0
ITALY NEWS
0
2004/05/01 



  イタリアの日本人
  GIAPPONESE IN ITALIA  


久保田 稔 Minoru KUBOTA
竹中ヨーロッパ(TAKENAKA EUROPE)
イタリア支店長




JIBO:プロフィールを教えてください。

1964年生まれ。熊本で生まれましたが、ゼロ歳の時に東京に移り、東京で育ちました。大学の建築学部を卒業後、1989年に竹中工務店本社に入社し、最初の1年間は神戸の深江というところで研修をうけました。寮生活でした。その後、東京本店に配属され、工事の現場管理の仕事に従事しました。1996年から99年にかけては、東京都大崎の大規模再開発事業の工事部門に移り、施工を担当しました。工費が約1000億という大規模なプロジェクトですので、大手の設計事務所やゼネコン数社がジョイント・ベンチャーの形で取り組み、各社から集まった約100名のスタッフの一員として働きました。大手設計事務所の下で十分鍛えられ、得がたい勉強をしました。
その後、自社の単独物件の施行に携わりました。鉄骨造でガラス張りのビルの中に、世界的レベルの遮音システムを有するスタジオを建設するというプロジェクトの施行責任者となりました。鉄骨造のビルというのはその性質上微妙に揺れています。一方、ガラスは音を通しやすい物質です。この条件下で、遮音性の高いスタジオを作るというのは高度な品質の技術のいる仕事で、大きなチャレンジでした。

2000年11月にこのプロジェクトが終わるとすぐに、12月1日にドイツの竹中ヨーロッパ、デュッセルドルフ本社に転勤になりました。家族もドイツに移ってきました。と思ったのもつかのま、2001年1月からは、イタリアの仕事のサポートとして急きょ、1年半、ローマに単身赴任で移りました。2002年7月に、ミラノ支社に正式に移動。2004年1月からイタリア支店長となりました。

JIBO:竹中ヨーロッパ・イタリア支店の沿革は?

1973年に、ドイツのデュッセルドルフに竹中ヨーロッパが設立されていますので昨年は、30周年記念となりました。1988年にミラノにオフィスを開いています。主な仕事としては、イタリアにおける日本企業の社屋や工場などの建築 設計・施工です。

これまでの大きな仕事としては、サルデニアのカギアリでブリジストン工場建設、ローマのトヨタ本社ビル建設、そして昨年10月にオープンしたミラノ近郊のDNP Photomask社工場建設。森精機さんのショウルーム建設も担当しました。また、イタリアにおける日本企業の事務所の改修やレイアウト変更などもしております。そのほか、イタリアに進出してこられる日本企業に、設計・施工だけでなく、工場の土地さがしや、オフィスの物件さがしもお手伝いしています。

幸い、イタリアに事務所を持つ日系のゼネコンは弊社だけですので、イタリアで活躍されている多くの日本企業のお手伝いをさせていただいています。

JIBO:具体的にどのようなお仕事をてがけられましたか。

私がイタリアで担当した最初の仕事は、ローマのトヨタ本社ビルの施工管理です。私にとってはじめての外国の仕事、しかもローマという土地柄もあり大変な仕事でした。カルチャーの違いに驚くことが沢山ありました。

たとえば、日本は地震国ですので、建物は地震がある事を前提に設計されます。一方、ローマでエンジニアの人に、地震に対してはどのような対応をするのかと尋ねたら、こう言われたことです。「古代ローマの遺跡をみたのか。パンテオンも何もかもずっと存在している。ここには地震がないからだ。したがって、ここでは地震のおこることを予測していない。」とはっきり言い切られたのです。実際には地震はあるのですが、まったくアプローチが違うと思いました。

もう一つ驚いたのは、日本では、設計図面は、「ミリ」の単位で設計し書いていくので、1メートルは1000となります。1ミリ単位で設計し、施工管理していくのです。一方、イタリアというかヨーロッパでは、「センチ」の単位の設計ですので、1メートルは100の単位なのです。1センチ以下は四捨五入してしまうディテイルなのです。この大雑把さには仰天しました。いったいどうやって仕事を進めていったらよいのか迷いました。

トヨタさんにおける、私の役割は、品質とスケジュールのコントロールでした。これは、大変難しい仕事でした。
まず、日本人の考えるような緻密な工程管理とかスケジュールとう概念自体があってないようなものなのです。たとえば、いろいろな事情で変更を余儀なくされた場合、こちらでは、「変更したのだから納期が遅れて当たり前」というのが業界の常識です。また、「変更したのだから、コストも予定以上にかかって当然」という考え方です。しかし、こんな論理は日本の社会で通るわけがありません。仕事を進める上である程度の変更があることを前提に納期を含め事前合意するのが日本流のやり方です。また、コストを、途中で上げるということも特別な理由が無い限りお客様に説明できません。ところが、こちらでは、契約の世界ですので変更したら、納期延長やコストアップもレターを書いて、申請するというのが当たり前になっています。日本的なやり方を納得させるのが大変でした。
品質についても、正直な話、こちらではコンクリートを一つ打つにしても、「センチ」単位の仕事となるので、日本的なミリ単位の緻密な仕上げは期待しようもありません。

仕事の進め方も、イタリアと日本では大きく違います。建築施工については、各段階で定期的に、サブコン全社のチーフを呼んで、工程進捗状況の打ち合わせ会議をします。日本では普通、大体1時間程度で話はさっと終り、一種の連絡会議なのですが、ローマでの会議に最初にでたときは仰天しました。8時間も9時間もかかるのです。コンクリート、ファサード、二重床など部門ごとのサブコンが集まるのですが、誰もが思い思いの自己主張をするのです。たとえばコンクリート打ちをするサブコンは、「俺はこうやりたかったが、別のサブコンの準備が遅れたのでうまくいかなかった」とか。話しが延々と続き、話がまとまりません。この仕切りはイタリアのエンジニアにやらせたのですが、これではどうしようもないとうことで、頭をかかえました。
最終的には無事引き渡す事が出来ましたが、ハラハラのし通しでした。


次の仕事は、2002年7月からはじまったミラノ近郊のDNP Photomask社の工場建設です。 半導体製造にはかかせないフォトマスク工場用の「クリーンルーム」建設のプロジェクト・マネージャーを任命されました。このフォトマスク製造技術はサブミクロン単位の物を扱う技術ですから、埃の無いクリーンな環境が必要です。しかも、ほんの少しの振動や磁場があっても、フォトマスク製造に支障が生じます。フォトマスク製造用描画機のビームが振動しないようあらゆる対応をしなければなりません。エレベータが動いても磁場に影響します。人間が感じない振動も描画機のビームは感じてしまうのです。埃がなく振動と磁場を遮断するフォトマスク製造用クリーンルームをつくらなければなりませんでした。

このプロジェクトは、納期厳守が前提でした。そのため、スケジュール管理については、ローマでの教訓をいかして、全部の工程を一週間ごとに図解しました。そして、毎週の会議の際は、3ケ月分ずつ壁にはって、1週間ごとに毎週、ここでは何をするのかとうことを図示して確認していくことにしました。この表のおかげで、各自がかなり全体の構成をのみこんでくれて、随分とスムーズに工程を運ぶ事が出来ました。お蔭様で、記録的な建設スピードと業界でも評価されました。


JIBO:イタリアでお仕事をして感じることはどのようなことでしょうか。

仕事柄「アーキテクト」「インジェニエーレ」との関係が深いのですが、自分の職種に強い誇りを持っていると思います。社会的にも高い立場ですし、まわりも敬称で呼んでいます。このようにプライドが強いので、お客さまに対しても、対等で物づくりをしているという立場をとっていることを強く感じます。日本では、建築家もエンジニアもお客様に仕える、サービスをしているというスタンスで、対等というような考え方はありません。大きな違いを感じますね。
また、契約社会ですので、すべて契約が基本であり、契約内容に変更があると、先ほどものべたように納期の延長やコストアップを平気で要求してきます。これには日本のメンタリティでは対応が難しいですね。

反面思うのは、イタリア人の建築家の場合、職種に対してプライドがあるので、自分でやるべき仕事は、かなり残業をしてでもやりますね。ドイツの場合は何があろうと夕方5時にはピタリと帰社していましたが、イタリアはそうではありません。夜9時でも10時でもやりたいと思えばねばってやりますね。このあたりは、以前に思っていたイタリア人に対する先入観とは大きく違いました。

JIBO:イタリアで仕事をなさっていいと思われること、困ることは

イタリアでいいなあと思うのは、これはイタリアだけでなく、ヨーロッパ全体がそうなのだと思いますが、プロジェクト・マネージャー制をひいていることでしょう。日本だと、設計、見積もり、施工というように担当部門が変り、応じて担当者も変わっていくのですが、こちらでは基本設計からすべての分野を一人の責任者がフォローしていく。それだけに責任は重いし重圧もありますが、仕事が「濃い」と思いますし、プロジェクトへの愛着心もそれだけ高まります。難関を超えて仕事が完了したときは本当に感無量ですね。日本でも少しずつ、このようなシステムが入ってきていますが。

逆にイタリアで仕事をしていて困るのは、やはり、許認可が複雑で時間がかかり難しいことでしょう。それに窓口の担当者の考え方がそれぞれ異なるので、どうなっているのか本当のところがわからない。申請がおりない。建築の場合は、着工時もそうですが竣工した際にも「建物使用届」をだして承認されないとお客様が建物を使えません。それに時間がかかるのです。日本だと提出すると一定の期間でとれるという基準があるのですが、こちらは先が見えない。こういう事情を日本のお客様に理解していただくのも大変です。

JIBO:今後、力をいれていかれたいのはどのようなことでしょうか。

イタリアのゼネコンをみていると、どこも中小企業であって、地場でやっていて資材購入も地元のサブコンをつかっている。非常にローカルな範囲で仕事を展開しています。
弊社の場合は、竹中ヨーロッパのネットワークや情報力を通して隣国からの資材を調達することで、工期の短縮、価格をおさえ、しかも高品質な施工しあがりを実施するよう努めています。たとえば、工事の短縮化のためにプレキャストの建設資材を調達する必要があり、イタリアで50―60-社のサブコンにあたったのですが、みつかりませんでした。それで、フランス、スイス、オーストリアなどにあたったら、望むものがでてきました。
最近は竹中ヨーロッパとしても東ヨーロッパでの仕事を積極的にしていますので、そのネットワークを使うことでますますお客様に満足していただくサービスを提供できると思います。


JIBO:プライベートな生活はいかがですか

子供は、現在、長女が6歳でこの春から日本人小学校に入学しました。長男が3歳です。長女も長男も地元の幼稚園です。
ドイツに赴任したとたん、私がローマに単身赴任してしまったため、1年半は、家族はデュッセルドルフ住まいで、2週間ごと週末に私がドイツに戻るという生活でした。
ドイツの場合、共同住宅では騒音に対して非常にうるさくて、子供がちょっと騒いでも、住民からクレームが文書で届くという状況です。小さい子供がいたため、住民のクレームでアパートから出ざるを得なかったという日本人の知人も何人かいました。当時、ゼロ歳と3歳の子供がいたため随分と気をつかわなければなりませんでした。また、レストランなどにも小さい子供をつれていくことは不可能でした。
イタリアに越してきてよかったのは、子供にも音にも住民が非常に寛容なことです。レストランに子供をつれていっても、別の席にも子供連れがいるし、歓迎してくれます。こういう点は嬉しいですね。週末には家族で郊外に日帰りでハイキングにいったり、食事をしたりして楽しんでいます。


(終わり)

トップへ  
    

www.japanitaly.com