助金カットや脱税対策、社会保険料の引き上げといった「痛み」を伴う施策が盛りだくさんであり、「血と涙の予算(finanziaria "lacrime e sangue")」などと形容され国民的に大いに不評であったが、今回はまさに様変わりである。

■専門家からは厳しい批判
このようにイタリア国民からは概ね歓迎されている予算案であるが、一方で、専門家の間ではむしろ批判的な厳しい見解の方が際立っている。
例えば、今回の予算案に対し、欧州委員会は「野心が足りない」などと批判し、「追加的措置」の必要性にまで言及している。また、イタリア中央銀行からは「改革を先送りしている」、更にIMFやイタリア国債の格付機関からは「イタリア政府には失望した」とまで言われる始末である。
国民的人気と専門家からの厳しい批判。この対立は一見不思議であるが、どうやら、現在イタリア政府が置かれている財政状況という要素をどの程度重視するかという点が、評価の分かれ目となっているようだ。

現在、イタリアの政府債務残高は、金額にして約1兆6,000億ユーロであり、これは欧州最大、世界全体では3番目の規模である。イタリアの経済規模が世界第7位であることを踏まえれば、身の丈以上の債務を背負っているということになる。
こうした巨額の債務故に、イタリア政府は、毎年約700億ユーロ、人口1人当たりにして約1,200ユーロの利払い負担を強いられており、これが、イタリアの政策経費を圧迫し、また高い租税負担を招いている。そしてこの負担は、累積債務が解消しない限り後世・次世代へと引き継がれていく。
こうした状況の中、本来、2007年は財政健全化の絶好のチャンスとなるはずであった。というのは、景気の好循環やプローディ政権が昨年来実施してきた脱税対策の効果により、税収が政府の予想を上るペースで増大したからだ。仮にイタリア政府が、こうした予想外の税収増加を全て財政赤字の縮減に充てていれば、財政赤字対GDP比は、2006年の4.4%から一気に1.5%まで低下するはずであったが、税収増加の多くは、先述した一時金の支給等に費消されてしまった。

また、2008年についても、固定資産税の減税等を実施することとしているため、仮に予算案で何の施策も講じなかった場合と比べ、財政状況は悪化すると見込まれている。
つまり、2007年から2008年にかけて、イタリア政府は財政状況を大きく改善させる思わぬチャンスに遭遇したにもかかわらず、予算案において"distribuzione(分配)"や"restituzione(還元)"といったキャッチフレーズの下、減税や一時金支給等を優先したため、そのチャンスを十分に生かせなかったことになる。これが、今回の予算案が専門家筋の批判に晒されている最大の理由である。

■プローディ首相の反論
「何をすべきか言うのは簡単だ。」
「エコノミストたちは、政治や統治というものの特性を忘れている。」
予算案への批判に対するプローディ首相の反論である。
先述したような財政健全化ペースの緩みに対する批判について、経済学者出身であるプローディ首相が予期できていなかったはずはない。それでもなお、予算案は、まさに「政治や統治」上の理由から、今回のように編成する以外、選択肢はなかったのだろう。
急進左派から中道まで9つの政党を抱える連立政権の維持・運営に当たり、プローディ首相にとって各党の要求へのバランスの取れた配慮は不可欠である。上院での与野党間の議席差が僅差という状況の中では、9党のうち1党だけでも離脱すれば、政権は一夜にして崩壊しうるのである。プローディ首相にとって、こうした政治的観点を抜きにして予算を論じるということは、さぞかし現実を知らないエコノミストたちの空論と映ろう。
実際、予算案には、急進左派政党が要求していた低所得層支援策も中道政党が主張していた住宅減税も双方バランスよく盛り込まれており、政治的な作品としてみると、中々上出来と言えないこともない。

■評価の分岐点
予算が最終的に成立するためには年内に上下両院の承認を受けねばならず、未だ予断を許さない状況にあるが、仮に無事国会を通過すれば、本予算案は、国民に対しては一時金や減税といった恩恵を、プローディ政権に対しては連立政権の当面の存続を与えるものとなる。
これら短期的・具体的な恩恵と、逃された財政健全化の機会という中長期的・抽象的な犠牲。このどちらに重きを置くか、それが本予算案に対する評価の分岐点である。

(注)本文は、執筆時点(2007年10月中旬)で利用可能な情報をベースに書かれたものである。また、本文の内容については、すべて執筆者の個人的見解であり、所属組織の公式見解を示すものではない。



◆執筆者プロフィール
松本千城(まつもと・ちしろ)

1975年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、1998年に大蔵省(現・財務省)に入省。2000年から2002年にかけて英国ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスおよびストラスクライド大学で、経済学修士号(MSc in Economics)および金融修士号(MSc in Finance)を取得。財務省大臣官房総合政策課、主計局調査課などでの勤務を経て、現在、在イタリア日本国大使館勤務。

■新著のご紹介
『イタリア病の教訓』
著者 松本千城  発行 洋泉社 定価 本体 780円 + 税
新書 208ページ 2007年7月発行

内容説明
イタリア病は対岸の火事などではない!
主要先進国のなかで国債に最高格付けがついていないのはイタリアと日本だけということをご存じだろうか?しかも、日本の格付けはイタリアよりも低い。それは金融市場からイタリアよりも「危ない」と見られているからだ!「停滞の10年」を経験し、若者の雇用が不安定化した両国は、慢性的な財政赤字、上がらない労働生産性、打破できない既得権益などの問題を抱えたうえに、先進国のなかでは最も早く人口減少社会に突入する!日本はもうイタリアを「落ちこぼれ」扱いすることはできない!
                
目次
第1章 対岸の火事ではないイタリアの「停滞の10年」
「美しい国」の苦悩/取り残されるイタリア ほか
第2章 イタリアの「停滞の10年」はなぜ生まれたか
先進国最下位の生産性上昇率/中国の台頭とIT革命 ほか
第3章 金融市場が不安視する財政
消えたユーロ参加に伴うボーナス/「からくり」への依存体質 ほか
第4章 「2006年体制」はイタリア病を治癒できるか
「停滞の10年」からの脱出をめざす「2006年体制」/ノーベル経済学者たちの処方箋 ほか
第5章 イタリア病に学べ
この世で生き残るのは変化に対応できる生き物/「人口オーナス」時代だからこそノーという技術が必要 ほか
 


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