|
ミラノの中心部に近い住宅街でパン屋を開くマリオ・ゲッツイさんの店は、典
型的な手作りパン屋の店だ。様々な手作りパンや菓子類がショーウインドウに
あふれ、朝から夕方まで、人の出入りが絶えない。
マリオさんは、1936年、ミラノ郊外モンツアの生まれ。
「その当時は仕事があればそれにつくという時代だった。学校は8歳までしか
通わなかった。家業の農家を手伝いながら、機械工の職業訓練校に通っていた
が、1951年、14歳の時、ちょうど3キロ先のパン屋で人をさがしていたので、
奉公にいったのが始まり」と語るマリオさんのパン作り人生は、今年10月に満
50年を迎える。
1964年にミラノにでてきて、はじめての自分の店を持つ。開店資金を払い終え
るのに丸10年かかったという。65年に結婚。1990年に現在のお店を購入。それ
から10年になる。
マリオさんの朝は早い。毎朝2時、夜勤の職人がやってきて、二人でパンをこ
ね始める。4時すぎからは、オーブンにいれて、パン焼が始まる。それから夕
方まで、仕事は続く。店の奥にある工房には、パンこね台、パン混ぜ機械、パ
ン焼オーブンなどすべてが揃っているが、椅子は一つもおいていない。「一日
中、立ち通し」の仕事ゆえだろう。「今、週労働時間35時間制が導入されよ
うとしているけれど、僕なんか、二日半で35時間になってしまう」と苦笑す
るマリオさんだ。
「以前は、お腹がすいていたからパンであればそれでよかった。1キロ、同じ
パンを買っていた。今は、少ししかパンを食べない。小さなパンをいろんな種
類を求める人が増えた。同じパン種でも、小さなもの、大きなもの、バケット
タイプのものと、サイズも多様だ。」それだけ、準備も焼く時間も異なり、手
間は増す。品揃えには、知恵と工夫が必要だ。
毎日、15種類から20種のパンやブリオッシュ。ケーキ、プチケーキ、ビスケッ
ト、各種生パスタ、それに切りピッザが7−8種類。クリスマスには、パネトー
ネもコロンバもつくる。カーネバルには、そのお菓子も用意する。すべてマリ
オさんの手作りだ。「一つずつ自分で学んだ。全部で千種類位のレシピーが頭
の中にあるので、季節やその時の気分で毎日、少しずつ変えている。」「いい
パン屋になるには、頭をつかわなければならない。そして、ハートが必要だ。
ハートがなければ、朝2時におきる仕事を続けられないから」というマリオさ
んは、50年間、一度も仕事を休んだことがない。
店は朝7時にあき、夕方7時半まで、12時間半の営業時間。奥さんが、パー
トの女性と、店をきりもりしている。週日は店の2階で寝起きし、土曜の夕方
から日曜の夕方までの丸1日、郊外にある田舎屋を改造した住まいで、畑仕事
をしてすごすのが、1週間で唯一のゆとりの時間だ。
かって、ミラノに1400件あったという街角のパン屋の数も、この10年で800店
舗程度に激減した。一方、スーパーには工業製パンが山積みにされている。ま
た、冷凍のパンを焼くだけというフランチャイズ式のパン屋が増えている。
マリオさん、64歳。奥さんは62歳。子供はいない。「我々パン屋に限ら
ず、イタリアの職人の世界は、お金を提供することではなく、仕事を分配する
ことで、豊かさを分配してきた。仕事の仕方、作り方を若者に伝え、仕事自体
を伝承するのが職人の役割だ。でも我々は、手作りパンの最後の世代かもしれ
ない。今のイタリアの若者に、自分たちのような仕事の仕方を求めること自体
が無理なのだろう」「今の課題は、店と工房をそのまま継続してくれる人に売
却すること」と語るマリオさんだ。
そして、「できれば、第三世界でパン作りを教えること」が今後の夢だとい
う。マリオさんのパンづくり人生はまだまだ続きそうだ。
|