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ITALY NEWS
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2007/3/31 


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『クォーレ』が今の日本に投げかけるもの


神田道子

■名作と今、120年の時空を超えて
日本では昨年来、いじめを苦にした子どもたちの自殺や幼い子への虐待が、堰を切ったように相次ぎ、大きな社会問題となっています。子どもを巡る問題が深刻化、複雑化していく中、私は昨年11月、イタリア児童文学の名作『クォーレ(Cuore)』を新翻訳『クォーレ−心の学校』として出版しました

原著者のエドモンド・デ・アミーチスが刊行してから120年の節目にあたる年に本を出せたのも幸運だったとは思いますが、日本の大人も子どもも悩んでいるいじめや虐待などが、『クォーレ』の中でも随所に取り上げられているのに強い縁(えにし)を感じました。いつの時代、どこの国でも、人間はこうした事と格闘してきたのだと思い知らされ、もしかしたら、この120年前の名作に解決の糸口があるかもしれないと考えるようにもなりました。

日本語で「こころ」を意味する『クォーレ』は、イタリア・トリーノにある公立小学校4年生の少年エンリーコが綴った1年間の日記という形式をとっています。1881年10月17日の始業式から翌年7月10日の終業式まで、楽しかったこと、悲しかったこと、悩みぬいたことをエンリーコは率直に記し、お父さんやお母さん、そしてお姉さんが時々、助言や戒めの言葉を書き加えます。そうした交換日記に、学校で先生が読んで聞かせる「今月のお話」を9篇挿入して1冊にまとめてあります。ちなみに、そのお話の中には、日本で特に有名な『母をたずねて三千里』も含まれていますが、この事はあまり知られていないのではないでしょうか。

1861年にイタリアが国家統一されてからちょうど20年後、国王ウンベルト1世の時代です。戦時の名残がまだ色濃く残っている頃でもありました。
発行されるや、『クォーレ』はベストセラーとなり、日本でも1902年に初めて紹介されました。菊池寛による翻訳本も1926年に出版され、多くの日本人に愛読されたようです。イタリアでは、現在でも小学生の副読本として親しまれ、書店には様々な装丁の『Cuore』が並んでいます。

■意外な愛読者
「永久に過ぎ去ったものへの憧れに引きつけられて、わが生涯の春の時期に思いを寄せるとき、記憶に甦る日々は、いつもあの本―『クオレ』と共にある」
名作への熱い思いをこう記すのは、ファシズムの指導者ムッソリーニです。デ・アミーチスが亡くなった時、この弔文を発表したと、ロマノ・ヴルピッタ氏は著書『ムッソリーニ―イタリア人の物語―』」(中央公論新社)で書いています。

ただ、このことで、『クォーレ』が、ファシストに愛された書などとは考えてほしくありません。この弔文を書いた時、ムッソリーニは24歳。社会党に入党し、フランス語の教師として多感な青年時代を送っていたからです。では、当時のムッソリーニは「クォーレ」のどこに共感したのでしょうか。彼の生い立ちにヒントがあるような気がします。

ムッソリーニはロマーニャ州のプレダッピオ村に鍛冶屋で政治活動にも積極的に参加していた社会党党員の父親と小学校教師の母親の長男として生まれました。母親は教育熱心だったといいます。
『クォーレ』にも似たような境遇の子が登場します。鍛冶屋の息子で、父親に虐待を受けながらも健気に父親をかばう少年プレコッシです。そして、教育熱心な女の先生といえば、主人公エンリーコの永遠の女性「赤い羽根の女の先生」です。若き日のムッソリーニが自分の家庭を『クォーレ』にだぶらせながら愛読していたと考えるのは、うがった見方でしょうか。

ムッソリーニは、デ・アミーチスの故郷オネリアの専門学校でフランス語の教師をしていましたが、社会党系週刊誌『ラ・リーマ』の編集長に任命され、反資本主義、反教会主義、反軍国主義者として、王政派機関紙『リグーリア』と激しい論争を戦わせたようです。その後、党中央の日刊紙『アヴァンティ!』の編集長まで務めますが、第1次世界大戦後は一転してファシストとしての道を歩みます。
一方、デ・アミーチスは陸軍士官学校に入り、1866年の第3次イタリア独立戦争ではオーストリア軍との戦闘に参加します。その後作家としてデビューし、8年の歳月をかけて『クォーレ』を完成させます。愛国心の強かった彼も、軍人からジャーナリスト、さらに社会主義者へと転身します。
 社会主義者からファシストへと変貌していったムッソリーニ、軍人から社会主義者へと変っていったデ・アミーチス。青年期以降まったく逆の方向を目指す2人ですが、ムッソリーニは、生涯『クォーレ』を愛読したと言われています。左から右までムッソリーニが政治的にどんな立場にあっても、『クォーレ』はその時々の彼の心をとらえて放さなかったと言うことでしょう。

■愛国・友情・思いやり…いろいろな心が
『クォーレ』は大ヒットしたものの、内容があまりにも愛国教育的で子供に「国のために死ぬことを美徳とし、戦争を美化している」との批判があったのも事実のようです。

「今月のお話」の中には、『ロンバルディーアの勇敢な少年』と『サルデーニャの少年鼓手』の2つの挿話があります。この挿話は、デ・アミーチス自身も参加したという、イタリア独立戦争でも特に激戦となったクストーザの戦いをモデルに、共に祖国のため危険をも顧みず敵に向う勇敢な少年を描いています。
しかし、デ・アミーチスは、愛国教育や戦争をかたくなに礼賛しているわけではありません。『ロンバルディーアの勇敢な少年』の話が綴られた翌日の日記では、お母さんがエンリーコにこういう言葉を贈っています。「国に命をささげることも大切だけど、それよりもっと些細な善意も疎かにしてはいけませんよ」

エンリーコのお父さんも、イタリアのすばらしさを詩的に賛美し息子に聞かせますが、兵士の行進を前にエンリーコが思わず、「なんてかっこいいんだ!」と叫ぶと、すかさず「軍隊を見世物のように考えてはいけない」と戒め、「あの若い兵士たちの行く手には、血まみれの戦場が待っているのだということも忘れてはならないのだよ」と戦争の悲惨さを教えます。

私が『クォーレ』の翻訳のためにトリーノ大学に留学した際、学生たちに聞いてみたところ「デ・アミーチスとファシズムは無関係」という意見が圧倒的でした。何世紀にもわたり待ち望んだ「イタリア統一」が、計り知れない犠牲のもとに達成された直後の国民にとって、国を愛する心は、政治的なメッセージではなく、ごく自然な感情のように思えます。120年前のイタリアを描く時、戦争や軍隊の話が出るのも不自然なことではありません。過酷な軍隊生活を体験したデ・アミーチスなら、なおさらのことです。

日記の中の場面で一番多いのは、もちろんエンリーコとクラスメートとの交流です。クラスには、お金持ちであることを笠に着て級友を見下す子もいれば、貧しい家の子もいます。優等生もいれば、目立たない子、病弱な子もいます。さらには父親から虐待を受けている子や弱いものいじめをする子など、今の日本の小学校よりも複雑かもしれません。

いじめられている子を徹底的に守るのは、鉄道機関士の息子で正義感の強いガッローネというガキ大将。病気で背中が曲がった級友を笑いものにして泣かせた連中を怒鳴りつけ、それでもいじめをやめない悪ガキを投げ飛ばします。
片腕のマヒした赤毛の少年もガッローネにかばってもらった一人です。3、4人から定規でつつかれたり、栗のイガを投げつけられるといういじめに遭ったこの少年が、しまいには母親をからかわれたことでキレ、いじめっ子に向かって投げたインク壺が不幸にも先生に当たってしまった時のこと。恐ろしさでクラス中が静まり返る中、ガッローネがすくっと立って自分がやったと名乗り出、事情を察した先生はガッローネの心をほめます。

エンリーコのお父さんも、級友と息子との友情に一役買います。父親の仕事着を着てエンリーコの家に遊びに来た「左官屋君」と呼ばれる子が、知らずにソファーに石灰を付けてしまいます。拭き取ろうとするエンリーコにお父さんはそっと言います。「彼が見ている前で拭いてはいけない。それは彼を傷つける。仕事着についたシミは汚れではない。職人さんの勲章のようなものだ」と。思いやりの心をやさしく諭すだけではなく、時には厳しく叱る時もあります。友達と喧嘩をして帰ってきたエンリーコを「お前から先に謝るべきだった」と厳しく叱ります。そして、その子に向かってエンリーコが定規を振り上げたと聞くと、定規を取り上げ真っ二つに折って壁に叩きつけるのです。

普段は優しいお母さんも、子育てには厳しい顔をのぞかせます。貧しい家庭に衣類などを届けに行った際、エンリコーコは、その一家がクラスメートの家だと気づいて声をかけようとします。その時お母さんは怖い顔で「いいこと?自分の母親が、クラスメートのお母さんから物を恵んでもらっているとあの子が知ったら、どんなに恥かしい思いをするかしら?よく考えてごらんなさい。だから、今は声を掛けてはいけません。黙って帰るのです」と、エンリーコに注意するのです。
デ・アミーチスには妻テレーザとの間にフリオとウーゴという二人の息子がいました。彼は長男フリオを主人公エンリーコに置き換え、誕生間もない次男のウーゴに捧げる気持ちで書いたようにも思えます。

■子どもも、大人も、先生も読んでほしい
デ・アミーチスは、『クォーレ』の前書にこう書いています。「この本は9歳から13歳までの、少年少女の皆さんのために書きました。(中略)私はこの本が皆さんに気に入られ、その上お役に立てば、これに過ぎる喜びはありません」と。

21世紀を迎え日本では10代による犯罪が多発し、凶悪化しています。その背景には、個人主義が過度に重視された結果、家庭や地域社会が崩壊し、自信をなくした大人が子どもを上手に叱れなくなった事に原因があるように思えます。また幼児虐待も増えています。躾(しつけ)という名目の虐待は大人の身勝手さの現れです。
「こころの時代」とよく言われ、心の教育が求められていますが、この漠然としたフレーズをお題目のように唱えても何ら解決にはならないと思います。現代の大人たちは、子どもをどう導いて行ってよいか苦悩しています。『クォーレ』には、親の諭し方、先生の叱り方、大人の接し方、すべて現代にも通用する示唆がふんだんに盛り込まれています。

デ・アミーチスの前書に、翻訳者として私がこう付け加えることをお許しいただければと思います。「これから子育てをするお父さん、お母さん、そして先生方にも是非読んでいただきたい」と。
2008年はデ・アミーチス没後100年を迎えます。1908年3月11日午前3時、脳出血で急逝する寸前まで、彼はイタリア中を旅しては息子のウーゴに手紙を書き送っていました。ローマのヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂の完成(1919年)を見ることなくこの世を去ってしまったはデ・アミーチスは、今どのような思いで眠っているのでしょうか。



『クォーレ-心の学校』のご紹介 

『クォーレ-心の学校』
エドモンド・デ・アミーチス著 神田道子訳
発行:文源庫 
価格: 2,500円+消費税 420ページ
詳細はここで  http://bungenko.jp/book/cuore.shtml  


執筆者プロフィール
神田道子(かんだ みちこ)

東京生まれ。イル・フィオーレ代表。麗澤大学オープンカレッジ講師。4月より財団法人日伊協会理事。2002〜03年トリーノ大学文学部留学。


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