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ITALY NEWS
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2001/09/01 


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若年失業者を救え 

― カンパーニア州の職業訓練コースー
 


鈴木 庸子(SUZUKI YOKO)
通訳・ナポリ在住 コーディネーター


 





南イタリアの要、カンパーニア州。豊かな自然に恵まれ、古くはギリシャ植民地として発展し、その 後もナポリ王国の首都として、複雑ながら輝かしい歴史に彩られたナポリを州都とするこの州は、長 年に渡り南イタリアの典型的な社会問題(犯罪対策、地域開発その他)を抱えている。中でもより多 くの住民が関係し、その成果を切実に期待しているのが失業対策である。

  2000年の資料によると、カンパーニア州の人口はイタリア総人口の10%だが、その失業者数で はイタリア全土の20%を占めている(労働人口の8.5%、就業者の7.2%)。さらにイタリア の失業率は10.1%なのに対し、カンパーニア州は23.8%で、これは南イタリアの平均失業率 (20.8%)をも上回っている(失業率最多はカラブリア州、25.8%)。 この数値からも、この州で働くことの困難と失業問題の圧倒的な深刻さが垣間見えるが、その中でも より重大に受けとめられているのが、若年層の失業である。と言うのも、彼らの多くは現在失業中な ばかりでなく、仕事を介した一般社会との接触の機会を持てないまま、永年失業者となる危険性を多 大に孕んでいるからである。

1998年の、親と同居している18歳から34歳までの若者を対象とした国勢調査によると、就業 者はヴェネト及びロンバルディア州が60%を越え、イタリア全土でも43.1%なのに対し、カン パーニア州は僅か19.2%(カラブリア20.9%)、求職者はロンバルディア・ヴェネト両州が 一桁なのに対しカンパーニアは44.2%(全国では20.9%)。女性の社会進出も、カップルの 70%が共働きの北イタリアとは対照的に、カンパーニアとカラブリアでは16〜17%に留まって いる(ISTATより)。 当然ながら犯罪、貧困等多くの社会問題がこの失業と言う土壌に根を張っていることは、想像に難く ない。

この様な状況を打破すべくカンパーニア州は、ヨーロッパ共同体からのバックアップも受けつつ、 様々な職業訓練コースを設置している。州が主催する職業訓練コースはイタリアで広く見られるもの ではあるが、上に挙げたような失業率からも、その意味するところの切実さという点に関しては、カ ンパーニア州のコースは国内でも恐らく1,2を争うのではないだろうか。そのコースの中でも、社 会へのアクセスの道が閉ざされがちな低学歴の若者に対する訓練コースは、実践的長期(または永 年)失業者対策として注目に値する。

カテゴリーとして第一レベルと呼ばれる彼らの条件は、25歳以下で、低学歴(学歴無し、小学校卒 業、中学校卒業)であることである。ただし市町村によっては、15歳から20歳と、これより更に 低年齢に限って募集を出しているところもある(ex.メルカート・サン・セヴェリーノ)。 昨年11月に州会議決議で可決された彼ら向けの50の職業訓練コースの予算は、54億リラ(1 コースあたり1億8百万リラ×50)となっている。因みに第二レベルと呼ばれるもう一つの若年失 業者カテゴリー(25才までの高校卒業または28才までの大学卒業者)には、10コース、16億 2千万リラ(1コースあたり1億6千2百万リラ×10)の予算が組まれている。

コースは大きく服飾・モード(仕立て職人、服飾デザイナー、男女ファッションモデル、パタン ナー、女性刺繍職人、サイズ直し職人等)、食品(製菓職人、ピッツァ職人、レストラン業、酪農業 等)、職人(珊瑚加工職人、壁絵職人、アンティーク家具修復職人、テレビアンテナ据え付け修理 工、屋内装飾職人、プレゼピオ職人、自動車修理工、ギター製作職人、陶磁器絵付け職人、指し物 師、配線工、タイヤ修理工、エレベーター設置・修理工、寄せ木細工職人、貴金属細工職人、製本職 人、蹄鉄工、食肉加工職人、溶接工、ウインドー・デコレーター等)、視覚コミュニケーション(写 真業者等)、美容(エステティシャン、美容・理容師、メーキャップ・アーティスト、マニキュア・ アーティスト等)、情報処理(コンピューター・オペレーター、マルチメディア・オペレーター 等)、音楽・映画・劇場・ラジオ・テレビ(俳優、撮影スタッフ、劇場スタッフ及び照明係、ギター 奏者、ドラム奏者、フルート奏者、ピアノ奏者、ヴァイオリン奏者、音響技師、映像技師等)、サー ヴィス(エージェント及び営業、会計補佐、潜水技師、清掃業責任者、ハードウエア修理技師、テレ ビ組み立て及び修理工、速記者、速記タイピスト等)、社会・教育(障害者介助士等)、観光・ホテ ル(会議アシスタント、湯治場監視員、ソムリエ、ツアー・オペレーター等)の10セクションに分 けられており、この州の地域性に根ざしたものから、失業対策としての確率が気になるようなものま で、選択肢はかなり広い。

これらのコースは、州立財団から委託された第三者(専門学校等)が実施する。因みに各市町村が上 に挙げたコース全てを開いている訳ではなく、人口や町のニーズにより則したものが選ばれているよ うである。各クラスの定員はたいてい10名から20名で、修学タームは30時間から1800時間 までと様々である。コースを無事修了した暁にはそれを証明し、今後社会生活を営む上で力となって くれるであろう修了証書が授与される。おしなべて多くの自治体が取り組んでいるコースとしては、 ピッツァと製菓職人の養成コース(どちらも第一レベル)が挙げられる。

残念ながらこれらのコースに関するモニタリングはまだ準備段階で、コース修了者達のその後に関す るデータはない。そのため、ピッツァ職人コース修了者に対して行ったインタビューを要約し、一例 として挙げる。

情報提供者:23歳、男、中学校卒業。父、母、兄2人との5人暮らし。兵役終了直後の1999年 冬、新聞で本コースの情報を得、応募して合格。全課程修了時のテスト(早さで採点)で、初級修了 証書を取得。ナポリ県下の町のピッツェリーアで3ヶ月、続いてリミニ(エミリア・ロマーニャ州。 夏のヴァカンス地として有名)のピッツェリーアに呼ばれ、そちらでも4ヶ月働く。この時点で父が 起業したためそちらに転職し、現在ピッツァは趣味で作る程度。 受講の理由:子供の頃、ピッツェリーアで職人がみるみるうちにピッツァを生み出す見事な手さばき を見る度「一度はやってみたい」と思っていた職業であったため。アドヴァイスを受けた訳ではな い。兵役から戻り、職探しを始めようとしていたタイミングとちょうどあったこともあり、迷わず応 募した。

授業内容:ピッツァに関する基本理論修得のため1ヶ月講義を受講。その後実習のため、学校とリン クしたピッツァ協会加盟店にて6ヶ月見習いとして勤務。この際の給料は、州が負担。 クラスの雰囲気:大変良好。生徒は30人だったと記憶しており、そのうち女性は3名。現職の職人 が教師となり、極めて実践的な興味深い話を柔らかく説明。生徒もおしなべて熱心。

実習時の雰囲気:大変良好。生徒はプロの仕事を目の当たりにし、おおいに触発されながらその技を 盗もうと励み、店側はモチベーションの高い若者の手をただで得られると言うことで、協力関係が容 易に生まれた。また、生徒にとっては就職活動、店にとってはスカウトのチャンスにもなった。 コースの長所:この町の現実とうまく連結している(働く意志はあるがその実現が特に難しい低学歴 の若者に道を開いてくれていること、ピッツェリーアとの連帯による社会へのアクセスの簡易化、星 の数にも例えられるほど数多いこの町のピッツェリーアと、世界的に有名なナポリピッツァ職人の優 秀さに支えられ、おおよそ食いっぱぐれがないとされる職業コースの設定等)。 コースの短所:卒業後はアフターケア、モニタリングとも皆無であること。職業後にアルバイトの職 ならたくさんあるが、定職を得るのが難しいこと。またこの道何十年という熟練職人が海外に呼ばれ た際、証書を持っていないことを理由に帰国させられると言うことが発生しており、職人の能力を置 き去りにして証書の意味が一人歩きする危険性があること。

このインタビューに答えてくれた男性は、兵役から帰ってきた時点で「仕事をしたいが、自分は学歴 が低いから、何も始められないのではないか」という不安が大きかったという。「自分のような不安 を抱える若者は、ナポリでは少なくない。長期失業者を目にしては、自分の将来とだぶらせてぞっと したり。そんな時ははともすれば、出口がないとは知っていながら闇労働の誘いにものりがちだ。そ んな見通しの明るくない環境にあって『私にはこれが出来る』と言うものを持つことの意味がどれだ け大きいか、考えてみて欲しい」。彼が何度も力説してくれたこの言葉に、この若者向け職業訓練 コースが、個人差はあれその受講者にとって単なるポーズではなく、大きな希望の綱であることを認 めることが出来よう。精神的なことで数値には表しにくいが、これは決して軽視できない優れた役割 である。

インタビュー中、彼と『失業は政府のせい』と声高に叫ぶもののとても仕事を探しているようには見 えない長期・永年失業者のイメージとの落差を感じた。この若者は、仕事に対する高いモチベーショ ンを持ち、職業訓練コースを介してそれを受け入れられたことで、社会人としての責任と自信をしっ かり掴むことに成功しているのである。修了生全員が彼のように満足し、その後の人生も順風満帆と いう訳ではないであろうが(事実、職業訓練コース全体を"駐車場"と揶揄する向きもある)、彼の話 を聞いていると、就職に対する強い意志がおおよそ持続しうる期間内に、このコースのような僅かな 期間的・経済的投資を通じて得られる成果は、個人レベル、ひいては州にとっても相当大きい可能性 があると感じられた。勿論若者だけを優遇すれば良いわけではないが、この第一レベルコースは大人 向けのそれと比べて、例え同程度のコストでも将来的ポテンシャルが高いことは疑いようのない事実 であろう。若年失業者にその場限りの職をあてがうのではなく、社会人として働くことの意味を理解 させるこの仕組みは、時間はかかるにせよ根本的な失業者対策としての成果を期待できるのではない だろうか。手本無しで、半端ではない失業者数を減らすためには、短期的な対策のみならず長期的な 視野が必要である。研修期間がコース間で差こそあれ短めで、その中で職業人として仕事をするとい う一種の社会教育の場としての役割も果たしているこのコースは、短期的にも長期的にも、成果を期 待して良いものではないだろうか。 

8月27日、ナポリ市内で次期職業訓練コース合格者が張り出された。10万2千名の応募に対し合 格者は僅か4千7百名であった(最大の選定基準は失業年数、家族構成、年収などを点数化して加算 したものであるとされている。総計が大きかった者=職を得る必要性がより高い者と見なされ、選考 で優先されるとはされているが、高得点でも落ちる場合もあり絶対的なものではない)。選考から漏 れた者の多くが異議申し立てをし、屋外の掲示場付近が大混乱した様子が翌日の全国紙(IL  MATTINO)のナポリ版第1面に大きく載せられていた。

同記事の最後に、今回の選考で合格者の最年少記録(10歳)が樹立されたと言うエピソードが挿入 されていた。この少年に関しては名前と生年月日以外の情報は載せられていなかったが、日本で言え ばまだ小学生の子供が(25歳までのコースとは言え)彼よりずっと年上の男女に混ざり、社会への 一歩を踏み出す道を選んだと言う事実はやはり重い。ただ彼に入学を許可した州立財団の判断には、 現実を見据える目、さらに闇労働市場と一番近い位置にいる幼・少年層保護の兆しを感じる。このル イジ君のみならず各合格者がモチベーションを持って今日のチャンスを明日からの人生に生かすこと が出来れば、そして社会が彼らを受け入れその一員として育てるという相互信頼関係が確立していけ ば、いずれは失業問題、そして他の社会的諸問題にも徐々に光が投げかけられるのではないだろう か。むろんこのコースだけが全てではないし、長きに渡る南部開発公庫時代の体質が染みついて公の 援助をあてにしすぎるような向きもある。しかし現実の高失業率から見ても、今州が援助を必要とす る個々人に直接届くこの様な活動を続けていることの意味と将来的な可能性は疑いようもない。モニ タリング、そしてカンパーニア州に住む者の日々の生活にその成果が見られる日が待たれる。

追記:2002年からはこの職業訓練コースが再編される。プログラムによると、来年からのコース にはボランティアを始め、企業者団体や大学・研究所なども参加・協力し、更に大きく社会とリンク した活動となることが見込まれている。今年までの若年低学歴失業者に加え、やはり潜在的に社会的 弱者となる可能性の高い(違法労働など)外国人労働者への配慮も明確に盛り込まれている点も注目 される。

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著者プロフィール:大阪外国語大学大学院言語社会研究科博士後期課程単位修得退学。95/96年のナ ポリ大学文学部留学を前後して、一貫してナポリ地域文化を研究。食・服飾・ギフトアイテム・サー ヴィスなど様々な分野で、日本と主に南イタリアの文化・産業の交流をコーディネート及びアシスト している。ナポリ在住。





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