0
ITALY NEWS
0
2007/11/30 




ヴィットリオ・ヴォルピ

第三回 "ベリッシモ"(大変美しい)

私はこれまでの生涯の大半を日本で暮らしてきたために、新しい人に出会うたびに、日本に関する質問を受け、それに答えなければならないことがよくあります。

第一の質問は「日本はいかがですか」という内容です。この質問への簡単な答は「ベニッシモ。素晴らしいです。こんなに長く日本に住むことになったのは誰かに命じられためではありません。私自身による生活および職業上の選択でした。これほど長く日本にいたことは日本でうまく行っていたことにほかなりません」この回答で最初の面倒なハードルは越えることができます。
第二の質問はこれです。「イタリア人と日本人の共通点は何でしょうか」もし私が外交官であれば、ステレオタイプの答えを適当に組み合わせその場をしのぐでしょう。しかし、私は相手の関心レベルに応じて答え方を変えています。すなわち、「月並みな」回答から「知的な」回答まで幾段階かの答えを用意し対応しています。特別に日本への関心のない相手の場合は、日本についての会話はそれでお終いです。第二のハードルをクリヤーすればこれでOKです。
◆◆◆

とはいっても、日本や日本人について、あるいは日本との接点について深く知りたいと真摯に願う人に会った際は、特別の回答を用意しています。その内容は次のようなものです。
80年代のことだったと思います。イタリアの誇る大作家、アルベルト・モラヴィアが1ケ月におよぶ長い日本旅行をした際のことです。日本滞在の最後に、外国人記者クラブの会合に招かれて日本で見たことや日本についての理解(旅行中のことに限らず)についての考察を様々に述べました。モラヴィアは日本旅行に大変満足しており、日本で見たことをとても幸せに思っていることが見受けられました。我々のような日本の「ベテラン」外国人にとってはいわば当然の内容もありましたが、日本滞在の長い我々も、はっとし深く考えてみるように促す洞察も何点かありました。我々凡人にはない特別な才能を優れた芸術家は備えていることを改めて痛感しました。多くの人が見過ごしてしまうポイントを本能的に見つける特別の感性を持っているのです。

モラヴィアの話しが終わり質疑応答の時間になりました。一人のイタリア人記者が聞きました。「モラヴィアさん、イタリア人と日本人の共通点は何でしょうか?」
沈黙。モラヴィアは熟考に熟考を重ねています。当たり前の答えやその場しのぎの回答ではなく本当に心底から感じることを表現しようとしていることが伺えました。さらなる沈黙の後に、彼の口が開きました。「イタリア人、日本人両方とも非常に素晴らしい美的感覚を持っていること」 まさに的を得た、正確な考察であり「その通り」と言わざるを得ません。
◆◆◆

「日本の美しい陶器や帯、龍村の着物などを注意深く観察したことがありますか。」とモラビアが言ったことを覚えています。この大芸術家との強烈な出会いの一時でした。それ以降、日本人とイタリア人に関する質問を私に投げかける人には、我が国の大作家の意見を引用して、モラヴィアのコメントを伝えることができるようになりました。
私自身、備前の陶器や素晴らしい色彩の四本松、桜の花や鳥の飛ぶ姿を描いた河井寛次郎の陶器、あるいは浜田庄司の作品の簡素さを前にすると、何が美しいものか、人間の心の中にあるすべての「美しさ」をシンプルな事物の中に統合化することとは何なのかなどと深く考えずにはいられません。桃山時代のあらゆる陶器にみられる収斂された「渋さ」。京都が今でも誇る多くの驚嘆すべきものの中にある「わび」「さび」の世界。
簡素化された形で美を表現するのが日本的美学であり、「木の文化」の国である日本の文化は、西洋の「レンガ文化」とは異なるものです。フィレンツェのドウーモに代わるものを日本から持ってくることができるかと私を非難する人もいます。そういう人にはいつでも「京都の竜安寺は世界中の何物にもひけをとらない」と言い返しています。いうまでもなく両国の文化の発展の形やその方向性はそれぞれ違っています。我々西洋人が日本を「発見」したのは1543年のことですし、日本人が我々「南蛮人」を見たのも16世紀のことです。したがって、両国とも芸術、美意識、美的表現は異なる道を辿ってきたのです。

次の質問です。「なぜ、あなた方イタリア人はこのように強い美的感覚を持っているのでしょうか。色彩の使い方、特有のデザイン力など?」。
百万ユーロの価値のある質問です。私はこの質問に対しても説得力のある答えを用意しています。本当のところ正しいかどうかはわかりませんが。 「なぜなら我々は"ベル・パエーゼ"(美しい国)という幸運な国に生きているからです。類稀な芸術作品が集積されている国です。西洋文明の人類芸術遺産の大半はイタリアに集中しています。それはイタリア、特にトスカーナに生まれ、全ヨーロッパに広がった栄華の歴史的時期であるルネッサンス期の芸術だけではありません。ルネッサンス前の文化、ルネッサンス後の芸術すべてが大変な価値を持っています。ロマン派のバイロン、ゲーテ、シェリーなどが行ったイタリアの旅やイタリアへの情熱を思いおこしてください。彼らはイタリアに深く恋焦がれていたのだと思っています。彼らがイタリアで見ることのできたものは彼らの母国にはないものだったからです。

イタリアのどの都市にも大きな価値のある文化的豊さがあります。日本人の方はおそらく名前も聞いたことのない多くの都市、たとえば エンナ、ノート、トラーニ、コラート、トレヴィーゾ、S.ジミニャーノ、ラヴェンナなどなど。イタリアは飛びぬけて美しいものの見本市のような国です。日本の友人にはいつもシチリアを訪れるようにと助言しています。フェニキア、ギリシャ、古代ローマ、アラブ、ノルマンディ、スペインなどの遺跡が集積し、さらに新古典主義やバロック時代のすべての建築・芸術がみられるのです。パレルモの3つのモニュメントを考えてみてください。ノルマン人の建てた大聖堂ではまるでロンドンにいるようです。そして、サン・ジョヴァンニ・デリ・エリミティ教会ではイスタンブールに連れていかれたように思えます。パレルモ近郊にあるモンレアーレの大聖堂にいたっては、セヴェリアのようにアラブ支配下にあったスペイン都市が与えるものと同じ感動を体験することができるのです。
◆◆◆

「それがイタリア人の美意識と何の関係があるのですか?」
多いに関係があるのです。考えてみてください。フィレンツェやシエナあるいはミラノに生まれた赤ん坊のことを。母親のお乳を吸っている頃から美しい国に住むことに慣れているのです。ファッション、スタイル、デザインを表現する力を持ち、他の誰もができない方法で色を組み合わせ活用する能力を持つ国に住んでいるのです。ミケランジェロ、ラフェッロ、ティエポロ、チェッリーニなどの天才が育った職人工房を起原にもつ紡績や織物工業や様々な職人業にとり囲まれているのです。

したがって、イタリア人の中に、まさにモラヴィアが強調したように、美意識や美的感覚が浸透していることは驚くことではないのです。とはいえ、我々イタリア人は日本の魅惑を過小評価していません。我々の多くは、たとえ日本のことをあまりよく知らなくても、日本が特別に魅惑的な国であることを本能的に知っています。日本の神社で行われていた七五三のお祝いを何度か見たことがありますが、「美の喜び」に思わず目を奪われました。人々の心の底から発生する美しさです。我々を客として迎え入れている「難破船の惑星」すなわちこの世界への感謝を込めて自らの中にあるより素晴らしい部分、美しい部分を表現しているのです。 

(翻訳:JIBO 編集部)



◆執筆者プロフィール
ヴィットリオ・ヴォルピ Vittorio Volpi
Chairman, UBS Wealth Management Italy 

ミラノカトリック大学経済・商学部卒業。その後、世界的に事業展開する大手銀行数社に勤務し、日本滞在歴は30年に及ぶ。日本滞在中は日刊全国紙「コリエレ・デッラ・セーラ」に日本の政治、社会、経済についての多くの記事を寄稿した。
現在、世界有数の規模をもつ金融グループUBSに勤務し、UBSイタリアを統括している。一方でイタリア有数の日本研究家という顔も持つ。
主な著書に「日本よ敵か見方か − イタリア人の見たニッポン」(日本経済評論社)「日本がいま、やるべきこと」(新潮社)、「賢者の営業力」(PHP研究所)などがある。

ヴォルピ氏の最新刊のご紹介
賢者の「営業力」
日本進出の成功例、宣教師ヴァリニャーノの教え

(イタリア語原題 「Marketing Mission」)
ヴィットリオ・ヴォルピ著 
大上順一 訳
発行:PHP研究所
定価:1400円 プラス消費税
至難のミッションである日本へのキリスト教の布教は、いかにして成し遂げられたのか。
16世紀の偉業と現代企業の成功例・失敗例から学ぶ、国際マーケットを制するための絶対法則。

内容
1.日本、中国、インドが欧米を上回る日   2.アレッサンドロ・ヴァリニューノ   3.修道士たちはいかにして成功したか   4.ビジネスパートナーとしての日本人   5.アジア市場を研究し、理解する   6.アジアで働く   7.「グロカリゼーション」の実現   8.アジアでの成功は世界での成功を保証する


トップへ  

www.japanitaly.com