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ITALY NEWS
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2003/04/01 


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売りに出される「文化財」


 佐藤康夫 (さとう やすお)

ジャーナリスト



あまりにも楽観的な経済展望がすべて裏目に出て歳入不足に苦慮する中道右派政権は、国中に溢れる豊富な国有財産に目をつけた。これらを売って財政赤字削減と公共事業予算に充当しようと言うわけだが、なかには貴重な文化遺産も含まれており、その譲渡の動きに対して国内外から強い批判の声が上がっている。

「国家遺産株式会社」
七月、ベルルスコーニ政権は財政赤字削減策の一環として、野党の反対のなか、国有財産を管理(再評価・運用・譲渡)する「国家遺産株式会社」と「インフラストラクチャー株式会社」を設立する法案を成立させた。これにより総額二兆ユーロと推計される国有財産の譲渡が可能となった。
これを受けて八月六日付の官報は、国有財産管理局編纂になる「譲渡可能な国有財産」の分厚いリストを公表した。北から南まで全国に散在する財産のなかに は、役所、駅舎、兵舎、監獄、病院、学校、道路、考古学的遺跡、歴史的記念建造物、地所・住宅、島、水源、自然オアシスなど等、国の所有するあらゆるものが含まれ、どの国にも前例がないほどリストは広範囲にわたっている。このすべてが売却されるわけではないとされるものの、リスト編纂責任者が同時に「遺産会社」幹部を兼ねていることからも、リスト編纂作業の意図は明らかだ。

国の持ち株会社である「遺産会社」の当面の任務は、2003年度予算を補うため四十億ユーロを確保すること。実際どのように国の遺産から収益を上げることができるのか。三つの道が想定されている。
− 売れるものは、躊躇せず即売する。
− 売れないものは、効率よく管理する。例えば、海辺や高速道路の認可料金を引き上げる。
− その他の財は、「インフラ会社」に移譲する。この会社はいわば銀行のような機能を持ち、政府の選挙公約であるメッシーナ海峡横断橋や高速道路など大型公共事業実現のための資金を市場で確保するための保証担保として財産を運用する。

文化遺産の行方
問題となるのは、なぜこの売却可能な国有財産の中に、保護対象である歴史的修道院や考古学的遺跡や自然のオアシスまで含まれているのかと言う点だ。メッシーナ海峡横断橋梁30メートル分、あるいは高速道路50メートル分の建設と引き換えに中世の修道院や古代遺跡を手放すということになるのか?
国民に代わって、そんな不安を最初に表明したのはチャンピ大統領だった。大統領は、この法律が文化遺産に及ぼす影響を心配し、首相や担当閣僚らに文化遺産の譲渡はありえないことを明文化するよう訴えた。それに対して首相らは、文化遺産に関してはこれまでと「何も変わっていない」と繰り返すばかりだ。
確かに法律は芸術的・歴史的に「特別な価値を持つ」と判断される物件に限り、経財相は文化相と協議するとしている。では誰が特別に価値のある国有財産と判断するのか?法律には首相と経財相の署名があるだけで、文化相も環境相も関知していないところから明らかなように、歴史・芸術遺産や自然環境・景観などの運命は、その都度トレモンティ経済・財務相の一存で左右されることになる。

その際、一体どのような基準で特別に価値のある財と判断されるのだろうか。 ローマ市内のコロシアムやポンペイ遺跡のように世界中の誰でもが知っている有名な古代遺跡だけが保護され、全土に隈なく存在する「無名」の遺跡群は価値無しとして切り捨てられることになるのだろうか。
この不吉な予測を裏付けるかのように、「売却可能な国有財産」リスト中にはオアシスや小島に混じってローマの東百数十キロ、アブルッツォ州の山中にある古代ローマ時代の遺跡アルバ・フチェンシス(評価額四万ユーロ)などが上げられている。しかもこのリストは三万件以上あるとされる「遺産」のうち3.500件を記載しただけのものであり、今後更に数冊のリストが公表される予定だ。

イタリアにおける文化財
イタリアでは文化財・文化遺産とは何を意味しているのであろうか。第二次大戦後制定された共和国憲法第九条では、文化と科学・技術の発展を奨励し、「共和国は国の景観と歴史的・芸術的遺産を保護する」と謳い、文化財・文化遺産保護を国の基本的責務のひとつとして規定している。文化遺産は一国民のアイデンティティと歴史的記憶の核心、とする思想が根底にある。

近代国家統一の遅れたイタリアだが、1861年の統一王国誕生前後に全土に普及していた「文化財保護の文化」水準は世界でも抜きん出たものであった。統一後も文化財を全市民の所有になるものと規定し、その保全を国の優先課題と位置づけると同時に、議論の末、芸術作品など歴史・文化財を一都市に集中するのではなく、その創造の土壌となった地域の社会・文化的ネットのなかで保持・保護する「イタリア方式」を選択してきた。

サルヴァトーレ・セッティス(考古学者・美術批評家・ピザ高等学院長)によれば、イタリアの文化財保護のキーワードは「隣接と継続」ということになる。美術で言えば、著名作家の作品を孤立したものと捉えず、相互に関連する数え切 ないマイナー作品とともに一つの総体を形成するものとして、制作された文化的・社会的・地域的文脈のなかで保護・継承されてきている。さらにイタリアは、日常生活で触れる宮殿や教会、住居や職場に利用される建造物が、歴史・言語・音楽・文学など諸々の文化とともに密接な一体として存在することを肌で感じさせる数少ない国のひとつでもある。

各地に文化財が溢れるイタリアをひとつの「巨大な博物館」とみるむきもあるが、むしろイタリアは生活文脈と切り離された人工的空間である博物館になることを拒否するところに、その存在の意義を見出していると言えよう。継承と創造の文脈のなかで、総体として生き続けていることにより、世界でも稀に見る価値を与えられているのがイタリアの文化財・文化遺産の特徴であり、もし総体の一部でも切り取られることになれば、その生命力・価値に致命的な打撃を与えかねない。
国の文化財を一家族の「祖先伝来の家宝」に例える議論もある。経済的困難に直面した一族がやむなく銀食器や宝石などを手放すように、政府は必要なときに「家宝」を手放して財政補填を図るというわけだが、文化財を金銭的価値からのみ評価すること自体大きな誤りだ。

文化財「保護」行政の変質
十数年前までは世界の文化財保護行政の先端を行っているかに見えたイタリアだが、九十年代半ば中道左派政権の誕生前後から大きな異変が起き始めた。文化財は石油資源の乏しいイタリアの豊富な文化「埋蔵資源」と位置付けられ、適切な形で経済的にも活用されるべきものとされた。文化相自ら国の文化財行政の現状への不適合・後進性を指摘、他の欧米先進国に倣って、国の代わりに効率よい管理者として民間や州などの地方自治政府を重視し、文化財行政を移譲する傾向が強まる。その結果各機関の権能が交錯し、関連法規が次々と追加され煩雑となる一方で、文化財の保護概念自体は空洞化していく。

ジュリアーノ・ウルバーニ現文化相が「コロセウムもポンペイの遺跡も売らない!」と強調すればするほど、その他の文化遺産の行く末が気になってくる。
もっとも、今日の異常事態は、中道左派政権の前二代の文化財相が道をつけた路線上にあり、それを踏襲し極端に推し進めた結果とも言える。中道左派政権下では民間へ譲渡された文化財に関する保護条件(保存と公的利用を義務付け、不履行の場合は国へ返還)が定められているが、現文化相はこれに触れず、1939年以来の文化財関連法規の調整一本化を画策している。1942年の民法により国有財産管理局の管轄下におかれ半ば放置されている公有の歴史的芸術的文化財を、文化財保護を責務とする文化財省監督局に完全に移管する法的整備が期待されるが、どうやら経財相の意向に呼応して、文化財を保護するために設けられた様々な規制制度の緩和へと向かいそうである。

「ローマのタリバン」
セッティスは、その近著「イタリア株式会社−文化遺産への攻撃」の冒頭で、「トレモンティ経財相ら“ローマのタリバン”たちによって、イタリアの文化遺産は金銭的価値のみを有するものに格下げされ、好き勝手に処分できる資源となりはてた」とするドイツ有力紙の批判記事を紹介している。
このように文化遺産に関しては、内外からの強い関心が寄せられることで、その売却に一定の歯止めが掛かるものと期待されるが、一方、同じ憲法で保護対象となっている小島や海岸、森林・緑地などの環境財に関しては、環境相との協議は明記されておらず、経財相の独断で国民の目に留まらず民間に移譲されかねない。建築業者と地方政治家とが癒着し、不動産の用地指定変更が行われ、莫大な利権を巡る開発投機の下、都市部の緑地や海岸線、オアシスの破壊が進むことが 懸念されている。

一社会の健康状態は、その社会が自身の歴史的建造物やその景観との間にいかなる関係を持っているかによって最もよく測ることができると言われる。セッティスによれば、「今まぎれも無く破壊されようとしているのは、コロシアムでも中世の城でも、国立公園でもトスカーナの小村でもなく、まさに何世紀にも渡り世代から世代へと公的行政と市民的自覚のなかで育まれ継承されてきた文化財保護の文化」なのだ。
成立した法律は遅かれ早かれ時限爆弾のように、この文化を侵食し、ひいては文化財そのものを蝕む。ローマで政権を握る歴史的記憶の破壊者“タリバン”たちに再考を促し、国の文化財行政の取り崩し傾向を逆行させ得なければ、早晩我々すべてがタリバンと化すことになりかねない。(了)


筆者プロフィール

1948年東京生まれ、78年東京芸術大学大学院修了(西洋美術史専攻)、80年よりローマ在住。フリーランスジャーナリスト。著書に「イタリアを知るための55章」(共著)など。


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