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ITALY NEWS
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2005/07/1 


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「イタリア労働法制の特徴」(1)
- 在イタリア日本商工会議所セミナーより -


神戸大学教授、ボッコーニ大学客員教授 大内伸哉氏

 



イタリアの労働法制は近年、驚くほど大きな変化を見せている。それは、欧州の市場統合、EUレベルでの労働法統合の動きの中から生まれてきたものと理解できるが、一方でイタリアの歴史を背景とした固有の労働法制もその特色を失ったわけではない。
現在のイタリアの労働法制の全体像を描き出した名著「イタリアの労働と法 -伝統と改革のハーモニー-」(2003年2月発行)。その著者であり、労働法界を代表する研究者である大内伸哉氏(神戸大学大学院法学研究科教授)は現在、ボッコーニ大学の客員教授としてイタリアの学生たちを前に教鞭を執っておられる。
6月7日、在イタリア日本商工会議所で大内氏を招いて2時間にわたるセミナーが開催された。

イタリアの労働法制がいったいどのようなもので、どういった方向へ進もうとしているのか。セミナーでは大内氏の目から見たイタリア労働法制の大きな流れとその概要をお話しいただいた。実際にイタリアで働く日本企業の方々にとっては、労働法に関する種々の問題を理解する上でのベースとなる貴重な内容であったと思う。
JIBOでは大内氏のお話をまとめ、二回にわたってご紹介していく。今回は、先進各国の中でのイタリアの労働法制の位置付け、及びその歴史的特徴を明らかにする。

(1)労働法の二つのモデル ‐大陸型のイタリア-
労働法制には、アングロサクソン型とヨーロッパ大陸型という二つのタイプがある。大きな違いは、"労働市場mercato del lavoro"に対する国のスタンスにある。

アングロサクソン型は、労働市場の効率性や機能をできる限り信頼する。基本的に法的介入は労働市場の正常な機能をゆがめると考え、市場を活性化させるために必要な限りで介入を行う、というスタンス。米国がこの代表で、例えば同国ではフィロソフィーとして解雇は自由だ。また、イギリスでも労働市場を基本に据える考え方は維持されている。

一方、ドイツ、フランスを代表とする大陸型は、労働市場を全面的には信頼せず、労働者を弱者とみなす。労働者の従属性を重視し、労働者の利益が市場において不当に侵害されないように国が介入する。従って、大陸型の国々では労働立法が発達している。イタリアも伝統的に大陸型の労働法制を採用している。
そもそも、これらの国の労働法の伝統的な教科書では"労働市場"という言葉はほとんど出てこなかった。日本も同様だが、労働市場は規制されるのが当然の前提で、労働市場の効率性という発想はほとんどなかったわけだ。労働市場に対する大陸型の労働法学者の見方を典型的に表していよう。

(2)EUからの改革の流れ
イギリスのブレア政権は労働党政権ではあるが、政権誕生時に出したFairness at workという労働政策に関する文書を見ると、やはり労働市場の効率性が前提として存在している。労働者保護はあくまで企業の生産性向上に役立つもの、という発想だ。そして、この考え方はEUレベルの雇用戦略にもうかがえる。EUの基本は経済統合にあるからだ。90年に入って社会的側面も考慮するようになってきたが、EU成立の背景には日米に対抗する競争力向上という狙いがあった。従って、EUの政策文書には"労働市場の効率性"、そして"企業の生産性向上"というものが基本としてある。これは大陸型の労働法制とは違う。

イタリアは現在、このEUからの改革の流れを正面から受けている。そして、この改革を最もドラスチックに行おうとしたのがマルコ・ビアジMarco Biagi教授だった。しかし、彼はEU的発想をかなり性急にとりこもうとしたため、様々な軋轢をもたらし、暗殺されてしまう。

(3)イタリア労働法におけるファシズム期の影響
イタリアの労働法を知るには、ファシズム期の経験を無視することはできない。
ファシズム期には、とりわけ労使関係のレベルで国家が全面的に介入していた。労使自治autonomia collettivaは否定され、組合の自由は消滅していた。労働組合は公的なもので、労組と使用者は争議行為をしてはならず、協調的労使関係が求められていた。

この"労使自治の全面的な否定"の影響は戦後も長く残る。
集団的な労使関係の分野では、ファシズム体制への反省に基づき、戦後、国家からの法的介入はほとんど行われなかった。そのため、ドイツにあるような労働協約法というものはイタリアにはない。厳密に言えば、民法典Codice Civile(1942年制定)に労働協約に関する規定はあるが、ファシズム期の労働協約を前提とした規定であると解釈され、戦後結成された労働組合の協約には適用されない。また、憲法39条2項以下に労働協約に関する規定はあるものの、その内容を実施する法律は制定されてこなかった。

この状態が破られるのが、1990年のストライキ規制法の制定。憲法40条に「ストライキは法律の規制する範囲で行使する」となったまま、その法律が定まっていなかったのが、ようやく90年に不可欠公共サービス部門に限定してストの予告義務といったストライキの規制ができた。これが戦後始めての規制的な立法となった。

一方、個別的な労働関係のレベルでは、ファシズム期につくられた様々な法律が戦後も残存してきた。
前述した民法典を見ても、労働協約に関する部分は適用されないと解釈されているが、その他の部分は今日でも普通に使われている。イタリアの民法典の面白い特徴だ。
例えば、日本では法律で規定されていない企業の懲戒権が、イタリアの民法典ではきちんと規定されている。ファシズム期の労働構造として、使用者というものは企業の長として従業員を働かさせ、国に対して一定の生産をあげることに責任をもっていたためだ。従って、一定の指揮命令権も法律で規定されている。労働時間に関する規制も、1920年代に出来たものが70年まで残っていた。労働時間の短縮は、法律ではなく労働協約を通して行われてきたのである。労働市場の分野でも、統制色の強い古い法制度がずっと残ってきた。

日本では戦後、労働法はゼロからスタートし、1947年に労働基準法ができた。ILOなどの基準を吸い取って新しい日本的な労働法をつくった。しかしイタリアは、古いものをずっと引きずり、個別の色々な立法があちこちに残っている状態で、体系的に労働法規を整備した労働法典を持っていない。前の法律を残したまま新しい法律を作り、その中で"前のものは削除する"と書いたりする。そのため、法改正があった場合に、新しい法律の内容はどのような内容であるかを知るためには、新旧の法律を照らしあわせなければならず、大変な作業となる。

このようにイタリアの労働法制は、ファシズム期の国家全面介入の時代から、戦後は集団法の分野での立法不介入主義、個別法分野での古い法規制の残存という特徴が見られた。
その転換点となったのが、1970年の労働者憲章法Statuto dei lavoratoriの制定である。この法律は、「企業内において労働者の人権を保障する」「企業内において組合活動をする権利を保障する」という2点が核になっている。
ただ、前者については、日本の労働基準法とはかなり内容が違っている。むしろ日本の労働基準法の中の労働憲章に関する部分に似ている。後者では、日本では定められていない組合活動権の保障が含まれている点が、日本との比較で注目される優れた部分であると言えよう。

労働者保護のための包括的な立法が入ったという点で1970年は分岐点となったが、やはり労働法制に大きな動きが出てきたのは90年以降になる。もう一つ残っていた戦後の大きな問題"労働市場の硬直性"に対して抜本的なメスが徐々に入れられるようになってきた。また賃金の物価スライド制スカラ・モビレscala mobileが廃止されたのも90年代だった。
この労働市場規制緩和の動きは、イタリアから出てくる内在的な問題というよりむしろヨーロッパを意識して起こったという面が強い。イタリア人には「イタリアはヨーロッパスタンダードに着いていかなければならない」という考えがあり、そのためなら我慢が出来る、という部分があるように思う。
ヨーロッパを睨んだ労働市場規制緩和の動きがあり、その流れの中で労働法分野でのEC指令direttivaが細かく発達し、それがイタリアに入ってくる。このように90年代に入りヨーロッパからの動きが起こり、それを最もラディカルに進めようとしたのが、先にも述べたビアジ改革であった。そして、その変動は今も続いている。 以上が、イタリア労働法制の現在までの大きな流れと言える。

文責:JIBO編集部 丸山
(続く) 


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