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ITALY NEWS
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2003/06/01 


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イタリアの大学教育と大卒者の就職事情


 稲垣京輔

横浜市立大学 経済研究所 助教授

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近年の大学改革

 大学における改革は、日本だけでなくイタリアでも進行中である。日本では国公立大学の独立行政法人化が焦点となっているが、イタリアでは経営基盤をめぐる制度的枠組みの改革だけに終わることなく、新しいカリキュラム体系をどのように組むかというより踏み込んだ問題が議論されてきた。これには2つの背景があり、ひとつは、大学教育のあり方をめぐる他のヨーロッパ諸国との標準化、すなわち単位の互換や学生や研究レベルの国際的交流の促進、もうひとつは、企業社会に対応した実践的な教育制度の整備にある。一連の改革は、1999年に採択されたボローニャ宣言によって2000年の新学期から徐々に実施に移され、すでに新体制に移行して丸3年が経過しようとしている。

 イタリアでは、日本のような入学選抜試験はなく、ディプロマと呼ばれる高校卒業の資格試験で一定の成績を収めているものは、全国の希望する大学に入学する資格を取得したこととなる。ところが、旧体制の下では「入り口は広く、出口は狭い」のが特徴であり、所定の在籍期間である4年間で卒業できるものはほとんどいないことから、「大学=4年」という実質的な意味はほとんど存在しなかった。また、入学登録をした1年生のうち約半数以上が一年もたたないうちにドロップアウトし、最終的に卒業証書を手にできる学生は、全体の30%に満たない状況にあった。若年労働力の雇用吸収力の低いヨーロッパでは、高校卒業後一度は大学入学を試みるものが少なくない。ところがイタリアでは、私立大学が少ないために、大学の数が極端に少ない。そのため、国立大学では常に在籍者が数万人の規模に達する。入学シーズンになると在籍登録に訪れる学生でごった返し大混乱となる大学事務の窓口の光景は今でも秋の風物詩であるが、このところ「出口」のあり方は着実に変わろうとしている。

 改革の柱となったのが、これまでの4年制カリキュラムを第一の学位(Corso di laurea)と第二の学位(Laurea specialistica)の2つに分割し、3+2年制に変更したことにある。これは、従来の4年制の卒業資格に相当する学位を3年間に短縮するものであり、学位取得をより容易にすることを目的としている。イタリアでは大学卒業者の平均年齢が高いために、このことが新卒者の就職に対して不利であることが指摘されてきた。他方でより専門性の高い2年間の第二学位に分割することによって、より専門性を高めるカリキュラムを用意するための制度的な枠組みが整えられることとなった。従来の4年制の修学は、日本の修士課程修了と同等のレベルに相当すると考えられており、大学院のプログラムは、実質的には大学研究者を養成するコースと考えられてきた。ところが新制度に基づく第二学位では、個人の進路に従って、専門知識を取得できるような仕組みを持っている。マスター第一レベル(Master 1゜livello)と呼ばれる1年間の高等職業訓練プログラムが設定されており、とくに企業の幹部やマネジメントに携わろうとするものに対しては、企業などでの研修も単位として組み込まれる。また、海外の大学とも単位互換の範囲を拡大して、1年間の留学や交換留学の制度もまた、このマスターのプログラムに含まれることとなった。

学生の就職に対する考え方

日本の学生が4年生ともなると一斉に就職活動を開始するのに対して、イタリアの大学生には集団的に就職活動をおこなうようなシーズンがあるわけではないし、ましてやリクルート・スーツなどという独特のファッションはありえない。そもそも日本ではほとんどの学生が4年間で大学生活を終え、3月31日付で学位を取得し、翌年度の4月1日に滞りなく就職していくのが当たり前とされているのに対して、イタリアでは卒業のチャンスは1年間に3度ほどあり、履修科目の選択や卒論に関する研究計画など、卒業までのスケジュール管理は各自が個別におこなうこととなる。卒業するためのハードルが高いとされるイタリアの大学では、卒業を迎える段階で就職先が決まっている学生の数は極めて少ない。ほとんどの学生が、卒業論文を提出するまで就職活動を片手間におこなうような時間的な余裕を持つことは不可能だからである。

やっと卒業しても、そこから就職先を探すまでにまた何年もかかるというケースも少なくない。イタリアもまた他の欧米諸国と同様で、終身雇用や年功序列といった雇用制度が普及しているわけではない。各企業は、社員の能力開発にかかる費用をできるだけ抑制するために、即戦力を雇用したがる。その結果、大学の新卒者の採用枠は常に皆無に近い状態が続き、一つのポストに空きが生まれて募集すると、何人もの学生が応募に殺到することとなる。結果的に、若年者の失業率は増加してしまうという傾向をイタリアは長年にわたって経験してきた。ただし、企業側にも大学生に対して消極的にならざるを得ない事情がある。そのひとつは、いかなる経営状況にあっても途中解雇が許されないという労働協約に基づいている。つまり、若年労働力の採用は雇用期間が長くなることを意味するために、景気変動に対するリスクが大きくなると経営者の間では考えられてきた。その他、人材育成に投資できるような資金的余裕を持てない企業が多いこと、さらに欲しい人材と大学教育との間にミスマッチがあること、などが指摘されてきた。例えば、製造業などでは熟練工の不足が深刻であり、理論重視の大学教育よりも工業高校などのより実践的な教育を望む企業も多い。

こうした問題を解消し、新卒者の雇用を促進するために、職業訓練雇用契約(Contratti di formazione e lavoro)が1984年から実施されてきた。この契約は、主に大卒生を対象として職業訓練を目的としたインターンシップ制度であるが、二年間という期限を設定することによって、新人の雇用に消極的である企業の門戸を広げるのに一定の効果を上げてきた。契約期間の満了となる時点で、優秀であると見込まれた新人は正式採用となるが、この制度を悪用し、単に二年間で解雇することを前提とするような企業が現われないようにするために、全体の60%の正式採用が義務付けられている。

日本でも若年失業率が上昇の傾向にあるが、新規の雇用創出が困難になっている原因のひとつに、新規開業率の低迷が挙げられる。イタリアでは、日本と比べて新規開業率が高く、学生起業家の数も相対的には多い。ところがこの違いは、イタリアの起業家精神やリスク・テイクな精神が旺盛な土地柄によるもので、風土的な差異に基づいていると見られがちだが、実はそう簡単ではない。就業環境が恵まれていて将来に不安のない安定的な就職先があるならば、誰もが就職したがるのは日本の学生もイタリアの学生も差はない。両国の違いは、そういう職場が存在するかしないかということである。日本よりもイタリアで、「新しいビジネスを自分の手ではじめよう」という気にさせる条件があるとすれば、そこには二つの要素が相互に結びついた結果であると考えられる。

一方には、専門性の高いキャリアを形成するような社会的圧力が挙げられる。つまり、「あなたは何ができるのか、わが社にどう貢献できるのか」ということを問われるのは、イタリアでは一般的なのである。他方で、就業環境の悪さや就業機会獲得の困難さという要素が常につきまとう。すなわち、新卒者が首尾よく就職できたとしても、専門的なキャリアを積んでいないためにきわめて低い賃金報酬や不利な労働条件を受け入れざるを得ない場合が少なくない。
したがってイタリアでは、大卒者であっても、多くは就職後もよりよい就業条件を求めて、自己のキャリア形成に否が応でも積極的に対応せざるを得ない。終身雇用と年功序列がセットになった安定的な職場などというものが存在しない以上、将来に対する不安を抱えながらも現状に満足するか、そうでない場合は、転職するかあるいは自分でビジネスを始める以外に他に選択肢はないのである。


JIBO特別プレゼントのお知らせ

プレゼントの内容
稲垣京輔著 『イタリアの起業家ネットワーク―産業集積プロセスとしてのスピンオフの連鎖―』 白桃書房 ISBN 561-26378-0 A5・304ページ 3600円 発行2003年2月
日本では地域経済の衰退や産業集積の崩壊が深刻さを増しているが、イタリアではどのように活気ある産業集積が形成されてきたのであろうか。本書ではいくつもの企業が地域内に誕生するプロセスを人と人の繋がりの中から読み解く。

プレゼント申し込み方法
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締め切りは6月30日抽選で、3名の方にお送りします。

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注:なお、本プレゼントは、日本国内に郵送先住所のある方に限定させていただきます。


筆者プロフィール:66年東京生まれ。1995年イタリア政府給費留学生としてボローニャ大学に留学。2000年東北大学大学院経済学研究科博士課程修了。専門は中小企業経営論、ネットワーク組織論。著書に『イタリアの起業家ネットワーク』(白桃書房)。

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