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ITALY NEWS
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2007/7/31 


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ワイン成分による健康維持 バーリ大学と北里大学との共同研究
― 南イタリア・プーリアの地から新しい機能性食品の発信を


北里大学教授 熊沢義雄

■「フレンチパラドックス」 赤ワインの効力
「フレンチパラドックス」という言葉で知られているように、赤ワインの摂取が心臓疾患の発症を減少させると考えられている。昨年、科学誌「Nature」に興味ある報告がなされた。
一つは赤ワインのレスベラトロールという成分に関する研究であり、もう一つがオリゴメリック・プロシアニジン(OPC)という成分に関するものである。

レスベラトロールの研究は、マウスに高カロリー食を与えた群、高カロリー食にレスベラトロールを添加したものを与えた群、通常食を与えた群を比較したところ、高カロリー食を与えた群の死亡のパターンは早くなったが、高カロリー食にレスベラトロール

左から、バーリ県知事デヴェッラ氏、
熊沢教授、バーリ大学 エミリオ・イリッロ教授
を与えた群は通常食を与えた群と同じような生存率となった。インシュリン感受性が増加し、ミトコンドリアの数も増加して運動能力も高まるというものであった。OPCに関する論文は、フランス南西部のワインを摂取している人たちは長命であるということから、赤ワイン中のOPC濃度を測定すると、南西部のワインにOPCが最も多く含まれており、OPCは血管収縮分子であるエンドテリン-1産生を抑制することから血液循環が良くなる、という報告であった。

一方でワインに関する悲しいニュースが報道された。フランスの若者の赤ワインの消費が落ち込んでききたことから、プロバンス地方の赤ワインは生産過剰となり、一部を廃棄しており、バイオエタノールの生産と赤ワイン成分は化粧品の原料に使用するというものであった。ワイン産業の将来を考えると、ブドウ品種の選択、醸造法の改良によるワインの品質向上も重要であるが、一方で、ワイン製造で全体の20%を占める搾りかすの処理が問題となっている。搾りかすの一部はグラッパやマールの製造に使用されているが、多くは産業廃棄物となっている。地球温暖化を考えると何らかの形でブドウ搾りかすを有効利用することが望まれている。

■バーリ大学 イリッロ教授との出会い
エミリオ・イリッロ教授はバーリ大学医学部で免疫学教室を主宰されており、国立カステッラーナ・グロッテ・デ・ベッリス医療研究所の部長も兼任されている。エミリオを知ったのは、彼が1987年5月にバーリで細菌内毒素に関する国際会議を主催したときである。我々はドイツのフライブルグ市にあるマックスプランク免疫生物学研究所のクリス・ガラノス教授の研究室に、時期は異なるが留学していたこともあって、その後色々な学会で親しく付き合うようになった。

一昨年、エミリオから「イタリアのワイン、オリーブなどから機能性食品を創出」のために研究を一緒にしようという申し出があった。彼はイタリアで研究費を獲得するために「大学間の国際共同研究の協定書を結ぶ必要がある」ということから、バーリ大学と北里大学間で協定書を結ぶことになった。

昨年3月にバーリ大学を訪問し、学部学生と大学院生を対象にセミナーを行った。その後、残念ながら予算獲得は失敗となり、また協定書のスタイルについて両者にずれがあって、一時暗礁に乗り上げた状態になった。しかし、エミリオが赤ワインの成分のヒトの細胞を使って免疫薬理作用を、私のグループは搾りかすの有効利用、特にメタボリック症候群、アレルギー、関節リウマチに関する薬理作用について研究を進めた。日本産の甲州種、カベルネソウヴィニヨン種で研究を開始し、イタリアから送られたプーリア産のネグロアマーロ種、ネロデトリア種、ランブレスコ種、プチヴェルド種などの搾りかすも使用した。微粉化して乳酸菌発酵した、発酵ブドウ搾りかす(fermented grape marc, FGM)の有効性を動物実験で調べた。その結果、甲州種FGMに抗メタボリック症候群作用、抗アレルギー作用、抗リウマチ作用があることが分かり、本年年2月に特許申請した。

■プーリア特産 ネグロアマーロ種の搾りかすを使って
本年4月に再びバーリ大学を訪問し、学部学生と大学院生を対象にセミナーを行った。また、イリッロ教授と共にこのプロジェクトの進捗状況をバーリ大学長ペトロチェッリ教授とバーリ県知事デヴェッラ氏に報告した。両氏から「プーリア州のブドウ産業の発展に大きく貢献することを期待する」と激励された。
イタリアの新聞でこのことが報道された。エミリオと協議し、1)赤ワインの製造は搾りかすを果汁と一緒に発酵するので果皮・種子の有効成分の多くは赤ワインの方に移行しやすいことがある、2)プーリア特産のネグロアマーロ種にはレスベラトロールが多く含まれている、この2点を考慮して、未発酵のネグロアマーロ種の搾りかすを使って、より有効性のあるFGMを創製しようということになった。甲州FGMにレスベラトロールが殆ど含まれていないのに優れた薬理作用があるので、レスベラトロールを多く含むネグロアマーロ種を使えばもっと良いものが得られることが期待される。そこで、我々のグループは製造法の確立と動物実験を担当し、エミリオのグループは炎症性腸疾患の患者やメタボリック症候群の患者を対象に有効性を証明することになった。

■細菌内毒素の研究と生活習慣病
細菌内毒素の研究が、生活習慣病、アレルギー、関節リウマチの研究に何故結びつくか不思議に思われるかもしれない。細菌内毒素はグラム陰性細菌の外膜に存在するリポ多糖(LPS)であり、上述したドイツのフライブルクのガラノス教授の下でこの作用について研究した。

LPSが我々の体に入ると極めて微量で発熱し、局所に炎症が誘導される。これはLPSが細胞に作用し、サイトカインの一種である腫瘍壊死因子(TNF-α)やインターロイキン1βの産生を誘導するためである。これらは発熱や炎症を誘導する物質であり、種々の疾患の鍵となる重要な分子である。これらは局所で侵入した微生物の排除に重要な働きをするが、全身に作用すると重篤な炎症反応が誘導され死に至る場合もある。

関節で慢性的にTNF-αが作られるとリウマチの症状がでる。メタボリック症候群の2型糖尿病はインシュリンがあってもインシュリンが有効に働かないタイプの糖尿病である。通常インシュリンが細胞の受容体に作用するとグルコースの取り込みが起こるが、TNF-αはその作用を抑制する。これらのことからTNF-αの作用を制御すれば症状の改善が予想できる。LPSは最も強くTNF-α産生を誘導するのでこの作用を抑制できれば色々な炎症を抑制できるだろうという考えが基本となっている。ブドウの成分や乳酸菌に抗アレルギー作用のあることが分かっていたのでFGMの作用を調べると、より強い抗アレルギー作用があること、また、乳酸菌に無かった抗アレルギー作用のあることも分かった。

■肥満大国の世界へ新機能性食品発信を夢見て
FGMに関する研究は始まったばかりである。FGMの摂取が、炎症性腸疾患、花粉症でメタボリック症候群、リウマチの症状改善に福音となることも予想できる。アルコールに弱くて赤ワインを飲めない人でもFGMを摂取できるので、新たなパラドックスが作り出される可能性もある。しかし、人での有効性を証明する必要があるのはいうまでもない。有効性が証明できたら、プーリアの地からレスベラトロール、OPC、さらに乳酸菌の作用で生み出された成分を含む新しい機能性食品が、肥満大国の世界に発信できるという夢も現実のものとなりうるだろう。



◆執筆者プロフィール
熊沢義雄 Kumazawa Yoshio  北里大学教授。

8月で満65歳の免疫学者。来年3月定年退職だが、大学発ベンチャーを立ち上げる予定。本年3月にブルゴーニュの地で、シュバリエ・ド・タート・バン(ワイン騎士団)に叙任された。月に1回程ワイン会を開催しており、10種類のワインの組合せを考えることが楽しみである。下手なテニスは多忙なため暫らくご無沙汰。来春、再びプーリアの地を訪れて、研究だけでなく、オレキエッテ・エ・ラーペを始めとして食と文化を楽しみたい。


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