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ITALY NEWS
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2006/3/31 



  イタリアの日本人
  GIAPPONESE IN ITALIA  

翻訳家

第14回ピーコ・デッラ・ミランドラ賞受賞
中山 エツコ
Ms. Etsuko Nakayama




JIBO:中山さんのご経歴、イタリアへ来られたきっかけを教えていただけますか?

中山:高校生の時、イタリアのことを勉強したいと思いました。1970年代、フランスやイギリスに関しては本屋さんに行けば様々な本や資料があったのですが、イタリアのことはきちんと勉強しないとわからない状況でした。今とは全く違って、雑誌にイタリアの特集が載るということもありませんでした。一方で、歴史を見ると、古代ローマ、ルネッサンス、国家統一など世界史の大事な局面でイタリアの名前は出てきます。ではその後どうなってしまったのか?という興味が湧き、イタリアについて勉強しようと決心しました。当時、イタリア語やイタリア文化を勉強できる大学は東京外国語大学しかありませんでしたので、同大学に入学しました。

イタリアに住みつくようになったきっかけは留学でした。東京外国語大学を卒業した後、東京大学の大学院に進みました。大学院在籍中、82年度のイタリア政府給付留学制度を利用し、ヴェネツィア大学で2年間勉強したのです。その後いったん日本に戻り、大学院の修士を終え、85年に再びヴェネツィア大学で勉強するためにやってきました。以来、ずっとこちらで生活しています。

JIBO:なぜヴェネツィアを選ばれたのですか?

中山:大きな大学に行きたくなかったこともありますが、ヴェネツィア大学の教授の本を読み、「この先生の下で勉強したい」と思ったことが大きな理由でした。
二度目にヴェネツィアに来た時は長くこちらで生活するつもりで来ました。初めてヴェネツィア大学に留学した時、今まで本で知るしかなかった何もかもが手に触れられるところにあることに感動し、しかも教授の神曲の講義が素晴らしく、「もっとここで勉強したい、そしてできるだけ長くいたい」と思ったのです。


JIBO:その後のご経歴を教えていただけますか?

中山:二度目にヴェネツィア大学に来た時は、4年に編入して勉強しました。大学を終えた時、ちょうど学内で日本語を教える講師のポストが空き、そのまま現在までずっとそこで教えています。東アジア学科日本語・日本文化コース内の"母国語講師"という肩書きです。

しかし、私は日本語の専門家というよりむしろイタリア語のことを勉強していましたので、「イタリアに関わる仕事を何かしたい」と思い、翻訳を始めました。最初に翻訳本を出したのは、89年だったでしょうか。以来、翻訳の仕事を続けており、現在まで十数冊手がけました。数年前から小説も訳しています。


JIBO:ダーチャ・マライーニの本なども訳されていますね。そういった小説の翻訳は日本の出版社からの依頼を受けてなさっているのですか?

中山:日本の出版社側が私に翻訳を依頼してくださることもありますが、イタリアに住んでいることもあり、なかなかそういったことはありません。基本的には自分の訳したいと思う本を私が出版社に打診しています。


JIBO:代表的な翻訳作品を教えていただけますか?

中山:思い入れのある作品は二冊あります。ひとつは、文化史の教授ピエーロ・カンポレージPiero Camporesiの書いた『風景の誕生』です。カンポレージは私が最初に訳した本(『生命の汁』)の著者で、これからも機会があればもっと紹介していきたいと思っています。本当は最初から小説を訳したかったのですが、強いパイプがなければ小説の翻訳は難しいと言われ、出版社側が受け入れやすい歴史的な内容のもの、かつ文化的価値のある本を選びました。
それから、イタリアに初めて留学した時から大好きで、かねてよりずっと訳したいと思っていたトンマーゾ・ランドルフィTommaso Landolfiという作家がいるのですが、20年来の願いがかない、彼の作品『月ノ石』を一昨年翻訳しました。大変思い入れのある作品です。河出書房新社から出ています。


JIBO:『月ノ石』ではピーコ・デッラ・ミランドラ賞を受賞されたそうですね。

中山:はい。イタリア文化会館がイタリア語から日本語への翻訳に出している賞です。論文と文学の分野、それぞれ1冊ずつ選ばれます。14回目となる昨年、私は文学部門で賞をいただきました。「訳したい!」と思っていた作品が賞を取ったことは本当に嬉しいですし、翻訳というのは孤独な仕事ですから、こうして認めていただいて本当にありがたいです。


JIBO:翻訳の際に最も気を付けていらっしゃることは何ですか?

中山:たくさんありますが、私が一番気にしているのは、作家の声色、語調、パワーなど読んでいて感じる作家の声を、日本語なりに再現するということです。
日本語とイタリア語というのは全く違いますよね。構造も違いますし、単語ひとつをとっても、意味を伝えたつもりでも語感が違ってしまうことがあります。一つ一つの言葉をどう訳すかももちろん大切なのですが、その言葉が正しいからと言って、必ずしも作家が作り出しているリズムが伝わるわけではない。文章の力や息遣いを、全く違う言葉の中でどういう風に表現するか。日本語だったらこの人の息遣いはこういう感じだろうと想像する。そいういった点を大事にしています。


JIBO:イタリアに20年住んでいらっしゃる中山さんだからこそできることかもしれません。

中山:正確でなければいけませんし、間違ってはいけないのですが、例えば「石」と言った時に、日本語で言った場合と、イタリア語で言った場合、その背景にあるもの、歴史的変遷など全く違いますし・・・。考え出したらきりがないので、どこかであきらめをつけないといけないのですが。


JIBO:翻訳の仕事にやりがいを感じられるのはどんな時ですか?

中山:その作品が好きだからこそ翻訳するわけですから、訳しながら「やっぱりこの人はすごい!」と思わされる時です。自分の訳したもので喜ぶというよりも、「このすごい人のものを訳している」というのが嬉しいですね。
翻訳というのは"究極の愛情表現"だと思っています。「この本が好き、私がものにしたい!」という気持ちが最初にあって始まります。難しくても、愛している本が一番やりがいがあります。


JIBO:文芸翻訳家を目指す人たちにアドバイスをお願いします。

中山:日本の出版界は、以前は売れないような本でも出していましたが、現在は厳しい状況になっているようです。特にイタリア文学は難しいですね。
私はイタリアに来てから、とにかく訳したいという思いで一冊目を翻訳し、それを名刺代わりとしました。ありがたいことに私の場合は、出版社に紹介してくださる方がありました。
まずは自分で持ち込んでいってみることが大切だと思います。それから、日本の出版社側はイタリア語がわかりませんし、イタリアの出版事情を知らないですから、こちらで資料を作成するなどして説得力を持たせることも必要です。


JIBO:大学のお仕事について教えていただけますか?

中山:私は週に3コマ担当しています。その他、論文のために日本語の翻訳をしている学生の面倒をみたり、いろいろな面で学生のフォローをする時間があります。
ヴェネツィア大学の日本語学科の新入生は約170人おり、おそらくイタリアの大学で最も多いですが、私が担当しているのは4年生だけで、30人程度です。現在イタリアの大学は3年で卒業となり、さらに勉強したい人がspecialisticaという専門コースで4年・5年と勉強します。
4年生は日本語の初級文法を終えた人たちなので、私は中級日本語のテキストを使い、日本語読解などをしています。教えるにあたり、自分自身が一度考えたことでなければ説明できないですから、自分でも日本語について考えるようになりました。


JIBO:80年代からヴェネツィア大学で日本語を教えてこられて、何か変化は感じられますか?

中山:まず日本語を勉強する学生の人数がかなり増えました。そして、学生のタイプも変わりました。以前は日本語を勉強するのは特殊なことで、歌舞伎など伝統文化に興味のある一部の人たちだけという感じでしたが、だんだん日本のアニメが普及してくるに従い、アニメ好きな学生たちが増えてきました。そういう学生たちは、かつては一目で分かりましたが、今は皆がアニメで育ち、ゲームもやり、日本のポップスのことにも詳しい、という状況です。日本のサブカルチャーがイタリアの若い人たちの環境に普通に入っています。かなり色々なことを知っているのでびっくりします。


JIBO:翻訳業と大学のお仕事、比重としてはどういう割合になりますか?

中山:大学は週に2日、その他は翻訳などに充てています。通訳やコーディネーターなどの仕事も引き受けています。
私にとってはどちらも大事な仕事なのですが、実は、翻訳の仕事に追われて家にこもっている時は、大学に行くのが面倒に思うこともあります。でも実際に行くと、やはり別の刺激があり、翻訳の仕事にもポジティブに戻れます。若い人たちに接することができるのはいいですね。4年生にもなると一生懸命に勉強しています。今の日本の大学生について悲観的な意見を聞きますが、こちらの学生たちはよく勉強しているなと思います。


JIBO:今後の抱負について教えてください。

中山:現在手がけている翻訳の他、とにかく訳したいものがありますので、それを実現させたいですね。ランドルフィの本もそうですし、その他にも好きな作家の作品も訳していきたいと思います。


JIBO:イタリアの生活で困られたことはありますか?

中山:あまり苦労をしたことがなく、苦労が足りないと思っています。ヴェネツィア大学の日本語学科はチームワークがよく、大変居心地が良いです。
イタリアでの生活は楽しいです。やはり私はイタリアに居たいんだ、と思います。どこへ行っても魅力があって面白いですよね。日本にももちろん魅力ある場所はありますが、旅行にお金がかかりますし、ある程度大きな町は駅前がどこも同じになってしまい、旅行してもその土地の魅力がすぐにはわかりにくい。その点イタリアは、ちょっと動けば動いただけのかいがあって、違う姿を見せてくれます。


JIBO:最後に、お休みの日にはどういったことをされているか教えてください

中山:平日に時間があるので、土日の混んでいる時に出かけるのはあまり好まないのですが、友達と出かける時は合わせて週末に出かけます。オペラが好きなので、なるべく色々な場所に面白いものを観に行くようにしています。


『月ノ石』 
トンマーゾ・ランドルフィ著、中山エツコ訳
河出書房新社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309204031/250-5376914-4898609

その他の中山さんの主な翻訳作品

『風景の誕生 − イタリアの美しき里』
ピエーロ・カンポレージ著、筑摩書房

『生命の汁 − 血液のシンボリズムと魔術』
ピエーロ.カンポレージ著、太陽出版

『おまえはケダモノだ、ヴィスコヴィッツ』
アレッサンドロ・ボッファ著、河出書房新社

『思い出はそれだけで愛おしい』
ダーチャ・マライーニ著、中央公論新社

『図説 ヴェネツィア - 「水の都」歴史散歩』
ルカ・コルフェライ著、河出書房新社

『ヴェネツィア大運河』
ウンベルト・フランツォイ著、洋泉社

『ヴェネツィア料理大全 − 食の共和国からのおくりもの』
アルヴィーゼ・ゾルジ著、JICC出版局

『青い夜と黄色いレモン − 20世紀美術の旅』
クリスティーナ・カッパ・レゴラ著、JICC出版局


(終わり)

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