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ITALY NEWS
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2007/6/29 


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イタリア田園のバカンス"アグリツーリズモ"


竹川 佳須美

■人気のバカンス、アグリツーリズモ
イタリアではそろそろバカンスシーズンに突入します。今年の夏の人気デスティネーションはどの地域なのでしょうか?ちなみにイタリア20州のうち昨年の人気ベストテンは、第1位がトスカーナ州でした(イタリアの商業者団体Confesercenti 「イタリアの2006年夏バカンス動向調査」より)。二位以下はシチリア、サルデーニャ、プーリアと続きます。この三つの州はいずれも美しい海で名高いところですから、相変わらずイタリアの夏のバカンスの過ごし方では"海辺でのんびり"がダントツの地位を誇っているようです。
けれども2005年は三位だったトスカーナが一位となったことや、5位にエミリア・ロマーニャが、7位のリグーリアを挟んで8位にトレンティーノ・アルト・アディジェが入っていることからも、バカンスのもうひとつの人気滞在地が内陸の田園地帯、あるいは山間部にあることも確かなことです。その山間部や田園地帯に出かけた人たちの多くは、アグリツーリズモに滞在したと思われます。なぜならそれほど、近年のアグリツーリズモの人気には目覚しいものがあるからです。

■アグリツーリズモとは
アグリツーリズモは1960年代にイタリア北部の農家の主婦が、農閑期の副業として旅行者を泊めたのが始まりです。80年代には自然回帰志向などで人気となり、85年にはアグリツーリズモ法ができました。法律は、農業収入が全体の70%以上である等の条件を課すことにより、人気に便乗した他業種からの参入を防ぎ、税制優遇で農家を保護し、同時に提供する食材は地元のものだけを利用することなどの規制によって、利用者にとってのサービスの質の確保を図ったもののようです。
もちろん建物の修復・増改築には厳しい制約が設けられ、歴史的な建造物や自然環境・景観に充分配慮したものでなければ許可がおりません。これらの法規制によりアグリツーリズモの質が保たれ、レベルの高い施設が登場し、それが利用者に支持され、さらに人気を呼ぶ、という相乗作用が働いたためでしょうか、98年には7500軒と報告されているイタリアのアグリツーリズモの数は、2005年には1万3,500軒にまで増えたとも聞いております。

私が初めてアグリツーリズモに泊まったのは1998年、10月の終わりのことでした。当時、モンテプルチアーノというワインで有名な南トスカーナの丘の上の小さな街に、三週間ほど滞在していたのです。イタリア専門の旅行会社設立に向けての準備のためでした。かねてからアグリツーリズモが気になっていた私は、このときも情報を集めていたのですが、その中に、街のインフォメーションでもらった、カラー写真が添えられた200ページにも及ぶアグリツーリズモのパンフレットがありました。驚いたのは、各ページに2軒づつ紹介された、つまり全部で400軒近くにも登るアグリツーリズモが、すべて小さなシエナ県だけのものであったことです。
この時一泊だけ滞在したのはシエナ近郊の小規模なアグリツーリズモでしたが、実はここは10月から3月にかけては閉めてしまう、しかも滞在は一週間単位でしか受け付けていないところでした。好意から(あるいは好奇心から?)受け入れてはみたものの、本当にやってくるのか半信半疑だったのでしょう、夜も遅い時間にタクシーでやってきた客を前に、人のよさそうなオーナー婦人は、なかなかお見えにならないので心配していたと、安堵の表情を浮かべました。この頃はまだ訪れる日本人も少なく、アグリツーリズモに夜やってきて翌朝帰ってしまう客など、前代未聞だったのかもしれません。

アグリツーリズモには二つのタイプがあります。寝室とキッチンとバスルームが備わったアパート(レジデンス)タイプと、ホテルのように部屋だけを提供するものです。前者には暖炉のあるリビングが付いている豪華なものあり、後者はほとんど朝食をつきであることから、B&Bタイプと呼ばれています(両方のタイプを備えたアグリツーリズモもあります)。

このとき友人を交えた私たち5名が案内されたのは、母屋とは反対側の建物の二階の、3ベッドルームを備えたアパートタイプの一軒でした。部屋に入ると、セントラルヒーティングでアパートの全体が暖められ、アーチを描く窓が並ぶリビングはアンティークな家具で整えられ、晩秋の夜の冷気に冷え切った身体と、真っ暗な砂利道をタクシーに揺られて不安を感じていた気持ちが、一気にほっと緩んだのを覚えています。

■アグリツーリズモの魅力
アグリツーリズモの魅力とはまず第一に、田舎(田園地帯)の自然景観の魅力、つまりアグリツーリズモの周囲に広がる環境そのものの魅力です。サルデーニャやプーリアの海がため息がでるほど素晴らしいいように、トスカーナであれば優美なカーブを描く丘が、美術館に並ぶ額縁に切り取られた絵画さながらに広がっています。
たとえば前述のモンテプルチアーノがあるシエナ県には既に、サン・ジミニャーノ、シエナ、ピエンツァとユネスコの世界遺産が三箇所もあったのですが、その後2004年にはオルチャ渓谷が加わって4箇所とりました。このオルチャ渓谷こそ、丘の上に糸杉が並木を作り、オリーブやブドウの畑が広がる、いかにもトスカーナらしい景観を誇る地域なのです。
古代ローマやエトルリア時代にまで起源を遡る都市の魅力の他に、南トスカーナにはもうひとつの魅力がある、そのことはこの地にアグリツーリズモを開いた農家の人々も、そのアグリツーリズモを訪れた多くの人たちも、いや、絵画の背景にこの地の風景を描き込んだルネッサンスの画家も、ユネスコが認めてくれるまでもなく、ずっと前から知っていたことだったのです。

そして二番目には、その豊かな自然景観と一体となった、美しく整えられたアグリツーリズモの魅力があります。農園そのものも、古いものでは中世からの歴史を誇り、時の記憶をそこここに刻み付けていますし、またその歴史を大切に伝えるように修復されています。

私たちはシエナ近郊のアグリツーリズモを、ほんの偶然から選びました。選んだと言うより、パンフレットからリストアップしてかたっぱしから電話をかけたのに、ほとんどのところに断られてしまったので、選択の余地はなかったのですが。
けれども幸いなことに、この地方に特有の暖かみのある茶褐色の石で積み上げられた、古びた建物を持つこのアグリツーリズモは、たった三軒のアパートタイプを要するのみなのに、雰囲気といい、キッチンやバスルームなどの設備といい、レベルの高い一軒でした。

夕食はシエナのレストランで済ませていたのですが、私たちは持参したワインとチーズで遅くまでおしゃべりをして過ごしました。すぐに眠ってしまうのはあまりに惜しい気がしたからです。ぐっすりと眠った翌朝は、たっぷりのカフェラッテや新鮮な果物に卵料理などを添えた朝食を楽しんだあと、オーナーがゆっくりしていけばいいと言ってくれたのに甘え、付近を散歩して過ごしました。
晩秋の薄もやに包まれた庭には、たくさんの木々が生い茂り、紅葉したつたにおおわれた小屋やがあったり、ロバがのんびりと"散歩"していたりしました。他には滞在客の幼い姉と弟が、白い肌に金色の髪をなびかせて走り回っているばかりで、農園は静まり返っています。農園を出てしばらく歩いても、幹線道路に出るまで、時折似たような農園があるほか、辺りには何もありません。見渡せば斜面には、黄色に色づいたブドウ畑が広がる丘が、はるかに続いていました。

時を経た建物と庭、その農園と、農園を取り囲む丘や森や渓谷が作り上げる調和のすばらしさ…、それらをいながらにして体感できるのが、まさにアグリツーリズモなのだと私は知りました。このときのアグリツーリズモとの幸福な出会いが、その後多くのアグリツーリズモに実際に泊まり、信頼できるオーナーとのパイプも築いていく、最初のものでした。あの秋の日から9年、嬉しいことに、今では業務の大きな柱としてアグリツーリズモを位置づけるまでになっております。

■アグリツーリズモを楽しむために
アグリツーリズモは近年、日本でも頻繁に紹介されるようになりました。そのおかげもあって、興味を持ち、滞在を希望される方も増えているように思います。豊かな自然のなかでのんびりと過ごすバカンスは、ことに日本の忙しい都市生活者の方には、とても魅力的に映るのではないでしょうか。食事を提供してくれるアグリツーリズモでは、レストランとは一味違う郷土料理を堪能することも出来ますし、暖かな人柄のオーナーと食卓を囲むのも、もちろん周辺に点在する、世界遺産のみならず古い歴史を誇る小さな都市を訪問することも、楽しみのひとつです。
当初はアパートタイプが主流であったアグリツーリズモも、最近では一人旅やカップルでも気軽に利用できるB&Bタイプが増えてきました。B&Bタイプではほとんどが最低滞在日数も数日からとなっており、その意味でも私たちに利用しやすくなってきています。
けれども、どこの国でもほとんど変わらないサービスを受けられるホテルと違って、イタリアのアグリツーリズモを楽しむためには、通常の個人旅行にくらべて少しだけ、テクニックと心構えが必要です。

まずアグリツーリズモへのアクセスの問題があります。日本ではたいていの農村地帯(とくに観光地)には、バスなどの公共の交通機関を利用して出かけていく事が出来ますが、イタリアの農園はぽつんと一軒だけ人里はなれたところに建っているのがほとんどで、バス停だけでなく、食料品店やレストラン、バールなどもある最寄の集落までは数キロから数十キロ、などというところばかりなのです。アクセスだけでなく、食事に出かけるにも、食料を仕入れるにも、中世の街並みが自慢の近くの街に出かけるにしても、レンタカーを借りるのでなければ、ドライバーつきの専用車やタクシーを手配しなければなりません。

さらにアグリツーリズモ滞在を希望される方には、もうひとつだけ申し上げておきたい事があります。歴史と美の宝庫であるイタリアを訪れる旅ではまことに難しいことですが、なるべくゆったりとしたスケジュールを立てていただき、訪問箇所は削り、アグリツーリズモの宿泊数をその分増やしていただきたいのです。
私の最初のアグリツーリズモ体験はたった一泊でした。それがどれほどもったいないことであったか…。もし少なくとももう一泊、いやもう二泊できれば、古代からイタリアの人たちが憧れてきた田園に流れる甘美な時間を、もっともっとたっぷりと、味わうことができたに違いありません。
つまりアグリツーリズモは移動の途中の便利な立地にあるホテルでもなければ、お目当ての観光モニュメントを見て歩くのに都合の良い宿でもないということです。確かに旅のスケジュールの中でそのような利点は重要ですが、アグリツーリズモとは、まずそこに滞在する事が第一の目的となるような宿泊施設であり、またそのような場所で過ごすバカンスのことを言うのです。

冒頭で述べた「イタリアの2006年夏バカンス動向調査」によると、イタリア人に人気のバカンスの過ごし方で最も多いのが「休息」、つづいて、「散歩」「日焼け」「娯楽」となっていました。「博物館・文化財見学」「他民族や文化探求」「水泳」などはそのあとです(アグリツーリズモによくあるプールも、泳ぐためではなく日焼けのためなんですね…)。
さて私たち日本人のアグリツーリズモでの過ごしかたの順位はどうなるでしょうか。外国人である私たちがイタリアを訪ねる一番大きな目的が、「休息」「散歩」、まして「日焼け」などということは絶対ありえないでしょう。やはり「博物館・文化財見学」「他民族や文化探求」となるのは明らかです。アグリツーリズモでの過ごし方もイタリア人やヨーロッパの人たちとは異なることでしょう。もっとも、私たちにとってアグリツーリズモ体験は、そのまま、「(生きた)博物館・文化財見学」であり、「他民族や文化探求」だとも考えられます。ただ、アグリツーリズモが、バカンスに上記のような優先順位をつける人たちが生み育てた宿泊・娯楽施設であるということは、頭の片隅に置いていただきたいと思います。

日本のグリーンツーリズムは農村体験と訳されているようですが、日本人に人気の体験型のイベント、簡単な農作業や、○○狩りなど、あらかじめお膳立てされている"体験"は、イタリアのアグリツーリズモでは少ないということも、以上の説明からおわかりいただけると思います。
(滞在中のアクティヴィティーとしては、サイクリング、乗馬、テニスといったスポーツ、それ以外ではお料理教室や絵画教室…最低4−6名程度からの催行が多い…等がよくあげられています。)

以上のように、利用には少しだけ心構えや準備が必要ですが、穴場のレストランや、眺めのよいポイントなどに詳しい地元のドライバーに運転をまかせ、田園のドライブを楽しんだり、ワイナリーを訪れたりするのも一興です。私もこの間多くの方にアグリツーリズモ滞在をアレンジしてきましたので、単なるプランニングと手配だけでなく、様々なアドバイスを差し上げることも出来るかと思います。
夏は早くから予約で埋まってしまい、とくにアパートタイプでは最低宿泊数も1週間からとなるアグリツーリズモも、秋には数泊から受け入れてくれるようになります。
もし可能であるなら、今年は夏の休暇をずらしてとって、アグリツーリズモにお出かけになってはいかがでしょうか。イタリアの人たちのバカンスが終る頃からが、私たちがアグリツーリズモを楽しむ、最適のバカンスシーズンとなるのかもしれません。



◆執筆者プロフィール
竹川(稲葉)佳須美 たけかわ(いなば)かすみ (有)イン・ヴィア代表取締役

イタリア好きが高じて2001年にイタリア旅行専門店を開業。全国の個人及び小グループのために個性的な企画旅行を提案している。特に魅力溢れる地方の小都市とアグリツーリズモ滞在を含めたプランニング・手配を得意とし、帰国後お客様から、「イタリアが大好きになった」「楽しい旅だった」「また行きたい」と言っていただけるのを無上の喜びとしている。http://www.invia.jp


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