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ITALY NEWS
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2006/11/30 


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「イタリアの環境法・風景保護法制への接近」
第2回寄稿


鶴見圭祐

前回は、一人のイタリア人検察官との出会いを通して、イタリアの環境問題や環境法を学ぶ端緒について書きました。2回目の今回は法律からはやや離れ、イタリアの農業、農村風景について、今年10月のイタリア有機農業協会(AIAB)の来日の様子も交えながら、今回も知られざるイタリアの人物と風景保護問題の実像を紹介します。

<エミリオ・セレーニにという怪物>
イタリアの農村風景は日本のそれとは違って、一言で言えば多様であり、日本の代表的な農村風景のイメージが、水田稲作地帯に収斂するのとは対照的です。この多様なイタリアの農村風景の歴史・成り立ちについては、今は亡きエミリオ・セレーニという農業経済学者が1960年代に書き残しています。「Storia del paesaggio agrario italiano」、邦訳すると「イタリア農村風景の歴史」というタイトルですが、この本の邦訳はあいにくまだ出ていません。実はこの本、イタリアでは1962年に初版が出て以来、のべ18回もの増刷・増版を重ねている大ロングセラーとなっています。拙著「緑のイタリア史」の名前も、この本のタイトルから思いつきました。


ウンブリア州の緑(オルヴィエート周辺)

セレーニは1907年ローマで、ユダヤ系家族のもとに生まれました。ミンモ(エミリオの愛称)は幼少時から愛書家であり、楔形文字などの古代の諸言語から、あらゆる外国語までを学び、操れるため、周囲からは怪物と呼ばれていました。マルクスの著作もドイツ語で読破した彼は、大学卒業後、イタリア共産党に入党します。一時パリに亡命するも、第二次世界大戦が終わるまでのファシスト政権下では、政治犯として弾圧を受け、長年服役し、その牢獄の中では日本語を学んでいたそうです。1943年のイタリア降伏後は、国民解放委員会(CLN)、パルチザンのメンバーとして祖国解放のためにナチスドイツやファシストと戦いました。共産党の幹部として2度の閣僚と上院議員を歴任し、1977年に没するまで、膨大な数の著書を残しました。イタリアの南北問題に関するものが有名で、邦訳のあるものもありますが、彼の時代から半世紀を経た現在では、古本屋か大学図書館などでしかお目にかかれないものばかりです。

そのセレーニは、「イタリア農村風景の歴史」のなかでどうそれを描いたのでしょうか。マルクス主義経済学者らしく、彼は農業生産力と風景の関わりに注目し、資本主義的生産関係の農村への浸透具合に応じて、現在イタリアに見られるような3つのタイプの農業地帯、すなわち北部の先進的な資本主義的大農場、中部の分益小作的な農場、南部および島部の粗放大農場が割拠していると考えました。

また時代時代によって、新しい作物種の導入があり、それが多様化に拍車をかけたことは疑いようがありません。中世に導入されたレモンやオレンジなどの柑橘類の栽培は、南部に根付き、地中海庭園式農業と呼ばれるほどに美しい農村風景と海岸のコントラストを描きましたし、稲作は南部に導入された後、数世紀を経て北上し、現在のポー川周辺の平野に根付き、霧が立ち込める水田地帯という農村風景を生み出しました。それぞれの土地や気候、社会経済にあった農業が多様に根付いていったといえるでしょう。アグリカルチャーのカルチャーが土地を耕すことを意味するように、その土地の文化として農村風景は歴史的に形成されたものなのです。


<ヨーロッパ風景条約と農村風景>
そのことを、国際条約として成文化し、普遍的な価値として風景を守っていこうと謳ったのが、2000年に成立し、2004年に発効したヨーロッパ風景条約です。残念ながら日本では全くと言ってよいほど知られていない、知る人ぞ知る国際条約です。日本のマスコミや研究者が注目しないと、こうした貴重で重要な国際ルールも、情報として国民に普及しないのは、何とも歯がゆい思いがします。詳しくは拙著IV章をご参照頂きたいのですが、その第一条で、風景の定義についてこう定めています。「風景 (Landscape) とは、人々により知覚された地域であり、その特徴が自然現象ないし人間による行為の結果、又は双方の関わり合いによる結果であるところのもの」。ここでいう人間による行為とは、主に農業・林業を指し、建築物は風景美に調和する限りにおいてのみ、認められると解釈するのが妥当でしょう。

そのような古き良きイタリアの美しい農村風景を質の面から守るために、近年、有機農業が欠かせない存在になってきています。これもあまりわが国では認知されていないことですが、1998年以来イタリアはヨーロッパで最大の有機農業国であり、有機農地面積から言えば、アルゼンチンやオーストラリアという大国の後塵を拝しているものの、実質的に人間が消費する農産物の生産量から言えば、世界一といっても良いとする論調があります。わが国でもようやくそれについて書いた本が、拙著以外にも、最近出版されはじめました。ジーノ・ジロロモーニ氏「イタリアの有機農業の魂は叫ぶ」や蔦谷栄一氏の「オーガニックなイタリア・農村見聞録」などです(いずれも家の光協会)。

風景とのかかわりで興味深いのは、有機農業における犠牲農法と呼ばれるもので、畑の畝の列に平行に、バラなど色とりどりの花を植えて、害虫を花の香りでおびき寄せ、作物への接近を防ぐ農法です。また、ブドウ園ではブドウの下に生えてくる雑草などの下草刈りをしない農法があり、雑草の根は浅いのですが、植物同士の競争が促され、ブドウの根が雑草の根よりももっと深く伸びて、作物の成長が良くなるという方法です。この後者の方法は、日本でも農法として実践している農家があるそうですが、こうして花や緑が豊かな有機農場が増えれば増えるほど、風景としても生態系としてもより豊かになるのではないでしょうか。

<イタリア有機農業の来日>
さて、毎年新宿伊勢丹デパートで開催されている「イタリア展」に初めて、今年10月、イタリアの有機農業も出展しました。イタリア有機農業協会(AIAB)の記念すべき初来日です。セミナーではAIABのビオ(イタリアでは有機農産物をビオと呼びます)の食品が紹介され、参加者はビオワインやビオパルメザンチーズ、ビオオリーブオイルで味付けされたビオパスタを試食しました。AIABの製品は、イタリア展開催と同時に完売となってしまった商品が続出し、少々高額な商品であっても、安全・安心が売りになる今の時代に、強いニーズがあるとの手ごたえをつかんだようです。


AIAB出展の様子(新宿伊勢丹イタリア展)

日本での今後の展開に弾みをつける幸先の良いデビューと相成りました。私もそうですが、イタリアに旅行し、現地でしか買えないおいしい食料品をいっぱいおみやげに携えて帰国するよりは、少々高くても、日本で買えた方が物理的に楽なわけで、そんな目の肥えたイタリア旅行のリピーターが、多く買っていったのではないかと勝手に予想しています。

また別の日には、AIABのワークショップも渋谷のレストランを貸し切って行われ、参加者はビオワイン、ビオチーズ、ビオ野菜、ビオトマトソース、ビオジャムなど、その味わいに舌鼓を打ちました。どれも食べ物本来の味が、こんなに純粋なのかと感激するおいしさでした。生来の味覚が復活し、これがスローフードのいわく、絶滅する味・食材の保護と呼ばれる運動につながるのではないかとも感じました。ワークショップでは、サルジニアで農業を営むAIABのチロニス会長兄弟をはじめ、イタリアで有機農業に真剣に取り組む農業者が晴れ晴れとした表情で、ちょっと自慢気に自分たちの食材をベースとした料理を振舞っていました。この方たちとの出会いも貴重で、それぞれが独特な哲学を持ち、それを聞く者に分かりやすく有機農業を語っているのが印象的で、中にはワインについて本を出したメンバーもいました。

今後日本にAIABの有機商品を輸出するにあたり、輸送の点が気になりましたが、会長の話によれば、2種類の方法があり、パスタなどの乾物類は船便で、温度管理が難しいチーズなどの乳製品や高級ワインなどは飛行機での輸送になるとのことでした。地産地消が理想の農産物ですが、そうした輸送の手間・コストをかけてでも、戦略的にまた文化的に、日本に普及させようという熱意が今回伝わり、実際にイタリアのビオ製品の輸入が拡大し、逆に日本の有機農業発展のカンフル剤になることも期待されます。あとは、正直なところ有機商品の高い値段をどう低く抑え、より持続的かつ安定した輸出入のビジネスモデルを今後いかに構築していくのか。また、今日日本でもかなり普及した感のあるスローフード運動と、いかに接点を見つけ、協働していくかが鍵となるといって過言ではないでしょう。


<農村風景を取り巻く今後の状況について>
日本では1999年JAS法一部改正により、有機表示で販売するための規格の適合と、登録認定機関による認証がなければ、有機農産物として販売できないように基準が厳しくなりましたが、これは有機農業発展のための最低必要条件を整えたものであり、今後の本格的な有機農業の拡大はこれからでしょう。有機産品の流通システムも未整備で、実際にスーパーマーケットで有機を目にすることがまだまだ少ないといわざるを得ません。一般の消費者には、有機産品の販売に関する情報が乏しく、買いたいのに買えないわが国の状況が、AIABの日本デビューとは好対照です。


渋谷のレストラン「Chef's V」で行われたAIABのワークショップ

今ある農村風景を維持し、有機農業による豊かな農地生態系を築いていくためには、農業経営の観点からは、農業で雇用を創出し、耕作放棄地が出ないようにすることが大前提です。ところで、一つ最近気になる現象として、のどかなはずの農村風景に異変が起きています。これは世界的な現象で、イタリアにも日本にも当てはまる問題です。それは何かというと、低くて15メートル、高くて40〜50メートルにもなる携帯中継基地のタワーが農村部に、雨後のたけのこのように、日々建設されてしまっている現実があります。

携帯電話が普及すれば普及するほど、高い建物のない田園部では、通話エリア拡大のため、畑や森の中にまるでコンクリートの巨大な花が咲いたかのような中継タワーが構えてしまい、本来の風景を破壊してしまっています。日本の里山でも同様のことが起きています。そしてイタリアではこうしたタワーが違法建築物として裁判の対象となり、日本でも九州を中心としてこうした中継塔の裁判が係争中です。よく山道などで遭難した場合など、携帯がつながると便利だと言う方もいますが、自然災害などの非常時には皆電話をかけるため、中継塔はパンク状態でつながりにくくなります。通話エリアを拡大してもつながる保証は100%ではないのが実状です。また、第二世代、第三世代と携帯電話が進化すればするほど、中継塔タワーの本数が必要になります。

中継塔の近くでは奇形植物も多く見つかっており、タワーのアンテナから出る電磁波が原因ではないかと言われています。その電磁波に関しては、現在WHO(世界保健機関)が調査中で、守るべき環境保健基準が2006年から2008年にかけて発表される予定です。携帯電話を使用したときの健康への影響については、2008年に発表される予定ですが、害がないと思われている皆さんも、今ある大事な風景が壊されていくのを防ぐために、一度携帯電話を使わないようにしてみてはどうでしょうか。いくら便利であっても、害が出てからでは遅いというのが、イタリアをはじめヨーロッパの予防原則の考え方です。便利すぎるのも、かえって慌しくて、個人的には携帯電話が嫌いです。遠く離れた田園風景を守るためにも、また誰かに健康被害が出て取り返しがつかなくなる前に、このコラムを読んで頂いた方には、ぜひご再考頂ければ幸いです。

余談になりますが、ある文献によれば、1970年代に、今回紹介したエミリオ・セレーニに、ある日本人研究者が紹介状を携えて、ヒアリングのため会いに行ったそうです。しかし、その時「イタリアについてからなぜすぐに会いに来なかったのか、何で今頃になって来るんだ」という意味で、英語で「ヴェーリー・バーッド!」と大声でその人はエミリオに怒られたそうです。取り返しがつかない時、あるいはかけがえのないものを守るため、人間は怒るしかない、というエピソードとして最後に触れておきます。

以上、イタリア環境法、風景保護、農村風景といったテーマについて、ルカ・ラマッチそしてエミリオ・セレーニといった人物像を通しつつ、書いてきました。ラマッチの実務的な環境法の視点と、セレーニの独特な農村風景史観は、私の著作の二本柱となっています。いずれもある種、私自身の魂が揺すぶられた本であり、正に貴重な出会いでした。拙著を通してその追体験をして頂ければ誠に幸いです。


本のご紹介

『緑のイタリア史 〜 農村部における風景保護・イタリア環境法の息吹』
著者 鶴見圭祐  定価 2200円(税込) A5サイズ 全161ページ 2006年5月発行
これまで日本では紹介されることが少なかった、イタリアの環境問題の歴史について、そのダイナミズムを法制史から概説しています。また、美しいイタリアの農村風景ができるに至った過程を、その農業の歴史とともに振り返ります。環境法の観点から、また有機農業など新しい農業の観点から詳しく解説した本です。

お知らせ
この本を入手されたい方は,農業書センター(東京・大手町)、インターネット本屋「田舎の本屋さん」(http://shop.ruralnet.or.jp)、日伊学院東京校(渋谷)、書肆アクセス(しょしアクセス、神保町)、平安堂(長野店)およびジュンク堂(池袋本店7階、新宿、福岡、大阪本店、難波、三宮、京都BALほか)でお買い求め下さい。部数限定のため、他の一般の本屋さんでは現在販売しておりません。著者に直接お申し込みいただいても結構です(送料の実費が別途かかります)。
なお、海外からのお申し込みは、現在のところ日本のご留守宅への配送のみ承っております。
連絡先: ktsuru@u01.gate01.com

執筆者プロフィール
鶴見圭祐(つるみ・けいすけ)
1972年千葉県千葉市生まれ。慶大文学部卒。早大大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。現在、都内のツアーオペレーター会社に勤務。


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