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ITALY NEWS
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2007/9/25 




ヴィットリオ・ヴォルピ

第二回 「郷にいれば郷に従え」とはいうけれど

日本には「郷にいれば、郷に従え」ということわざがあります。イタリアにも非常に似たことわざ「Paese che vai, usanza che trovi」があり、欧州人はさらにこれを「ローマに行けば、ローマ人のようにふるまうように」と表現しています。 ことわざとはご周知のようにいつでもとても大切なものです。時として、異なる国のことわざは一見、相対立した内容に見えて一体なぜなのか不思議に思うことがありますが、現実にはそれぞれの国の文化の違いによって考え方、そして人々の行動様式が異なるためなのです。

現代の考古学では、古代ローマの歴史家タキトゥスが2千年も前に述べた「文化は長く続くもので一朝一夕には変らず何世紀もかけて変化するものだ」という考え方の正当性を認めるに違いありません。
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かってはグローバリゼーションが進むと世界は一つの「スモール・ビレッジ(小さな村)」になると考えたものでした。そこでは誰もが同じルールを共有し、同じ行動様式をとり、同じ言語である英語を用いて、同じような服装をしていると考えたものでした。

しかし、そのようなことは起こりませんでした。現実にはフランシス・フクヤマがその著書「歴史の終わり」で予測した内容とは逆の現象が起こりました。すなわち、ベルリンの壁の崩壊とそれにともなう旧ソ連と米国の冷戦構造の終焉の結果、宗教、民族などの違いを原因とする様々な文化がドラスティックに再浮上してきたのです。その結果、我々のようなビジネスマンや文化人、外交官の生活はこれまで以上に難しくなりました。なぜなら、相違する文化に直面しマネージしていく難しさにぶつかったためです。

旧ユーゴスラビアの例を考えてみてください。ティト大統領の強いリーダーシップの下では、外からは一つの国、一つの言語、一つの国境、一つの通貨、一つの中央政府を持つ国家に見えました。ところが現在はどうでしょうか。コソブ、モンテネグロ、セルビア、クロアツイア、スロヴェニアと分裂し、いまだに落ち着く気配をみせません。結局のところ我々が今後直面しなければならない世界はこれまで以上に複雑な世界となり、「様々な文化をどのようにマネージメントするか」ということが我々の大きな課題となりましょう。すなわち、利害の衝突を避けつつ、大きな違いを持つ文化にどのように対峙するかという課題です。イタリアと日本の場合はどうでしょうか。我々は絶えず、日伊間の文化的な接点をさがすために努力を重ねています。もちろん共通の接点を求める努力は必要ですが、結局のところ、大変多くの局面で日本とイタリアの間には正反対の面があるという結論に至らざるを得ません。おそらく、ジョン・ケネス・ガルブレイズによる「ガウス分布で美しいカーブを描く日伊両国は両極端の存在である」という指摘は正しかったのではないでしょうか。
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ガルブレイズは、日本、イタリア両国の文化をそれほど深く知っていたわけではありませんが、彼の指摘はかなり正しいと私は思います。 私の古くからの友人フォスコ・マライーニが、イタリア人のイエズス会宣教師が1582年に九州で書いた書物を私にくれた時、その本を読んで、正直、度肝を抜かれました。この書物を読んで、日本文化の基本原理は4世紀前と現在を比べても実質的に何も変わっていないことがわかったためです。

マライーニが私にくれた本は「日本イエズス会士礼法指針」というタイトルの本です。アジアのイエズス修道会の長であったイタリア人の宣教師で、日本に3回にわたって通算11年間滞在したアレッサンドロ・ヴァリニャーノが、1581年から82年にかけて執筆した「マニュアル」なのです。

アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、日本に初めて上陸した際は、我々のような普通の人間が初めて日本に来た時と同じように「像のように黙ったまま」(日本語が読めず、話せず、わからなかった)だったのですが、その後、当時日本に住んでいたヨーロッパ人や日本の友人知人から助けられて日本や日本文化について深く研究を重ねました。そして、当時の日本人の行動様式や日本人と共に暮らし平和的な対話を行うために何が必要であるかなどについての記述を「礼法指針」にまとめたのです。ヴァリニャーノは日本文化の根本原理を理解しました。「日本文化の中に入るための"キーワーズ"は、真面目、恥、面子、形、そして形式の重要性」であると記述しました。そして日本における行動指針を弟子たちに説いたのです。

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最近になって改めてヴァリニャーノのマニュアルを再読してみて、16世紀の日本人の行動様式の基本は現在でも本質的に変わっていないことを確認しました。

たとえば、イタリアと日本の間では何が大事かという「コンセプト」の認識もまったく異なります。日本の方に人間で一番大切なことはとたずねると、おそらく「真面目さ」すなわち「責務を果たす」ことという返事が返ってくるでしょう。一方、同じ質問をイタリア人に投げかけると答えはおそらく、イタリア共和国のF・コシガ元大統領も明言していたように「抜け目のなさ(Furbizia)」でしょう。「真面目さ」「抜け目のなさ」二つともそれぞれに非常に合点がいく興味深い定義に思えます。日本人にとっては真面目であることは、責務にしたがって物事を行うことであり、あらゆる犠牲を払ってでも礼をつくし正しくあることは立派な資質です。イタリア人の間では抜け目ない人は能力のある「やり手」として評価されます。しかし、注意してください。どのメダルにも裏表があるのですから。

日本では、「真面目」が過ぎると、メンツを保つため、あるいは「真面目」であることをなんとしても証明するために、法に触れる行為を犯してしまうことがあります。たとえば「緑十字」事件を思い出してください。日本では、所属する集団、特に企業の名を汚さないために嘘をついたり、インチキをしてしまうことも時々おこってしまいます。一方、イタリアでは過度の抜け目なさは、ネガティブな資質ともなりえます。犯罪行為すれすれの「グレイ」領域に入ってしまうこともあれば、日本で「アバウトな」すなわち「いい加減」と定義される行動につながる場合もあります。自分の能力の過信や努力せずに大きな成果を得ようとする行動に結びつきかねません。
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日本人の「真面目」と「メンツ」の関係については読者の方々に考えていただきましょう。 私としては、「抜け目のない」と思い込み、謙虚さや真面目さに欠けている一部のイタリア人の傲慢で行き過ぎた態度の典型的なエピソードを一つ引用したいと思います。

何年か前に、自転車競技の大チャンピオンであるファウスト・コッピが亡くなりました。コッピがアフリカで自転車レースや狩猟に参加していたときです。大変な高熱に襲われ、治らないため、フランスからきた彼の友人、彼もコッピと一緒に走っていたのですが、これはマラリアに罹ったに違いないとそれを伝えるために電話をしました。その友人もマラリアにかかっていたのです。コッピの家族はそれを医者に伝えたのですが、傲慢な医者は、ただの肺炎にすぎないといってのけました。そしてコッピは39歳の若さでまもなく死亡したのです。このような「いい加減さ」は「抜け目のなさ」の同じ側にあり非難されて当然のこととなります。

日本人と仕事をする人は「真面目」をリスペクトすることは大切ですが「メンツ」には注意をしてください。一方、イタリア人と仕事をする人は「いい加減さ」に注意をお忘れなく。
現代に生きる我々は各国の文化を深く研究して、それに出来る限り順応することが運命なのです。「スモール・フィレッジ」はユートピアの世界に過ぎないからです。

(翻訳:JIBO 編集部)



◆執筆者プロフィール
ヴィットリオ・ヴォルピ Vittorio Volpi
Chairman, UBS Wealth Management Italy 

ミラノカトリック大学経済・商学部卒業。その後、世界的に事業展開する大手銀行数社に勤務し、日本滞在歴は30年に及ぶ。日本滞在中は日刊全国紙「コリエレ・デッラ・セーラ」に日本の政治、社会、経済についての多くの記事を寄稿した。
現在、世界有数の規模をもつ金融グループUBSに勤務し、UBSイタリアを統括している。一方でイタリア有数の日本研究家という顔も持つ。
主な著書に「日本よ敵か見方か − イタリア人の見たニッポン」(日本経済評論社)「日本がいま、やるべきこと」(新潮社)、「賢者の営業力」(PHP研究所)などがある。

ヴォルピ氏の最新刊のご紹介
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日本進出の成功例、宣教師ヴァリニャーノの教え

(イタリア語原題 「Marketing Mission」)
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大上順一 訳
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