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ITALY NEWS
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2008/03/31 




ヴィットリオ・ヴォルピ

第五回 新語Dietrologia(事件の裏を詮索)の世界
― Behind-ology ― 

イタリアは地理的にヨーロッパの一国であり、EU加盟国でもあり、いわゆる「西洋世界」に属していると一般には見られています。とはいえ「十把一からげにしてはいけない」と有名な諺が言うように一般化するのは禁物です。別の有名な諺「みかけで判断はできない」が指摘するように「輝くもの必ずしも黄金にあらず」ですから。

実際のところ、私の友人がいうように、外国の人がローマのフミチーノ空港に降り立って、2日間イタリアを旅行する限り、イタリアは理解しやすく単純な国という印象を与えるでしょう。すべて明確な国にみえるかもしれませんがこれは表面的な印象にすぎません。さらにイタリア人は一見では明るくて、オープンで、おしゃべりで、大声で話し、ジェスチャーも加えて自分の感情を表現するのをみて、この国は単純な国だと混同してしまう人も多いでしょう。実際、ローマではカチャローニ(騒がしい人々)というように、何人かが集まるともう平安はなく、日本の人からみると、「うるさく」「「ずうずうしい」ことを平気でやってのけるのがイタリア人なのですから。

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しかし実際には、イタリアは土地に深く根ざした特有の文化と伝統を持つ国であり、一見で与える印象とは反対に、理解することのとても難しい国なのです。ローマ帝国崩壊後の多数の蛮族の侵入の時代も、それに続くフランス、オーストリア、スペインの支配下においても、この国の先住民に異なる文化を押し付けるといういわゆる植民地化は誰もなし得なかった国なのです。中国とよく似たところがあり、中国で何世紀にもわたりモンゴル民族や満州人が侵入し中国人を征服し支配下においたにもかかわらず、結局のところ、征服側も中国特有の文化を受け入れざるを得なかったように、ゴート族も西ゴート族もスペイン人もフランス人も誰も、イタリア人の行動様式や考え方、家族に強く基盤を置いた社会構造を変えることはできなかったのです。

長年にわたってイタリア式カルチャーにより培われてきたこの国の特色の一つは、最近のファイナンシャル・タイムスが指摘したように「自明のように、イタリアには明確で説得力のある答というものがない」という点です。実際イタリアでは、誰もが知りえる事実は「一応の答え」にすぎず「真の答え」ではないのが当たり前となっているかのように「隠された事実の背後関係を詮索する」ことが頻繁に行われるのです。そして本当の事実は常に隠されたままになっているのです。このような現状があるためイタリアでは「新語」が一つ、辞書に加わりました。知っておいたほうがいい言葉で「ディエトロジア」Dietrologiaといいます。英国ファイナンシャルタイム紙はこれを、「Behind - ology」と訳しています。「ディエトロ」は「後ろ」という意味ですので「事柄の背後関係の追求」という意味になります。公式には現れないウラを詮索するということです。

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推理小説作家として有名なアガサ・クリスティがイタリアに来たら、仕事は沢山あるでしょうが、生活が成り立つほどは稼げないに違いありません。なぜなら「殺人者が決してみつからない」国だからです。推理小説の謎解きができて犯人が明かされる事件は非常に稀なことなのです。事例をあげましょう。50年代に思いをはせて、大殺人事件や大スキャンダルなどで犯人のあがった事件がどれだけあるかさがしてみてください。重大な事件や大スキャンダルなどが多数未解決のままになっているのです。たとえば「黄金のシーツ事件」、「黄金のフェリーボート事件」などの大汚職事件、フィウミチーノ事件、アンブロシアノ事件(ロンドンのブラック・フレイヤーズ橋の下で銀行家カルヴィの死体が発見された事件)その他、具体的解明のみられない事件が実に沢山あるのです。いったい誰が何をしたのか、誰が犯人で誰が犠牲者なのかという事件のポイントがあいまいなままの事件です。そして各人が各自の望むままに解明・詮索をするのです。それがまさに「Dietrologia」ということになります。それほど事件の真実が解明されるのはごく稀なのです。ノーベル賞作家、ルイジ・ピランデッロの有名な喜劇「その通り、そう見えるなら」で描かれているように、唯一の真実というのはなくいくつも真実があるのです。各人が真実を解く鍵を持っていると思い込んでいますがその真実というのはその人の視点で見た真実にすぎないのです。このようにピランデッロにしても、現実の事件にしてもイタリアでは事実関係が解明され本当の真実が明確にされることは大変稀なため、過度の欲求不満の蓄積される国でもあるのです。

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この現象には、イタリア式駆け引き術も貢献しています。すなわち、人から非難されると、それに直接答えることをせずに、事実関係をヴェールで覆ってしまうような大きな煙幕を張って相手を煙にまくという攻略法です。その次の手としては問題の焦点を、もっと大きく物議をかもしだすような話題にずらし、自分が非難されている問題への注意をそごうとするのです。その結果、誰もが犯人であり誰もが無実のようなあいまいな状況をつくりあげてしまうのです。実際のところ、上記の英国紙が指摘しているように「あいまいな状況をつくり目の前の具体的問題を無視し、有名人多数を巻き込むような別の重要・深刻な大問題の議論に摩り替えてしまう」のが得意で、その結果、誰も当初の議題については何もわからなくなり、問題の真実もそのまま不明なままという「ピランデッロ風」の状況に陥るのです。その結果、真実の解釈は無数にありとなり、その事件は永遠に忘却の中におかれお蔵入りしてお終いということになります。
イタリアの大政治家アルド・モーロ殺人事件もまさにこの通りです。先日、モーロ殺人後30周年の催しがありましたが、その際にも遺族が改めて誰がどのようにモーロを殺したのか、何のために殺したのか真実が知りたいと訴えました。しかし今のところ、その訴えへの答はありません。

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市民社会だけでなく、ビジネスの世界でも、この「ディエトロジア」現象はより強く鮮明に現れています。その原因の一部には、戦後のイタリア経済が国営企業により支配されてきたことに強く結びついています。政治家と企業家の間に癒着と混乱があっためです。一人の人が両方の役割を併せ持つこともありました。この「共謀関係」は政治の混乱、悪い政府、非効率の原因でしたが幸いなことに90年代に入って著しく減少しました。政治とビジネスの間に癒着・混乱がある場合、一つ一つのデシジョンについていったいなぜこのような決定が行われたのかを理解するためには、「事実のウラを詮索する」ことは欠かせないことはいうまでもないでしょう。

同時にイタリア資本主義の不可解で、透明度の欠如した特殊な形態形成にも影響を与えています。いわゆる「イタリアの家族資本主義」は、家族の血縁が異常なほど重要である中国社会と非常な類似点があります。イタリアと英国の人口はほぼ同じですが、英国の企業数がわずか210万社であるのに反し、イタリアには3倍近い610万社があります。「イタリアでは子供の数より多い企業が毎日誕生する」といわれていますがこれは事実です。なぜなのでしょうか。なぜなら、企業の経営を維持することを望むのは家族であり、子供が父親と同じ仕事を継承することを望むのは家族であるからです。そして小規模ビジネス、小さいながら他に依存せず完全に独立した自分のビジネスを経営することで満足しているのが家族なのです。その結果、イタリアでは株式上場企業は300社しかありません、一方、英国は3300社あります。家族閥においては、透明性は必要とされず、したがって、ファイナンシャル・タイムズ紙が書くように、ニューヨークやロンドンといった高度に進んだ市場のルールが通用しないのです。その結果、この国は他のヨーロッパ諸国に比べ、海外からの投資誘致の力が乏しく「あいまいなまま」で物事が終わり「その背景探し」が繁栄するのです。

世界が変われば物事も変わります。したがってイタリアも変わるはずです。とはいえイタリアとビジネスをしなければならない人が「郷にいれば郷に従え」の教訓を忘れると、間違いのもとでしょう。イタリアは今でもまだ近隣他国とは大きく異なる国なのです。多くの観点で特にビジネスの世界で日本の社会との共通点が沢山あるように思えます。しかし、日本とはいい意味でも悪い意味でも異なる国なのです。いずれにしても保証できるのはイタリア人を観察していると飽きることがないことです。メロドラマと「ディエトロジア」、おもしろいことが沢山です。

(翻訳:JIBO 編集部)



◆執筆者プロフィール
ヴィットリオ・ヴォルピ Vittorio Volpi
Chairman, UBS Wealth Management Italy 

ミラノカトリック大学経済・商学部卒業。その後、世界的に事業展開する大手銀行数社に勤務し、日本滞在歴は30年に及ぶ。日本滞在中は日刊全国紙「コリエレ・デッラ・セーラ」に日本の政治、社会、経済についての多くの記事を寄稿した。
現在、世界有数の規模をもつ金融グループUBSに勤務し、UBSイタリアを統括している。一方でイタリア有数の日本研究家という顔も持つ。
主な著書に「日本よ敵か見方か − イタリア人の見たニッポン」(日本経済評論社)「日本がいま、やるべきこと」(新潮社)、「賢者の営業力」(PHP研究所)などがある。

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