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ITALY NEWS
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2001/12/01 


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イタリアとアフガン問題



佐藤康夫 ローマ在住



 





9.11テロに対する米英主導の報復戦争は、テロ首謀者とみなされるウサマ・ビンラディンとその組織アルカイダ撲滅を目的に開始された。一ヶ月以上続く猛爆撃で、まず、テロリストを庇護したかどで、アフガニスタンを支配していたタリバン勢力が崩壊し、ビンラディンらの捕捉も時間の問題とされている。

市民に多大の犠牲を強いる空爆に強い批判もあるなか、参戦各国・アフガン国内各民族・党派の利害関係を基に、アフガニスタンの戦後体制の枠組み作りが始まった。

「旗幟鮮明」にと、軍隊を派遣したイタリア国内での「アフガン問題」(11月末現在)を追ってみた。

●イタリア議会 参戦決議

米国のテロ報復作戦支援を議決した一ヶ月後、11月8日、上下院は、超党派(下院賛成513 反対35棄権2/上院賛成246 反対32)で、対テロ戦争に軍隊を派遣することを承認した。アフガニスタンでは、これまでイタリアが参加して来た旧ユーゴなどでの国連主導の平和維持活動(peace-keeping)だけではなく、peace-enforcing活動にも参加することになり、武力攻撃を含む地上戦にまで及ぶ可能性も予想され、半世紀ぶりにイタリアは「戦争」に突入したと言える。

野党、中道左派議員の大半が賛成投票したことは、「現実的改革路線を指向する左翼の責任ある選択」と高く評価されるものの、左派の一部には非戦論が根強くあり、「カブールへの爆弾で吹き飛ばされるのは左派連合」とまで危惧されている。「爆弾は何も解決しない」「政治の闇が始まり、政治は軍事的補完物になりさがった」「戦争慣れを怖れる」として、参戦に反対する左派の共産党再建派や緑の党に対して、野党第一党の左翼民主党ファッシーノ書記長(11月13日党大会で書記長に選出)は、スペイン内戦での義勇軍の例をあげて「左派は決して武器を取らないというのは真実ではない」とし、「だれもが平和を求めるが、同時に平和は守られなければならないもの。今回のケースでは、武力行使は不可欠で合法的」と苦衷の選択をし賛成投票した。

この超党派の参戦決議によって、形式上軍隊は、祖国の全面的な支持を受けて、戦場へ出向くことになった。命を掛けて戦闘に参加するragazzi (boys)と呼ばれる兵隊たちだが、過去の大戦のように成人したての応召兵は含まれず、みな十分に訓練された職業軍人である。

●二つの「ローマ」と第三の道

「われわれは皆ニューヨーカーだ」(ベルルスコーニ首相)
11月10日、与党右派連合「自由の家」主催の米国支援集会「USA-Day」が、ローマ市内の北に位置するポポロ広場で開催された。政府与党が他国支援の名分で、選挙運動まがいの動員態勢で、自ら、集会を開くのは、極めて異例のことだ。「忘れないために」をスローガンに、星条旗と三色旗の波に酔う約四万人の参加者は、殆どが、与党議員チャーターのバスで到着した地方の中高年層。歌手ボチェッリの唱うシューベルトのアベマリアや往年の俳優、映画監督などのテロ糾弾・米国連帯の挨拶を聞き、テロに怯えるソフィア・ローレンの涙をビデオで見せられ、ニューヨーク市消防隊員の父親を失った少女の発言に胸を痛め、テロには「戦争が必要」と説く首相に拍手し、米・伊国歌演奏に姿勢を正す。

「NOT IN MY NAME」(反グローバルの青年女性)
時を同じくして、ローマ市内の南半分では、「自由市場から自由な世界と平和のために戦争反対」「NOT IN MY NAME」などの横断幕やプラカード、色とりどりの旗の下、各国の青年男女を中心に約13万人がデモ行進した。政界リーダーや文化人・著名人の姿こそないが、唄や踊り、風刺溢れるスローガンなど自主性自発性を基礎にした民の集会だ。

ジェノヴァ・サミットで懲りた警察当局は、主張も雰囲気も、年齢・階層も対照的な二つの集会デモが接触するのを避けるため、市内を完全に分断する警戒態勢を敷いた。反グローバル化を主張する若者達もジェノヴァの苦い経験から学んで過激集団を排除したため、警官との衝突もなく集会は無事終了した。

外国紙のなかには、国民の間での人気に翳りが出てきたベルルスコーニ首相は、イタリア人の欧米諸国に対する劣等感と列強国仲間から排除される不安を煽り、愛国心に訴えて反テロ・親米で国内世論を統一し、芳しくない内政に効果を与えようと画策した、とする見方もある。確かに首相はこれまで、テロとテロ対策に関して意見の別れる国民を前に、政府を批判するものに反愛国的のレッテルを貼り、テロと米国どちらの味方か二者択一の選択を迫る勢いだった。

しかし、集会直前に野党の大半が参戦決議に賛成したこともあり、トーンダウン。大統領に倣って、祖国の統一を強調する姿勢を示した。 もっとも、国会が超党派で議決したからといって、国民の気持ちが戦争参加に一致したわけではない。旗振るものに服従することに苦手な国民性もあり、「良くも悪くも米国は祖国ではない」「戦争参加も(強国米国への)服従的なもの」として捉える市民も少なくない。

二つの同時集会で明らかになったのは、今回の戦争を前にイタリア社会に深く亀裂が入ったことだ。それを避けるためにも、両方の集会を中止するべきであった。ともに半分の理しか持たない二つの集会、二つのイタリアの間で苦悶する野党中道左派連合のリーダーたちは「第三の道」を選んだ。

当日、「派手な集会デモをする時ではない」と、どちらの集会にも参加せず、南伊のターラントに赴き、参戦したイタリアの責務を担って出動する兵士たちを激励し、人道的救援物資センターを視察した。テロの温床である世界の飢餓と貧困解消、パレスティナ問題解決のための積極的な連帯活動を条件に、限定的な武力行使に同意した彼らの姿勢に、歴史的に底をついた左翼勢力の苦悩と困難な再生への決意が読みとれる。

●船は出る

11月18日、南伊のターラント港から、小型空母を含む四艘のイタリア海軍艦船が出帆した。埠頭では兵隊たちの家族が見送りにきていた。仕事と割り切る兵員にも、送り出す家族にも、格別な悲壮感はない。町では反グローバル化運動家らが、「イタリアは戦争を放棄」(憲法第11条:他国民の自由を侵害する道具としての戦争、国際紛争の解決手段としての戦争を放棄する)「Not in my name」などの横断幕を掲げ、米国のテロ被害者家族がブッシュ大統領宛に送ったというメッセージ(「他国民を苦しめることを正当化するために、我々の息子たちの記憶を利用するな」)も配布されたが、派手なセレモニーも過激な抗議行動もなく、船はスエズ運河に向けて静かに出ていった。11月4日には、ペルシャ湾バーレン沖に到達し、米軍指揮下に他国軍と合流する予定だ。

作戦経費は、最低一ヶ月当たり1000億リラ。兵員には戦闘手当が支給されるが、金額は日当40万リラ以上となりそうだ。


「不朽の自由」作戦参加の兵員合計:2700人
海軍:1400人
(空母Garibaldi 戦闘機Harrier 8機搭載/巡洋艦/駆逐艦/ 補給船)
陸軍 :1000人
(Centauro装甲車/MangustaA-129ヘリコプター 4機/対核生物化学防衛部隊/降下部隊/特殊部隊)
空軍: 300人
(Tornado戦闘爆撃機 8機/ Boeing 707給油機1機/C-130輸送機1機)

●戦争と女性記者

11月19日、イタリアの有力紙(発行部数約百万部)コリエレ・デッラ・セーラのマリア・グラツィア・クートゥリ特派員(39歳)殺害のニュースは、イタリア市民に強いショックをもたらした。女性記者は、スペイン紙El Mundoやロイターの記者三人とともに、カブールから90qの地点で何者かに待ち伏せされ銃殺されたと見られる。

四人は他の報道陣(約20名)とともに、ジャララバードから車8台に分乗し、北部同盟に制圧されたばかりのアフガニスタンの首都カブールに向かっていた。現地人の運転手らの証言によれば、山岳地帯の隘路を先行する二台の車を止めたのは、タリバンを自称する6人の男達である。記者たちを下車させ、「おまえ達はスパイだ」と石を投げつけ、岩陰に連行し、背後から銃弾を浴びせ殺害した。

ジャララバードとカブールを結ぶ道路は、以前から無法地帯として怖れられていた地域であり、襲撃したのもタリバンの正規軍ではなく、孤立した山賊とも考えられる。一方、この襲撃をクートゥリ記者の19日付けスクープ記事「オサマの基地に神経ガスの貯蔵庫」と関連づけ、El Mundo紙記者とともに進めていたテロ基地取材が死を招いたとする見方もある。

アフガニスタンでの戦争取材で犠牲となった報道陣は、この時点で計7名となった(更に増加することは必至)。今年だけでも、世界の紛争地1 7ヶ国で、すでに合計24人が取材中に亡くなっている。1997年1月から過去五年間には、133人の報道関係者が紛争地で死亡し、現在も110人が投獄されている。

年々、前線取材に参加する女性記者の数が増加してきていることが注目される。単なる報道の華ではなく、職業的知識・経験に裏付けされ、さらに女性としての鋭くヒューマンな視点が、紛争の内実を抉る報道を可能にし、従来の男性中心の前線報道に大きな変化をもたらしている。今回、イタリア・テレビ各局の現地からの報道は大半が女性記者に任されており、当然、彼女たちはリスクも男女平等に分かつことになる。

対テロ戦争における報道の問題として、機会を見て国のメディア統制と報道機関の自己規制について触れてみたい。 

●身近なテロリスト ? ミラノにテロ細胞拠点

11月29日、ミラノで、テロ組織「アルカイダ」のイタリアにおける活動家と思われる三人の外国人が逮捕され、国外に逃亡したと見られる一人のエジプト人にも逮捕状が出された。警察は、テロ組織に利用されたと思われる、ミラノ市内の二つのモスクなどを徹底捜査し、容疑者らがビンラディンらと直接連絡をとっていた証拠を押さえたという。逮捕容疑は滞在許可証などの書類偽造・所持だが、電話通信傍受などによりテロ組織との関連は明白で、彼らが本国に送還された場合は極刑をも免れない。

イタリア捜査当局の発表によると、逮捕された一人は、三年前からミラノのモスクの管理人をしているアルジェリア人で、アルカイダ・ナンバー3ともコンタクトを取っていた。モスク内のイスラムセンター司書で、インターネットを利用してテロリストたちの会計・連絡・教宣係をしていたと思われるモロッコ人は、逮捕時にオサマ・ビンラディンの名と携帯電話番号を記したメモを所持していた。アルカイダ・メンバーのためにパスポートなどの書類偽造を専門とするチュニジア人は、1999年盗難身分証明書や偽造紙幣などの所持で告発された前科がある。

本国で既に、テロリズム容疑で有罪判決を受けているエジプト人(7月イタリアから逃亡、アフガニスタンで戦死している可能性あり)は、ミラノのモスク内でテロリスト志願者を徴募していた中核的人物と見られる。彼のアパートからは、イタリアで彼が募った「聖戦兵士」たちと、カンダハルのアルカイダ上層部とを結ぶ証拠書簡が発見された。手紙にはイタリアからカンダハルのテロリスト訓練キャンプまでの旅程が詳細に記されている。差出人は訓練キャンプの統括責任者で、米国捜査当局によると、欧州でのテロ組織細胞とアフガンの司令部を結ぶ重要人物だ。

警察は、同時に、ミラノ南西Mortara市のイタリア人(27歳)宅を捜査した。逮捕されたモスクの管理人が「イタリア人化学者」と呼び、ビンラディンの指令次第でアフガニスタンに飛ぶ用意があるとされる人物である。イスラム教に改宗した「化学者」の熱心な布教活動は、夙に知られているものの、家族はテロ組織関与を否定している。

アルカイダとイスラム過激分子の活動は、ミラノのモスク内イスラム・センターを兵站・徴募基地として、1990年代末から、欧州諸国の組織と連携し、活発化してきた。警察は各国のシークレット・サービスの協力で、同心円状に広がる組織の外周から捜査を進めて来た。2001年4月には、6人のチュニジア人を、外国人不法出入国を組織した容疑で逮捕している。次いで10月には、ドイツで、ガスによるテロを計画していたリビア人、ミラノのイスラム・センターのチュニジア人が逮捕されている。

今回、さらに大物の大半が検挙されたことで、欧州諸国の組織と連携し欧州でのテロ行為を計画準備していた、ビンラディンのロンバルデァ州の拠点は事実上、消滅した。一方、逃亡したエジプト人が、志願兵徴募のため、連絡を密に取っていた南伊のナポリやローマにおけるアルカイダの細胞が今後の捜査の対象となる。

また、各国情報機関によると、これまで捜査を進めて来た司法官たちを殺害する目的で、キラー部隊がイタリアに向けて既に派遣されており、ミラノ地検担当司法官七名の身辺護衛が強化された。

地元ミラノの右派政党からは、市民の安全のため、「テロリストの巣窟」であるモスクの閉鎖要求の声が上がっている。郊外のモスクに通うイスラム教徒の大半は、警察の引き続く捜査、一部市民の敵視、メディアの好奇心に晒されることにうんざりしており、イマム(導師)のいうように「間違いを犯した者は償いを」しなければならないのは当然とするものの、テロリストとイスラム教徒をひとからげにする対応に「リンチも同然」とイタリアの法治国家としての在り方を問う教徒もいる。

●アフガニスタン再興 ?  国王と女性たち

ボンで行われているアフガニスタン暫定政権協議は、28日、二回目の協議が行われ、アフガン四派によって暫定行政機構を設けることで合意した。今後は閣僚の人選が焦点となる。米国ばかりか、ロシア・中国・パキスタン・イラン・インドなど、周辺国の利害関係は錯綜しており、アフガン国内諸部族の勢力均衡を計るのは容易ではなく、国作りの行方は予断を許さない。

この協議に、現地アフガニスタンで反タリバン武力闘争を続ける北部同盟と同数の11人の代表を送るのがアフガニスタン元国王派である。ザヒル・シャー元国王(87歳)は、訪伊中の1973年、クーデターによって失脚し、以来、ローマ郊外で亡命生活を続けている。彼には、精神的リーダーとして、民意の統一のための中心的役割が期待されている。軍隊も持たず、実質的な政治権力基盤もない代わりに、いまでも大半のアフガン市民の信望を集めといわれるそのカリスマ性と西欧文化への開放的姿勢が彼の「武器」である。

元国王の帰国は、君主制の再興とは無縁であり、出来るだけ政治的空白期をなくして、暫定政治機構を形成し、アフガニスタンの伝統である国民大会議(ロヤ・ジルガ)開催にこぎ着けるための、橋渡し役が元国王最後の務めだ。

同時に、タリバン勢力を財政的に支えてきた麻薬や武器の流れを抑制し、20年近く前のアフガニスタンを支えていた女性たちの役割(司法官の15%/ 教員の70% /医師の40% /社会ワーカーの50%)を再評価し、女性の権利擁護と社会的進出こそが、民主的アフガン復興の推進力となることを認識し、アフガン女性たちへの支援を強化することが国際世論の責務となる。

●外相「カブールは危険過ぎる」

米国は、アフガニスタンのタリバン政権が崩壊したとしても、テロ撲滅にはテロ組織を擁護する他の国も叩かなければ効果がないとし、なかでもサダム・フセインの独裁が続くイラク制裁を、次なる課題として持ち出してきた。イタリアは「武力以外の解決策があるかどうか検討すべき」として、英仏同様、対テロ戦争の拡大には慎重な姿勢を示している。

それどころか、ルジェーロ外相は、アフガニスタンでのイタリア軍の展開に関しても、警察的コントロールを越えた作戦となる可能性が強く、何ら保障のない現状では、「兵員を現地に直接派遣・投入するのは危険過ぎる」と発言、防衛相との齟齬を隠さず、楽観的な好戦気分に水を差した。

一方、カブールのイタリア大使館再開準備のため、現状確認を目的にした外交代表団の派遣(防衛省所属の国家警察隊が護衛)、次いで人道的支援使節団の派遣が予定されている。 外相は、国内で大きな反響を呼んだイタリア人ジャーナリストの殺害犯人追求にも全力を挙げているとし、捜査を進める上でも、アフガニスタンの命運を左右するアフガン住民間での民意統一促進が不可欠であることを改めて強調した。





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