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ITALY NEWS
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2008/05/31 




ヴィットリオ・ヴォルピ

第六回 ああ サッカー 

親愛なる読者の皆様、イタリアのことを深く知りたい方、イタリアの文化、イタリア人の長所や欠点を知りたい方はサッカーを忘れてはなりません。スペクタルなスポーツ、我々イタリア人の喜びでもあり苦しみでもあるサッカーを。サッカーは緑のグランドで22名の選手と審判や線蕃がプレイするスポーツを意味するだけではありません。サッカーはそれ以上のものなのです。サッカーはビジネスであり、汚職であり、ファッションであり、社会モデルであり、イタリアに深く根付いているカンパニリズモ(郷土愛)そのものなのです。これらすべての要素の後に「スポーツ」でもあるのです。

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最初に私自身とサッカーの関係について社会学的な分析をしてみましょう。私のサッカーに対する情熱はごく幼い頃に近所の子供たちと一緒に道端で遊んでいるころに始まりました。戦争中のことでした。私の父はスターリングラードの戦場で戦死し家にはお金がほとんどない状況でした。食べるのもやっとという状態でした。一皿だけ、それも牛乳に米を入れたもの、野菜のスープ、あるいはリンゴ一ケのみということもありました。こんな状況でしたので小さい頃から、近所の子供たちと一緒に夕方になると近くの庭に忍び込んでリンゴ、サクランボ、桃などを「盗んでいました」、これが本当の「窃盗」になるのでしょうか?そして昼間は道端でサッカーをしていました。とはいえサッカーボールなどはありません。雑巾を布でくるみ丸くしたものをボール代わりにして遊んでいました。「試合」はえんえんと続き終わりがなく、夕方になって母親たちにせき立てられるとくたくたで汗だくになって家へ帰ったものでした。ボールをおっかけて「ゴール」をするのは大きな楽しみでした。

何年もの間、私は本物のサッカーボールを持つことを夢見ていました。今日ではどこでもボールが寄付されています。しかし当時は皮製のボールはとても稀なものでした。サッカー場に行くこともありましたが、もちろん切符を買うお金はなかったので塀を乗り越えて中に入るか、防御ネットの穴の中に入り込んで、我々のそばにボールが飛んでこないかを待っている有様でした。そしてサッカーボールが飛んできてあたると足が痛くなりました。 
これから話す逸話は本当のことなのですが、私は何年もの間、サッカーボールの夢を見続けていました。ある晩、ボールの夢をみているとドイツ軍が家の下に来る悪夢までみました。夢の中でボールに触りボールを蹴りました。皮製の美しい新品のボールでした。するとボールが2つになり、3つになり、7つになったのです。目が覚めるまでこれらのボールを全部握り締めていましたが、起きてみると私の手にはボールは一つも残っていませんでした。

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それは1947年のことでした。小学校2年生の時、クラスで一番の成績をとりました。それを叔父は大変喜んで私を偉大なるMilanの試合に連れていってくれたのです。この巨大なスタジアム、近づけば近づくほど大きくなってくる満員のスタジアムのことを決して忘れられません。私は当時7歳でしたので子供心に感じた巨大な「デカイ」という感覚の凄さは想像していただけると思います。Milanは4対1で、強敵フィオレンティーナに勝ちました。その際の私の感動は膨大なものでありました。私は偉大で特別なものをこの目で見たのだ、私のチームが勝利したのだと興奮しました。

当時の私の学校のクラスには男子生徒が40名いました。どうしても今でも理由がわからないのですが、クラスでMilanサポーターは私一人だけだったのです。とはいえ、私は決して何でも人と違うことを言い張るタイプではなかったのです。級友の大多数は負けを知らない大チーム、トリノのファンでした。トリノチームの選手11人中10名までが当時のイタリアナショナルチームのメンバーだったことからもいかにトリノが強かったかおわかりいただけるでしょう。一方、ナショナルチームでは11番目にやっとMilanの選手が1名入るという状況でした。ところが不幸なことに、この偉大なるトリノがある晩、霧が原因で消滅してしまったのです。試合から戻るチーム全員を乗せた飛行機がトリノのスーペルガ大寺院のクーポラに衝突してしまったためです。この悲劇は国中を深い悲しみにつつみこみました。それ以降、級友たちはこれもやはり立派な経歴を持つ二大チーム、インターとユーヴェントスを応援するようになりました。
この頃から私の人生はサッカーと深く結びついたものとなったのです。私はどこにいてもMilanをフォローしました。幸いなことにトヨタ・カップのおかげでMilanの全試合を見ることができました。昨年の横浜スタジアムでのフィナーレで、ボカ・ジュニヤのアルジェンチン・チームを破って世界選手権を勝ち取りました。

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私がこれほどサッカーを愛するのは特別な存在でしょうか?いいえ、日本における野球と同様にイタリアではサッカーは万人のスポーツです。月曜の朝、オフィスや工場に入って最初にイタリア人の話すことは何でしょうか? 政治?週末の話?いいえ違います。サッカーの話なのです。話の相手が、敵チームのファンの場合は、からかったり、嘲笑したりで朝が始まります。一方、同じチームのファンであれば一緒に喜んだり慰めあったりという具合です。なぜなら、サッカーは「一体化する」「所属する」ことを可能とすることで、大きな情熱、喜び、苦しみを産むからです。

そしてまた、試合に熱中することで日々の問題、仕事の不満や家族や勉強の問題などから開放される方法でもあります。90分間の試合の間、試合を集中してみていると、一種の「心理的移転」現象が起こり、現実の世界から離れ、ほぼバーチャルな世界へ入り込み、試合と一体化し、試合に勝つと大勝利に溢れる喜びを体中で感じるのです。一方、負けると苦渋の気持ちが浸透しそれを解消するには時間がかかります。我々イタリア人には「カンパニリズモ(郷土愛」に所属するという歴史的な遺産のようなものを持っており、我々は一種の「セクト主義者」なのです。マキアベッリやダンテの時代もこうではなかったですか。ゲルフィとギッベリーニ、ジュリエッタとロメオ、カプレーティとモンテッキ。何かに所属し、「試合相手」すなわち「敵」を持つ必要性を感じるのです。

イタリアは「出る釘は打たれる」の国ではなく、まして「村八分」の国でもないのです。イタリア人にとっては政治的に左派に属するか、あるいは右派に属するかはキーとなる重要問題です。イタリア政治はグループをベースにして成り立っているからです。ベルルスコーニ派かヴェルトローニ派か?それが大事なのです。ベルルスコーニの政治プログラムが何かとかヴェルトローニの政策が何かなどはどうでもいいのです。内容自体は重要でなく、右派か左派を決めるのは政策ではないのです。イタリア人にとって重要なのはどの政治の流れに属するか、自分にとって政治リーダーは誰かというポイントなのです。

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サッカーはまた、大きなビジネスでもあります。セリエAには20のチームがあり、セリエBもプロ選手のみからなるリーグです。信じがたいほどの巨大なビジネスです。サッカー選手の所得リストをみると、イタリアの金持ちの中で大変高い位置を占めていることがわかるでしょう。そのために若者に大きくなったらなりたいものはとたずねると多くの若者が男子であればサッカー選手、歌手、俳優と応えます。女の子の場合、サッカーはありませんが、夢はTVか映画スター、あるいは「ヴェリーナ」と答えます。ヴェリーナとはTV番組のショーガールでこの業界で有名になるステップなのです。これが社会現象だとすると悲しいことですが。しかし日本のように、若物は譲歩しないのです。理想や信念ではなく、すぐに有名になること、すぐにお金が儲かることが魅力なのです。時間をかけ仕事をしてすべてを獲得していくというコンセプトは今ではもうはやらないのです。

このように重要なビジネスであるからこそ当然ながら「汚職」があります。スキャンダル事件もいくつもありました。一番最近の大事件は、2年前の「カルチョポリ」で大変破壊的な事件でした。この事件では何もかもが起こりました。このスキャンダルの主役であるモッジ氏の名前をとって「モッジポリ」とも名付けられました。そして、モッジのチームに有利となる審判をしなかった審判員をトイレに閉じ込めたという事実まで明らかになりました。まるで喜劇の世界ですね。

大勢の人が集まるところには、暴力の危険もあります。これはイタリアの深刻な社会問題の一つです。スタジアムに防御用ネットの張られていない日本とは正反対ですね。英国やスペインも同様の問題を抱えていますが。イタリアではサッカーに抗議しスタジアムに暴力行為を持ち込む「ウルトラ」という狂信的サポーター集団があります。彼らはサッカーの愛好者なのでしょうか?いいえ、イタリア式「暴走族」ともいえるわずかニ百人、三百人足らずの非行グループです。この「暴走族」の存在には日本でいつも不安を持ちましたが、イタリアでも暴力的です。

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とはいえ、いろいろ問題はあるものの、結局のところ、サッカーは大変に素晴らしいものです。昨年12月の横浜での最終戦を見ながら、私はいろいろ考えました。日本でもサッカーは素晴らしいし人々は楽しんでいます。しかし何かが欠けているのです。まるでトマトソースのかかっていないパスタ料理のように。パトスや情熱が欠けているのです。それがないので、それが見えないので、私にはとても物足りないのです。何週間か前にとても重要な試合を見るために、ミラノのサン・シーロ球場に行きました。Milan対インターの試合で両チームともミラノのチームですが、Milanが2対1で圧勝したのです。私の胸は高鳴り、心から感動しました。そして私の大きな初体験である1947年の試合を思い起こしたのです。私の心臓はその当時と同様に歓喜と感動で溢れました。

ミラノにいらっしゃる際はMilanかインターと、どこか大チームとの一流試合を必ず見に行ってください。それによって初めて、我々イタリア人について何かを理解したと言えるのです。イタリア人の仕事や徒党主義、情熱、パトスなどを。ひいきの11名の選手を応援する8万名におよぶサッカーファンの声は強い感動を呼び起こします。これを是非経験してください。 Milan 万歳! がんばって!!

(翻訳:JIBO 編集部)



◆執筆者プロフィール
ヴィットリオ・ヴォルピ Vittorio Volpi
Chairman Parallels Consulting

ミラノカトリック大学経済・商学部卒業。その後、世界的に事業展開する大手銀行数社に勤務し、日本滞在歴は30年に及ぶ。日本滞在中は日刊全国紙「コリエレ・デッラ・セーラ」に日本の政治、社会、経済についての多くの記事を寄稿した。
世界有数の規模をもつ金融グループUBSに勤務し、UBSイタリアをChairmanとして統括した後、2008年4月Parallels Consulting SAをルガーノに創立しChairmanとなる。一方でイタリア有数の日本研究家という顔も持つ。
主な著書に「日本よ敵か見方か − イタリア人の見たニッポン」(日本経済評論社)「日本がいま、やるべきこと」(新潮社)、「賢者の営業力」(PHP研究所)などがある。

ヴォルピ氏の最新刊のご紹介
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日本進出の成功例、宣教師ヴァリニャーノの教え

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