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ITALY NEWS
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2004/02/01 



  イタリアの日本人
  GIAPPONESE IN ITALIA  

今井 治 氏 (Osamu IMAI)

在ミラノ日本国総領事館
ミラノ総領事
  





JIBO: プロフィールを教えてください

出身は東京の三鷹市、井の頭公園のそばです。1976年に外務省に入省しました。入省後一年たってから2年ほどスペインに研修派遣され、最初の1年間はバレンシア大学、2年目はマドリッド大学へ聴講生として行きました。その後日本へ戻り外務所本省で、経済局、中南米局、科学課など7年半、様々な部署についた後、1987年から89年まで、2年半ワシントン大使館の勤務となりました。ワシントンでは日本のプレス対応の仕事が主でした。日本からも特派員が76名も駐在しており、頻繁に日本から閣僚がきていました。貿易摩擦が大きな問題になっていた時期です。まさに日本が『大変強い』と思っていた時期で、日本の企業家から「もうアメリカから学ぶことは何もない」という発言が聞かれました。逆にアメリカ側は一生懸命、日本の強さの秘密を学ぼうとしていたのが印象的です。


89年から91年まで、アフリカのタンザニアに2年間勤務。東京に戻って文化、経済協力の部署へ。95年、阪神大震災直後に、ローマ大使館に赴任しました。97年から2000年まで韓国、2000年から2002年9月まで南アフリカ共和国、そして2002年9月末にミラノ総領事館に赴任しました。

入省後にスペイン研修をしたわけですが、振り返ってみると世界各地に赴任したものの、短期間中南米局についた以外は、スペインやスペイン語とは直接関係のない部署を赴任してきたことになります。

JIBO:ミラノ総領事館の沿革は?

資料をみてみますと、ミラノには明治11年に「領事」が置かれているのが最初です。当時、事務所が置かれたのかどうかはわかりません。中島才吉氏という方ですが、同12年に「名誉領事」に替わっています。詳細はわかりませんが、おそらく、ミラノに住んでいた方に委嘱したことと想像されます。
なお、明治6年にヴェネツイアに領事がおかれていますが、これは同7年にいったん閉鎖され、明治13年に領事という記録が残っています。

ミラノの話に戻ると、その後の記録としては、大正10年11月に「領事」と記録されていますが、昭和12年に閉鎖されています。そして、戦後は、昭和39年(1964年)にミラノ総領事館としてあらためて開設されています。

JIBO: 総領事館の業務内容はどのようなものでしょうか

総領事館の業務内容というか目的は、厳密にいうと、「日本の貿易通商利益の増進」と、「在留邦人の保護」が主たる内容となります。
もともと、領事(コンソレ)という言葉は、古代ローマの共和制の時代からの名前に由来していますが、「領事」という役割は、中世イタリア以降に始まったシステムのようです。イタリアがいくつもの国家にわかれていました頃、たとえば、現在のレバノンやパレスチナにフィレンツエの商人などが住み着いて買い付けをしたりして手形や銀行制度、保険制度のもとが発達してきました。そのころ、たとえば、シリアのダマスカスにヴェネツイアの商人がきていた場合、地域としてはダマスカスにあるが、たとえば戸籍や商業のシステムなど自分たちの問題は自分たちの方式で解決させてほしい、ということで、商人が現地の支配者から一種の自治権を認可してもらうというのがはじまりのようです。元々がそういう起源をもつからこそ、現在も、領事館は「通商・貿易の利益保護」というのが主たる職務になっています。管轄範囲も狭いわけです。
ですから、日本政府を代表して相手国政府との交渉を行うという役割を持つ大使館とは目的が異なっています。ミラノ総領事館でこの『通商・貿易の利益保護』を担当している地域としてはロンバルディア、ピエモンテ、ヴァッレ・ダ・オスタ、ヴェネト、エミリア・ロマーナ、リグーリア、アルト・アディジェ、フリウリ・ジュリア・ヴェネツイア州など北8州が管轄です。

そして、在留邦人、観光客、日本の会社の保護。また、日本政府の出先機関ですので、日本の広報PRというのも大切な役割です。現実に、邦人保護を行う領事部と、文化・広報・経済の部門がいそがしくなっています。

総領事館の体制としては、総領事、次席領事1名、経済・広報・文化担当領事1名、経済専門調査員1名、これは2年契約の外部からの方です。さらに領事部門に日本から1名。
それと、官房といわれている会計・通信などで2名。また「便宜供与」担当として1名配置されています。この「便宜供与」というのは、本省から指示のあった政治家、政府関係者の出張、調査などでみえる方についての現地サポートです。空港から出迎え、ホテルへの送迎、視察や調査アポ設定依頼などのサービスの提供です。それに地方自治体の議会などからも大勢みえます。

それと、現地スタッフは、事務員として9名、運転手が3名で、12名です。ですから、総勢約20名の陣営となります。

JIBO: 現在、力をいれておられる仕事はどのようなことでしょうか

今、問題なのは、労働査証、運転免許書書き換え問題、滞在許可証の問題ですね。
中でも重要なのは、労働査証の問題ですね。国と国の交渉については、ローマの大使館が労働省、外務省にも大きく働きかけをしていていますが、ミラノ総領事としても、地元ロンバルディア州のフォルミゴーニ長官やピエモンテ州のギーゴ長官に文書をだしたり、面会をお願いしたりと、力をいれています。
2003年秋に大日本印刷がイタリア・フランスの半導体会社とジョイント・ヴェンチャーしたフォトマスクの工場がロンバルディア州アグラーテ市にできました。ちょうど開幕式のあった週に、政府と各州長官の間で、労働査証の発行枠の調整会議があると知りましたので、あらためて、同長官に要望の文書を送りました。州内の最先端工場の開設は 同長官にとっても大変嬉しいことですので、働きかけは最上のタイミングになりました。

要望としては、日本人がよく使う枠、"AUTONOMO(経営者)"の枠全体を増やしてほしい、その中でロンバルディア州の枠を増やしてほしいと、また法律では、前の年11月に翌年の枠を発表しなければならないことになっているので法律どおりに発表してほしい。さらに2003年の場合は6月に発表して9月にもう枠が一杯になってしまって困ったと実例もきちんといれました。こういう具体例をきちんとつけて提示しないとわかってもらえない。日本人のビジネスの行かないところで枠を増やしてもらってもしょうがないので。

政治的には、日本人ビジネスマンを締め出す意図はまったくないのですが、与党内の北部同盟ボッシ党首が音頭をとって不法移民を防止する法律としてできたのでなかなか微妙です。もちろんボッシ党首は、「日本は関係ない。」といっているようです。

ようやくイタリア政府側でも問題点がわかってきたところだと思います。最初は問題の所在もわからなかったようです。ただ、イタリア側も、日本人向けだけに新たな法律をつくることはできないので、ユニバーサルな法律で実際には、日本人ビジネスマンが労働査証をとりやすくする仕組みができないかということですね。日本人ビジネスマンは、給与の出所もはってきりしていますし、転勤その他で4−5年で転勤していくのですから。それに、イタリアから富みを奪うのではなく、イタリアで事業をして、イタリアに投資をして、税金を納めて、イタリア人を雇用して、イタリアがもうけるよう貢献しているのですから。本国よりも良い生活を求めてやってくる『移民』ではなくて、「一時滞在」ですし条件は違うのです。ようやく、そのへんのポイントがわかってきたようです。ともかく、この問題を解決するのが、最大の課題と思っています。

もう一つ、滞在許可証の問題もやっかいです。イタリアに8日間以上滞在する際は警察の許可証がいると制度です。何かあったとき、怪しいなと思った際に不法滞在者をチェックするためにつくられた制度です。イタリアの当局も法律がある以上、「日本人もいりますか」ときかれると、「とらなくてもいい」とか、「いりませんよ」とはいえませんし、正直に全部の日本人が許可証をとりに警察に殺到しても対応できないし、答えに困っているようです。何らかの客観的な基準で日本人などはこの届けを出さなくてもいいというような法律にしてほしいですね。たとえば3ヶ月以内の観光査証を免除している場合には、そういった国からのその期間の滞在について除外するというようなことがあればいいのですが。でも、不法移民が多く来る国に対しても観光査証は免除しているかもしれませんし。

JIBO:イタリア滞在中、旅行中何かあった際、お世話になる方も多いようですが

たとえば、日本の方がこちらの警察で捕まった際にもちゃんと取り扱って貰えるようにします。通常、こういうことがおこるとイタリアの警察から私どもに連絡がきます。とはいえ有罪の人を無罪にしてくれといったお願いはできませんが、ちゃんと、被疑者が被疑者としての権利がまもられているか、弁護士がちゃんとつくのかということをチェックします。そして、日本政府がお金をだすことはできませんが、日本の家族との連絡、当座にお金が必要であれば、日本の家族からお金をおくってもらう手続きなどをサポートします。

それと、旅行途中で病気になったり入院したりする場合、これも日本の家族に連絡をしたり、こちらにきてもらったりというところまで面倒をみます。

ただ、なんといっても一番多いのは旅券や航空券、お金をとられて日本に戻れないというケースですね。パスポートの再発行には2−3日かかりますので、帰国を急いでおられる場合は渡航書というのを緊急にだすことができます。また、日本の家族に連絡をするのを手伝ったり、ホテルもさがしたり。この旅券をなくす、盗難にあう件数は土日もいれて一日平均して2−3件はあります。ローマの日本大使館でも同じ程度かと思います。

JIBO:日本人の旅行者の方へ何かメッセージを

旅行者の方へには、ともかく、お金、旅券、航空券、クレジット・カードはバラバラにして身につける、ポケットにいれるようにしていただきたいのです。全部一緒にハンドバッグ、セカンドバッグ、アタッシュケースなどにまとめて入れていると便利ですが、必ず手を離してしまい、いっぺんにすべて盗まれる例ばかりです。過去1年間にポケットから盗られたという例は2件しか知りません。
それと、持ち物に絶えず注意してほしいですね。たとえば、貴重品をいれたカバン、バッグを、平気でレストランの隣の席に置いている日本の方をみるとハラハラします。私など、とても手放せませんし、置くときは足の間においておくなど、絶えず体と接触させるように気をつけています。

私自身、アフリカのタンザニアからパリにでた時にカバンを盗まれた経験はありますが、貴重品と旅券などはポケットにいれてあったので、大きな被害はありませんでした。

もちろん、毎回、ポケットにいれたものをとりだして、入れ直すのは面倒くさいし相手や周囲の人たちに迷惑になるのではと気になりますが、外国ではのんびりとやっても誰もいらいらしたり、いやな顔をしません。日本の方をみていると、便利で手早くできる方を好むけれど、外国にいったら、便利と安全は両立しない、安全が大事ということを知ってほしいと思います。日本は様々な方式で安全確保が他の国では見られないほどされていますから、事故がある、何かあっても自分一人で対処しなければならないということが身に付かないのでしょう。
こちらの警察本部長は、日本人の観光客を見ていられないといっています。たとえば、ミラノ市の観光の中心、ドゥオーモでカバンをその辺において、カバンに背を向けて、写真をとっているから誰でも盗めてしまう。日帰りバスでフィレンツエやヴェネツイアにいって、疲れて戻ってくるので注意が散漫になってバスの中に忘れ物をすると言っていました。本部長の耳に入るほどに例が多いのかとびっくりしました。
イタリアの警察は日本人に好意的ですが、やはり各自が注意していただくしか解決方法はありません。

JIBO:最近、日本語のホームページも開設なさったようですね

はい、総領事館でも2003年11月に日本語のホームページを開設しました。(www.milano.it.emb-japan.go.jp)在留邦人や観光客への情報発信として内容を拡充していきたいと思っています。コンテンツは内部で準備していますので苦労しました。デザインなども工夫して、もっともっとわかりやすい内容にしていきたいと思っていますが。まだ文書が長すぎるところもあるので簡潔にしないといけないと思います。イタリア語版も将来はつくりたいのですが、なかなかまだ手がまわりません。病気や犯罪の傾向などについても流していきます。

JIBO:イタリアに暮らされて感じることは

入省早々に、スペインを経験したので、スペインとイタリアは同じではありませんが共通するところも多いですね。カトリック、ラテン語の世界なので、言葉だけでなく習慣や人の気持ちの動きなどが似ています。私は好きです。融通性のあるところが。でも、イタリアの中ではローマに比べるとミラノの方が融通性は少ないです。こちらの方がゲルマン的です。

私は東京の人間なので、本来ならばミラノのほうが合うのかもしれないのですが、最初にローマを経験したので、運転などもローマのほうがあいますね。
ローマの方が歩行者に対しても優しいと思います。ローマでは、運転者が歩行者をよくみています。たとえば、おばあさんが自分の思うままに道を横切ってどんどん歩いていく。車の方は、遠くからこの行動をみていて、手前でスピードを落として、おばあさんが渡るのを見届けて、その後、またスピードをだして走っていきます。あの人、渡るなと思ったら、近くまできて車をとめるのではなくて、遠くからスピードを落としていくのですね。標識や交通ルールではなく、現実の人の動きをみているのが特色ですね。
ともかく、人の動きをみている。歩道にいても、歩き方でこの人はわたるなとわかるとスピードを落とす。こういう社会がローマにはあります。いそがない人はゆっくり。道に迷っている車にも怒らない。お年寄りがゆっくり運転していてもいらいらせずに避けていく。

たとえば、こちらの信号が青だからといって、向こうは必ず赤で、赤の信号を見た人はかならず止まると信じ込んで、スピードを落とさないで突っ込んでいくと、もしかしたら、向こうの信号も青かもしれないし、信号が故障しているかもしれないし、向こうの人は信号をみてないかもしれない、世の中、何もかもありえますから。ですから、ルールにたよらず、絶えず、自分の目で人の動きを観察し判断していく、それがローマの人々のやり方です。融通性があって現実的に処理するということですね。私はスペインで始めたせいか、わりとこういう世界は馴れています。ルールどおりにいかない、人間らしいというか、気持ちがなごむところもあります。
北にいくほど、人を見なくなる。逆にいうと、99%はルールどおりで動くということでしょうね。ミラノにくるとややゲルマン的になっています。遅い車があるとおこったりしますし。ドイツだともっと大変でしょう。ものごとがきちんといくことはいいですが、そのためにあまりにも神経質になると本末転倒のような気がします。

JIBO:プラベートな時間は

国内は大分まわりました。シチリアだけはまだですので、年末年始にはいきたいと思っています。本当は夏のほうがいいのでしょうが。犬を連れていくので、旅行は通常、車でまわります。

(終わり)

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