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ITALY NEWS
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2002/12/01 



  イタリアの日本人
  GIAPPONESE IN ITALIA  

Accame森下京子
Kyoko Morishita Accame, M.D.


内科医

 

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JIBO:最初にプロフィールをお聞かせ下さい。

森下:80年にミュンヘンのルドウィッグ・マクシミリアン大学(Ludwig-Maximilian University)医学部博士課程を卒業、ドイツで医師免許を取得しました。その後日本へ帰国、82年に日本の医師免許を取得した後、新宿の国立国際医療センターに勤務し、内科専門医になりました。同センターは旧国立第一病院、さらにその前身は陸軍病院で、実は森鴎外が院長を勤めたこともある病院です。森鴎外は私が卒業したルドウィッグ・マクシミリアン大学にも衛生学の研究のために一時期籍をおいていたことがあるそうで、並ならぬご縁を感じています(笑)。
88年からは2年間、有楽町電気ビルクリニックにて内科医を務めた後、90年、イタリア人である夫の日本駐在の任期が修了すると同時に、東京からミラノに参りました。
イタリアで医療をするには今度はイタリアの医師免許が必要になり、トリエステ大学の医学部に編入し、イタリアの医師免許を取得しました。91年に開業し、日本人を中心とするミラノの外国人コミュニティを主な対象に診療を行っています。

JIBO:ドイツにいらっしゃったのは、日本で中学を卒業されてからすぐと伺いま したが、どのようなきっかけだったのでしょうか。

森下:当時、私立の付属女子中学に通っていたのですが、いずれは皆良妻賢母になるというような周囲の環境にかねてから違和感を抱き、何か別の道があるのでは、と思っていました。中学三年生のときに、親から「自分の道は自分で考えるように」と言われ、ドイツ大使館に行き自分でドイツ留学に関する資料を集めてきたのです。時代の影響もあったのでしょうか、当時マルクスやエンゲルスなど、共産主義の思想に非常に興味を持ち、学校で無政府主義研究会というクラブの発起人になるほどでした。親は「自分で考えるように」と言った手前、あとに ひけなくなったのかもしれませんが、そのまま付属の女子高校に進学するのではなく、ドイツに留学させてくれました。
ドイツに行ってからは一年間ドイツ語を学んだ後、ババリア州のミュンヘン郊外にある全寮制の高校に入学しました。その高校は外国人や帰国子女が多い学校でしたので、幸い違和感を感じることもなく、充実した高校生活を送りました。

JIBO:中学生で海外に1人で行く決心をするなんて、素晴らしい独立心ですね。医 学部を卒業されてからはそのままドイツに残ることも考えられたのでしょうか。

森下:そうですね、ドイツに残りたいという気持ちも確かにあったのですが、両親が歳を重ねてきていたこと、15歳以降日本を常に遠くから見るばかりで、実際どうなっているのかを知りたかったこと、ドイツの医師国家試験を受けたあと、できれば記憶があまり薄れないうちに(笑)日本の医師国家試験を受けたかったことなどがあって、日本に帰国したのです。

JIBO:現在の開業医としてのお仕事について聞かせてください。

森下:患者さんは日本人が多いですが、その他ドイツ人、英語圏の患者さんもいます。日本人の患者さんは駐在員、そしてそのご家族の他、留学生や旅行者などです。国民健康指定医ではなく、自由診療医ですので、イタリアの保険医療制度に縛られることなく、日本人の患者さんにも安心していただけるようなるべく日本のやり方に近い形で診療を行っています。
本クリニックで診療を行った上で、より専門的な治療や入院が必要と判断された場合にはその都度適切な医師、病院をご紹介しています。当クリニックはチェントロ・メディコ・ヴィスコンティ・ディ・モドローネCentro Medico Viscontidi Modoroneという医療センター内の一角にありますが、この医療センターでは異なる専門分野を持つさまざまな医師が診療を行っており、採血検査、レントゲン、エコー、NMR等の設備も整っていますので、大抵のことはセンター内ですむようになっています。その点は、検査や専門医にかかるために右往左往する必要がないので、患者さんにとって便利な点かと思います。

当クリニックでとくに気をつけているのは、とにかく患者さんの不安を取り除いてあげるということ。事情の異なる海外で、しかも言葉が通じない場合にはちょっとした身体の異変にも大きな不安を感じます。通常、「はい、診療しました、薬を出しました」といえば医師の務めは終わるのかもしれませんが、普通ではやらないようなこと、例えば必要であれば、他の先生に電話し、予約を取り、そこまでの道順を教える、というような、医療の場面の前後のことまで行うよう に努めています。自分の専門外のことでも、小さなことでも、患者さんがそのときに必要としていることを理解して、進んで何とか解決の糸口を見つける、ということです。自分が病気のときに誰かが一生懸命問題解決にあたってくれているのだ、ということを感じれば、患者さんも安心します。それで患者さんが満足してくれれば、医療者の自分としては非常に幸甚です。たとえば検査結果にしても普通はとりに来ていただくところを、当クリニックでは郵送するようにしています。中にはそれが当たり前だと思われる方もいるのですが(笑)。

JIBO:海外で言葉も通じないときに、そんな風にお医者さんに接していただいたら、心強い以上に、感動しますね。ところで、自由診療医というと、具体的にはどのようなことなのでしょうか

森下:イタリアの開業医には国民保険指定医と自由診療医の二種があります。イタリアは国民皆保険ですので、国民保険指定医で診察を受ける場合は保険が利きます。一方、自由診療医の場合は保険が利きませんので、患者はその都度自分で全額支払うか、民間の医療保険に加盟している場合は、後日契約内容にそって民間保険に支払請求することになります。
保険医療のほかに、なぜ自由診療が存在するのか、日本の方は不思議に思われるかもしれません。ただ、イタリアの公立病院ではひどい場合には数ヶ月間も検査予約がとれなかったり、長時間待たされたり、不親切だったり、担当医を指定できない、など利用者にとっては不満が少なくないのが現状です。また、一般の保険指定医は500〜1500人のカルテを抱えており、患者が満足する診療が必ずしも行われる状況ではないようです。そこで、「納得のいく治療を受けたい」、「検査を待てない」などという場合には、患者さんは自腹を切ってでも自由診療を選択することになるわけです。

当クリニックは自由診療ですので国民保険は利かないのですが、患者さんとのコミュニケーションや診療に十分な時間をとり、当クリニックに来ていただければ、問題解決するか、そうでなくても問題解決する道筋をつけて、安心して帰っていただく、ということでご理解をいただくようにしています。

JIBO:同じ国民皆保険制度下でも、日本とは若干事情が異なるんですね。他にも何か日本と大きく違うことはあるんでしょうか。

森下:イタリアでは医師による個人差が大きいということがあるかと思います。
もちろん日本でも医師間の能力差はありますが、それでもまだ日本は平均的な社会ですから、イタリアほどばらつきは大きくありません。イタリアでは公立病院でたまたまいい先生に当たれば、よい治療が行われ、費用も安く、非常に素晴らしい医療が実現されます。ただ、医療の質は病院という組織ではなく、医師という個人頼みなので、同じ病院に行っても必ず良い診療が行われるという保証はないのです。そのようなばらつきがあるので、それでは「自分で医療を選びたい」ということで自己診療のマーケットが形成され、また自己診療をカバーする保険も生まれる、ということなのでしょう。
イタリアの公立病院にありがちなもう一つの欠点として、当番制で替わる先生の間で引き継ぎ、情報の共有が徹底されていないということがあるかと思います。
通常日本の場合、たとえ担当医がいない場合でも、チーム医療の中で情報が共有されており、別の医師がその患者の状況を引き継いだ上できちんと対応することが可能です。が、イタリアの場合、たとえば、火曜日の先生と、水曜日の先生の間で、ひどい場合には患者に対する所見が異なる場合すらあります。これでは、患者は混乱し、頼る人がいないような気がして、多きな不安を感じます。以前、当クリニックで診療した患者さんが、公立病院で実際にそういう体験をされたことがありました。どちらかというと個人プレーが目立ち、チームワークが苦手な のはイタリア社会一般にある傾向といえるかもしれませんが、イタリアのけっこうな公立病院でもそういうことがあるのです。

JIBO:組織での対応が優れている日本と、個人主義のイタリアの特徴が、医療にも現れているのですね。ところで、イタリアでも医療改革の話がよくあがるようですが、これは例えばどのような点が問題になっているのでしょうか。

森下:イタリアではこれまで公立病院は毎年大きな赤字経営で、医療費は国家財政の大きな負担になっていました。そこで95年、国が病気ごとに病院に支払う金額を定めるDRG-PPS(Diagnosis Related Group-Prospective Payment System:診断群別包括支払い方式)という制度が導入されました。例えば、盲腸であれば国民健康保険から出るお金は20万円、というように決められたわけです。もし療に定められた金額以上の費用がかかった場合には病院の自己負担になりますので、なんとかその中でおさめようと病院は躍起になります。それまでは出来高制で、診療した分をそのまま請求していればよかったのですが、当制度導入を皮切 りに、公立病院も合理化、さらには病院淘汰もいたしかたないという方向に向 かっています。
実は日本でもDRG-PPS はすでに国立病院の一部分で導入され始めているのです。
事実日本の厚生省は、病院を三分の一に減らすと、はっきり言っています。どこの社会でも医療財政が厳しいところに今後高齢化がますます進み、国民健康保険制度の破綻すらささやかれています。そこで、社会福祉である医療であっても、ある程度収支を合わせなければいけない、という考え方が主流になりつつあります。つまり将来的には医療制度がアメリカ化していくのは避けられない状況にある、ということです。
しかしながら、病人はしばらく病気すると、社会的な弱者に転落します。今日普通に生活していても、明日病気になったとたんに、社会的な弱者になる可能性を誰でも持っているのです。個人的には、弱者に何かをすることでお金をもうけるということは、ありえないことだと思っています。もうけるどころか、「元もとれないだろう」というのが基本的な発想であるべきだと思うのです。
その点、イタリアには伝統的にキリスト教的な発想が社会のベースにあり、さらに戦後、共産主義的な考え方が広がったこともあり、社会福祉をどんどん広げていきました。そのおかげで、今日救急医療は無料で、その際保険証の有無すら問われません。困ったときにはお互いに助け合おうという素晴らしい精神が医療制度にも取り入れられているのです。しかし、そのような共済の発想が、厳しい経済的な現実を前にどこまで持ちこたえられるだろうか、という難しい状況に今あると思います。

JIBO:弱者のためにあるべき社会福祉と国民健康保険制度の経済的な行き詰まりをどう調整つけるのか、日本にいてもイタリアにいても、私たち一人一人が直面する大きな問題ですね。話は変わりますが、イタリアでの生活はいかがでしょうか。

森下:イタリアの生活は断然いいです(笑)。ドイツと比べてもずいぶんと住みやすいと思います。どういうところが、というと、あのいい加減なところがいいですね(笑)。と言いますか、日本人は建前はゲルマン、アングロ・サクソン的のようですが、実は本音はイタリア人的なところがあるのではないかと思っているのです。建前はまじめで細かいところまで気を配るのですが、心の奥底ではイタリア的な、「まあ、いいか」というような人生に十分対応できる、または、そのようなイタリア的な「加減のよさ」をうらやましく思うようなところがあるように思うのです。
WHOが出している191カ国の医療比較データがあるのですが、2000年のイタリアは総合評価なんと二位です。このデータはGDPに占める医療費の割合、DALE(Disability-Adjusted Life Expectancy=心身健全な状態での平均寿命)、国民の健保の加入割合、医療供給の公平度、利用者の満足度等、さまざまな要素を考慮しているのですが、イタリアは対GDPの医療費が比較的少なく、にもかかわらず寿命が長い。イタリアの場合自由診療があるということもありますが、要はかかったお金に対する健康度がいいのです。これは医療の質うんぬんというより も、本音で生きるライフスタイルが幸いしているのかな、という気がしています。イタリアという国は経済にしても医療にしてもとくに南部では根深い問題を抱えており、細かいところではいろいろ問題はあるのですが、総合的に見て比較すると、案外みな良い人生を送っているではないか、ということをこのデータが示しているのではないか、と。ちなみに一位はフランス、日本は10位、アメリカにいたっては37位です。

イタリア人の幸福の根源は、「おせっかい」にあるのではないかと、実は思っているのです(笑)。そのおせっかいをうるさく感じるか、ありがたく感じるのかは、また人それぞれかもしれないですが。基本的におせっかいというのは、人のことに興味がある、ということ。人に興味を抱いて、たえず人と接触を持つのが、彼らの生きがいなのではないでしょうか。
あるイタリア人の大学の先生が本に書いているのですが、その先生によれば、イタリア人のおせっかいの根は「愛」なのだそうです。どこかでキリスト教なんでしょうね。医療の中でもそういうところがあるのではないかと思います。
ところが、ドイツにいくと一変して厳しいんです。人間が皆不愉快そうにして、怒ってるんです(笑)。ドイツにももちろん、イタリアにあるような人間関係はあるのですが、容易にはそのような関係を許さないというか、そこにたどり着くまでが長いんですね。その代わり、いったんそのような関係に至ると非常に長く続きます。イタリア人の場合は逆にすぐ仲良くなるのですが、同時にすぐに忘れてしまうというようなところもあります。でも、イタリアのこの軽いおせっかいは、それはそれで気持ちがいいのです。愛を感じます(笑)。

JIBO:とても同感できるご指摘です(笑)。お子さんが二人いらっしゃると伺いましたが、医師という重務と家庭をきりもりする、バリバリのキャリア・ウーマンでいらっしゃいますね。

森下:キャリア・ウーマンではなく、子どもの運転手、かつ宿題係です(笑)。
子どもは10歳と13歳で、二人ともイタリアの現地校と、日本語の補修校に通っています。普段子どもとは日本語で話していますが、イタリアよりも外国での生活のほうが長い主人とはイタリア語ではなく英語で話しています。
家族でゆっくりできる週末はご飯を作って一日が終わってしまうという感じです。子どもが二人とも男の子なので大変なんです(笑)。
診療の仕事は、歳を重ねるごとに経験が生きてきますし、一日、一日、診療の時間が終われば、一応は業務から解放されます。でも、子育ては24時間ついて回ります。永久に終わらない、休めない仕事です。過去の経験が生きてくるかと思えば、毎年、子どもが成長してゆくごとにそれまでに直面したことのない新たな状況に遭遇します。また、上の子で経験済みだから、と思っても上の子と下の子では全然違ったりするのです(笑)。
また、医学では参考書がありますし、専門誌などで最新の情報を勉強し、同僚と議論したりできますが、子育てはそうもいきません。患者さんにはこんなことを言うと申し訳ないのですが、仕事をしているほうがずいぶんと楽かもしれません (笑)。

(終)

光輝かしい経歴を拝見し、おそるおそるクリニックのドアをノックしたところ、待っていてくださった先生はとても朗らかかつ気さくで、インタビュー中笑いが絶えることがありませんでした。こんなお医者さんにだったら見ていただくだけで楽しくて病気などどこかに吹っ飛んでしまい、医療費問題もいっぺんに解決してしまうかもしれません(!)。
(聞き手:JIBO編集部 大橋由紀)

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