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ITALY NEWS
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2003/01/01 



  イタリアの日本人
  GIAPPONESE IN ITALIA  

八木宏美
Ms. Hiromi Yagi


トリノ大学 現代言語学部 契約教授

 

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JIBO:どのようなきっかけでイタリアにいらしたのでしょうか。

八木:ロータリーの奨学金でイタリアに大学院留学したのがきっかけです。通 常、イタリアにいらっしゃる日本人の方は、最初からある特定の関心を持ってイ タリア行きを目標にしていらっしゃる方が多いと思うのですが、私の場合、人か ら「奨学金制度があるから試験を受けてみたら?」と言われ、軽い気持ちで受け たところが受かってしまい、「来てしまった」という感じでした。試験に受かっ てから慌てて三ヶ月間イタリア語の勉強をしたりして(笑)。最初は音楽の研究 をしていたのですが、時がたつにつれ、興味の対象が音楽よりも、音楽を生み出 したイタリア人、イタリアの文化、イタリアそのものに移ってしまい、自費留学 に切り替えてミラノ大学の人文学部に編入しました。その後日伊文化交流の会社 をつくり、翻訳、通訳、イベントのコーディネートなどをしておりました。

JIBO:どのような経緯でビジネス日本語を教えられるようになったのでしょう か。

八木:実は、日本語や日本関連を勉強しているイタリア人学生が、日本語の教科 書や卒論の資料が手に入らなくて困っているとの話を聞いたことが元々のきっか けです。仕事上、日本から本や資料を取り寄せることが多かったものですから、 ミラノ大学の学生が必要とする資料の入手のサポートをするようになりました。
そうしましたら、卒論に関する文献や日本語の勉強の教材についても相談される ようになったのです。相談にのるのであれば、これは一度きちんと日本語教育に ついて勉強をしておかなければと思い、日本に帰国した際に三ヶ月間、二回にわ たり日本語教育に関する基本を勉強し、ディプローマも取得しました。そのとき は将来こうしてビジネス日本語を教えることになるとは思ってもいなかったので すが。実はもともと日本人や日本語の起源、日本語の構造については興味があ り、高校生の頃から趣味で関連する本を読みあさってはいたのです。そうこうし ているうちに、91年、ボッコーニ大学からビジネス日本語講座を開講するので教 えないか、という話をいただきました。最初の一年はボッコーニ大学とジェトロ が共催していた夕方のビジネスマンのための日本語講座で教えたのですが、翌年 からはボッコーニ大学内部の講座でも学生を対象にビジネス日本語を教え始めま した。それから2000年までボッコーニでビジネス日本語を教えました。
また、93年にはジェトロが開催した「ビジネス日本語スピーチコンテスト」、ま た同じくジェトロがビジネス日本語の第一人者であられる高見沢先生をイタリア に招いて開催したビジネス日本語の教え方セミナーのオルグもさせて頂きまし た。だいたいこのような経過でビジネス日本語に関わるようになったのです。

JIBO:ビジネス日本語の名テキストをゼロからつくられたそうですね。

八木:私が教え始めた当時、イタリアにはイタリア語で書かれた日本語のテキス トが一冊もなかったのです。ボッコーニ大学で教えるうちに、イタリアのニーズ にあったテキストが必要であることを痛感するようになりました。そこで、当時 のジェトロの桜井所長にご相談すると「それはぜひ」と、サポートをいただける ことになったのです。
テキストを作るにあたっては、まず、テキスト作りのチームを発足させて頂き、 私の作ったたたき台をベースに、ボッコーニ大学のモルテーニ先生や皆さんから 様々なご意見をいただきました。また、実際のビジネスの場におけるニーズをき ちんと分析したいと思い、ジェトロにお願いして、イタリア人社員に要求される 日本語ニーズについて、在伊の日本企業にアンケートをとっていただきました。 また、個人的にも日本関係の仕事をする複数の知人イタリア人にインタビューに よるニーズ調査を行いました。それは例えば、話す・読む・書く・聞く、のう ち、どの機能に一番ニーズがあるのか、また、例えばクライアントにアテンドす る、ファックスを受け取るなど、どのような状況に大きなニーズがあるのか、と いったような調査です。さらに、教科書を作る資料として、当時日本で出版され ていた主な日本語教育関係の教材を全て購入して頂き、その分析をしました。こ れらの調査・分析の結果、1年後の98年、15課400ページからなるビジネス日本 語のテキストが完成しました。
テキストは最初の5課が基本で、「あやまる」「お礼を言う」「意見を言う」「依頼 する」など、対人関係におけるもっとも基本的なコミュニケーション機能、つま り、いかなる状況にも必要となるコミュニケーションのし方の習得を図る内容と なっています。一方、後半の10課は1〜5課までの基礎の言い回しを、現実にイタ リアで必要とされる場面の中で応用した、場面ごとの会話で構成されています。 例えば電話の応対、見本市の案内、アテンドなどです。その他、簡単な日本語の 歴史、敬語の使い方の表、語彙集などからなっています。
ボッコーニ大学で、このテキストを使って教えておりましたところ、トリノ大学 の外国語学部(現在の現代言語学部)からこのテキストを使って教えて欲しいとい う要請があり、同学部のマネージメント専攻コースで教え始めて現在三年半にな ります。

このテキストに関して、ひとつとても印象に残っていることは、ある機会に在伊 の日本企業を訪ねた際に、その企業に勤めているイタリア人社員から、ぼろぼろ に使い古されたテキストに「サインをして下さい」と言われたことです。なんで も彼は、いっときもこのテキストを放さずに、実際仕事をする上で使ってくれて いたそうなのです。

JIBO:それは、苦労をされてテキストを作られた冥利に尽きますね。ビジネス日 本語を教えられていて、何か難しいと感じられる点はあるでしょうか。

八木:そうですね、まずイタリアの日本語教育の状況からご説明しなくてはなら なくなるのですが、イタリアの大学における日本語教育は、「日本文学を勉強す る」ための教育が主であるのが現状です。そのため、日本語そのものを勉強する 授業時間数はとても限られています。一番授業数が多いナポリ大学でも週に12時 間ほどしかありません。ところが、実際には西洋人が日本語を習得するには、西 洋の言葉を学ぶ4倍の時間がかかります。つまり、大学で日本語を4年間勉強して も、他の言語を一年間勉強するのと同程度にすぎないということなのです。しか も英語の場合はすでに中学や高校で勉強した上に大学でも勉強するわけですが、 日本語の場合、大学でひらがなの基礎から始めなくてはなりません。それでいて 授業時間数は英語と同等かそれ以下なのです。このような構造的な問題があるた めに、イタリアの大学ではレベルの高いところまで日本語を勉強することがなか なかできないのです。

このように、日本語の勉強には非常に時間がかかります。高見沢先生も、日本語 をすべてにわたり学ぶ時間がない人のために、と申しますか、まずビジネスにポ イントをおいて教えようということで、ビジネス日本語というジャンルをつくら れました。たとえば商業英語であれば、通常、英語の基礎があった上で、商業文 を読むとか、商業的な会話に専念することになります。ところがイタリアでビジ ネス日本語を教える場合、以上のように、日本語の基礎もあまりできていない状 況で教えなくてはいけないという困難があると思います。

もう一つ難しい点は、日本語は、背景にある日本人のメンタリティ、日本的な社 会の構造などがわからないと、言葉が持つ真のニュアンスがわからないことが少 なくないということです。日伊のコミュニケーションのコンサルタントとしての 仕事にも携わっているのですが、 その中で、日本人の商習慣、市場の構造、メ ンタリティ、人との接し方などの違いがわからないために、いくら英語が上手で も商売がうまくいかないということを目にすることがあります。つまり、表面的 な言葉のやりとりだけではうまくコミュニケーションができないのです。

そこで、ビジネス日本語を教えるに当たっては、50〜60%くらいの割合で、日本 の商習慣、メンタリティ、日本人の考え方の理解にポイントを置いて教えていま す。残念ながら、日本語は学校にいる間に覚えても、半年も使わなければすぐ忘 れてしまいます。ただ、コンセプトとしての日本人の行動パターンを理解してさ えいれば、英語を使ってビジネスするにしても、コミュニケーションに役立つと いうことがあると思います。あとは、会話の中の、潤滑油的な部分、ごく基本的 な部分だけは少なくともよくできるようになるようにきちんと教えることを心が けています。また、携わる仕事のジャンルによってそれぞれ必要な語彙をきちん と持っていることも必要だと思います。
言語の教え方にも非常に多くのメソッドがありますが、これまでいろいろ試して みた結果、効果の高かったものを、大体以上のようなパターンに整理することが できました。

JIBO:イタリア人の学生についてはいかが感じていらっしゃいますか。

八木:非常にまじめで、本当によく勉強します。一人一人の先生がそれぞれ膨大な量の書籍読破を試験に課すので、それをこなすための勉強量は相当のものです。語学の試験には二段階あり、まず一次の筆記でよい成績をとった生徒が二次の口答試験にすすみます。口答試験は一人の生徒に対し、最低30分程はかかります。多くの読ませた書籍の内容から質問をし、一人一人に30分間もかけて公開試験をするのですから、先生も大変です(笑)。

学生はそれぞれ、卒論で日本のTVコマーシャルを分析したり、日本企業を取り上げてケーススタディをしたり、アニメ史、テレビゲーム業界、日本人の死生観、忠臣蔵における義理人情、または江戸時代の生活様式、日本人の自由感など、さまざまなテーマを選んで300ページ級の卒論を書いています。それに一つ一つ付き合っていると実はすごく大変なのですが、こちらも一緒になって勉強して本を読んだり、という調子でやっています。

また大学の他にも、ジェトロミラノセンターのスペースをお借りして、毎年少人数グループのビジネス日本語会話講座とビジネス日本語能力試験受験準備講座を開講させて頂いております。ベネツィア大の卒業生ですが毎週わざわざラベンナやポルデノーネから通って来た生徒もいました。イタリア中でビジネス日本語試験合格率が一番高い講座です。

現在教えること以外には、日本の官公庁やシンクタンクの委託調査などの仕事をしているのですが、その過程で比較対照として取得した「日本事情」を生徒へフィードバックしたりしています。宇宙開発、環境アセスメント法から女性の仕事観まで、調査のテーマは実に様々なのですが、結局は、全部人間の営みということで、生徒に教えることも含め、自分の中では一つなのです。実はこちらの大学で勉強したときに叩き込まれたことですが、イタリアの大学の人文学部には昔からの人文学のものの見方が健存しています。どういうことかと申しますと、美術、音楽、文学、歴史にしろ、法律にしろそれぞれの学問は人間をいろいろな角度から見るための学問で、最終的には人間の営みを総合的に眺めるためのプロセスとしての学問なのだ、という見方がとても強いんですね。したがってイタリアでは改めて口にする必要がないくらい、“学際”は当たり前のことなのです。大学にいるときに感心したのは、どの先生も驚くほど博識なことです。もちろん自分の専門として、あるアングルから見てはいるのですが、最終的にはあらゆることが一緒になって、総合的に眺めるために見ているという姿勢です。今はとかく何でも効率重視で、世界的にアングロサクソン系の価値観が主流を占めています。その流れからいくと、それぞれの学問分野が高度に専門化されて、バイオテクノロジーにせよ、経済分析にせよ他の分野と隔絶された形でどんどん進められるという状況です。そういう意味では、イタリア的な人文学的なものの見方は効率は悪いかもしれませんが、ある意味では非常に良識的ともいえるバランス感覚はあると思います。

JIBO:現在トリノ大学で日本語を勉強している学生は何人くらいいるのでしょう か。また、彼らは卒業後どのような進路に進むのでしょうか。

八木:今年は日本語をとった一年生が全部で100名ほどいます。学生は二年間日 本語の基礎を学んでから専攻を決めます。私が教えているマネジメント日本語は 専攻科目ですので、生徒は上級生で、毎年40名ほどです。生徒は将来的には日本 語をビジネスに活かしたいと希望してこのコースを専攻するのですが、実際はま だ厳しいところです。
たとえば、ジェトロが実施しているビジネス日本語能力試験という試験がありま す。ビジネス日本語コースを専攻した生徒には、当試験を受けることを薦めてお り、授業中その準備もさせるようにしているのですが、合格はなかなか容易では ありません。この試験は、実際のコミュニケーション能力の試験で、初級は全部 聞き取りです。普通に日本人がする会話を聞きとらなくてはいけませんので、決 して簡単ではありません。しかし、大学で日本語を専攻してお客様への挨拶もで きないのでは企業も困りますから、そういう意味も含めて仕事の上でのコミュニ ケーション能力をはかる試験なのです。今年で六回目になり、延べで300人以上 が受験していますが、もっとも難しい1級から3級まで、全部合わせても合格した 人数は一割に満たない状況です。
先ほども申しましたように、大学の授業では、紫式部をはじめとして文学を読む ことに専念して教えているので、学生は現代日本語のやり取りがわからないので す。何百人も大学で日本語を勉強しているにもかかわらず、ジェトロ試験に受か る人がほとんどいないというこのギャップ。結局は“何を教えるか”の選択の問 題になります。つまり、大学は授業時間が少ないので、教える内容を絞らざるを 得ないのですが、するとどうしてもアカデミックな文学を教えようということに なり、普通の日本語を教える時間がないのです。現代的な普通の常用日本語の教 育が少ないのです。これは非常に困ったことで、大学で日本語を勉強してもレベ ルの高い現代語の通訳・翻訳ができる人はほとんど出ないということです。です から私の場合、ビジネス日本語というよりは、むしろ現代の普通の常用日本語を まず教えているという方が近いと思います。
このような状況下で、今年、トリノ大学から初のビジネス日本語能力試験の合格 者が出たのは、大変嬉しいニュースでした。

JIBO:今後ビジネス日本語を教えるにあたり、抱負などありましたらお聞かせ下 さい。

八木:国際化すればするほど、他の国の人が日本語を勉強してくれるというの は、非常にありがたいことで、そういう人は日本にとってとても貴重な存在で す。日本語を勉強するということは、日本人のメンタリティに入り、日本的なも のの見方を学ぶということでもあります。残念ながらイタリアではまだまだ日本 語を勉強しようとする学生は多くありません。きっかけは漫画でも何でも良いの です。まずは興味を持ち、少しできるようになると楽しくなり、関心が高まりま す。いろいろなアプローチがあって良いと思いますので、日本語を勉強する人の 底辺を少しでも広げられればと思っています。そのために、大学でも、少し手が 届きやすいように、プログラムを考慮しています。

その点、この夏のワールドカップは日本のすごくよい宣伝になったと思います。 日本のいろいろな場面がテレビで放映され、日本が、ごく普通の人の目にふれる 良い機会になりました。イタリアでもインテリ層などは日本に興味を持つ人がい ますが、一般的なレベルでは、まだまだ日本を知りません。サッカーは聴衆の広 さという意味では一番です(笑)。あのあと、日本に対する好感度がぐんと高く なったのではないでしょうか。

もう一つは、ガングロなど、渋谷を中心とする若者のファッション。あれは、最 先端のファッションとして、実はすごくこちらでも若者に影響を与えているので す。世界中の大学の先生が、日本のオタク現象や渋谷の若者風俗について書いた 論文を、グローバル化の中での社会現象としてとらえてイタリア人の先生が監修 した本が、こちらで出版されています。私が教えている大学生は日本の漫画・ア ニメ育ちで、彼らの85〜90パーセントが、漫画から日本に興味を持った世代で す。少し前にイタリアの女子バレーチームが世界選手権を制しましたが、彼女た ちの全員がバレーボールに傾倒したのは、アタックナンバーワンの影響です。

JIBO:イタリアでの生活はいかがでしょうか。

八木:今は幸いパソコンさえつながればどこにいてもコミュニケーションが取れ るようになりましたので、イタリアにいても、日本にいても、そう大きな違いを 感じることはないように思います。ミラノと、東京と、実家のある鎌倉が、自分 の中では同一線上にある感覚です。仕事をするには、イタリアのほうが楽かもし れません。本音でできますので(笑)。 一方、個人的なレベルでは、日本人同士では「察する」ということをしますが、 イタリア人との関係においてはすべてを口に出して言わなくてはいけないので、 大変な点もあります。 また、メンタリティがかなり違うので、長く住んでいてもイタリアでは頭にくる ことが少なくありませんが、同時に日本にいればいたで、自分の国なのでついつ い点が辛くなってしまうということがあると思います。 日本には年に三ヶ月くらい帰り、新聞、雑誌、話題になっている本などを読みあ さります。イタリアでの生活が長くなればなるほど、日本人としての自分を強く 感じます。イタリアに来てから、大学でも、仕事を通じても、えらく日本のこと を勉強させられたように思います。

(終)

八木先生のビジネス日本語のテキストを拝見すると、毎章、始めの一ページが 丸々、日本語の背景にある日本人の考え方、日本の慣習などの説明に割かれてい る。たとえば「お礼を言う・謝る」という章では、なぜ日本人が西洋人の目から 見るとずいぶんと頻繁に謝ったり、お礼を言うのか、など。たしかに、言葉が使 われる文化的背景がわからなければ、言葉だけわかっても必ずしも適切にコミュ ニケーションすることはできない。日伊の相互理解の深化に日々励まれている八 木先生に大きなエールを送りたい。(聞き手:JIBO編集部 大橋由紀)

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