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2000/5/1

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イタリアの劇団システムと
行政の演劇助成政策


静岡文化芸術大学教授・イタリア演劇
高田 和文


●日本人とイタリア人の演劇に対するイメージ

イタリアに旅行する日本人はもちろん、イタリアにかなり長く住む人にとっても、オペラを別にすると演劇にはほとんどなじみがないようだ。短期間の旅行者の場合、言葉の壁や情報不足、時間的制約といった問題が劇場に足を運ぶのを阻んでいることはよくわかる。しかし、少なくとも日常の会話に不自由しない程度にイタリア語を使っている長期滞在者の場合、劇場に気軽に足を向けられないのは一体何が原因なのだろうか? 

ローマやミラノなどの大都市はもちろん、中規模以上の都市であれば、ほとんどの毎日のように何かの演劇公演をやっており、新聞の映画欄の脇にかならず公演案内がある。私自身の体験から言うと、どんな町でも劇場は活気にあふれ、イタリア人にとって演劇がごく日常的な楽しみであることをたえず実感させられた。

どうやら問題は、日本人一般が”演劇”というものに対して抱いているイメージにあるらしい。中高年以上の世代にとっては、かつての”新劇”の堅苦しいイメージがあり、またそれ以下の世代の人々には、いわゆる”小劇場演劇”のマニアックなイメージが強いのではないか。以前、イタリアと日本の統計を比較して観劇人口・観劇回数を割り出してみたことがある。すると、日本人もイタリア人もほぼ同じ程度に演劇を見ているが、日本人の場合、同じ人が何度も劇場に通う比率が高いのに対して、イタリア人は1人当たりの観劇回数は少ないものの観劇人口そのものが多いという結果になった。

確かに、日本の場合は労演などの観劇普及会員や小劇団の追っかけファンのような少数の固定客が観客の大半を占めている。イタリアにも”アッボナメント”(年間通し切符)の制度があるが、それでも観客はかなり流動的だと言える。東京の劇場についてよく言われることだが、特に平日の公演などは、かなりの部分が演劇関係者や他の劇団員、マニアックな演劇愛好者で占められていることが多い。イタリアでそういう光景が見られるのは、公演の初日のみであって、あとはごく一般的な観客である。結局、日本では演劇はまだまだ一般市民に開かれたものになっているとは言えないのだろう。

前置きが長くなってしまったが、イタリアに住む、あるいは旅行するごく普通の人々にぜひ劇場に足を運んでもらいたいとの願いを込めて、イタリアの劇場と劇団の制度についてごく大まかに述べることにする。

●トップレベルの演劇を支える公立劇団
まず、劇場と劇団の関係を整理しておかなければならない。イタリアの演劇活動の中心にあるのは、あくまでも劇団組織である。主要な劇団はたいてい専用の劇場を保有し、そこで舞台作品を上演したり、他の劇場と契約して公演を行う。また、専用の劇場を持たない小規模の劇団は、公演のたびに劇場と契約を結ぶ。劇場に付随する形で劇団が設けられている場合が多いアメリカや他のヨーロッパ諸国に比べ、イタリアでは劇団と劇場の関係はかなり緩やかである。

さて、イタリアの演劇をピラミッドにたとえると、その頂点に位置するのが、全国13の都市・州にある公立劇団(一般に Teatro Stabile あるいは Teatro Pubblicoと呼ばれる)である。公立劇団とその所在地は、次の通りである。(1997年の資料による)

Centro Teatrale Bresciano(ブレーシャ演劇センター) 、ブレーシャ
ERT- Emilia Romagna Teatro(エミリア・ロマーニャ州立劇団)、モデナ
Piccolo Teatro di Milano(ミラノ・ピッコロ・テアトロ)、ミラノ
Stabile del Friuli Venezia Giulia(フリウリ・ヴェネツィア・ジュリア州立劇団)トリエステ
Stabile del Veneto Carlo Goldoni(カルロ・ゴルドーニ・ヴェネト州立劇団)、ヴェネツィア
Stabile dell'Umbria(ウンブリア州立劇団)、ペルージャ
Stabile di Bolzano(ボルツァーノ市立劇団)、ボルツァーノ
Stabile di Catania(カターニア市立劇団)、カターニア
Stabile di Palermo(パレルモ市立劇団)、パレルモ
Stabile di Torino(トリーノ市立劇団)、トリーノ
Stabile Sloveno(スロヴェニア公立劇団)、トリエステ
Teatro di Genova(ジェノヴァ市立劇団)、ジェノヴァ
Teatro di Roma(ローマ市立劇団)、ローマ

これらの公立劇団は、国や自治体からの潤沢な資金援助を受けて、その経営基盤はきわめて安定している。事業予算に占める公的支援の比率は4〜7割に達し、その代わり低料金で質の高い舞台作品を提供している。 

そもそも、イタリアでは金額の差はあれ、ほとんどすべての劇団・劇場・演劇団体に国や自治体の公的助成が与えられている。その代わり入場料は、毎年政府の出す通達によって一定の料金以下に抑えられる。入場料は、劇場の規模と作品の性格(小劇場か大劇場か、新作・実験的作品か一般向け作品か)により決定され、同時に料金ごとの客席数の比率も指定される。現在、公立劇団の最高料金は45000リラである。

初めてイタリアの演劇を見るなら、公立劇団の舞台をお勧めする。よく知られた古典的な作品を多く取り上げ、しかも演出・演技など舞台の水準が高い。もちろん、劇場そのものも立派で、見に来るイタリア人も中流以上の市民が中心である。イタリアを代表する劇団で、ヨーロッパ劇場の拠点ともなっているミラノ・ピッコロ・テアトロは、一昨年開場した大劇場を含め現在3つの劇場を有している。

創設者のジョルジョ・ストレーレルが1997年末に死去したため、昨年ルーカ・ロンコーニが新たに芸術監督に就任した。ロンコーニは、ストレーレル亡き後、イタリア屈指の演出家である。また、ローマ市立劇団は、もともと歌劇場だったアルジェンティーナ劇場を主要拠点としている。芸術監督は、かつて前衛的な演出で注目を浴びたマリオ・マルトーネ。現在は、比較的オーソドックスな演出を行っている。俳優兼演出家のガブリエーレ・ラヴィアを芸術監督とするトリーノ市立劇団も、優れた舞台作品を創造することで知られる。その主要拠点となっているのは、由緒あるカリニャーノ劇場である。

●地域・市民に密着した準公立劇団
次に、公立劇団に続く位置を占めるのが、準公立劇団(一般に、Teatro Stabile Privato あるいは単に Stabile Privato と呼ばれる)である。このタイプの劇団は、全国に12ある(1997年資料による)が、そのうち主要なものは次の通りである。

Attori e Tecnici(アットーリ・エ・テクニチ)、ローマ
Teatro Eliseo(エリゼオ劇団)、ローマ
Nuova Commedia(ヌォーヴァ・コンメディア)、ナポリ
Nuova Scena (ヌォーヴァ・シェーナ)、ボローニャ
Teatro Franco Parenti(フランコ・パレンティ劇団)、ミラノ
Stabile di Firenze(フィレンツェ市立劇団)、フィレンツェ
Stabile di Parma(パルマ市立劇団)、パルマ
Teatro di Tosse(トッセ劇団)、ジェノヴァ

これらの劇団は、かつては商業劇団や演劇協同組合だったが、現在は自治体と協定を結んで半ば公的な形で運営されているものである。たとえば、ローマのエリゼオ劇団は以前は商業劇団であり、ボローニャのヌォーヴァ・シェーナやパルマ市立劇団は、演劇協同組合が母体となってできた。

公立劇団に比べるとやや規模が小さく、古典的なレパートリーばかりでなく実験的な作品も多く取り上げる。演出・演技のレベルは相当に高く、国、そして特に自治体からの助成を受けて経営は安定している。事業予算に占める公的助成の比率は公立劇団とほぼ同じで、4〜6割といったところである。商業劇場として長い歴史を持つローマのエリゼオ劇場などは別だが、一般に公立劇団に比べて地域に密着した活動をしているところが多く、劇場の規模も小さいので、より気楽な雰囲気で観劇を楽しむことができる。

●300近くあるイタリアの劇団
さて、これ以外にイタリア全国には約300もの劇団が存在する。これらは商業劇団、演劇協同組合、実験劇団、児童劇団など、いくつかのタイプに分類される。演劇協同組合とは、協同組合方式で運営される劇団のことで、1970年代に若い世代の 演劇人を中心としてこの形態の劇団が続々と生れた。税法上有利であり、しかも組織に柔軟性が認められているため、多くの商業劇団も演劇協同組合という形に改組するようになった。また、演劇協同組合のほうも、民主的な劇団運営という当初の運動理念はほとんど失われ、単に組織上・税法上の都合から協同組合と称しているところが大半である。したがって、現在では商業劇団と演劇協同組合の違いは単に名称のうえの区別にすぎなくなっている。一方、実験劇団や児童劇団はその活動内容から分類されており、国の助成金交付の際にも特別な基準が適用される。

なお、イタリアでは商業劇団も含め大半の劇団が、公立劇団・準公立劇団ほどでないにしても、国からの助成を受けている。全く自立した経営を行っているのは、これら300の劇団のうちわずか30程度にすぎない。そもそも、イタリア政府の演劇活 動に対する助成は非常に潤沢であり、1995年度には約1500億リラを支出している。また、音楽・オペラ等を含めた舞台芸術活動全般に対する助成予算(FUS = Fondo Unico per lo Spettacolo ”芸能統一基金”と呼ばれ、93年の観光演劇省廃止以後は首相府予算として計上されている)は、やはり1995年度で約8000億リラである。90年代に入って、財政再建を理由に毎年のように文化予算の削減案が提出されるが、関係者の粘り強い折衝により削減幅は当初案よりかなり低く抑えられている。

ちなみに、日本の同様の予算を挙げると、1990年から始まった芸術文化振興基金と、その後新たに設けられたアーツプラン21を合わせ、1998年度予算で約58億円である。言うまでもなく、これは音楽・舞踊・オペラを含む舞台芸術全体に対する数字である。1989年の13億円からすると10年間で舞台芸術関連予算は飛躍的に伸びたが、それでもイタリアの水準にははるかに及ばない。

余談になってしまうが、かつて芸術文化振興基金が設立された直後に、イタリアの演劇人とこの話をしていて、日本の助成金額を言うと相手は信じられないと言った顔をした。経済大国の日本で、そんなはずはないというのだ。しかし、何度も数字を確かめ、計算し直してみても同じだった。要するに、数字が1桁違うのである。日伊の間では、市民の演劇に対する意識や態度もそうだが、経済的な面でも大きな開きがあることは否定できない。

さて、これらの劇団は、規模、活動内容、舞台作品の水準はさまざまで、一概に述べることは難しい。ノーベル賞を受賞したダリオ・フォーの劇団(CTFR)や、ミュージカルを専門に上演するランチャ劇団など、全国各地を巡演して毎年大勢の観客 を集める公立劇団並みのものから、100席程度の小劇場で活動する無名の劇団まで、相当の幅がある。しかし、いずれもプロの劇団であることに変わりはなく、政府の助成を受けるには一定水準の公演を行わなければならない。かつて1970年代には 、学生などによ素人まがいの劇団も多かったが、現在では劇団員のほとんどが演劇学校卒業生や何らかの形で演劇を学んだ人々である。

これらの中には、大劇場にはかからないような現代の新作や実験的な演劇、他のジャンルとの協同作業など、ユニークな試みを行っているところもあり、演劇関係者にとっては見逃せない劇団・公演もある。たとえば、ミラノにあるコッラ人形劇団は、大人から子供まで楽しめるマリオネットの上演で有名である。ボローニャのバラッカ劇団やトリーノのテアトロ・デッランゴロも優れた児童演劇のを上演することで知られる。しかし、上に名前を挙げた以外の劇団については、一般の人、特にイタリアで初めて演劇を見ようという人には、的確な情報を得るのがなかなか難しい。新聞の公演案内を見ても、判断がつきかねる場合が多い。前衛的・実験的な舞台に興味のある人は、そ の町の演劇好きな若い人にたずねてみるとよい。思いがけない新鮮な舞台に出会えるかもしれない。

●演劇上演のための劇場ネットワーク
イタリアの演劇のシステムの特徴として、劇団が地域に密着した形で活動を行うと同時に、全国的な上演のネットワークが発達している点が挙げられる。このところ、日本の演劇界ではアメリカ型の”リージョナル・シアター”(地域劇場)の必要性がしばしば言われるが、私自身は、むしろイタリア式に全国的な上演ネットワークを作り上げるほうが日本の現状に合っていると考えている。このことについては、機会をあらためてイタリアの現状を詳しく報告し、日本の演劇関係者に提言するつもりなので、ここでは、イタリアの上演ネットワークがどのように形成されているか、簡単に述べておくにとどめたい。

まず、公立劇団の舞台作品については、各地の公立劇団の劇場を用いて全国的に巡演する。たとえば、ミラノ・ピッコロ・テアトロで制作された舞台は、そのシーズン中にあるいは翌シーズンに、ローマのアルジェンティーナ劇場で、さらにトリーノのカリニャーノ劇場でも上演される。逆に、ローマ市立劇団の舞台は、ミラノ、トリーノ、ジェノヴァなどの公立劇団の劇場を巡演する。なお、演劇シーズンは10月から翌年6月までで、夏は各地の野外フェスティバルの期間となる。翌シーズンの演目は通常、6月〜7月に発表されるが、その時点ですでに他の劇団の公演予定が組み込まれる。つまり、公立劇団のある都市であれば、同じシーズン中に、あるいは次のシーズンには、他の公立劇団の主要な舞台作品をほとんど見ることができるのである。準公立劇団の場合もほぼ同じで、他の公立劇団・準公立劇団の舞台を組み込む形で1シーズンの演目を構成する。

では、公立劇団や準公立劇団のない小さな町の場合はどうか。たいていの町には劇場があり、シーズン中に公立劇団・準公立劇団の主要な作品を見ることができる。ただし、公演回数は大都市(ローマ、ミラノなどでは3週間〜1カ月の公演がふつう)に比べて少ない。当然、都市の人口と観客数に応じて決められるが、長年の経験でだいたい決まっているようだ。演劇専用の劇場を持たず、1つの劇場をオペラやコンサートと兼用で使うところもある。(一見古めかしいイタリアの劇場のほうが、日本の”多目的=無目的ホール”よりよほど多目的なのである!)。特にイタリアの中北部では、かなり小さな町でもそのシーズンの主要な演目を見ることができる。南部では劇場の数そのものが少ないこともあって、ナポリなどの大都市に演劇公演が集中する傾向がある。ただし、シチリアはパレルモ、カターニアに公立劇団が置かれていることからもわかる通り、演劇活動が充実している。また、古代ギリシャ劇場を使った野外上演も盛んである。

大規模の商業劇団は独自に全国の劇場ネットワークを持っており、それを通じて全国各地を巡演する。中・小規模の演劇協同組合や実験劇団の場合には、同じ州の中あるいは隣接する州を含めて比較的狭い範囲のネットワークを形成している。たとえば、ローマの劇団の作品はラツィオ、ウンブリアなどを中心に巡演する。一方、ミラノの劇団は、ロンバルディア、エミリア・ロマーニャ、ピエモンテなどを巡演する、といった具合である。もちろん、ヒット作品になると全国を巡演することもある。

このように、イタリアの上演ネットワークは、劇団・劇場の規模に応じてかなりきめ細かく形成されている。そして、長年の経験で培われたマーケティングのノウハウにもとづいて、公演地、公演回数、自治体の支援額などが決定される。その代わり、各劇団と劇場、さらに劇団どうしの契約関係は非常に複雑である。一定の料金で劇場を貸す、いわゆる単純な貸し館方式の劇場もいくつか存在するが、たいていは興行利益の分配、巡演経費の負担、広報活動の分担などが、劇団どうしの間で細かく決められる。また、公立劇団どうし、準公立劇団どうしでシーズン中の相互の巡演について協定を結んでいる場合もある。私の知る限り、単純貸し館方式がほとんどの日本の公演システムに比べ、はるかに複雑な契約形態となっていることが多い。

以上、かなり細部にわたるところもあったが、イタリアの豊かな演劇文化が、安定した経済的基盤ときめ細かなシステムに支えられて生み出されていることがある程度理解していただけたものと思う。  

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