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ITALY NEWS
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2003/03/01 


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イタリアの中小企業を見る目


 岡本義行

法政大学大学院 政策科学専攻 教授



イタリアの中小企業をどのように描けば、「客観的」な像になるのだろうか。日夜悩んでいないが、いつもこの方法論的な問題に打ちあたっている。国際比較による研究は対象の違いを明らかにしてくれるように見えるが、「中小企業のここが違うよ」といったところで、それで終わってしまう。なぜ、そしてどのように違うのかを考える必要がある。これがわれわれの仕事だ。たとえば、個人のメンタリティ、労働観、労働市場、さらに教育の水準と質が違うため、中小企業の会社組織も違う。企業間の取引関係や経済構造も違う。先進国の中では、労働市場のように、日本は特殊な制度を形成した「変な」国であることも理解しておく必要がある。
数字は客観的に見せる手段であるが、この信頼性にも問題は残る。中小企業そのもの定義が異なるし、利益率のデータなどは税制や引当金などの制度によって違ってくる可能がある。さらに、入手できる統計類のカテゴリーが、日本とイタリアでは微妙に異なることが多い。

そんなことはどうでも良いのではないかといわれる向きがあるかもしれない。
その通りなのである。それは何を描こうとしているかに依存する。また、その他に手段がないのだから、ともかく描いてみることが重要なのである。その後で、それが正しいかどうかは検討すればよい。しかし、海外調査レポートとよばれる「旅行記」が乱発されているが、これは上記の点をまったく無視して書いている人がいる。
日本では中小企業の賃金は大企業よりも平均的に低い傾向にある。大企業に人材が集中するのは当然である。しかし、イタリアでは職種ごとに賃金が全国的に決まっているので、原理的には、大企業で働いても中小企業で働いても賃金格差はない。
高学歴の優秀な人材が自分の生まれた村で職を見つけても、それほど低賃金を受け入 れねばならない理由はない。したがって、日本でいうと「東京大学の博士号」を持っ たような人材が、小さな町の零細企業で働いていることがある。こんなことは日本ではあり得ないことだが、イタリアでは不思議でも何でもない。世界的に見ると、日本こそは特殊な国なのだ。こうした常識を知らずに非常識な「旅行記」が公表されてしまう。

先日、イタリア経済の視点から、日本経済の再生について話すように依頼されたことがあった。
そこで最初に労働生産性の国際比較をしたデータをプロジェクターで見ていただいた。
多くの日本人は日本の労働生産性は高いと信じ込んでいる。自動車など一部の産業の生産性は非常に高いのは事実である。
しかし、日本の労働生産性は、OECD26各国の平均をはるかに下回る水準で、トルコなど数字がない国もあるが、日本よりも低い国はニュージーランド、ギリシャ、ポルトガル、メキシコぐらいなのである。ところが、イタリアはオランダについで第2位なのである。ちなみに、アメリカ、フランス、ノルウェー、ドイツと続く。この比較についての問題点はあるが、ここでは宿題にとして触れない。OECDの平均を100とすると、日本は80.3でイタリアは129.7であった(1994年)。この数字にみな驚いていたが、日本の構造改革はこの数字抜きには語れないはずである。

関連したデータを紹介しておこう。イタリアの年間労働時間は1482時間であり、日本は1812時間であった。OECDの平均は1585時間で、日本よりも労働時間が長い国はメキシコ、スペイン、ニュージーランドぐらいである。日本とイタリアでは、年間で300時間以上違う。1日8時間労働として、日本人は年間で40日以上多く働いていることになる。
また、労働参加率、すなわち人口に占める就業者数は、イタリアで35.2%、日本は51.6%である。イタリアでは3人に1人が働いているのに対して、日本は2人に1人が働いている。この数字が日本よりも高い国はスイスとルクセンブルクである。イタリアよりも低い国はスペイン、トルコ、メキシコ、アイルランドなどである。
こうした数字の意味するものは明白である。

日本もイタリアも、経済全体に占める中小企業の役割が大きい。イタリアでは、就業者の80%が中小企業で働いている。日本は70%程度であり、先進国の中では、イタリアと日本が中小企業就業者の割合が最も高い。
日本の中小企業は大企業と比較する生産性は明らかに低いことは、どのデータを見ても確認できる。イタリアでは規模別には、生産性の格差はほとんどない。大企業の競争力がないのは生産性が低いからである。先の数字で、日本の生産性はイタリアと比較すると6割強であるから、中小企業について生産性を比較すると、恐らく日本の中小企業はイタリアの中小企業の50%以下の生産性しか上げていないかもしれない。

もう少し厳密な議論が必要であるが、日本とイタリアで中小企業の生産性にこれほどの格差があるのはなぜだろうか。労働生産性の概念は分子が付加価値で分母が労働時間である。先ほど見たように、日本の労働時間が世界的に見て、(サービス残業をカウントしなくても)異常に長いから、それが影響していることは間違いない。
付加価値は労働コスト+粗利益であるが、賃金水準は日本がはるかに高い。イタリア企業 の利益率は中小企業を含めて入手できるデータから見るとかなり高い水準にある。
ともかく、イタリアの中小企業では、そこで働く従業員は日本の中小企業よりも効率的に働いているのである。それもはるかに効率的であるように見える。第一の仮説は伝統的な見方である。中小企業は大企業に搾取されていて、付加価値や利益が取れないからであるというものである。確かに、日本の中小企業は大企業のネットワーク(たとえば、系列や下請)に組み込まれており、最終市場に直接アクセスが難しいという構造はある。

しかし、経営者にインタビューしてみると、中小企業経営者の多くはそうした状況に甘んじている。リスクを冒さずに事業展開しようとする傾向がある。また、経営能力が低いために、経営学的にいえば、選択できる事業機会が極端に狭いのである。コストの切り下げであるとか、生産工程の改善といった範囲で経営を考えている。
イタリアの中小企業経営者はもう少し強かであり、企業間関係のパワーバランスには敏感である。サプライアーとして下請生産することは当然あるが、1社に依存して生殺与奪されるリスクは決して冒さない。これは社会で育まれてきた感性でもあるが、教育の結果でもあると思われる。とくに、若い世代の中小企業経営者はビジネススクールでトレーニングされている。そこで第2の仮説として、日本とイタリアの中小企業格差は経営能力の格差で説明できないだろうか。

日本企業はブランド戦略を不得意としている。端的にいえば、これはトータルな企業経営が構想されていないからである。他方、周知のように、ブランド構築はイタリア企業の得意とするところである。これはまさに経営能力の差といってもよい。
経営能力は知識ではなく、考え方でありスキルである。


筆者プロフィール

47年東京生まれ。78年京都大学大学院経済研究科博士課程単位取得退学。87年よ り法政大学社会学部教授。
専攻は企業論、産業組織論、比較経済論。主な著作に『イタリアの中小企業戦 略』、三田出版、1994年。


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