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ITALY NEWS
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2007/2/28 


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トリノ市の都市再生
オリンピックを機としたサスティナブル・シティづくり


La rinascita di Torino
la creazione della citta sostenibile in occasione delle Olimpiadi.


トリノ市都市計画局都市整備担当局長
アンジェリカ・チョッケッティ Angelica Ciocchetti

2007年1月24日 於:東京 イタリア文化会館

1月24日、東京のイタリア文化会館において「サスティナブルな都市再生―オリンピック開催を通じて」をテーマとしたシンポジウムが開かれた。(主催:民間都市開発推進機構 後援:国土交通省 イタリア文化会館、(財)経済調査会 日経アーキテクチュア)

これは、2016年オリンピックの国内候補都市に東京都が選定された今、オリンピックを契機とした都市再生のあり方について議論すべく、早稲田大学 伊藤滋教授の提唱において開催されたもの。同シンポジウムの特別パネラーとして2006年冬季オリンピックの開催を機に大規模な都市再生事業を実施したトリノ市から都市整備の担当局長として奮闘されたチョッケッティ局長が招請され、トリノ市の事例報告が行われた。以下に同局長の講演内容要旨を掲載する。

■近代イタリア統一後最初の首都
トリノ市はイタリア半島北西部のピエモンテ州にあります。トリノはバロック都市として知られていますが、古代ローマの都市でもありました。トリノは1500年代中頃からサヴォイア王朝の首都となり、1700年代、800年代に王朝の勢力は大きく拡大し、1861年には近代イタリア統一後最初の首都となります。1865年、首都はフィレンツェに、引き続きローマに移ります。そのため、これまで主に行政都市の役割を担ってきたトリノは自らの役割や使命を再定義することを余儀なくされ、1900年代に入ると大工業都市へと姿を変えていきます。


トリノ市の主役となった新産業は、工場に燃料・資材を供給し市内を北(ミラノ方面)から南(ジェノバ方面)へと走る鉄道線沿いに製造拠点を設けていきました。1900年代のトリノは、広大な工場地域を内部に包み込む形でその周辺に発展していったのです。トリノは特に第二次世界大戦後の20〜30年間に非常なスピードで成長しましたが、80年代に入って経済面、人口面、そして特にリーダー産業の衰退現象が始まりました。 トリノは再度、自らの将来を再定義する必要に直面したのです。

■大工業都市からの方向転換
このような環境の中で、トリノ市では、ヨーロッパや世界の他都市と競いあうことを可能にするため、トリノの都市部とその産業構造の転換をはかるためのプロセスを着手しました。トリノ市では地域マーケティングのプロジェクトをスタートし、目的別公社の設立による投資誘致や全国および国際レベルのイベント誘致等により新業種の成長を促進し、進みつつあった深刻な衰退現象の方向転換を意図しました。トリノはこの10〜15年間に市全体を巻き込んだ抜本的な都市再生プロジェクト、すなわち、品格ある中心部の修復、周辺地域再整備、放置されていた「大型工場跡地」の用途転換、都市インフラや鉄道・市内交通システムのリニューアル等などの主役となりました。これらのプロジェクトの成果は中・長期的タームで明らかとなるものです。

■トリノ市 都市再生プロジェクト
鉄道路線再編成

トリノ市の「都市再生」の出発点であり、大規模な都市再生プロセスの基本条件となったのが鉄道路線再編成プロジェクトであり、"パッサンテ"Passanteと呼ばれる市中心部を縦断するクロスレールシステムの「新鉄道路線」が構築されました。新しい線路や新駅が建設され、鉄道線路は地下に埋め込まれ、その上にトリノ市を直進・縦断する「大通り」が新たに設けられたのです。この「大通り」は、"スピーナ・チェントラーレ"Spina Centrale(日本語に直訳すると"背骨"の意味)と名付けられました。

旧大型工業施設の用途変換・再生
「トリノ都市調整計画」に基づいたトリノ市都市再生プロセスは、地域内の複数のエリア、特に放置されていた「旧大型工業施設跡」を物理的、機能的に再生させることを骨子としており、それが新たな交通アクセスビリティの原型ともなっています。1995年に最終承認を得た「都市調整計画」では、上述の「スピーナ・チェントラーレ」を現代都市トリノの新中心軸するとともに、トリノの歴史的産業遺産の上に構築されるトリノの新しいアイデンティティをつくる戦略的地域資源と位置づけています。この都市調整計画では上述した「新鉄道路線」沿いの旧工場跡地を新駅や地上の新大通り上の交通アクセスビリティの主要戦略的エリアと位置づけています。そして、エリアごとに大学本部、文化施設、先進的生産施設などの特化した役割・機能が付与され、環境的、建築的、文化的に質の高い都市要素を構築することになります。

Spina Centrale エリア
「新鉄道路線」沿いにある旧工場跡地と「スピーナ・チェントラーレ」大通りにより形成されるエリアは総面積約200万平米にまで広がり、「新鉄道リンク線」」の各駅周辺に特化した機能が配置されています。このように各「スピーナ」は様々な役割を持ちますが総体としてはトリノ市の新中心部を形成しています。

Spina 1:このエリアでは、スピーナ大通りの始まりを形成するタワー内が建設されここに住宅スペース、第三次産業のスペースが置かれます。
Spina 2:ヴィットリオ通りとポルタ・スーザ新駅に対応する中心的なエリアとなり、重要な都市機能が集中します。すなわち、歴史的なラマルモーラ公園のすぐ前に新しい裁判所の建設、マルチメディア・ライブラリー、トリノ工科大学を二倍に拡張し、大学関係者用レジデンスと・サポートサービスエリアが建設され、オリンピック開催時にはプレス用ヴィレッジとして活用されました。


1800年代末に建設されたOfficina Grandi Riparazioni 大規模な鉄道修理工場は広大な展示センターとアーバン・センターへと機能が転換されました。また「Carceri Nuove」1800年代中頃に建設された「Carceri Nuove」当時の"新刑務所"は、司法および高度な法制教育機能を持つ場所として再利用、さらに、金融機関サン・パオロIMIおよびトリノ県庁などが入居する新しいオフィスタワービルの建設など。
Spina 3:百万平米以上におよぶこのエリアは、「新鉄道リンク線」や駅直近の場所には環境分野・電気通信分野の技術革新センターが設置され、さらに、歴史的な工場の再転換により製鉄所から開放された広大な部分には、45ヘクターに及ぶ「脱工業化」の大公園がドーラ川の川域、東西に広がり、住宅地、サービス用エリアをまたがっています。このエリアには、現代建築モニュメント、すなわち、建築家マリオ・ボッタの設計による新しい教会が作られました。


Spina 4:スピーナ大通りのRebaudegno駅の周辺に位置し、北からの入り口を形成し、空港ターミナルと鉄道リンク線がここで接続されます。

「リンゴット・旧卸売市場」エリア
地理的には「スピーナ」の外にあり異なる役割を持ちますが、構造的にはスピーナと同様な性格を持っています。歴史的な工場であったリンゴットの再転換は80年代末から着手されました。ここには、トリノ市のコングレスや見本市施設と、大規模なサービスセンターが置かれています。百万平米を超えるこのエリアには、オリンピック管理本部が設置され、運営機能、広報コミュニケーション機能をはじめ、オリンピック選手村、スピード競技用スケート施設などが置かれました。なお、このアイススケート競技施設は、オリンピック後も以前からの施設スペースと統合化され見本市会場として利用できるように設計されています。

地下鉄の実現
地下鉄実現は残念ながら大幅な遅れをみせていますが、現在、対応策への真剣な取り組みがおこなわれています。高度自動化、快適性、高性能設備を実現するために、最新技術開発の成果を取り込んで、目下、地下鉄一号線が建設中です。ポルタ・ヌオーヴァ駅をトリノ市西方のコレーニョ市やリヴォーリ市と接続する線です。なお、資金調達の確定した第二号線はポルタ・ヌオーヴァ駅からリンゴットや南側の周辺市町村への路線を実現することになります。

■2006年冬季オリンピック
2006年冬季オリンピックは、一方でトリノ市とそのビッグチャンスを生かすための特別なハイライトとなり、他方では大規模に投資された経済的資源のおかげで、トリノが必要としていたインフラや公共サービスの近代化プロセスを強く加速するための最良の機会となりました。オリンピック競技用施設、インフラ、サービス施設等の所在地や設計等の決定にいたる選択基準は、オリンピック後の施設類再転換を容易にする点を留意したものでした。インフラやサービス整備は、トリノ市および地域コミュニティの競争力アップにとって不可欠な条件であるとことを深く認識し、都市アクセス向上、大学・高等教育機関の受け入れ体制や観光宿泊施設の収容能力強化、スポーツ大会および文化、会議、展示、音楽などの大型イベントを実施できる多目的施設づくりにエネルギーが集中されました。


■オリンピック後 
オリンピック終了後わずか数ケ月の2006年夏、すでに、「オリンピック効果」や地方自治体によるイタリア国内および国際的なプロモーション活動の最初の成果をみることができました。オリンピック施設のサスティナブルな再活用を進めるために、トリノ市、ピエモンテ州、トリノ県では、「Fondazione 20 Marzo 2006」(2006年3月20日財団)という新組織を設立しました。

オリンピック後の今後の数年間にすでに国際レベルの大型イベントがいくつも予定されています。そのため、トリノは今後もますます、イタリア国内のみならず、ヨーロッパ、さらには世界レベルでも新しい役割を持つ都市 ― すなわち、「自由時間」都市、文化都市、会議観光都市(特に公園、博物館、最新スポーツ施設、近年重要性を増している本の祭典"サローネ・ディ・リブリ"、食の祭典"サローネ・ディ・グスト"等の存在による)、教育・研究都市(高等教育機関と研究機関の分野)、工業都市(最近Fiatの顕著な業績回復がみられ、今後20〜30年間は工業生産能力を継続できる見込み)、第三次産業都市(内外の革新的企業・機関の存在)― となることを目指し、磨きをかけていくことでしょう。そしていずれの場合も常に生活の質に対し特別のアクセントがおかれてゆきます。なぜならトリノは、歴史的都市に、美しい川、丘陵そして周辺の山々等の素晴らしい自然環境資源の加わった、他所では見られない稀有な財産を誇りにできる都市であるからです。

最後に、オリンピックの開催は、地域社会が大型プロジェクトを企画立案し実現する能力のあることを証明しました。実現にいたる複雑さ、目的が広範囲にわたるために、経済、文化、社会的のすべての面で多次元にわたる地域システムを深く巻き込みました。これと同じ視点で、トリノ市は次の大変重要なイベント、2011年に実施されるイタリア統一150年周年祭の記念式典を準備しています。

2011年のこの大イベントに至るまでの期間に、数々の国際レベルで重要なイベントが予定されています。中でも2008年には「世界建築家会議」が開催されます。そして世界建築家会議の2011年はTOKYOで開催されます。

トリノ 基礎データ
  トリノ市 トリノ都市圏(38市町村)
面積 130ku 6,830ku
人口 902,000名 1,711,000名



アンジェリカ・チョッケッティ Angelica Ciocchetti
プロフィール
ピエモンテ州 ビエッラの生まれ。1973年トリノ工科大学建築学部卒
1979年〜1984年 トリノ県コッレーニョ市の都市計画担当局長として同市の都市開発・再開発プロジェクト担当。
1984年〜1999年 「トリノ市町村間連合」都市計画担当局長
1999年〜 トリノ市都市計画局都市整備担当局長
・トリノ市各地域の再開発プロセスにおいて都市計画・建築的観点からの検討・調整。
・トリノ市の重要プロジェクト立案に関する国際建築コンペ技術委員会メンバー。
・2006年トリノ冬季オリンピック関連施設・スペース類の都市計画プロジェクトを調整。
・オリンピック以後に実施予定のトリノ市都市再生プロジェクトのための調査研究を実施

(翻訳文責:JAPANITALY.COM 大島悦子)

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