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ITALY NEWS

イタリア中小企業訪問
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2003/07/1 
 

イタリア中小企業訪問



Casa Editrice Libraria Ulrico Hoepli

地元ミラノに根ざした、創業132年の書店・出版社




いつもたくさんの人で賑わうミラノの中心ドゥオモ広場から、リナシェンテ・デパートの脇をスカラ座の方に向かって入っていくとエプリ通りという通りにぶつかる。この通りにある、エプリ書店およびエプリ出版社を興したウルリーコ・エプリUrlico Hoepliにちなんで名づけられた通りだ。5階建ての自社ビルの地下一階から4階までが書店で、5階が出版社。書店の蔵書は15万点以上、計50万冊を超え、ミラノのみならずヨーロッパでももっとも大きな書店のひとつに数えられる。

大きいだけではない。なんと132年という長い歴史を持つ。今回はこのエプリ書店・出版社を訪れ、創業者と同名の4代目の社長、ウルリーコ・エプリ氏と、広報の責任者であるエプリ氏の長女、バルバラ・エプリさんにお話を伺った。

創業者ウルリーコ・エプリは実はイタリア人ではなく、ドイツ語圏スイスのトゥールガウ出身のスイス人だ。(「エプリ」というのはアルファベットの《H》を発音しないイタリア語式発音で、正式にはドイツ語式に「ホェプリ」と発音する)。エプリはリヨン、チューリッヒ、トリエステ、そしてカイロなど、さまざまな地の書店で経験を積んだ後、1870年23歳のときにミラノに書店を開業。翌年の71年に次いでエプリ出版を興した。

まだ義務教育のなかった当時のイタリア国民の識字率はわずか30%。が、ミラノを州都とするロンバルディア州は58%と、他地域に比べてすでにずば抜けて高かった。その後ミラノはイタリアの近代経済成長の中心となり、同時に知的活動もさらに活発に繰り広げられることになる。「130年前、創業者がいろいろな国や都市で経験を積んだ上で、起業の地としてミラノを選んだのは偶然ではない。その先見の明には感謝してもしきれない」、と現社長のエプリ氏。

イタリアには他にもモンダドーリ、フェルトゥリネッリ、リッツオーリなどを始め、書店および出版に携わる大手がいくつもある中、エプリ書店の特長とはなんだろうか。

まず第一に「専門性」。総合的にさまざまな分野の本を揃える一方、とくに建築、芸術、グラフィック、デザイン、写真、ファッション、科学技術、観光、経済、経営などの各分野で、一般的なレベルから、それぞれの分野のプロが読むような専門性の高い本までを取り揃える。

二つ目に外国の本が充実していること。実際、在庫の20%以上が外国語による本だ。これには経済・文化が発達しているミラノに外国人が多いことに加え、専門書などをはじめ、外国語でしか手に入らないような書籍をも取り揃えていることがある。

三つ目に顧客へのサービス。お客が探し求める本を、可能な限り手に入れるようフォローアップする。

もちろんインターネット上のサービスにも手抜かりない。ホームページ上で書店の全在庫を索引、オーダーすることができ、本は全国どこにでも郵送してくれる。

一方、出版事業の方は、科学技術分野の教本、大学・高校・専門学校・学校の教科書、建築および語学のテキスト、専門用語辞典・分野別辞典なども含めた語学辞典、古典文学、コンピュータープログラミングのマニュアル(Hoepli Informaticaシリーズ)などが主で、現在あわせて約千点を出版。

もともと創業当時から教本・手引き書専門の出版社としてスタートした。といっても、当時イタリアには教本や手引書のたぐいは存在せず、それらを指す言葉すらなかった。英語のハンドブックに相当する言葉として、「マヌアーレ」(マニュアル)というイタリア語をあてたのはエプリ本人である。

最初に出版されたフランス語教本に続き、染色、エンジニア、農業、動物など、当時の職業に役立つ実践的な教本・手引書を次々に出版。なかでもエンジニア教本はこれまでになんと84回の改訂を重ね、その分厚いテキストは、今日、工学部を卒業し「工学士」の資格を得るために国家試験を受ける者にとって、なくてはならない、バイブル的テキストとなっている。

それにしても132年にもわたって書店および出版社が成功し続けてきた要因はどこにあるのだろうか。それについてエプリ氏は次のように語ってくれた。

まず第一に、各世代それぞれが現状に安住することなく、つねに前に進んだこと。とくに三代目(現エプリ社長の父、現在96歳で健存)の時代には第二次大戦で本屋も何もかも焼け、ゼロからの再出発を余儀なくされた。が、見事に再建、58年には現在の新社屋が建てられるまでに至った。そういう意味で、三代目は第二の創業者であったという。 第二に、書店と出版社が二人三脚で成長してきたこと。出版社にとって書店はマーケットであり、毎日書店を閉めた時点で、リアルタイムにマーケットの反応をつかむことができる。つまり、出版社にとって書店は羅針盤、または最高の助言者の役割を果たしてきたのだ。

第三に、とくに科学技術分野などで、専門性の高い品揃えという差別化に絶え間なく取り組んできたこと。

第四に、そのような専門性の高い品揃えへの努力が実を結び、ミラノで「本屋といえばエプリ」というような共通認識が時を経るとともに客の間に形成され、質の良いお得意さんに恵まれてきたこと。 そして第五に、ミラノという経済的にも知的にも非常に発達した街の中心にあったこと。すなわち専門的な品揃えに価値を認めてくれる客がいたということ。

エプリのライバルともいえる大手書店の多くが全国にチェーン展開するなかで、エプリがミラノにかたくなにこだわる理由も実はそこにある。全国展開する書店は、新本こそ充実しているかもしれないが、概して品揃えはジェネラルで専門性にも欠ける。常に質が良く、専門性が高く、品揃えの良い書店であることを目指すエプリが、エプリであり続けるためには、全国展開は必ずしも正しい答えではないのだ。「われわれはタイム社や、全国展開する書店に比べれば小さい存在かもしれません。が、ミラノという地理的なニッチを強みに、大きさを追求するよりも、むしろ長く活動を続けたいのです」と、エプリ氏。

1930年、創業者がプッブリチ公園内の当時最新鋭の私設プラネタリウムをミラノ市に寄贈したのも、エプリがつねにミラノの街に根ざした書店であり出版社であるという意思表示の証であったといえる。

ところで書店では日本人の姿を見かけることも少なくない。とくにイタリア在住の日本人デザイナー、建築家、またはイタリアで建築、アート、グラフィックなどを勉強する日本人学生による利用が多いそうだ。また、ドゥオモやスカラ座などの観光スポットから近いことから、ミラノのガイドブック(英語・日本語)を買い求める日本人観光客や、ミラノを定期的に訪れる、ファッション業界や見本市関連の日本人ビジネスマンなどによる利用も少なくないそう。


一方、イタリア人向けにも、日本の、とくに文化、アート、建築の分野の本を多く置いている。先日はイベントスペースでミラノ在住日本人アーティストの作品を展示するとともに、日本のアートの本を一気にまとめて紹介するというイベントを開催した。「日本には個人的にもとても関心があります」と、広報の責任者であるバルバラさん。

そのバルバラさんは、アメリカの大学でコミュニケーション学を専攻、ロンドンのLSEで大学院を出た、インターナショナルで、見るからに聡明そうな才女。ファッション雑誌、そして出版社で経験を積んだ後に、エプリに入社した。男兄弟もいるので、最初から家業に入ろうと思っていたわけではないし、また継ぐことを強制されたわけでもない。ただ社会に出てさまざまな経験をしたうえで、いくつかの選択肢の中から最終的に家業に携わることを決断しただけだという。「もちろん、代々継がれてきたビジネスですので、同じ家族の一員として誇りは感じています。また、エプリで初めて女性として経営に携わることは、とくに嬉しいことです」、とバルバラさん。

将来の戦略は?との質問に、「私が答えてもいいかしら?」とウルリーコ氏にことわってから、バルバラさんがこう答えてくれた。「書店にしても、出版社にしても、今日では少なくなってしまった、専門性の高い書店・出版社であり続けること。既存の分野だけでなく、新しい分野にも、迅速に対応すること。たとえば、どの大学にどんな新しい学部ができるのかというような情報収集もつねに行っています」。

創業者がプラネタリウムをミラノ市に寄付すると決めたとき、創業者は家族の者たちに対して「君たちには財産ではなく《仕事》を残す。もし星を見て、きちんと仕事をするならば、前進し続けることができるだろう」と言ったという。創業者は、常に将来を見つめる人であった。書店・出版社の仕事も、将来を見据えなければ、前進を続けることはできない。自らの特長を保ち続けながらも、世の中の動きを敏感に察知し、開かれたマインドを常に持っていたい、とバルバラさん。

先代からの伝統を受け継ぎながら、同時に将来を見据え、自己改革を怠らない姿勢に、伝統が現代に生きる国イタリアの底力を垣間見たような気がした。

写真説明(上から)
1.書店、出版社の外観。1958年完成。FiginiとPollini設計によるモダニズム建築。
2.創業者、ウルリーコ・エプリ氏
3.Hoepli2:書店内の様子(3階、建築書籍売り場)
4.Hoepli3:書店内の様子。
5.現社長のウルリーコ・エプリ氏とバルバラ・エプリさん


Casa Editrice Libraria Ulrico Hoepli
Via Hoepli, 5 20121 Milano
tel 39-02-864871
fax 39-02-8052886
www.hoepli.it


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