0
ITALY NEWS
0
2008/10/31 




ヴィットリオ・ヴォルピ

第8回 イタリアと日本 知りあってからまだ間もないのです・・・

イタリアと日本の関係について語るとき、私は時々、次のような質問をすることを楽しんでいます。「我々イタリア人(そしてヨーロッパ人)が、日本を発見したのは、アメリカ発見のわずか50年後ということをご存知ですか」という質問を。その返事は「ああ、そうですか、本当ですか?」その通りなのです。実際、1543年になってはじめて、ポルトガル船が難破して日本南端にある小さな島、種子島の岩礁にたどり着いたのです。我々の最初の出会いはわずか4世紀前にさかのぼるだけなのです。さらに、その後、日本が1600年代初頭に「鎖国」を開始し「灯火」が消えたことを考えると、我々の交流というのは長いものではないのです。1800年代中頃に到るまで、この時代に西洋人を指していた「南蛮人」、すなわち「南の野蛮人」は日本の門外に置かれ、日本はその輝かしき孤立の世界に身をおいたのでした。
◆◆◆

それでは日本人に出合った最初のヨーロッパ人は誰だったのでしょうか。それは政治的権力を用いてスペインからガンジー河の向こうの地域を「獲得した」ポルトガル人だったのでした。ガンジー河の向こうの地域には中国や日本も含まれていました。ポルトガル人によって、そして最初の出会いの際から交易のために日本の港(主として長崎)を訪れ出したポルトガル船によって、ポルトガル人が中心となっていた最初のイエズス会士たちも日本を訪れたのでした。イエズス会というキリスト教の新しい修道会はイグナチオ・デ・ロヨラにより創立されましたが、その創立者の一人に1549年に長崎に到着しキリスト教の日本での布教を始めたフランチェスコ・サヴィエルがいました。これが戦国時代と徳川時代の間に位置し「キリスト教の時代」と呼ばれる時代の始まりであり、次の世紀に島原の乱で終止符を打つこととなります。

この「キリスト教の時代」は多くの殉教者を虐殺し、外国人を日本から追放することで悲劇的な最期を迎える短い時代でした。歴史的に大変興味深いこの時代は我々すべてにとっても非常に重要な時代となりました。なぜなら、日本の人々に西洋を知ることを可能とした時代であり、文化的な混合主義から「南蛮文化」が創出されたのでした。南蛮文化は新しい芸術のフォルムで表現された文化であり、遠近法の導入、文学的知識や衣食住などのスタイルさらには言語(カステラ、テンプラなど)面でも様々な交流を生みました。同様に、日本列島が世界から孤立している間に発展してきた多くの文化的側面を、日本から西洋に知らしめることを可能としたのです。

◆◆◆

この歴史的時代についてはアジアのイエズス会の総括責任者であったアレッサンドロ・ヴァリニャーノが日本滞在中の1582年に書いた「日本の風習についての注意と警告」(日本布教のための礼法指針)を読むことが非常に重要です。稀有の書物であり、社会学の教科書ともいうべきものであり、ヴァリニャーノが日本社会とはどのようなものであり、日本の風習や習慣がどのようなものであり、日本人と共生し日本人をキリスト教に改宗させるためにはどのように「対応」しなければならないか等をイエズス会の神父たちに教えるために著した手引書なのです。日本人とはどのような国民であり、日本人と共生し成功するためにはどのように対応しなければならないかをヴァリニャーノは理解し、驚くほど見事に著述したのでした。

ヴァリニャーノは日本社会が「垂直型社会」、すなわち、文化人類学者中根千恵がその著書で定義したように「たて社会」であることを理解していました。したがって、日本人をキリスト教に改宗させるためには、高所からすなわち大名から働きかけることが必要で、その後で一般の人々へと降りていければより容易に運ぶと理解していました。さらに、日本社会の儒教的モデルは宗教組織においては最も高い位置にある禅宗に反映されていたことを理解したため、路上での布教活動に力をいれる代わりに、高いステータス、プレスティージ層への布教に的を絞ったのです。また、個人主義よりも集団に基礎を置く社会においては日本人がいかに社会的秩序を尊ぶかを、またこの時代に「南蛮人」がなおざりにしていた「身体の清潔」へのこだわり、さらに日本人にとっては「実質」よりも「形式」がいかに大事かという点をヴァリニャーノは深く理解したのでした。

要するに、ヴァリニャーノは自らが属する西洋社会に対比して日本社会のもつ異質な事柄の重要性を理解したのでした。ヴァリニャーノは、この時代ナポリ王国に属し、スペインの強い影響下にあったキエーティの町に生まれました。貴族の家系の出身で、パドヴァ大学で法学を学んでいたので、様々な国籍、特にポルトガル人の神父たちに囲まれてはいたもののいかなる観点からみても、当時のイタリア人のエリートの一人でした。ヴァリニャーノと彼の書いた四千通以上もの手紙のおかげで、ヨーロッパは日本を知ることが可能となり、日本の文化を理解することができたのでした。「鎖国」の時代の間も、我々西洋人が「日出る国」という「帝国」への注視続けることが出来たのはヴァリニャーノのおかげによるところが大です。
◆◆◆

このテーマについて、私は数年前にヴァリニャーノとその時代の日本について歴史的評論を執筆しました。この本は、日本語訳費用を負担してくれたイタリア政府のおかげで、最近、一藝社から「巡察師 ヴァリニャーノと日本」というタイトルで出版されました。そして9月には東京と京都でこの新著出版のプレゼンテーションをしてきました。嬉しいことにいくつもの新聞や雑誌(日経、東京新聞、産経エクスプレス等)で私の本について好意的な論評を掲載してくれました。日本におけるヴァリニャーノの歴史的時代を再構築する私の仕事は約10年間の歳月を要しました。関連する文献資料や文書、書籍、論文などは日本のみならず、イタリア、スペイン、ポルトガル、英国など様々な国に広がっていたために何ケ国語で研究しなければなりませんでした。しかしこの仕事を成し遂げたことは私にとって大きな喜びでした。
ヴァリニャーノは、―その宗教的側面については私の専門ではないのでここでは触れませんが―彼のアプローチ方法に重点を置くと、現代の歴史的瞬間にも極めて今日的なメッセージを我々に投げかけてくれます。
◆◆◆

多くの人が考えていたのとは逆に、たとえばフランシス・パウル・フクヤマの「歴史の終わり」のように帝政的なグローバリゼーションが文化のグローバリゼーション、すなわち我々すべてを抱擁する「母」なる唯一の大きな文化をもたらすものではないのです。現実には、反対に、宗教的、文化的、人種差別的な理由などに基づいて、文化が地域ごとに深く根を降ろしていくというプロセスに直面しているのです。他の言葉を使うと、多様な異なるカルチャーと折り合いをつけ、共生できるようにならなければならないのです。では一体どのようにして?

ヴァリニャーノは、彼自身が日本で仕事をする上で大変に役立った二つの考え方を我々に提示してくれました。
「インクルトゥラツィオーネInculturazione」すなわち、他者の文化を研究し深く知ること。互いに理解する上でこれ以上の方法はありません。「他者」の頭脳の構造の中に入って、共に新しい文化的視野をさがし、互いを認め合いつつ共存し、理解しあわなければなりません。我々の中でどれだけの人が、異なるカルチャーに直面して、それを理解し深く知るための努力を行うでしょうか。言葉を学ぶだけでは十分でありません。文化を、思考方法を理解することが必要です。

自国においても、他国に行く場合も、異なる人々とともに生活することが必要な場合は適合しなければなりません。異なるものへのリアクションは、毎日見ていますが、多くの場合は「閉鎖的態度」や「拒絶」あるいは「対立」となります。「我々と彼ら」の間を理解しそこに「橋を架ける」ために努力することは稀なことです。

この「難破船の惑星」においては、文化の間に橋を架けるために努力をしないとすれば何ができるのでしょうか?「異なること自体は悪いことではない」ということを理解すること、そしてそれを相手にも理解してもらうためには何をしなければならないのでしょうか。自分とは異なるだけなのです。ヴァリニャーノの考え方を伝承すれば、我々とあなた方との間の文化的差異の「大草原」さえも平和と正義の中を通って行くことができるのです。
◆◆◆

ここで私の考察を終えましょう。京都に行った際に、これまで知らなかったいくつかの魅惑的な場所を深く鑑賞することができました。光明院や嵐山の「大河内山荘」をご存知ですか。まだ訪れたことがないのであれば是非行ってください。そしてお願いですから、いい状態で維持してくださいね。日本人だけではなく人類の財産ですから。

(翻訳:JIBO 編集部)



◆執筆者プロフィール
ヴィットリオ・ヴォルピ Vittorio Volpi
Chairman Parallels Consulting

ミラノカトリック大学経済・商学部卒業。その後、世界的に事業展開する大手銀行数社に勤務し、日本滞在歴は30年に及ぶ。日本滞在中は日刊全国紙「コリエレ・デッラ・セーラ」に日本の政治、社会、経済についての多くの記事を寄稿した。
世界有数の規模をもつ金融グループUBSに勤務し、UBSイタリアをChairmanとして統括した後、2008年4月Parallels Consulting SAをルガーノに創立しChairmanとなる。一方でイタリア有数の日本研究家という顔も持つ。
主な著書に「日本よ敵か見方か − イタリア人の見たニッポン」(日本経済評論社)「日本がいま、やるべきこと」(新潮社)、「賢者の営業力」(PHP研究所)などがある。

ヴォルピ氏の最新刊のご紹介
賢者の「営業力」
日本進出の成功例、宣教師ヴァリニャーノの教え

(イタリア語原題 「Marketing Mission」)
ヴィットリオ・ヴォルピ著 
大上順一 訳
発行:PHP研究所
定価:1400円 プラス消費税
至難のミッションである日本へのキリスト教の布教は、いかにして成し遂げられたのか。
16世紀の偉業と現代企業の成功例・失敗例から学ぶ、国際マーケットを制するための絶対法則。

内容
1.日本、中国、インドが欧米を上回る日   2.アレッサンドロ・ヴァリニューノ   3.修道士たちはいかにして成功したか   4.ビジネスパートナーとしての日本人   5.アジア市場を研究し、理解する   6.アジアで働く   7.「グロカリゼーション」の実現   8.アジアでの成功は世界での成功を保証する


トップへ  

www.japanitaly.com