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ITALY NEWS
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2000/08/01 


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イタリアのビジネス日本語教育事情

日伊文化交流協会代表   八木 宏美  





"日本語のできるイタリア人など、ないものねだり、大学で習った日本語程度ではどうせ役には立たないから、英語がよくできる方がよい。"とはアンケート調査で多く聞かれた在イタリア日本企業の弁である。 教育現場にいるものとしては非常に残念だが、この言葉は、イタリアの日本語教育事情を端的に表わしていると言わざるをえない。

西洋人にとって日本語の学習はとても難しい。実は"仕事に役立つ"日本語教育の最も大きなネックとなっているのは、時間的制約である。イタリア人が日本語を上級まで習得するには、英語の約4倍の時間(約3000時間)を必要とするが(アメリカ国務省の外交官養成集中講座では、西欧系主要言語習得時間の4倍の時間を日本語に充てている)にもかかわらず、実際には英語の4分の1の時間さえ、さかれないのが現状である。



日本語教育データ

下の表を見て頂きたい。国際交流基金の日本語国際センターが本年3月30日に出版したデータ集『海外の日本語教育の現状』の数字である。イタリアとほぼ同規模の人口を持つイギリス、フランスがそれぞれ1万人以上の日本語学習者を持つのに対し、イタリアの学習者数の少なさは歴然としている。ドイツも含め、実はこの日本語学習者数の差はそのまま、あらゆる情報の質、量の差としても影響している。日本イタリア両国間の言語障壁は、他のヨーロッパ主要国と比べ、当然大きくならざるを得ないのである。

英,仏,独と比較したイタリアにおける日本語教育(1998年)

イタリアイギリスフランスドイツ
人口(推測値) 5752万人 5820万人 5885万人 8203万人
日本語学習者 3,396人 14,451人 12,118人 11,025人
教師数 100人 862人 423人 487人
日本語教育機関数 36 322 181 230




イタリアにおける日本語教育の現状

実はイタリアにはヨーロッパで最も古い1724年に遡る中国語学校、ナポリのColleggio dei Cinesiを母体とする、現ナポリ東洋大学があり、日本語教育部門でも宣教師教育を主とする最も古い歴史を誇っている。このナポリ東洋大学とヴェネツィア大学外国語学部の日本語科が、イタリアにおける日本学の2大メッカであるが、これらを含め、現在11大学13学部が日本語教育を行っている。その他にも、公共機関、民間団体主宰の22の日本語講座が開設されているが、6千人を超える児童生徒学習者を持つイギリスとは大きく違い、イタリアでは、初等中等教育部門での日本語教育はほとんど行われていない。

年間300時間以上をこなし、日本語を4年間専門に勉強するナポリ大とヴェネツィア大のケースを除くと、他のほとんどの機関では、年間60時間から120時間程度の授業時間数で、イタリアでは全課程終了までにせいぜい300時間から500時間程度が、平均の日本語学習時間であると考えられる。

つまり、仕事に役立つ日本語学習に必要とされる3000時間からは程遠い時間数をもって、日本学の研究や日本語習得を試みようというのであるから、実に大変な話である。



教育現場の問題点

大学では卒論を書くために日本語の本を読める必要があり、文法と読解中心の授業が行われることが多い。民間の教育機関でも主に文法中心の導入をしているが、どちらのケースにしろ、はっきりしているのは前記した時間数不足である。つまりどんなに頑張ってみても、例えば日本で開発された一般教材を使用するスタンダードな日本語講座では、中途での時間切れが目に見えているのである。最悪のケースでは文法の極一部が説明されただけに終わってしまっている。この現状では日本企業の厳しい批判も無理はない。こうした中、最近では日本国内でもニーズや目的により、教材・教授法を選択する方向で、様々な研究がなされている。特にイタリアでは、目的を絞らない限り、少しでも何かの役に立つ日本語教育はとても望めない。大学で専門に日本学を研究する本格的、体系的な日本語教育はもちろん、行われてしかるべきであるが、この"本格的"の内容についても実は一言ある。



日本語固有の特徴の問題

日本語を勉強し始める学生の入門の動機の大半は、実は"日本の漫画が読みたいから"である。漫画は、日本文化唯一の大量輸出項目で、現在では若い外国人の日本への興味を引き出す、最も効果的な道具ともなっている。実は漫画は、アジアの隣国にも見られない日本独特の文化形態である。このことにも関連するのだが、日本語は書き言葉と話し言葉の形態が大きく異なる言語であり、漫画は話し言葉をビジュアル化した特殊表現ジャンルである。西洋の言語学では、常に書き言葉中心の研究が主流を占めており、日本語の場合にも学問と言えば、書き言葉の研究に相場が決まっているが、実は考えてみると、太古の日本文学は、語りの記録から始まっており、話し言葉特有の主語がほとんど省略される形態も、『源氏物語』の昔から日本語に著しい特徴である。"話し言葉"の研究こそ、敬語の使用をも含む、日本語固有の特徴の体系的分析には欠かせない研究であると思われるが、アカデミックな研究では、本格的に"話し言葉"を取り上げることは未だ稀である。

この、軽んじられている日本語の"話し言葉"の研究は、実は日本語研究、日本文化研究のみでなく、日本人の国民性や日常習慣の理解、日本語によるコミュニケーション形態の理解促進のためにも、必須の研究課題である。



ボッコーニ大学のビジネス日本語講座

ボッコーニ大学では、91年度よりJETROとの共催で、イタリア人のビジネスマンを対象としたビジネス日本語講座を開設し、昨年度からは場所をJETROに移したが、この間、98年には、それまでの教育経験を踏まえ、学習者のニーズ分析、学習時間の制限を考慮した、目的指向型のビジネス日本語入門テキストを出版している。昨年度からは新設のトリノ大学外国語学部の東洋学科、マネージメント専攻の日本語講座でも使用しているが、"COMUNICARE GIAPPONESE"(日本のコミュニケーション)と題したこのテキストは、日本的コミュニケーションの入門書でもあり、話し言葉の構造分析主体のテキスト展開となっている。

実は、この教科書、言語学的には"話し言葉"分析の入門ときっかけの教材集でもある。さらにここで強調しておきたいのは、"ビジネスマンの話す日本語とはいったいいかなる日本語か"という点である。伝統的な日本語教育の場では、ビジネス日本語を"商取引用の日本語"と狭義に位置づける向きがあるが、イタリアで特にニーズがあるのは、同僚、仲間内の社内会話ではなく、営業マンの話し言葉、あるいは上司に対する話し言葉である。これは、実は日本人社会人が"特に親しくはない相手"と仕事の話をする場合に使用する、通常の話し言葉の形態でもある。この意味において、本テキストは、商取引という狭義のビジネス日本語ではなく、汎用性の高いスタイルの、日本語"話し言葉"テキストとして、日本的コミュニケーションの理解を目的に展開している。



将来への課題

短期学習でもニーズ、目的を分析し、教材や教授法を厳選すれば、効果的な日本語教育を行うことは可能である。決して実利主義ではなく、こうして役立つ日本語を教えれば、コミュニケーション促進にもつながり、長い目で見れば日本への興味促進や本格的な日本語学習、日本文化学習への意欲を刺激することができるのではないであろうか。

間口を広げ、満足感のある教育を目指すことで、まず学習者数を増やすこと。そんな底辺の拡大が、イタリアにおける日本語教育の現在最大の課題であり、ひいてはビジネスの場における情報の質、量の向上への第一歩であると信じる。日本企業の皆さんには日本理解を助ける早道として、イタリア人社員には大いに日本語学習を勧めて頂きたいものである。言葉は相互理解の基盤である。



注、拙書『COMUNICARE GIAPPONESE』(Lit.40,000)は日本人ビジネスマンのビジネスイタリア語テキストとしても使用でき、ボッコーニ大学のEGEA書店(Tel.02-58362029)にて入手できる。




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