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ITALY NEWS
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2008/07/31 




ヴィットリオ・ヴォルピ

第7回 イタリア:系統だったカオスの国? 生き残りの達人?

何年も前のことですが、アメリカMITの大物経済学者、ルディー・ドーンブッシュ氏の話を聞く機会がありました。ドーンブッシュ氏の話は大変にインパクトが強く、日本の動向を懸念していた同氏の厳しい日本分析には衝撃を受けました。90年代初頭のバブル経済崩壊以降、日本経済は深刻で悲劇的な危機に陥り、「メルトダウンの危険」とまで同氏は言うのです。
私はその際の同氏の発言内容に対しハテナ?と思ったことをいまだに記憶しています。同氏は国による文化の違いということをよく理解していないのではないかと自問自答したものです。実際のところ、私はバブル崩壊後の対応を見て、日本人というのは危機的状況をマネージするのに大変な時間をかける国民であることを学んだのです。なぜなら日本社会は、「会社」とは何かという点で我々とは異なる視点の上に成り立っており、日本の「会社」とは、西洋社会で我々が理解しているような純粋に経済的・法律的な事物ではなく、生物学的・社会的にそれ以上の意味を持つ社会モデルであるためです。

時間を経て、私の考えが正しかったことが証明されました。日本人は深刻な経済危機を治癒し、事実上多くの金融機関を合理化するという犠牲を払いましたが金融システムを救済することが出来ました。西洋人の眼から「メルトダウン」と診断された日本は、長い時間と大きな忍耐そして大規模なリストラの犠牲を必要とする深刻な問題と日本人は見なしていたのでした。90年代初頭に存在していた20以上の大手銀行は、わずか3―4行が残るのみとなりました。しかし、金融機関の合理化・集中化現象によって大勢の人々を悲劇的に道に放り出すことなく、問題を解決することができたのです。アングロ・サクソン系の企業世界であればそのような現象が起こったに違いありませんが。ところで、日本の諺で「郷に入れば郷に従え」というではありませんか。この意味するところはイタリアの二つの諺「Paese che vai, usanza che trovi」「a Roma, fai come I romani」 と非常に似ているではありませんか?
◆◆◆

ドーンブッシュ氏の行ったスピーチの中では、イタリアの危機についての意見も尋ねられました。少し考えた後で同氏は疲れ顔に笑みをたたえて「深刻な病が進んでおり2ケ月以内に死んでしまうほど重態だ」というようなことは言わず、大声で「イタリア人のことはほっておきましょう、大きな問題ではないですから。カオスの極みにあっても生き残る術を心得た達人ですから今回も危機を切り抜けていくでしょう」と述べたのでした。この発言はイタリア人への誉め言葉と理解してはなりません。むしろ、イタリア人の歴史的な行動規範や「美しい国」イタリアの住民のDNAの本質を確認したにすぎません。日本の分析とは違い、イタリアに関する分析は正しかったと同氏の発言を評価する必要がありましょう。
◆◆◆

イタリアでおきる様々な事件によってわが国の経済・社会状況がさらに悪化しているように思える際、私にとって唯一の慰めがあります。絶望的な瞬間に私を救ってくれるのは次のような考えです。すなわち、結局のところ、ボクシングでリング・コーナーに押しつぶされた時のように大きな困難に出くわすと、イタリア人の持っている真の偉大な資質が浮上してくるという考えです。すべてがダメでもう終わりというような時に闘うことの出来る能力、すべてを失ったようにみえる時に挽回する能力。したがって、皮肉なユーモアをこめてアングロ・サクソンの人々の多くはイタリアを「"caos organizzato" オーガナイズされたカオスの国」と定義しています。カオスの中で、プログラムの存在しない中で、そして真の意味での政府が不在な中で「難関を切り抜ける」能力、前身する能力、解決を探す能力、そして勝利する能力が現れるのです。

私はイタリア人の言うことはあまり信用しないようになりました。サッカーにおいてもそうです。2年前のドイツのワールドカップの際もイタリアナショナルチームは優勝候補ではありませんでしたし、決勝戦でも仏チームより条件がよかったわけではありませんでした。しかしイタリア選手たちは、明らかに自分たちより強力なチームに負けたくない強い願望を持ち一致団結して仏チームと闘い最後に勝利を得たのでした。逆に、先ほどのヨーロッパ選手権ではイタリアチームは優勝候補ながら、精彩を発揮せず敗退しました。出発点で勝利者であることはイタリア人の精神にそぐわないのです。カオスの際や絶望の淵で力を発揮するのです。その時になってはじめて、DNAのいい部分が現れるのです。本当の意味で「闘う」能力が。ムッソリーニのプロパガンダ等によって我々イタリア人が「世界の強国」の役割を無理やり果たさなければならなくたった際は、イタリアおよびイタリア人は悲劇と滑稽さの世界に巻き込まれ悲劇的な結末を見ました。私は残念なことにこの皮肉なゲームの中、スターリングランドの戦闘で父親を亡くしましたのでこの大悲劇の後遺症を自らの肌で体験することになりました。
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イタリアはメロドラマの国です。我々の登場人物は強力な権力と闘うことで英雄となります。最後には屈服し敗れますがイタリア人の心の中では評価され賞賛されます。イタリア人は神や偉い権威から選抜された民でもなければ、選ばれた民の国でもありません。これらの特権は他の国にまかせておきましょう。イタリア人はローマ帝国崩壊後の「残り物」であり、南から、北から、あらゆる場所からやってきた征服者たちによる「雑種民族」なのです。あらゆる征服者の手により植民地化されましたが、信じられないことに、我々の生き方に合わせなければならなかったのは征服者側であり、我々の側ではなかったのです。「フランスでもスペインでも食えればいいさ」といったのでした。(そこそこに生活できて食べていければ、誰が支配しようとかまわない)。イタリアを支配していたあらゆる民族が出て行き、イタリアが残り、イタリア人が残されたのです。その長所と短所とともにこのような我々が。ですから他の国とは異なるのです。何もかも。もう一人の偉大な経済学者ケネス・ガルブレイズが書いています。「イタリアと日本はガウス分布のカーブ上の両極にある。平均値よりは極めて遠く、正反対の位置にある」と。その通りです。私の経験では、日本人はプログラミングや計画立案を愛します。しかしプログラムが計画通りにいかないとパニックに陥ります(どうしたらいいのでしょうか)と。一方、イタリア人は計画立案をせず、本能のままに前に進みます。間違えることも多いのですが、カオスの際も力を発揮します。なぜなら、ファンタジーに助けられ困難から抜け出ることができるからです。

とはいえ、ファンタジーはイタリア人の持つ知的な資質ではないのです。予測できない事柄に常に直面しなければならない日常生活の必要から生まれた成果にすぎません。さらに、イタリア人の心の奥には、イタリアを代表するジャーナリスト、エンゾ・ビアージが言っていたように「善意の蓄え」があり、それは家族文化の賜物だと思われますが、それが困難のどん底に陥った際に弱者と連帯し助け合う資質につながるのです。とはいえ、このイタリア人というのはなんと混乱に満ちた人々なのでしょう。なんと複雑な人たちなのでしょう。日本の我々の友人にとって理解が難しいことと思いますが。。。。。

(翻訳:JIBO 編集部)



◆執筆者プロフィール
ヴィットリオ・ヴォルピ Vittorio Volpi
Chairman Parallels Consulting

ミラノカトリック大学経済・商学部卒業。その後、世界的に事業展開する大手銀行数社に勤務し、日本滞在歴は30年に及ぶ。日本滞在中は日刊全国紙「コリエレ・デッラ・セーラ」に日本の政治、社会、経済についての多くの記事を寄稿した。
世界有数の規模をもつ金融グループUBSに勤務し、UBSイタリアをChairmanとして統括した後、2008年4月Parallels Consulting SAをルガーノに創立しChairmanとなる。一方でイタリア有数の日本研究家という顔も持つ。
主な著書に「日本よ敵か見方か − イタリア人の見たニッポン」(日本経済評論社)「日本がいま、やるべきこと」(新潮社)、「賢者の営業力」(PHP研究所)などがある。

ヴォルピ氏の最新刊のご紹介
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