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ITALY NEWS
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2002/08/01 

イタリア中小企業訪問日伊ビジネスインタビューBACK NUMBER



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イタリアの老人問題


佐藤康夫  (さとう やすお)
ジャーナリスト





「老人が国を沈没させかねない」とは医師でもあるシルキア保健相(69)の言 だ。日本とならんで、世界でも突出して少子高齢化が進行するイタリア社会への 警鐘でもあり、すでに人口減少方向に舵を切った感のある「老人満載のイタリア 船」の行方を追ってみた。

● 社会の老齢化

2001年1月現在5784万4017人の総人口は、2010年頃をピークに減少に転じ、2050 年には5200万人になると推定されている。人口(1998年)を年齢構成別でみる と、0−14歳の年齢層は全人口の14.6%、15−64歳は68%、65歳以上の年齢層は 17.4%となる。
また人口の老齢化は、第一グループと第三グループの比較が指標となるが、第一 を100とする第三グループとの比率は、2001年で既に127であり、2010年には146 を超え高齢化が進む。非就労層(第一、第三グループ)が就労層である第二グ ループに依存する率も同時に高まり、2001年では就労層に対して非就労層の比率 は48.4だが、2010年には逆転し53.1となり、働かない者の数が働く者の数を上回 る計算だ。
今後30年の間に、第二グループに属する労働者は21・1%(830万人)減少する。こ の傾向は性別を問わず、かつ全国的であり、これまでのように南伊を労働力の プールと考えることはできなくなる。一番活動的な年齢層(15歳から35歳)で42% に当たる680万人の労働者が減少する。35歳から65歳の層も6%(140万人)減る一 方で、男女ともにそれ以上に高齢な層が増大する。
出生率は人口千人当たり9.3の新生児(2000年)を記録。女性一人当たりの子供 数は1.18人(1995年)から1.25人(2000年)と微増傾向を示しているものの2010 年の推定数は1.40人と依然人口減少の歯止めとはならない低い数値である。 長寿化傾向(1950年から2050年の間で15年の寿命延長が推定される)も明らか で、出生時の推定平均寿命は女性82.6歳、男性76.2歳(2000年)から、それぞれ 84.4歳、77.9歳(2010年)と延びることになる。
同時に核家族化も顕著で、2000年度の統計では一家族構成員数は平均2.6人であ る。
その内訳は一人家族23.3%、二人家族26.1%、三人家族23.0%、四人家族20.2% であり、前年に比して一人家族(一人暮らし)だけが増え続けており、イタリア 社会を特徴づけていた大家族中心の社会構造は事実上消滅している。
以上は国立統計局の数値だが、別の調査(2001年)では、60歳以上の市民は約 1400万人(女性800万、男性600万)であり、14歳以下の年少者830万人よりもは るかに多いことが知れる。言ってみれば、三人の祖父母に対して二人の孫という 構成である。

● 老人と介護

人口減少と老齢化は、経済の縮小、雇用の危機、社会システムの変容などをとも なうが、同時に高齢者が「要介護者」と同義語となることで家庭・社会的負担が 増大する。
65歳以上の老人の数は50年前と比較して倍になっており、全家庭の三分の一以上 (34.8% 約740万家庭)が老人一人を含む計算だ。現在、少なくともイタリア の家庭の十軒に一軒(約240万)は、家族構成員のうちに、介護を必要とする自立 できない老人一人を抱えており、同時に家庭外に要介護の老人を持つ家庭も同数 ほどあるものと推定される。
もうひとつのイタリアの特徴としては、滞在居住型の介護施設を利用する老人が 2%と少ないことが上げられる(ドイツ、日本、米国、英国は5%、カナダは 6%、スウェーデン9%)。一般に公共老人介護施設が貧弱であり、民間施設は 高額であることも利用を阻んでいる一因だ。自立できない老人の介護に果たす家 族の中心的役割(家族間の強い連帯意識は北欧諸国の羨望の的)が確認されると同 時に、公共の介護サービス・ネットが介護者を支える実質的な解決策として当て にならないことを示している。
このような状況のなかで、国民は親しいもの(自立を欠く老人・病人・幼児・困 難な状況にある友人知人なども含めて)の介護を自ら実施しており、14歳以上の 国民の20.5%が介護労力を無償提供している。その総時間数は毎月3億3100万時 間に上り、28億4000万リラ相当の労働に匹敵する。この無償の労力の三分の二 を、主に老人と幼児を介護する女性たちが提供していることになる。 家庭内での老人介護は、伝統的に女性たちによって担われてきた。年齢的には45 歳から70歳までの妻、娘、嫁たちである。しかし、女性の社会的進出が進み働く 女性が21.8%(1970年)から35.8%(2000年)へ増加しており、同時に年金退職 年齢が引き上げられ、就労年齢の女性たちの介護労力の提供を当てにするのは現 実的ではなくなってきている。
中部イタリアでの調査では、介護を受ける老人の平均寿命は85歳に達し、その大 半(71%)は女性である。51%は重度の機能障害を持ち、知的能力の後退は52%に 見られ、69%は精神的不安やうつ症に悩まされている。自立を欠く老人を介護す る者の78%は20歳から87歳までの女性であり、その平均年齢は60歳。介護に従事 する機会の最も多いのは娘(40%)であり、次いで嫁(18%)、妻(15%)、息 子(14%)、夫(6%)、他の親類(8%)の順となる。
近年、介護者=「第二の犠牲者」としての姿が注目されはじめている。介護者の 三割は重度のストレスに悩まされており、二割は老人介護に追われる生活そのも のの不満を訴えている。とりわけ要介護老人と同居する60歳以上の妻と娘に精神 的不調が見られる。低学歴・低所得の働く女性が介護のため繰上げ退職や解雇を 余儀なくされた場合、経済的にも精神的にも、より困難な条件に置かれることが 多い。また介護者の48%が介護対象者に対して悪意を抱いたことがあるとしてい る。

● 「資源」としての老人

少子高齢化が個々人の長寿化というだけではなく、家庭と労働力の後戻りできな い老齢化をともなうところから、行政が介護と雇用を軸に新時代を画する適切な 施策を打ち出すことが求められている。とりわけこれまでの雇用政策を特徴付け てきた文化全体を修正して、新しい現実に対処すべく社会と個人のレベルで積極 的に準備が進められなければならない段階を迎えていると言われる。
ローマ大学人口統計学の権威ゴリーニ教授は、これまでの「労働と余暇」という 固定概念から脱却し、「異世代間・同世代間の連帯の実践を基礎にした社会組 織」の構成を提唱する。2030年には人口は二極化し、多数の75歳以上の老人と、 少数の成人した娘息子たちで占められる。この労働力の主力となる成人層に今日 委ねられている老人介護の仕事を引き続き任せることは数量的にも不可能とな る。そこで提案されるのが、75歳前後の老人のうち心身ともに活力のある市民に よる、85歳以上の要介護老人への連帯活動の普及である。イタリアでは美術品な どの文化財とともに、老人たちが唯一潤沢に存在する「資源」として注目されは じめた。
教授は、その老人世代による相互連帯を基礎にした介護活動の促進には、すでに 女性たちの間で実践されている「時間銀行」を範とする「老人時間銀行」の創設 が効果的とする。“若い”老人が“老いた”老人の介護をし、その時間クレジッ トを今度は自分が介護される番になったとき利用する。このような道義的誘引と ともに、税制上の優遇措置も必要であり、伝統的に夫婦のみに認められてきた措 置を、とりわけ姻戚関係のない者同士の事実上の老人家族にまで敷衍することが 求められる。
老人間の相互扶助は、老人層が人口の45%を占めるような小都市では既に現実と なっているところもあり、「時間銀行」の運営はNGOやボランタリー組織が担 当している。相互扶助なしでは生活できないことを自覚した老人の間では、連帯 と交流を基にする積極的な感性が生まれており、新しい「老人」文化が形成され つつある。
近い将来、イタリアでも中高齢者の労働参加が増大するのは必至であり、北欧諸 国で行われているように、若い老人層(55〜65歳)向けに、自宅で仕事や創作が 可能となる情報技術の普及を試みる必要もありそうだ。とりわけ大都市では、老 人の病院通院を回避することも可能となる携帯電話やインタネットなど初歩的な 機器の利用を要介護老人の間に普及することが急がれる。
労働市場では、青年・女性・若い老人層の三つのカテゴリーが主要な労働力とな り、その活力を労働と福祉の両面で最大限に活用しなければ社会的保障機能が困 難に陥ることになる。とりわけ、青年が必要に応じて容易に労働市場を出入りで きるように失業補償など社会的緩衝機構を拡充しなければならない。

● 老人を生きる

ここで視点を転換して、60歳以上を対象にした世論調査(回答能力のない老人は 含まれない!)結果から老人世界を覗いてみよう。
何を契機に「年寄り」と自覚するかとの問いに対して、62.7%(女性69.2% 男 性54%)の老人が自立機能を喪失し他人の世話にならざる負えなくなった時点を 老人世代への参入と捉えている。自分のアイデンティティーとイメージを損なう 身体的健康の諸問題の発生であり、女性に回答が高いのは、介護する側から介護 される側への移行を肌で実感するものが多いためと思われる。南伊では孫の誕生 を契機に年寄りと感じるものがいるが、自立喪失を年寄りの境とするものは北伊 に比して少なく、北伊で家族を中心にする介護ネットが希薄なこともうかがわれ る。次いで、36.7%(女性38.4% 男性34.4%)がパートナーとの死別を上げてい る。日常的な平穏と均衡に衝撃を与える極度な苦痛を伴う劇的な出来事を契機と するものは女性に多い。また16.1%の人(男性19.8% 女性13.3%)にとっては、 退職年金生活の開始が老人生活と重なる。ここでの男女差は、この世代の老人女 性に家庭外労働の経験者が少ないことも示している。年金生活への移行に重きを 置くのは、企業の従属労働者・公務員に多く、大卒よりはそれ以下の教育水準の ものにとって人生の決定的な節となる。
健康状態の自己評価では、老人の14%が完璧な健康状態、54%が満足できる十分 な健康状態、15%がかなり不満足な状態、17%が介護を要するとしている。健康 維持管理のために自らすることは、短期間のバカンス(24.7%)、屋外スポーツ (20.8%)、自然食品摂取(15.3%)、専門家指導のダイエット(13.6%)である。 62・6%の老人が慢性疾患治療薬を服用しているが、低学歴層では80%に上る。 週一度検診する者は、80歳以上で34%、それ以下の年齢では19.1%、無学歴層で は50%、大学卒では9.6%となり、女性のより高齢者、南部の教育水準の低い老 人に日常的に医師を頼りにする傾向が強い。41.3%の老人が性生活を営み、最高 (18%)、良好(15.9%)と満足度も高く、とりわけ男性に性生活の活発なもの が見られる。70-80歳でも10%が性生活を維持している。
慢性・退化的な疾病に縛られた老人生活から、健康と愛情を基礎に能動的に生活 の質の維持向上を求める生活スタイルが追求されている。老人によって獲得され つつある新しい主体性は、健康の自己管理からエコロジック製品などの進んだ型 の消費へと向かい、余生という概念が退けられ個々人の可能性についてこれまで とは異なった自覚・行動形態へと老人を導く。第三、第四世代にはオフリミット とされていた性愛領域でも個人生活の基礎的要素・自由の表現としての意識が高 まっている。
長寿化にともなう自己の健康への関心・自覚の高まりは、老人と労働の新たな関 係を生み出している。調査対象者の16%が依然就労しており、男性高学歴者に働 くものが多い。老齢期に労働市場に留まるには、職人的、商業的形態の自営業 か、特別競争力の勝った専門性を身につけているかのどちらかの要素が不可欠 だ。老人労働者は会社組織との固定した関係を求めず、コスト削減のため柔軟な 労働力の活用を狙う企業と、生活全体を占領されることなく自由な形で働きたい 意欲を持つ老人との接点がそこにある。労働時間の流動性も高齢労働者の間では 既に現実のものとなっており、一般就労者におけるパート労働が17%であるのに 比して65歳以上の就労者間では47.6%がパート労働に従事している。
欧州全体では就労期間の長期化、自家営業への高齢者の参加増大が雇用構造に大きなインパクトを与えているが、イタリア社会では、従来から非従属労働者の比 率が高く、高齢者の柔軟な就労指向とも合致する点が多く、労働市場における老 人の存在の重さが増してきている。

(9月3日号に続く)

※筆者注
この記事を掲載するに当たり、「老人」という言葉を使うか、「高齢者」という 言葉を使うか、言葉の選択に迷いました。はじめは、公文書のように「高齢者」 一本に統一しようと考えましたが、最終的に老人を多用しました。 ひとつには、年金退職者と退職時のショックについて話す中で、「高齢者になっ た」と感じさせられるからではなく、やはり「老人になった」と感じさせられる からこそ、人生の節として大きな意味が出てくるように思えたからです。もうひ とつの理由は、高齢者の年齢層を更に細分化する必要があり、「若い高齢者・老 いた高齢者」(giovane−anziano, anziano−anzi ano)では落ち着きがないと思えたためです。 中年・中高年・老年という表現もあるようですが、どうなのでしょう。 皆さんのご意見を聞かせてください。適切な用語が見つかれば、次号で採用した いと思います。

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著者プロフィール:1948年東京生まれ、78年東京芸術大学大学院修了(西洋美術 史専攻)、80年よりローマ在住。フリーランスジャーナリスト。著書に「イタリ アを知るための55章」(共著)など。



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