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ITALY NEWS
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2004/03/01 


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イタリアの日本人コック修業事情(ヴィザと報酬)


井川直子(ライター)

 



拙書『イタリアに行ってコックになる』の取材のために、私がイタリアへ飛んだのは2002年4月。たしかにイタリアには、高級リストランテはもちろんどんな田舎でもトラットリアでもかなりの確率で厨房には日本人コックが散らばっていたが、それも2002年以降はだいぶ整理されてきつつあるようだ。

ユーロの統合に伴い、外国人労働者、不法滞在者への取り締まりが強化されたからで、これは現地で修業したい日本人コックにとって最も頭の痛い問題である。

今、日本の第一線で活躍しているシェフ達の中には、パスポートひとつ、観光目的でイタリアへ渡りそのまま店へ潜り込んで修業した人も少なくない。しかし今の世代のコックが修業したければ、合法的でなければ雇っては貰えない。しかし、この合法的な手続きが非常に困難なのだ。

修業するために最も適しているのは就労ヴィザ。しかしこれを取るには、雇用者がイタリアの労働事務所に労働許可証を申請しなければならず、会ったこともない日本人コックのために身を粉にして煩雑な手続きを行ってくれるオーナーはまずいない。
そこでコックの多くが就学ヴィザ、それも多くは料理以外の名目で滞在することになる。が、その就学ヴィザも受け入れ先の審査がどんどん厳しくなり、用意すべき書類の量が増え、延長も難しくなって、結局帰国せざるを得なかった者も多い。

ただ、イタリアでは法律改正とケース・バイ・ケースがあまりにも多すぎて確実なことが言えないのもまた事実で、この性質がラッキーに転じるときもある。 たとえば2002年の末には、就学ヴィザで滞在する外国人にピエモンテ州でイレギュラーな特別措置が施された。これは不法滞在に対する罰金を払い、しかるべき手続きをした者に就労ヴィザと滞在許可証を発行するというもの。

就労ヴィザとなれば、合法的に正々堂々とフルタイムで働け、正規の給料がもらえることになるなど働くための環境がやっと整うことになる。なかでも彼らが一番安心できるのは、社会保険に加入できることだそうだ。たとえば病気で入院したコックの場合、費用はすべてかからなかったとか。

コックが就学ヴィザで働く場合、最初は「住む場所と食事の提供のみで給料は無し」という契約を結ぶケースが多い。しかし実際にはそれは表向きで、闇の部分が非常に多い。 たとえば給料で言えば、彼らはたいていの場合ネッロと呼ばれる賃金(闇賃金の意。労働許可証がなく、正式な給料を払えないため会計上の処理ができず、店主のポケットマネーからでるお金)をもらえる。 これが、オーナー側に言わせれば厚意であり、お小遣い程度の額で十分だということになるが、コックの側からすれば働いたのだから給料だと受け止めるため、さまざまなトラブルの元になる。

「自分たちは法外な時間で働いているのにこれしかもらえない」とオーナーの悪態をつく人もいた。労働に見合う賃金、そう考えると彼の論理になるのだろうが、就学ヴィザ、つまり学生の身分で行く以上、現状ではコックの方が覚悟すべきだろう。 日本人コックは安くてよく働く。しかし、だからイタリアで学びたい者が学べるという図式があるのだ。
 ただしある程度の期間働いた店で、額を上げてもらうよう交渉するのは正当な主張である。「自分はこれだけしているのだから額を上げて欲しい」と訴えたとき、雇用者がそのコックを必要とするならアップするし、逆なら解雇されるだけ。ということは、交渉は自分の実力を測るものさしにもなるのである。

最近では、どんなに面倒でも労働許可証と就労ヴィザを取りたいと考える日本人コックが増えてきた。 以前なら数ヶ月〜2、3年修業して帰国し、イタリア経験者として日本で働くというパターンが圧倒的だったため就学ヴィザでもなんとかやっていけたのだが、今は5年、6年、10年と修業期間が長期化傾向にあり、イタリアで開業したいという者も現れてきたからだ。

イタリアの有名リストランテでセカンドコックを務めたり、実質的なシェフとして働く日本人がなんと増えていることか。イタリア料理界にとっても日本人コックは、重要な戦力になっているのではないだろうか。 それなのに現行の法律では、修業したいなら違法にならざるを得ない場面が多すぎる。

イタリアの雇用問題は深刻であり、日本人は「厨房に入れてもらっている」という謙虚さを忘れてはいけないと肝に銘じつつ、それでも事実上当たって砕けろ的な修業志望者は後を絶たない。この現状が今後のイタリア料理界、日本におけるイタリア料理の未来にどんな影響を及ぼすのだろう。


執筆者プロフィール
井川直子 ikawa naoko

1967年生まれ。コピーライター、ライター。2003年、イタリアでコック、カメリエーラ、ソムリエなどの修業をしている24人の日本人を取材した著書『イタリアに行ってコックになる 24 stories of Japanese in Italy.』を柴田書店より出版。現在、インターネットでエッセイ『イタリアに行ってコックになる 番外編』(http://www.ict-ict.com)、『或る日、食に目覚めて』(http://www.9393.co.jp)を連載中。E-Mail nao-net@wg7.so-net.ne.jp

『イタリアに行ってコックになる 24 stories of Japanese in Italy.』
柴田書店刊(定価1,600円)

かつてスパゲッティをケチャップで味付けしていた日本の家庭にも、トマトの水煮缶とオリーブオイルが常備されるようになった今、ご当地イタリアにはびっしりと日本人コックが散らばっている。帰国しても、もう「イタリア帰り」はブランドにはな
り得ず、その中の何人が自分の店をもてるのかもわからない。そんな厳しい現実の中で、それでもイタリアへ行きたくて行った24人の日本人を取材した。

修業というと思わず「包丁一本〜」の世界してしまうが、20〜30代前半の彼らはお洒落が好きで、特別立派な人でもなく、失恋してヘコんだり目も当てられないくらい落ち込んだりすることもある普通の若者達。しかし同時に意志をもって単身海を渡った人たちでもあり、そのリアルで直球勝負な言葉は、コックの世界を知らない者の胸にもビシビシ響いてくる。巻末には、実際に行動を起こすための具体的な準備や修業先の探し方といった情報を掲載。


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