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ITALY NEWS
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2006/9/30 


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「イタリアの環境法・風景保護法制への接近」
第1回寄稿


鶴見圭祐

イタリアという国の名前を聞いて、サッカー、ファッション、料理というイメージが先に出てきてしまうのは、仕方ないところでしょうか。これは私も含めて日本人すべてに共通するところかもしれません。現に、一般の書店で売っている本や雑誌はそのような話題のものに集中し、そうでもしなければ本や雑誌が売れないという恐怖心にさえ、出版する側がかられているように見受けられます。しかし、これはわが国における文化的な画一化がいっそう進行しているのではないかという、新たな危惧も抱かせます。ステレオタイプなイタリア像を常に壊して行くことが、ことイタリアに関しては、これからの異文化理解の作業と言えなくもないでしょう。この知られざるイタリアの環境法と風景保護法制について、それをまとめたものが、文末で紹介している拙著「緑のイタリア史」ですが、今回は本に書けなかった部分も含めて、自由に書いてみたいと思います。

<イタリア環境法との出会い>
このイタリアの環境法というテーマに関して、日本ではまだ十分な紹介がなされていないのですが、あるイタリアの検事さんとの出会いを通して、その全体像や詳細が分かってきました。私が研究を始めた2003年頃、それまでの日本語の本で、イタリアと名のつく本はすべて読むようにしていましたが、自分の探す環境のテーマについての本、ましてや環境法に関する本は僅かでした。ちょうどスローフードがもてはやされ始めた頃です。その後、イタリア語の本がインターネット(ibs.it)で買えるのを知り、そのサイトや、環境法の本を出しているイタリアの出版社に直接Eメールで問合せをしたところ、ルカ・ラマッチ氏の本をたくさん紹介されました。ゴミ処理の問題から風景保護、電磁波の問題まで、あらゆる環境問題に関して彼は法律的見地から今もたくさんの著書を書き残しています。

当初、彼が現職の検察官(司法官)であるとは思いもよりませんでしたが、彼はなんとイタリア環境法のウェブサイト(www.lexambiente.com)も運営していると知り、早速彼にコンタクトを取りました。検察官が環境法に関する本を年に何冊も出し、しかもウェブサイトの運営も夏のバカンス以外は毎日しているというのは大変な驚きでした。司法制度改革でゆれる日本と、イタリアの司法界の違いを感じました。文化的であると同時に、そこには何とか司法界の環境問題への取組みを世に伝え、実務的な対処方法を後世に残していこうとする一種の使命感のようなものを彼に感じました。

彼の専門は刑法で、イタリアの環境事件は刑事事件として裁かれることが多いのですが、刑法の専門家ペナリスタ(penalista)として、環境保護団体レガアンビエンテが年に3回トスカーナ州グローセットで開催する環境法講座でも毎回教鞭をとっています。2004年10月、私もそれに参加し、そこで彼と初めて会いました。メガネをかけた40代の小太りのおじさまでしたが、いかにも頭の切れそうな方で隙がないという印象でした(実際柔道を子供の頃から習っているそうで、最近お子さんとまた稽古を始めたそうです)。

数日後、彼が勤務するラツィオ州チボリの地方裁判所(イタリアでは検察が裁判所内にあります)を訪れ、実際の裁判の様子や、犯罪摘発のための盗聴室、彼のオフィスなどを見学させてもらいました。彼のところに送検されてきた事件の約8割が違法建築に関するもの、即ち環境破壊にも関わる事件とのことでした。また同日に、彼のつてでイタリア森林警察の警察官のパトロールにも同行することが叶い、チボリ周辺の自然保護区や違法建築・不法投棄現場を回る貴重なジープツアーも体験することができました。

<イタリアの環境問題の原点>
日本の公害問題とほぼ時を同じくして、イタリアにもさまざまな環境問題があり、そのたびに環境を守る法律ができ、不幸な過去の記憶を繰り返すまいという堅い決意表明として、また国全体の知恵として引き継がれてきました。

具体的にみていくと、日本の公害の原点といわれる足尾鉱毒事件がおきたのは、明治時代後期(1885年頃)の19世紀から20世紀にかけてですが、同じ頃のイタリアでは、膨大な数の芸術品や考古学的な遺品が国外に持ち出されるという被害が拡大していました。公害から始まった日本と違って、イタリアの環境問題は文化財の盗難から始まったのです。

1902年に最初の法律「記念建造物及び古美術品・芸術品の保護法185号」ができ、文化財の保護が始まり、ファシズム期の1939年には2つの法律「芸術的及び歴史的遺産の保護法」と「自然美保護法」に結晶化します。このとき初めて、自然保護の法律が生まれました。

そして、第二次大戦後、イタリアは王政を廃止して共和制に移行し、1948年に新憲法を施行しました。その憲法第9条において、「共和国は、文化及び科学並びに技術の振興を促す。国の風景及び芸術的及び歴史的な遺産を保護する」と規定し、風景の保護を憲法上の価値と認め、保護することを明文化したのです。日本国憲法の同じ第9条では戦争の放棄を謳っていますが、戦争があっては風景や遺産は守れないので、日本人の私としては象徴的な意味を感じる条文です。日本と違い、イタリアは連合軍との停戦後、一年以上内戦状態にあり、ナチスドイツとファシストの同盟軍対パルチザンの戦いが、市街戦も含めて繰り広げられ、当然その戦争中に文化遺産や自然環境も破壊された歴史があります。日本でもイタリアでも憲法改正論議は降って湧く状況ですが、9条の死守は共通の課題です。

<風景保護の視点>
そうしたさまざまな歴史から風景保護の視点が、徐々に生まれてきたといっても過言ではないでしょう。その後のイタリアではどのような環境事件が起きたのか。1966年には豪雨による洪水でフィレンツェのアルノ川が氾濫し、夥しい数の文化遺産がダメージを受け、また戦後の工業化の波を受けて、60年代・70年代には日本の四大公害病が出たのと同時期に、大気汚染や水質汚染が悪化しました。このときには、さまざまな法律が生まれましたが、たくさん出来すぎて魑魅魍魎となり、「法汚染」と言われるような状況にも陥りました。そんななかで、重大な事件としては1976年に起きたセベソ事件が挙げられます。セベソはミラノの北方20キロにある小さな町ですが、ここの化学工場での爆発により、大量のダイオキシンが工場周辺の地域に広がり、付近住民の健康被害をもたらし、イタリアの「化学ヒロシマ」とも呼ばれた事件です。

その10年後、1986年に現ウクライナのチェルノブイリで起きた原発事故を教訓に、イタリアでは国民投票を行い、その結果原子力発電所は全て停止または建設中止となりました。現在もイタリアでは原子力発電は行っていません。

1990年代に入ると、欧州連合(EU)からの法的な制約が厳しくなり、加盟国であるイタリアもさまざまなEUの法律を国内法化する必要に迫れるようになりました。なかでも、自然保護に関する指令、廃棄物に関する指令が続々と法律化され、現在にいたっています。

公害法から環境法、そして風景保護法へと続く、一連の法的進化は、1985年に制定された通称ガラッソ法によっても一段と強化されました。これは、国土の乱開発から歴史的資産を保護し、自然環境を保全するために、各州政府に風景計画(Piano Paesistico)の作成を義務付けたものです。1999年の統一法典化を経て、また2000年のヨーロッパ風景条約の制定を受けて、この法律は2004年に文化財・風景財法として生まれ変わり、風景が直接保護すべき財物であるとの明確な認識に達したのです。

<文化的中枢としての法>
日本では2004年に景観法が制定されましたが、どうもイタリアの風景保護法とは異質のもののようです。仕組みについてはかなり詳しく書いてありますが、実際の運用面についてはこれから、といったところでしょうか。やはり、法律は難しいだけでは浸透しない面があります。人間社会における知恵・思想として文化的中枢を担うものであるからこそ、もっと人々の魂を鼓舞し、議論を呼ぶものであってほしいものです。法律は誰が作ったという作者の名前は当然入りませんが、イタリアでは法律が行政だけでなく、環境保護の市民団体やルカ氏のような法律家が共同で関わり、さまざまな人のつながり・議論の中で、作られている面があるように見受けられます。また、こうして作られた法律は、環境・風景保護のいわば十分条件として存在意義があるもの、といえるでしょう。

ところで、これもあまり知られていないことですが、世界遺産の件数が一番多い国はどこでしょうか?(そういう件数で比較しても、価値は比べられないという考えがあってもよいのですが)実はイタリアが2004年より、世界遺産の登録件数で世界一多い国となっています。ことし7月のユネスコ年次総会でも新たに1カ所加えて、全部で42件となりました(ヴァチカン市国の世界遺産も含む)。最近ではトスカーナ州シエナ南方にあるヴァル・ドルチャ(ドルチャ渓谷)のブドウ畑の風景が、世界文化遺産として登録されました。今後も、環境・風景保護の法制度がしっかりと守られる限り、増えていくのではないでしょうか。

良くも悪しくも、こうしてさまざまな環境・風景保護の法律ができたことにより、イタリアの風景は正統性を持って守られていること、そしてその美しい風景が偶然残ってきた訳ではないことを、お気づき頂けるでしょうか。

次回は、イタリアにおける農業と農村風景の成り立ちについて紹介します。


本のご紹介

『緑のイタリア史 〜 農村部における風景保護・イタリア環境法の息吹』
著者 鶴見圭祐  定価 2200円(税込) A5サイズ 全161ページ 2006年5月発行
これまで日本では紹介されることが少なかった、イタリアの環境問題の歴史について、そのダイナミズムを法制史から概説しています。また、美しいイタリアの農村風景ができるに至った過程を、その農業の歴史とともに振り返ります。環境法の観点から、また有機農業など新しい農業の観点から詳しく解説した本です。

お知らせ
この本を入手されたい方は,農業書センター(東京・大手町)、インターネット本屋「田舎の本屋さん」(http://shop.ruralnet.or.jp)、日伊学院東京校(渋谷)、およびジュンク堂(池袋本店7階、新宿、福岡、大阪本店、難波、三宮、京都BALほか)でお買い求め下さい。部数限定のため、他の一般の本屋さんでは現在販売しておりません。著者に直接お申し込みいただいても結構です(送料が別途かかりますが、お問合せください)。なお、海外からのお申し込みは、現在のところ日本のご留守宅への配送のみ承っております。
連絡先: ktsuru@u01.gate01.com

執筆者プロフィール
鶴見圭祐(つるみ・けいすけ)
1972年千葉県千葉市生まれ。慶大文学部卒。早大大学院法学研究科修士課程修了、法学修士。現在、都内のツアーオペレーター会社に勤務。


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