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ITALY NEWS
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2002/09/03 

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イタリアの老人問題 後編
- イタリアの老人たち -


佐藤康夫  (さとう やすお)
ジャーナリスト





● 老人とローマの夏
夏は老人たちにとって「危機的」な季節である。単に猛暑のためだけではなく、市民の大半が休暇で長期間に渡って町を離れ、老人介護に欠かせない家族や社会的ネットが大きく緩むためだ。商店なども大半が閉店し、自立できても長旅が出来ず家に残される老人も含め、独り暮らしの老人にとってこの時期を乗り切るのは容易ではない。
各市でボランタリーの協力のもと、老人の需要に対応すべく努力が重ねられているが、ここではイタリアで最も人口の多い首都ローマ(265万6千人)の状況を見てみよう。

同市内には65歳以上の老人が65万9816人(男女比は四対六)暮らしており、その内、夏期休暇期間(6月半ばから三ヶ月間)中に市内に残る老人は50万人(75歳以上の老人13万人、要介護老人5万人を含む)近くにも上るものと推定され、毎年、老人の孤独な夏を回避すべく行政側も様々な活動を展開している。 今夏は社会政策局社会オペレーション室にコールセンター(70人が交代勤務)が設けられ全市民を対象に24時間体制の電話サービスが実現、医療・福祉・介護機関、市警察やボランタリー組織などの協力で多様な要望に対応している。健康問題など緊急を要する事態にも即時対応できるよう老人問題専門のワーカーらが同乗する巡回車が10台配置され、連帯ポニーと呼ばれる65歳以上の老人を対象にしたよろず出張サービスも登場した。出張サービスを支えるのは、カリタスなどの教会系や労働組合系など10のボランタリー組織の600人。電話会社の提供(総額51.646ユーロ以上の援助)する携帯電話器を手に、老人たちの要望に応えていく。サービス内容は、医薬品の入手、買物や新聞購入の依頼、家の清掃、郵便局での年金受け取りなど各種所用の補助、教会への付き添い、ペットの散歩、話し相手と様々。なかでも100店以上の商店の協力で実現した宅配サービスが大いに喜ばれている。老人からセンターに買物などの依頼の電話が入ると、ボランタリーのポニーが老人宅に出向き買物リストを受け取り、最寄りの店で購入し届ける。センターでは必要に応じて温かい「弁当」の支給も予定している。七月末時点で電話コールは二万件を記録した。 市では、専門医が電話で定期的に健康状態をコントロールするテレ介護制度(受診は24時間体制)も導入、年所得7231ユーロ以下の市民には無料で連絡機器を提供する。短期間の利用(料金月15ユーロ)も可能で、年寄りを1人残して外出する家族などの利用が見込まれている。
障害者、アルツハイマー症やパーキンソン氏症患者のためには、特別のSOS電話サービスを設けている。

高齢者だからと言って常に介護を必要としているわけではない。元気な老人たちの自主的な交流の場として利用されているのが社会センター、老人センター(登録者八万人/登録条件:55歳以上の住民・50歳以上の年金受給者・障害率70%の45歳以上の市民)。年間二百万ユーロの予算で運営される120のセンターでは、会合、ダンス、遊戯、市内外の遠足、体操、食事会などが企画・実行されている。 居残り組み老人のため20区内ごとに最低一箇所のセンターが真夏でも開放・維持された。市や区の主催する夏の海や山での保養滞在には6000人の老人たちが参加し、市内では「月光下のローマ」と題して古代遺跡や広場を巡る夜の遠足が実施され、参加者にはジェラートが振舞われた。聖母被昇天の祭日(8月15日)の夜には、ポポロ広場など市内九つの広場でプロも交えたダンスパーティが開催され、高齢者を含めた多くの市民たちを喜ばせた。
更に元気な老人たちは、老老介護のボランティア国際交流に参加。ローマの65歳以上の老人十数人がバルセロナに出向いて老人相手のボランティアを務め、代わりにスペインの老人たちがローマでボランタリー活動を行った。

● 働き者の老人
老老介護に従事する高齢者の例を持ち出すまでもなく、イタリアのお祖父さんお祖母さんたちが毎日を忙しく過ごしているのは間違いない。合計して一日10時間は「働いて」おり、スペイン(7.2時間)仏(6.8時間)独(6.5時間)スウェーデン(6.1時間)英(5.6時間)の老人たちと比べても断然働き者である。その内訳は、住居や庭の整理清掃に1時間半、買物に1時間、昼食と夕食の準備に1時間半、孫の世話(家庭内での世話と学校の送り迎え)に2時間、孫の遊戯・スポーツなど戸外での活動の付き添いに2時間、ペットの世話に2時間となる。これはEppa(European Psychoanalytic and Psychodynamic Association)が55歳から75歳の高齢者を対象に行った調査結果だが、退職した老人といえどものんびりとした生活をしているわけではないようだ。 調査によればイタリアの60歳以上の老人の38%にとって最大の負担とみなされるのは、幼児を抱える息子や娘夫婦が共働きで忙しく小さな孫の世話が祖父母に任せられることにある。一方30%の老人にとっては、就職先と住居が見つからないため息子・娘が成人しても巣立たず両親の家で新家庭の核を形成する現実が重荷になっている。18%の老人は、適切な社会機構が欠如しているため成人した息子・娘と同居を余儀なくされることを負担としている。
20%の老人が家事や孫の世話など負担が重過ぎると訴えているものの、45%の老人たちは自分のライフスタイルに満足している。満足の要因として、32%の老人が自分を役立たせることができる家庭内での協力・役割分担を挙げている。 一般に欧州諸国の老人は一日1時間半から2時間を趣味に充てているが、家事協力に時間をとられるイタリアの老人には、当然ながら自分の趣味のための時間が極端に少ない。一日30分しかない“自由”時間にすることは、公園散歩(25%)、テレビ鑑賞(20%)、老人センター/バール/ダンスホールなどで同世代と会うこと(16%)となっている。

● 社会のお荷物から有効「資源」へ
少子高齢化が個々人の長寿化というだけではなく、家庭と労働力の後戻りできない老齢化をともなうところから、行政が介護と雇用を軸に新時代を画する適切な施策を打ち出すことが求められている。これまでも埋蔵資源の少ないイタリアでは、美術品など逆に豊富な文化財を「資源」ととらえて財政的にも活用する施策が進められてきているが、同様に今度は老人たちがイタリア社会に潤沢に存在する「資源」として注目され始めた。
CENSIS(Centro Studi Investimenti Sociale 社会投資研究センター)の2001年の報告「新老人の活力−寄る年波への対応」によれば、これまで十分に調査されたことがない「老人世界は、先進社会における行動様式・生活上の期待と諸関係に革命的な変化をもたらす構造的要素」となってきている。 これまで、第三、第四年高齢期※注は社会的連帯を受ける保護対象の人口区分であり、そのために保健医療、年金、介護の経費の大半が振り分けられるところから社会のお荷物と考えられがちだった。しかし、老人世界の実態は随分と多様化してきており、むしろステレオタイプの老人観に縛られることで、「資源」としての老人を十全に活用することが妨げられているのが実情と言われ始めた。老人は、なによりも労働と生活上の技能・知識・経験の記憶を保持する人的資源であり、固有のサービスを需要・消費する財政的資源ともみなされることになる。
高齢者大学・体操ジム・ボランタリーなどの連帯活動・世界旅行と、日々を忙しく過ごす老人たち。確かに高齢者の19%が習慣的な運動を欠かさず、15%がコンピューターを使い、25%が携帯電話を持ち、70歳を過ぎても65%の男性、30%の女性が性的に現役を保持している。活発な老人が増えると社会的コミュニケーションの場でもその存在を無視できず、伝達の対象者としての地位が上がる。今のところ行政や企業は「成熟した高齢化社会」の特有の需要に対応し切れておらず、メディアなどの広告宣伝言語もいまだに若者向けである。しかし、地方行政の一部では老人自身の参加と評価を基礎にするより開かれた社会ネット網の形成に着手しており、消費・市場の総体も、サービス需要者・利用者としての老人を新たなターゲットに、高齢者層を配慮する方向に大きく変化することが予測されている。

● 老人とボランタリー
イタリアの65歳以上の高齢者は1200万人、その内27%が1人暮らしをしている(2010年には65歳以上の老人の総人口に占める割合は19.5%、2020年には22.3%,2025年には総人口の四分の一を超えるものと推定されている。同年には寿命は女性94.9歳、男性88.4歳に達することになる)。
65歳以上の1人暮らしの高齢者で隣人・友人・ボランタリー・管区教会などから形式ばらない援助を受けたものは全体の約24%、一方、市や社会コープなどの事業体から規定の援助を受けたものは5%に満たない。老人が求め期待することと、それに対処する行政側の不適切な対応との間に溝が存在するのも事実のようだ。
このような状況の中で老人参加の社会ネット形成の核ともなるのがボランタリー組織。2001年(国際ボランタリー年)の報告では、イタリア全国には1万3286(2001年)の非営利組織が存在し、イタリア人の百人に1人、60万人以上が持続的なボランタリー活動に従事している(非継続的ボランタリーは400万人を超す)。
その仕事のボリュームは約6万7千人の労働者の仕事に匹敵するものと推定されている。とりわけボランタリー組織の七割以上が活動する保健医療・介護分野に女性が多く(76.3%/全分野で女性ボランタリーの占める割合は40.8%)、年齢的にはボランタリーの63%が46歳以上の市民からなる。  
  青年層(15−29歳)におけるボランタリー活動は7人に1人に止まり、青年ボランタリーの養成はもっぱら民間団体や教会組織の主導に負っており、行政側の対応が遅れている。また良心的軍務拒否者によるシビルサービス(1999年11万人)としての青年ボランタリー活動が多くの障害者などを支えてきたが、現行の徴兵制が2006年までに廃止されるため、ボランタリー不足が危惧されている。
ローマ市内だけを見ると、介護などの社会的分野のボランタリー市民は1万2千人、ボランタリー組織は418団体・グループに上り、その内の70%をカトリック系が占め、また法的認知を受けていない小規模の自発的グループが55%にも及ぶことが特徴だ。カトリック系のボランタリー組織は困窮層の救済や慈善・奉仕活動を基盤としている。

また、老老介護も含めて老人自身のボランタリーも活発でボランタリー活動に従事する市民の10.8%は60歳以上の高齢者である。非宗教的民間のボランタリー組織として上げられるのが三大労組連合下の組織。三大労組それぞれの年金生活者組合の後押しで、老人を対象にする老人を主体にしたボランタリー組織が作られている。規模の大きいもののひとつが左派系イタリア労働総同盟(CGIL)傘下のAuser(Associazione per l’autogestione dei servizi e la solidarieta 諸サービスの自主運営と連帯のための協会/登録者20万人)で、6万人のボランタリーが全国千を数える支部で様々な活動を展開している。
なかでも注目を集めているのがシルバーラインと呼ばれる電話相談サービス。5000人のボランタリー(高齢者を中心に女性が80%)が週五日、老人の保健医療や福祉面での諸権利保護の相談窓口として、介護者/介護する家族を援助・支える各種情報提供者として、また孤独な老人たちの日常の話し相手として活動している。48時間以内に対応する緊急訪問サービス、恒常的な所用(定期健診・年金受給・散歩など)の計画的付き添いサービスも行っている。
Auserのその他の日常的活動としては、登校時の学校前での交通整理、公園の環境保護管理、市立の美術館・古代遺跡・展覧会・図書館などの正規職員への補助協力(見学者監視と利用者への情報提供など)、高齢者大学や平和教育など文化教育活動、災害罹災者救援・移民支援と共生のための活動、旅行や遠足などの集団リクリエーション活動が挙げられる。

● 老人を取り巻く「危険」
老人を取り巻く環境のなかで、緊急かつ改善可能なものとして上げられるのが住居の物理的条件。イタリアでは養護施設などで暮らす高齢者は2%(その内70%は女性)に満たず、ほとんどの老人が自宅(持ち家か借家)で暮らしていると言える。同時に住宅を所有する家庭の60%が家屋維持経費の負担が大き過ぎるとしており、老朽化した家屋内での事故発生が絶えない。1999年の家庭内事故遭遇者は年300万人で、その26%が65歳以上の老人である。事故による死者は8500人(その内6500人が65歳以上の老人)で、入院などでの保健医療機構への負担は年1兆3千億リラにも上る。
全国2千5百万軒の家(1991年)の内45.8%が築40年を越す家屋であり、エレベーターのない上階に住む老人も少なくない。老人の日々の生活上での困難として、住居内での階段の上り下り(46%)、外出(27%)、重荷を運ぶ(32%)が上げられており、適切な住居形態を確保することは老人が自立した生活を維持するための基礎的条件となっていることが知れる。1961〜81年の建築ブームの間に悪質な資材と不適切な工法で急造された建造物44万軒が改築・修復を要する時期に入るため、住宅改善促進のため1人暮らしの老人を含む弱者・貧困層への優遇措置が求められている。
老人の生活の質を大きく左右する住居内外の環境整備と同時に、都市生活での安全が強く求められている。老人を被害者とする犯罪があとを絶たず、とりわけミクロな犯罪が老人たちの最大の不安事として指摘されている。犯罪被害者となることを恐れることで行動制限などを余儀なくされ老人の生活を重く条件つけている。
真夏の深夜、市の24時間コールセンターに「試電話」を入れてみた1人暮らしの老人女性が、「本当にやってるんですね!」と安堵の声を上げたと言われる。世論調査によれば老人女性が不安を覚える状況は、混雑した場所に出かける(39%)、夜ひとりで家に居る(21.9%)、悪評高い地区を徒歩で通過する(19.8%)、老人男性は更に、年金など現金を授受したあと郵便局から出る際の不安(16.3%)を上げている。 安全性の観点から、老人男性の四割は小規模自治体が老人の生活に相応しいとするが、女性は各種施設の整った都市での生活をより肯定的に捉える人が多い。

老人を被害者とする犯罪の内容は、路上でのひったくり、検査員・公務員・介護員などを装った詐欺、偽ボランタリーや麻薬患者などによる窃盗、暴行など。なかには移民の家事手伝いが強盗に変身した例もある。また老人が収容される病院や介護施設での肉体的心理的暴行、侮辱、恥辱を覚えさせる行為も決して稀ではない。更に、自立能力に欠ける老人を抱える家庭内での様々な形態の暴力も無視できない。介護される老人と介護する家族との間の行き違いや誤解、経済的困難や社会的連帯の欠如などから、両者のストレスが高まり、解決困難な状況に陥る家庭が少なくない。老人などを介護する者への支援とケアーが焦眉の課題として提起されている所以だ。

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老人世界は多様である。年金退職後の生活は、個人の健康状態や家庭環境はもとより、資産や教育・文化レベル、居住市環境などによって大きな格差が見られ、垂直方向(第三、第四年高齢期間の差異)と水平方向(生活上の選択と様式)に渡って分岐し、多様化・個別化が進行している。
高学歴で経済的に余裕のある老人層に社会的連帯のボランタリー活動参加志向が高く、低学歴層に閉鎖的な老人が目立ち、自立老人と要介護老人との間のメンタリティーの差異も軽視できない。
これまで老化はしばしば「問題」として、社会にとっては維持しがたい潜在的コストとして捉えられ、世間の関心は自立を維持出来ない老人層にのみ集中してきた感がある。しかし、老齢人口全体が心身ともに漸次退化していくという老人世界の描写はもはや適切ではなく、長寿化傾向の進行も医学の進歩とともに、老人の能動的な生活の質の向上とその持続への意思と切り離されない。壮健であろうとする強い自覚をもって、生活の個別化という社会的過程において十全な自己実現を意図する老人の高い内面性が考慮されねばならない時代に入ったようだ。

※注:一般的に、第三年齢期とは就労期終了・年金受給開始年齢から75歳未満まで、第四年齢期はそれ以降をさす。

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著者プロフィール:1948年東京生まれ、78年東京芸術大学大学院修了(西洋美術 史専攻)、80年よりローマ在住。フリーランスジャーナリスト。著書に「イタリ アを知るための55章」(共著)など。



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