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ITALY NEWS
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2002/05/01 


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イタリアにおける労働改革


佐藤 康夫





2001年6月にベルルスコーニ内閣が誕生して以来、与党中道右派連合「自由の家」の選挙公約である各分野での「改革」が進められて来ている。しかし、司法、教育、医療、税制など、どの分野でも、専門家や国民の間の意見は統一されておらず、諸改革を強行しようとする政府に対して現場や社会各層から抗議や疑問の声が上がっているのが実状だ。

とりわけ、労働市場改革に関しては、憲法第一条に「イタリアは労働を基礎にする民主的共和国」と規定されているお国柄もあり、激しい論戦が展開されている。なかでも協議の前提条件をめぐって、政府=雇用者側と労組代表が、ともに譲らず、社会的緊張が高まり、ついに4月には、20年振りといわれる大規模なゼネストが行われるまでに至った。そこで、現在論議されている労働改革における争点を探ってみた。

◎ 中道右派政府の労働改革 -「労働白書」

前回の選挙戦の間、「労働者首相」を喧伝していたベルルスコーニ氏だが、同時にイタリアの企業幹部を集めたイタリア工業連盟(Confindustria)の会合では、同連盟の方針こそ中道右派政府の政策であると公言して憚らなかった。

組閣後は、当然のように、企業の要望する労働市場の一層の流動化・柔軟性を指向する路線が鮮明化され、2001年10月11日、ロベルト・マローニ労働・社会政策相が「労働市場改革白書」(イタリアにおける労働市場白書 社会活性化と労働の質の向上のための提案)を労資双方に示すことで、専門担当者間の改革論議が開始された。

白書は、1984, 1992, 1993年の協約の後、「政府機関と労資との協議は、形式的で非効果的なものとなってきている」として、これまで労資関係を規定してきた労働市場の様態と規則を、抜本的に改めることを提唱している。

政府の目標は、雇用関係において、集団協約の範囲を縮小し、個人裁量の範囲を拡大することにある。この方針は工業連盟の提案に符合する。

労働市場においては、社会的緩衝機構(il sistema degli ammortizzatori sociali = 一時帰休の保証金、 失業手当、解雇手当など) の改革を先送りし、雇用斡旋事業の見直しにより、雇用対策における公的介入を縮小限定。普遍的な規制機能をもつ現行の法体系に対して、自由契約とプロモーション機能を持つとされるsoft-lawsの名の下に、現行の労働関連諸法に手が入れられる。労働者の諸権利を全国一律に保護する「労働者憲章」は、地域的可変性をもつシステムに基づく労働憲章に置き換えられ、失業率と所得の地域的ばらつきが大きいことから、州レベルでの労働権の明確な差異・区分化が意図される。

労資間で取り交わされる全国レベルの集団的協約には、枠組みとしての規則を定める機能を附与するに留まり、実際は個人的契約の場である地域レベル、各企業レベルに委任される。

政府と労資間の関係形態として、これまで政府が調停機能を行使してきた社会的協調関係に対して、「社会的対話」関係が理論化され、政府の役割は、社会諸勢力への政府の仮説提示に限定される。社会勢力の同意、不同意を確認しながらも、政府は独自の政策を自らの権限をもって実行することになる。政府は、「これまでの所得政策は終焉した」として、経済的選択を優先し、競争力強化のための投資の必要を主張している。

◎労組と「白書」

労組側は、この政府の白書は「所得政策の解消」「社会的協調の中止」「集団代表権概念の放棄」を軸にする政策であり、労働市場のあらゆる局面で、労働条件・環境の体系的な後退・悪化が予測されるとして反発している。イタリア最大の労組、労働総同盟(CGIL)は、官、民の別を問わず労働者を代表する全国規模の労組連合体の役割を、個々の労働者のコンサルタント・支援エージェントに矮小化し「労組をマージナルな存在に追い込む労資関係モデルを指向するもの」と厳しい批判的態度を表明した。

また、白書は、労働市場ルールおよび労組協約システムの変更が迫られている理由として、欧州連合の雇用戦略規定を引き合いにし、連合加盟国として、その遵守は責務であるとしている。しかし、労組見解では、この政府の主張は、欧州連合労働政策の強引な解釈に基づいており、政府の政策が「欧州連合の規範に符合する」と主張する白書の根拠は存在しないとされ、極端な自由主義施策は、国際競争への適応の要請と労働者の権利保護規定とを均衡させるシステムを軸にして進められてきた欧州連合の労働市場戦略に逆行するものとみなされいる。

  政府=雇用側と労組との間では、データーの扱いから始まって、展望と具体策においても意見が齟齬し、協議は当初から難航し、なかでも工業連盟が改革の第一歩として固執する「労働者憲章」第18条の改訂をめぐって、労組代表との間で意見が対立している。政府=工業連盟は、この改訂を協議の前提として譲らず、改革協議は暗礁に乗り上げた。

◎「労働者憲章」第18条「復職」規定

マローニ労働・社会政策相とダマート工業連盟会長が、執拗に改訂を主張する第18条とは、「労働者憲章」(1970年5月20日 N.300号法:労働者の自由と尊厳の保護、労働組合結社の自由と職場での組合活動の保護に関する規定と就業斡旋に関する規定)に含まれている「復職」を規定する条項である。

第18条では、ひとつの職場に15人(農業経営体では6人以上)を越える被雇用労働者、または地域の異なる職場に総数60人を越える被雇用者を擁する企業が、その被雇用者を解雇し、裁判所がその解雇に正当な事由がないと判断した場合は、企業に対して解雇した労働者の復職を義務づけている。

政府は11月「労働白書」に基づいて「雇用と労働市場」に関するN.848号法案を議会に提出した。その第10条「正常な雇用を維持し期限なしの(日本でいうところの「終身」)雇用を促進するための一時的試行的措置の政府への委任」では、「労働者憲章」で唱われている差別的解雇の禁止を遵守するとしながら、四年間の試行的期間の間に、 潜水経済(闇労働)から浮上する労働者と期限つき雇用から期限なしの雇用形態に移行する労働者、それに小規模企業の規模拡大を促進するために試行期間中に新規雇用される従業員らは、「労働者憲章」第18条の対象から除外される。

この法律が成立すると、四年間の間、企業は正当な理由がなくとも補償金を支払うことで、上記カテゴリーの労働者を自由に解雇でき、被雇用者15人以下の小企業は、解雇の際の「復職」義務を負うことなく新規採用・規模拡大ができることになる。

政府=雇用者側は、この改訂で企業の労働市場での対応がより自由になり、新規雇用が増大するとし、一方、労組側は、企業による恣意的な解雇に対する「抑止的効果」を持つこの条項の改訂は、労働者の基本的権利を始め、市民の既得権への侵害の第一歩と位置づけ、総括的な労働・福祉改革に当たってこの条項保持を主張、政府に改訂案撤回を要求している。

◎解雇の自由と雇用促進との相関関係

「労働者憲章」は1966年中道左派政権下で起草・制定され、今日焦点となっている「復職」規定が導入されたのは1970年。確かに労働問題を取り巻く情勢は異なってきており、第18条の改訂は、免れないとも言える。しかし、最近の国立統計局のデーターでは、北伊では、ほぼ完全な就業状況を示し、全国的にも期限なしの雇用形態の増大を記録しており、この第18条が新規労働ポスト創出の障害にまったくなっていないのも事実なのである。

国立統計局(ISTAT)の発表によると、2002年1月現在、昨年同時期に比べて、雇用は1.7%増加し、371.000人の新たな就労が確認されている。同時に、全国平均失業率も9.2%に減少し、ドイツ(二月時点での失業率9.6%)よりも低く、1992年以来最低を記録した。

この失業率低下には、女性と南イタリアでの雇用が促進されたことが、大きく影響していると見られる。南伊での失業率は20.3%から18.8%とへと改善され、男女別の失業率は、男子7.1%、女子12.5%であり、増加した就労者の性別内訳は女子21万4千人 男子15万7千人。全国での就労総人口は2164万4千人となった。 分野別では、サービス業など第三次産業(2.8%)と建設業(3.0%)での雇用が継続して伸びており、雇用形態では予想に反して、期限なし(終身)雇用(301.000人増)が伸長し、一方、労働市場流動化の象徴であるパートタイムが減少している。

従って、「出口(解雇)を開放(流動化)すれば入口(雇用)も開放(活性化)される」とする、解雇の自由と雇用の促進との間に、密接な相関関係をみる政府側の主張は、事実をもって否定されていると言える。

また、第18条が活用された件数が少ないことも 逆にこの条項が機能していること、労組の言うように、安易な解雇に対する抑止的作用を発揮していることを裏付けている(これまでに約1000 件の告訴の内、途中で調停和解・補償金支払いで解決するものが多く、破棄院まで持ち込まれ復職した例は100件に満たない)。

◎潜水(闇)経済からの浮上

国際通貨基金からOcse諸国のなかで潜水経済のチャンピオンと名指しされるイタリア。政府の第18条改訂の目的の一つはこの闇労働を正規労働環境に浮上させることにある。

イタリアは、国内総生産の27%に当たる経済活動が闇労働で占められており、 欧州平均よりも15ポイントほど高く、ギリシャに次いで潜水経済が病的に蔓延している国とされており、闇労働従事者は労働人口の30%から48%を占めるものと推定されている。

政府は、昨年七月に、期限付きで闇の事業体に対して、諸税減額・免除を実施する、潜水経済の浮上を策を講じた。現在のところ、当初目標とした90万人の労働者の浮上で、国内総生産の0.3-0.5%(最低10億ユーロ)の国庫増収を上げる目論みからは、ほど遠い成果しか上がっていない。今年3月までに浮上したのは、全国で159事業体、430人の労働者のみである。

第18条の改訂で、解雇がより自由になったところで、あらゆる法規から自由な闇企業に格別な利があるわけではなく、その効果は疑問視されている。

◎第18条が改訂された場合の社会的影響

434.000人の労働ポストが創出された2001年度のデーターを基礎に、今後、毎年類似数の新規労働ポストが増加すると仮定すると、10年で450万人の「より容易に解雇できる期限付き従属労働者」が誕生することになる(期限付きから期限なし労働者に移行したとしても解雇が容易になるので、企業は安心して労働者をまず期限付きで雇用することになる)。この数字は全従属労働者の三分の一に当たる。また北部で顕著な職場を転々と変える流動的労働人口を加算すると改訂によって解雇が容易となる労働者数は更に増えることになる。

前労相トレウ氏が推定するように、二十年ほどで「労働市場の完全な入れ換えが実現する」。この点では左右の識者に異論はない。少なくとも労働ポスト保全の観点から、憲法の物質的実現である就労をめぐる諸関係が書き換えられることになる。中期的には労働諸権利の保護システムが弱体化するのは明らかであり、高齢労働者は企業との間の協調的合意の下、工場内での十全な権利を確保し続ける一方、青年労働者には市場が提供する条件を甘んじて受け入れるほかに求職の道はなくなる。

与党に近い経済学者は今回の改革を「ホメオパチーな改革」と定義している。現在、あらゆる面で権利を保護された市民・労働者がおり、一方で、まったく権利のない非典型的職業形態で働く労働者が存在している。この改革により、徐々に第18条の保護外にある労働者が大多数を占めることになり、明日のイタリアは権利上「平準化された」市民・労働者で構成されるとする。

しかし、改革による負担は、とりわけ青年層に課されることになり、将来の世代の形成に甚大な影響を及ぼすのは明らかである。解雇がより容易になる労働条件の下で、子供達は両親の社会的庇護から離脱することが出来なくなり、今日でも見られる30歳を過ぎても独立しないマンモーニ(お母さん子)のイタリア的現象が助長されることになるのは必至だ。

労働組合側からみると、失職に対する保護機構が 北欧のように組合によって直接運営されないイタリアでは、第18条適応範囲の縮小は個々の労働者と労組との関係を不可避的に希薄なものにし、将来的に、労組そのものの存命を危うくする「毒」を含んでいると言える。

◎袋小路の労働改革協議

客観的データーからして、第18条の改訂が新規労働ポスト創出とは直接の因果関係を持たないことは明らかであり、労働市場の総括的改革を目指す協議において、18条改訂を前提条件に持ち出すことに意味はなくなった。

しかし、政府・雇用側が、20年ぶりの大規模ゼネストで示された労働者・市民の抗議に耳をかさず、自らの面子にかけてこの改訂に固執するならば、労組の対応をさらに硬直化させ、政府は労組の合意なしに法案の強行採決を余儀なくされることになる。

三大労組は、協議再開の条件として「労働改革に必要な予算の提示」「第18条の保持」を求めており、政府・雇用側が18条改訂を撤回しない場合は、更なるゼネストも辞さない覚悟であり、法案が成立した場合は、国民投票に訴えて、法律の破棄を目指すことまで想定している。

三者の協議は、メーデー以後再開される見通しだが、政府・イタリア工業連盟・三大労組共に18条をめぐる自らの主張を譲る気配はなく、他の項目の議論が進捗することも望めない状況だ。

第18条の改訂是非をめぐって、袋小路に追い込まれた形の改革協議だが、イタリア商業連盟(Confcommercio)会長のように、「18条改訂にとらわれないよう」政府に要請する雇用側代表もおり、イタリア工業連盟加盟の大企業や北部中小企業の一部幹部も、労組を直撃する第18条改訂は社会的緊張をいたずらに高めるだけで、雇用創出には役立たず、実質的な改革を遅らせることになると判断し、政府が後回しにしている「社会的緩衝ネット」の改革などを含め総括的な改革論議を進めることを主張している。

今後10年のイタリア経済の成長率は、平均2.2%と低く推定されており、国を挙げての「経済・社会システムの効率化とコスト削減を指向する抜本的改革」が、緊急課題とされている。改革のためには、一刻も無駄に出来ない情勢にありながら、18条問題で政府・労資間の意見調整が進まず、経済改革全体に及ぼすマイナス効果が危惧され始めている。(続く)



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