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1999/11/1

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2000年とジュビレオ



ローマ在 佐藤康夫


特別掲載 2000年ジュビレオ公式行事・関連催事カレンダーが文末にあります。


イタリア、とりわけカトリック教の総本山ヴァチカンを抱えるローマ市では、今年のクリスマスから始まる2000年のジュビレオ(Giubileo)準備におおわらわである。もっとも、ジュビレオといっても、日本ではカトリック信者以外の人にはなんのことだか見当もつかないかも知れない。

西暦2000年と聞くと、コンピューターの2000年問題と早とちりする人もいれば、単にキリスト生誕二千年の祭と思っている人もいる。また1999年の年越しを機会に世界各所で予定されている非宗教的行事と同一視している人もいるようだ。

本来、ジュビレオとは、キリスト教の普及している欧州でも極めてローマン・カトリック的な行為であり、ヴァチカンと主要教会を抱えるローマ市を中心とする宗教催事と言える。今回は、たまたま2000という千年期の区切りと重なったため、非宗教的な祝祭気分と同調・増幅、敬虔な巡礼と贖宥の機会であるべき行事が一大スペクタクル化しつつある。

* * *

ジュビレオとは?

ジュビレオ(悦びに満ちた祝祭)の起源はモーゼの教えを守るユダヤ人の風習に遡る。七年毎と五十年毎に巡ってくるジュビレオの年には、すべての物が元に戻され、奴隷は解放され負債は解消された。キリスト者に引き継がれたAnnus Jubileusは、「罪の奴隷」からの解放・心の善の回復・精神的負債の免除を意図するようになり、より精神性を帯びる。と同時にキリスト教的慈愛はこの正義と兄弟愛の行為を信者の日常的慣習にまで高めていく。

今日、25年毎に行われるカトリックのジュビレオの始まりは1300年。教皇ボニファキウス(伊語ボニファチョ)八世(1235-1303)が、この年を大赦の年と定めたことによる。コンスタンチノープルやエルサレムがトルコの手に落ちた後は、コンポステーラとローマが中世を通して巡礼の目指す聖地とされて来た。ロメイ(聖都ローマに巡礼でやってくる信者の呼称)に積年の罪業消滅が約束されるや、ローマにはキリスト教世界の隅々から階層や職種も異なる二百万の巡礼者たちが押し寄せたと伝えられている。

当時のローマの推定人口は二万人。多数の巡礼者と巨額な金の流入は市民生活に多大な影響を及ぼしたと想像される。宗教者、貴族から商人、売春婦、乞食まで市民のだれもが巡礼を「接待」し、同時に彼等からひと儲けすることに知恵を絞った。金で過去の罪が購えるとなれば人心への悪影響は避けられず、ダンテは『神曲』でこの教皇を「聖職売買を成す者」として描いているほどだ。ここで宗教的な贖宥自体の是非を問うことはしないが、聖年が創設当初から敬虔な信仰のモメントであると同時に、格好の商業チャンスとして捉えられてきたことは否めない。

その後、ジュビレオはクレメンテ六世によって50年毎とされ、さらに1470年パオロ二世が、特例を除き、25年毎と設定した。1500年から贖宥を行うジュビレオの年は聖年(Anno Santo)と呼ばれ今日に至っている。前回の聖年は1983年、キリスト贖罪1950周年を記念し特別聖年行事が催された。

2000年聖年準備事業

今回の聖年は1999年12月24日から2001年1月6日まで。巡礼は敬虔な告解とともにヴァチカンのサン・ピエトロ教会、ローマ市内のサン・パオロ教会、サン・ジョヴァンニ・イン・ラテラーノ教会、サンタ・マリア・マッジョーレ教会を巡ることになる。

巡礼受け入れ体制整備や各種企画事業を進める上でなによりも重要なのが、聖年一年間の訪問客総数とその構成を予測すること。この種のモニター作業や各種情報活動を進めるに当たって、ローマ市をはじめとする公共行政機関が株主となって出資し聖年準備の技術的サポート機関として、1995年、Agenzia romana per la preparazione del Giubileoを設立(形態は民間株式会社)。

本来、公行政のなかで行われるべき活動が、期限付きとはいえ民間会社に委ねられることになった。この民営化方式は、公的機関が市民生活の質に関わる業務を民間に委託し責任回避を図る近年の自治体行政の傾向の現われでもあり、聖年準備・事業展開によって生じる不都合の犠牲となる市民にとっては、その存在そのものが不可解だ。

ともあれ、この機関の第六回目のモニター結果(10月末)によると、聖年に訪れる巡礼・観光客推定総数は二千六百万人(当初は三千万とも言われていたが、調査毎に減少している)。内訳は、イタリア国内からの流れが千六百九十万人、外国人が九百十万人。訪問客の平均像を見ると、47%は35歳以下で、88%が高卒大卒。地理的には国内は中・南伊からの客が52%。外国人は58%が西欧からと予測されている一方、西欧市民の四割は聖年そのものを知らない。

この希望的数値を基に進行中の聖年準備事業のために政府は総額6兆リラの公共資金を投入。 その内3兆5千億リラが人口三百万のローマ市とローマ県に投資され、残り2兆5千億リラがラツイオ州を始めローマへ向かう巡礼通過地を中心にイタリア各地の自治体で進められている聖年関連事業に当てられている。 ローマ市内では541件の事業、454の工事現場で作業が進められており、ルテッリ市長は年内完了97%と楽観的だが、10月末に工事を完了した現場は全体の29%にすぎない。

ローマ市内の分野別事業数と事業総額は次のようになっている。

宿泊等受け入れ体制整備:58事業、454,960百万リラ。公共交通機関整備:41事業、1,081,339百万リラ。民間交通整備(アクセス・駐車場):15事業、327,426百万リラ。市内環境 整備(広場・歩行者天国・道路・橋・建物正面・庭園 ):80事業、382,807百万リラ。文化財( 遺跡・教会・記念建造物・博物館の修復など):244事業、431,899百万リラ。公共安全:34事業、98,113百万リラ。公衆衛生(ごみ回収処理・トイレなど):35事業、91,281百万リラ。保健医療:22事業、164,513百万リラ。その他:12事業、74,406百万リラ。合計: 541事業、3, 106,644百万リラ。

このなかには、独立国であるヴァチカン市国内、およびその管轄地域内での作業経費は含まれていない。ヴァチカンではスポンサーの協力で作業が進めらており、九月末に完了したサン・ピエトロ聖堂正面の洗浄修復作業にはENI(イタリア炭化水素公社)が100億リラを負担している。

聖年準備と経済効果の明暗

過去の聖年は、ローマ教会の権威強化と同時に、準備事業と巡礼からの経済的利益を追及する機会とみなされて来たが、2000年の聖年も例外ではない。

なによりも、全国の教会組織自体が聖年を国内宗教観光旅行の格好の事業機会として、一般旅行会社と競うまでに力を注いでいる。確かに教会は、巡礼の神聖な特質を救うために、一般的宗教的観光との区別を呼びかけてはいる。 しかし現在の法皇の下、大規模な集会や謁見が大衆の宗教=観光旅行として国内外で慣習化し、マスメデイアと実業界・政界の関与なしには何事も運ばなくなっている。今回の聖年も当然、地球的規模のネットに組み込まれ、市場と政治の論理のもとに準備が進行している。

6兆リラの準備事業のなかでも 巨額の公的資金が投下される建築・土木関連事業での雇用拡大が期待された。しかし、ローマ市内の聖年事業参加の事業体745、2908人の労働者を調べたところ、287人が闇労働、非統合欧州闇労働者80人、経理上不規則な者801人、事業体の社会保証費など未払い料や脱税額90億リラ、労働災害基準法違反913件、同押収17件などの不正労働行為が発覚。聖年準備工事の少なくとも17%は闇労働によってが進められている。

事業主は年内完了の工期を遵守しなければ返金を余儀なくされるところから闇労働者を酷使。とりわけ正規の労働許可のない外国人労働者は、祭日もなく一日十六時間五万リラの薄給で働かされ満足な宿泊所も与えられていない。工事現場では安全基準を無視した作業が次々と下請けに分割され、免許のない事業者も含め10以上の業者が出入りしている現場も報告されている。このようななかで、建築労組が労働契約更新と闇労働・下請け雇用に反対して11月18日に二時間ストを予定している。

直接、巡礼・観光客からの収益を期待しているのがホテルや飲食店、土産物などの業界。聖年には通年の二倍近い人がローマを訪れることになり、大型バスの台数に換算すると、一日1500台、特別行事の際は3000台のバスが流入する。期間中3兆リラの消費が期待されており、業者は皮算用に忙しい。

もっともホテル業界にはこの聖年ブームはマイナス効果を生むとの観測もある。観光名所を含め街中が長引く工事で混乱し、バスでの市内移動が出来ないことを恐れてクラシックなイタリア観光を企画する外国旅行社の解約も出始めた。「Agenzia」の計算では、聖年には300万人が友人・親戚宅に滞在するものの、1340万人はホテルなど宿泊施設を利用するとされている。しかしクリスマスから新年にかけても空室が目立ち、来年の予約も80万人分で低迷しているため、業界では聖年には巡礼以外の観光客が半減するとの悲観的な予測も出ている。

一方で、部屋に余裕のある民間家庭に客と一定時間を過ごす北欧風のbed & breakfastを提供してもらうための法的整備が各地の自治体で進められている。ローマ市内では、現在のところ形態や料金も様々な400軒が登録されている。

大型プロジェクト

ローマにもパリの副都心デファンス地区のような新しい官庁街計画があるが、大規模都市計画を担当するにはローマ市に行政能力が不足しており机上の計画に終っている。聖年準備計画でも承認の遅延と再三にわたる修正から工事に必要な時間を浪費し、当初計画されていた聖年を契機にした大型プロジェクトの多くが放棄された。

ヴァチカン博物館とサン・ジョヴァンニ教会を結ぶ地下鉄路線、高速市電路線など鉄路による交通網整備もそのひとつ。代わりに、ヴァチカン周辺の混乱した道路交通の整備計画が進められる。路が狭まるカステル・サンタンジェロ前、テヴェレ川沿いにトンネル道を掘ることが提案されたが、この案も城の基礎を弱めることから中止されている。

現在、大工事としてはヴァチカン南のトンネル拡張工事とそこに通じるヴァチカン領内の大駐車場建設が残っている。その建設費用800億リラはイタリアとヴァチカンが折半。しかし、駐車場へのアクセス整備はイタリア領内であることから経費1230億リラはイタリア持ち。五階構造の駐車場には113台の大型バス、810台の乗用車を収容し、さらに5000平米の飲食・販売施設が予定されている。一般に「神の駐車場」と呼ばれるのはヴァチカンの所有になるからだけではなく、付属するマーケットでの免税品販売を予測しての呼称のようだ。ともあれ 駐車スペース一台当たりの建築コストは大都市での通常である2500万から1億6000万リラに跳ね上がった。

10月末、順調に進んでいると思われたこの目玉工事にストップがかけられた。何のことはない、考古学者達の予想通りに古代ローマの遺跡にぶつかったのだ。帝政時代のフレスコ装飾を施された壁面が現われ、その保存を巡って各界識者の意見が対立している。11月第一週には文化省の判断が公表されるが、工事続行となれば、貴重な壁画を急遽調査・移動せねばならずリスクは避けられない。

このような事態が予測できなかったわけではない。観光大型バスなどを市外に駐車させ、人は鉄路で市内入りすることも検討されてはいる。しかし、この駐車場はヴァチカン領域内にあるため、イタリア側は計画実現に引きずられた形だ。フレスコ画が発見されたのはイタリア領内だが、イタリアの学者のなかにはヴァチカン領域内 駐車場建設現場でも遺跡が出ているはずとの疑惑が根強い。

多くの一般市民が期待する計画である新音楽堂(著名な建築家レンツオ・ピアノ設計)も、工事現場からローマ時代の遺跡が出てきたこともあり工事が遅延、2000年内のオープニングさへ疑問視され始めた。

聖年準備事業の問題点

まず疑問なのは、なぜ宗教国家でもない共和国が純粋に宗教的であるべき行事の準備と施行を目的に、一部の団体・機関の利益のために集中的に 国税を投入するのかという点。国民の大半がカトリックの洗礼を受けているとはいえ、宗教的には中立な共和国憲法ではカトリックを含む民間教育機関への国庫援助さへ禁止しているのだから不思議ではある。

当然、この巨額投資の背景には教会勢力を繋ぎとめようとする中道左派政権の政治的思惑があり、実際の事業内容の決定や工事請負に当たっても不透明な基準による資金の配分が行われている。またローマ市は中央政界と同じ左派中道政権だが、中道右派の野党の要求で野党支配の地方自治体も聖年の恩恵にあずかれるように関連事業が構想され、資金が雨のようにばらまかれ、聖年とは関連性も薄く緊急性も極めて少ない事業が全国各地で進められことになった。

もう一点は、聖年とその準備のために払う市民の犠牲が曾てなかったほどに大きいことが上げられる。1975年の聖年などは「知らない間に終っていた」といわれる程、市民生活に負担は掛からなかったのだ。来年に聖年が行われることも、ローマ市に多数の巡礼を受け入れる体制がないことも、何年も前から自明のことであった。にもかかわらず市内で多数の工事を短期間に集中して同時に進めるなど、最悪の形で準備が行われている。市の行政能力が疑われるとともに、事業が将来の都市計画構想を持たず極めて場当たり的であることも市民の反発を生んでいる。

聖年行事に関しても、市内交通をマヒさせるサン・ピエトロ教会前広場での開催を極力郊外に分散することが求めらている。宗教的行事は150、その内19が大規模な集会となることが予想され、教会側も可能な限り別会場を利用するとしているが、大半はサン・ピエトロ教会前広場で行われることになる。

これまでも20万人規模の集会がある場合は、広場周辺の規定通りに駐車している車を強制的に移動することが行われて来た。先月最後の土曜日の集会のために、市警察は夜中の2時に車の撤去を開始。事前の通告は一切無く、おまけに道路交通法違反で罰金を課せられる住民は踏んだり蹴ったり。この状態が一年を通して続くかも知れない聖年に、市民が冷ややかなのも頷ける。

市長は、ローマが見違えるほどの「美観」を取り戻すためいま暫くの辛抱を呼びかける。しかし、美観優先の速成修復や工事には専門家からも疑問が呈されている。永遠の都ローマは「第二のルネサンス」と言われる程、各所で遺跡発掘や歴史的建造物の修復が進められているが、中国産をも含む安価な不適切な石材を使用したり、疑わしい復元方法を採用したりと、掘削による未知の遺跡の破壊とともに、その成果さへ危ぶまれている。

* * *

聖年準備事業から利益を得る実業家、巨額な資金の配分で自派の影響力を浸透させる政治家、 イタリアをはじめ西欧諸国で劣勢にあるカトリック存続のため教会ヒエラルヒーを堅持しようとする宗教者。聖年というカトリック教の信仰の機会は、あまりにも世俗的な持てるものの響宴の様相を濃くしつつあるようだ。

「ネロ(皇帝)は火事で、ルテッリ(市長)は聖年で(ローマを破壊する)!」ヴァチカンのお膝元のアパートに掲げられた横断幕のアピールだ。 聖年から何も得ることのない市民の心情を表現している。次回の市長選ではルテッリには投票しない。これが少なくともヴァチカン近在市民の挨拶。もっとも市長も心得たもので、居心地の悪い市長の席に留まる意図はなく、早々と欧州議員を掛け持ち、聖年事業を跳躍台に国政進出を狙っている。

* * *


特別掲載

2000年ジュビレオ
公式行事・関連催事


年末から来年一年間は、聖年(贖宥の年)を機会に国内外の巡礼や観光客を迎えるため、ローマ市をはじめイタリア各地で実に多彩な催しが準備されています。イタリアなど「コンピューターの2000年対策」が遅れている国への年末年始の旅行を控える向きもあるようですが、列車や飛行機が大幅に遅れたり、ストップすることなどイタリアでは日常茶飯事。その程度のことでイタリア旅行を断念するには、この期間の催しはあまりに豊かで魅力的です。もっとも出発前には、インターネットでデーターの再確認をされるのが賢明でしょう。(関連ホームページのアドレスは、ITALY NEWS 1999年11月15日号のCOFFEE BREAKに掲載されています。)


宗教的行事

150以上に及ぶ行事の内、多数の参加者が予定されるもの19(会場: ヴァチカン市国サンピエトロ聖堂前広場/ローマ市トル・ヴェルガータなど)。「*」を印したものは 特に大規模な行事。

1999.12.24 聖なる扉の開扉
1999.12.31 新千年期のための徹夜の祈り(Veglia)
2000.01.01 世界平和の日
2000.01.02 子供のジュビレオ
2000.02.11 病人と医療関係者のジュビレオ
2000.04.21 十字架の道行(Via Crucis)
2000.04.23 復活祭(Pasqua)のミサ*
2000.05.01 労働者のジュビレオ*
2000.05.18 聖職者のジュビレオ
2000.05.28 ローマ司教区のジュビレオ
2000.06.18-25 国際聖体大会*
2000.08.15-20 世界青年の日*
(150万人の参加が予定されている)
2000.09.24 聖母マリア大会
2000.10.14-15 家族のジュビレオ*
2000.10.22 国際宣教師大会
2000.10.29 スポーツ者のジュビレオ
2000.12.03 障害者のジュビレオ
2000.12.25 サンピエトロ聖堂でのクリスマス・ミサ
2001.01.06 聖扉の閉鎖


聖年期間中に開催される行事

サンピエトロ聖堂でのクリスマスの夜の音楽会(ムーテイ指揮モーツアルトの「戴冠ミサ」)から始まり、ローマ市とラツイオ州の音楽ホール、教会、広場、修道院、考古学的遺跡などで、コンサートや演劇などが次々と予定されています。しかし、ジュビレオの間、主要な演奏会場となるピアーノ設計の音楽ホールを中心にした「音楽の市」のオープニングが遅れることが予想されるため、演目・演奏会場・日程は改めてまとめてみたいと思います。 一方、聖年を機会に美術館・博物館の多くが整備され、これまで公開されていなかった遺跡などの一部も修復され見学できるようになりました。なかでもネロ皇帝のドムス・アウレア(黄金宮)は見逃せません。

ここではローマ市で開催予定の大小60以上の展覧会から主なものをご紹介するに止めます。[展覧会タイトル・期間は変更される可能性があります。*は必見]

1)展覧会(古代)

「都市ローマ 異教的ローマからキリスト教的ローマへ」*
2000.11.15 - 2001.04.20
会場: Palazzo delle Esposizioni
世界各国140の美術館・博物館から寄せられる400点の作品で構成。

「クレオパトラ」
2000.10 -
会場: Palazzo Ruspoli
Fondazione MemmoとBritish Museum(London)の共催。

2) 展覧会(中世)

「中世におけるロメイとジュビレイ 聖ペテロの墓を訪れる中世の巡礼」*
1999.10.21 - 2000.02.26
会場: Museo Nazionale diPalazzo Venezia
聖年関連の最初の展覧会。巡礼(350-1350年)を信仰の旅・様々な民族と文化の交流と捉え、写本や貴重な遺物で 今日の聖年のルーツを探る。

「1300年 最初のジュビレオ ボニファテイウス八世とその時代」*
2000.03.26 - 2000.07.10
会場: Museo Nazionale di PalazzoVenezia
13世紀末のローマの芸術表現。ジョット、アルノルフォ、カヴァリーニ、トッリイテイなどの作品。同時にセミナー開催、音楽会・演劇上演、周回見学コース設定。以下の自治体でも同テーマで展覧会開催。
Alatri, Anagni, Caprarola, Colonna,Fumone, Palestrina, Petrella, Salto, Poggio Bustone, Poggio Moiano, Rieti,Soriano nel Cimino, Stimigliano, Supino, Sutri, Viterbo, Zagarolo

「中世の輝き」 *
1999.10.30 - 2000.02
会場: Palazzo Ruspoli
国立カタロニア美術館からロマネスクとゴシック期の44点の作品(絵画・彫刻・工芸 など)が移動展示。

「ジュビレオの女性たち」
2000.03
会場: 未定
1300年から今日までのジュビレオに参加した著名な女性たちの記録。

「キリストとマリア」
2000.01- 復活祭
会場: Biblioteca Apostolica Vaticana(ヴァチカン図書館)
Abbazia di Montecassino, Biblioteca Vallicellianaでも同時開催。

「新約聖書のイメージ 人はパンのみにて生きるにあらず」
1999.10 - 2000.02
会場: Biblioteca Casanatense
国連食糧機構提唱の世界食糧デーを機会に、ローマ市のもっとも貴重な図書館のひとつがその所蔵写本などを公開。

3) 展覧会(近世・近代・現代美術)

「ある枢機卿の夢 フェルデイナンド・デ・メデイチのコレクションと芸術家たち」*
1999.11.18 - 2000.03.05
会場: Villa Medici
フランス・アカデミーが企画する16世紀の最も重要なパトロン・コレクターのひとり である枢機卿の収集作品展。会場のVillaも 修復が終ったばかり。

「フランチェスコ・ボッロミーニとバロックの世界」*
1999.12.15 - 2000.02.15
会場: Palazzo delle Esposizioni
ベルニーニのライバル建築家(1599-1667)の芸術的起源と初期の活動を素描(ウイーンのアルベルテイーナ素描室蔵)・模型・メダル・肖像など600点で辿る。国際的セミナーや学術会議、市内の建築作品のガイド付き見学も予定。

「17世紀のローマ」
2000.03.15 - 2000.06.15
会場: Palazzo delle Esposizioni
同時代の考古学者・歴史家ジョヴァン・ピエトロ・ベッローリの見た当時のローマ。カッラッチ、カラヴァッジョ、ルーベンス、ヴァンデイックなどの作品。

「チェチリアのイコノグラフィー」
2000.03 - 2000.05
会場: Palazzo Barberini/Citta' della Musica
音楽の守護聖人チェチリアの伝統的イメージ形成に関わった作家たち(ラッファエッロ、グエルチーノ、ルーベンス、ドメニキーノ、レーニ、ピエトロ・ダ・コルトーナ、ジェンテイレスキ、レイノルズなど)の作品。

「ローマを描く風景画における古代  1780-1900年」
2000.10-
会場: Museo Nazionale di Palazzo Venezia (1770-1796)/Palazzo delle Esposizioni(1797-1815)/Galleria Nazionale d'ArteModerna e Contemporanea(1815-1870)
18,19世紀のイタリアと外国の作家たちのローマとラツイオ地方を主題にした作品を三期に分け三会場で展示。

「フランシスコ・ゴヤ」
2000.03 - 2000.06
会場: Palazzo Barberini

「17世紀のバルベリーニ家とその邸館」
2000.11
会場: Palazzo Barberini
絵画・工芸・考古物など当時有数のコレクションを再現するため、世界各地に分散した作品が里帰り。カラヴァッジョ、デューラー、プッサンなど。

「プッサンから印象派まで」
1999.11.11 - 2000.02.27
会場: Museo del Corso
モスクワのプーシキン美術館から借用の25点のフランス美術の傑作。マチス、ルノワール、マネなど。

「エルミタージュ美術館名品100点 印象派から前衛まで」*
1999.12.18 - 2000.06.11
会場: Scuderie Papali alQuirinale
モネからレジェまで(1870-1920)の印象派と後期印象派の傑作100 点を集めた注目の展示。

「モネ 光の巨匠」
2000.03.02 - 2000.06.25
会場: Complesso del Vittoriano(zona Fori Imperiali)

「ボッチョーニ」
1999.12.14 - 2000.02
会場: Galleria Comunale d'Arte Moderna e Contemporanea - Ex Stabilimento Birra Peroni
イタリア未来派の旗手の彫刻作品15点。並行して未来派音楽演奏も企画中。

「マルク・シャガール」
1999.10.07 - 2000.01.16
会場: Complesso del Vittoriano

「ジュゼッペ・カポグロッシ」
1999.12.15 - 2000.03.15
会場: Galleria Nazionale d'ArteModerna
ローマ派の作家の生誕100年を記念し80点の絵画・素描を展示。同時に修復なった「20世紀」部門も公開。

「リクテンスタイン」
1999.12.20 - 2000.04
会場: Chiostro del Bramante
最近亡くなった米国の著名なポップ・アート作家。60年代から晩年までの作品とエスキース70点を展示。

「リチャード・セッラ 」
1999.12.06 - 2000.02.
会場: Mercati di Traiano/AmericanAcademy in Rome
1939年生まれの米国彫刻家展。遺跡内にモニュメンタルな作品10点、米国アカデミーには大型素描を展示。

「歩み 世界の民族の動き」
2000.06 - 2000.09
会場: Scuderie Papali al Quirinale
20世紀におけるドラマチックな移民、民族の移動を記録した350点の写真展。7月に同テーマで国際会議。

「ダンテの世界」
2000.09 - 2000.12
会場: Scuderie Papali al Quirinale
神曲のためのボッテイチェッリの素描92点など、ダンテの詩的言語の世界を探る。

「1900年代」*
2000.12 - 2001.03
会場: Scuderie Papali al Quirinale
20世紀のイタリア美術の展開を絵画・彫刻主要作品180点で辿る。Maurizio Calvesi監修。

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