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ITALY NEWS
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2002/09/01 



  イタリアの日本人
  GIAPPONESE IN ITALIA  

撹上 勇太郎氏
Yutaro KAKUAGE


イタリア住友商事会社社長

 

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JIBO:これまでのご経歴を教えてください。

撹上:ずっと繊維を、とくにヨーロッパからの繊維の輸入の仕事を長いことしていました。1971年入社以降東京の本社にいましたが、ミラノに来る前の8年半は福岡支社に勤務しました。ミラノは初の海外勤務で、今年で6年目になります。社長になって二年弱です。

JIBO:すると、当然イタリア住友商事会社も繊維を主にビジネスを展開しているのでしょうか。

撹上:いえ、実は当社は機械取引が主力となっています。ミラノ本社のほかにトリノに支店がありまして、ビジネスの半分以上が機械の部品のイタリアへの輸入、機械の製品の日本を始めとする世界への輸出の仕事です。その他化学品原料の売買、そして繊維のビジネスがあります。

JIBO:イタリアで機械というと、具体的には?

撹上: 15年前より、イタリア、日本の大手建設機械メーカーと合弁で建設機械の製造会社をトリノにもっています。これがひとつの柱です。もうひとつの柱はフィアットの車の部品関連のビジネスです。
一方、ミラノではイタリアの家電メーカー向けに日本を中心としたアジア製の家電部品の販売をしています。

JIBO:最近とくに力を入れられている分野は?

撹上:トリノはイタリア自動車産業の本拠地とあって、多くの日本の部品メーカーが進出しています。当社はトリノに支店があるので、進出部品メーカーの仕事のお手伝いをさせていただいているわけですが、進出部品メーカーと、合弁事業である建設機械のビジネスがさらに発展するよう、仕組みづくりを充実させたいと思っています。 また、イタリアには、ものを作るにあたって「この部分がないと最終製品ができない」という、肝心な部分に使われる機械が多くあります。例えば食品加工機械、梱包機械などです。これらのイタリアの優れた製品を日本に限らず、世界に輸出する仕事を拡大していきたいと思います。
一方、繊維の分野は、現在はイタリアから糸や生地などの原料を日本やアジアに輸出する仕事が主ですが、これまでとは違った新しいことに取り組みたいと思っています。ひとつには、イタリアでは手当てできない原料を使い、イタリアの女性が日常的に身につけているものに、さらに付加価値をつけるということを考えています。これは考え方としては、建設機械の仕事となんら変わりありません。イタリアは製品輸出については先進国ですが、イタリアのベースに日本の何かを加えることで、さらにいいものにする、“something new”、クリエイティブな部分を加えるということによって付加価値をより高めることができると思います。

JIBO:現在の陣容を教えてください。

撹上:イタリア人スタッフ40名、日本人派遣員4名、計44名です。日本人派遣員は5年前は10人いましたが、年々減っています。現地化ということもありますが、実際派遣員の携わってきた仕事の比重が減ってきたことが理由の一つといえます。というのは日本の会社が国外に工場をアウトソースしているために日本との取引量が減少してきています。その代わりアジア諸国、ヨーロッパ域内、アメリカとの間の仕事量が増えてきています。
現地スタッフの定着率はよく、長い人では勤続30年近い社員がいます。イタリア人社員の平均年齢は30台半ばぐらいです。

JIBO:日本とイタリアで職場の人間関係や仕事のすすめ方に違いはありますか?

撹上:イタリアでの人間関係は職場では上司と部下、職場を離れたら人間同士、とはっきりしています。会社を離れて職場の同僚が一緒に時間を過ごすことはイタリアでは少ないと思います。日本の場合は会社の付き合いがプライベートの生活の中にも延長線としてあることが多いですが、イタリアではそれは100%ないです。それはうらやましい点ですがさびしい気もします(笑)。

仕事の進め方という点ですが、深くものごとを掘り下げていくということではイタリア人は優れていると思います。一方、ジェネラルな仕事は苦手です。つまり、具体的に指示すれば日本人以上にパーフェクトな仕事をしますが、「適当にやっておいて」というような指示はイタリア人には通用しません。また、日本人は器用なので同時に3、4つの仕事を同時にこなすことができますが、イタリア人はそのときにしている仕事をいったん中断して他の仕事をするか、またはそのときにしている仕事を終えてからでないと他の仕事に取りかかりません。
また、日本人はすべての点で平均点が高いのに対して、イタリア人は得意な分野と不得意な分野がはっきりしています。その点は学校の先生のような気持ちになって、ひとりひとりの特徴を理解し、なるだけ得意な仕事で力を出してもらえるように工夫をしています。そのほうが本人がハッピーであるのはもちろん、会社にとってもよりよい結果が出ると思います。

JIBO:イタリアでビジネスをする上でとくに難しく感じられることはありますか?

撹上:イタリアに限らないのでしょうが、とにかく互いに相手をよく理解をすることの必要性を感じます。イタリア人と日本人に関して言えば、ものごとに対する許容の幅が違います。例えば、時間に関する許容の幅です。日本では約束の時間の5分前につくのが普通ですが、イタリアでは早く着くのは逆に先方に失礼なくらいで、5〜10分の遅れは十分許容範囲内、遅刻のうちにも入りません。このようなイタリアの文化に日本のきっちりした文化を持ち込むと、日本人はいらいらする一方で、イタリア側はなぜいらいらするのかを理解できない、というような不幸な状況が生じます。
このような状況を防ぐためには、最初からルールを決めておけばいいわけです。クレームを解決するのはわれわれの大切な仕事の一つですが、最初に約束事で決めておいたことが実行できなければ相手が悪いということになりますが、ルールを決めずに日本の基準とイタリアの基準をあわせようとしても、無理があります。

時間以外に、イタリア人が日本式の仕事に対して違和感を感じるのは、日本人のイタリア人以上の几帳面さです。たとえば1ミリ違ったら機能しないものが仮にあるとします。それが日本人の場合ですと、極端な話0.01ミリまで正確にしないといけないような、必要以上に几帳面な国民性とでも言える側面があります。つまりオーバースペックになっていて無駄なところにエネルギーやコストを使っているわけです。これも考え方の違いですが、イタリアの場合、使わないものは最低限に抑えておく一方で、使ったときの使いよさ、気持ちよさ、デザインを重視します。車にしても、デザインや居住性がよいと思います。

以上のような異なる文化をもつ日本とイタリアの潤滑油的な役割を果たすことも我々の大きな役割の一つだと思います。この違うということを理解しないと、残念ながらいい仕事はできないと思います。

当社の創設は1958年です。現在ゼロからスタートする仕事ももちろんありますが、大きな柱になっているのは先輩方が築いてきた仕事です。それらの仕事を通じての人脈や取引先との間には既に長年の信頼の積み重ねがあります。そのため、大きなところではお互いよく理解ができており、おかげで難なく仕事が進めることができるのは先輩諸氏のおかげであると思っています。

JIBO:イタリアでビジネスをしていて感じられることは?

撹上:単に利益を出すことで社会貢献をすることを考えるのではなく、何のためにその仕事をしているのか、その仕事をすることによって社会にどのように還元できるのか、ということを考えながら仕事をすすめることの土壌があるように思います。

一般的にイタリア人は自分の身の丈以上のことはしないように思います。たとえば、イタリア人のサプライヤーに対して「二倍の量を買うから提示の値段より二割安くしてもらえないか」と交渉したとします。すると、まず先方は「倍買ってもらうには、生産設備を倍にしなければならない。市場がずっと右肩あがりであればよいがそうも行かないでしょう。それよりは、提示した量を提示の値段で買ってもらい、10年、20年と長く付き合ってもらうことによって、お客様のニーズに更に満足度を与えるものづくりをしてゆきたい」と言うでしょう。要は人間口は一つしかないのだから、そんなにたくさん働いたところで、一つしかない口で何を食べるのか?いうことなのです。自分の身の丈以上のことはするな、と。生産量を増やすと目も行き届かなくなりますし、マーケットにも商品が氾濫して価値が下がってしまいます。価値が下がれば、買った人も困る。そういうことかと思います。

イタリアはマーケッティングよりマーチャンダイジングを優先している様に思えます。物を作る側の論理、姿勢がはっきりしているのです。「私が作ったものを気に入らなければ買わなくてけっこう」という具合で、つくり手は作ったモノに強い自負を持っています。同じヨーロッパでもイギリスやフランスなどではマーケッティングが勝っていて、「売れるものを作るにはどうしたらよいか」と考えるのですが、イタリアの場合最初に商品ありきで、職人気質です。そういうところは非常に勉強になります。作る人が自己表現をきちんとして、マーケットに振り回されずにモノを作る…この頑固さが今日のイタリアを支えていると思います。実際、日本では売れるからといってたくさん作って失敗するケースが多くあります。たくさん作れば売り上げは確かに上がりますが、それは一時的なものである場合が多いのです。とくにファッションの分野ではたくさん作れば作るほど商品の価値は下がります。価値が下がらないところで止める、というのがイタリア流でしょうか。

JIBO:テロ事件、そしてアメリカの企業不正会計事件などが相次ぎ、景気の見通しが困難な状況が続いていますが、実際のところビジネスをなさっていていかがでしょうか。

撹上:マーケットが小さくなっているので競争が激しくなっています。新しい仕事もそう簡単にできなくなってきています。今の仕事も維持をしてゆくのが大変で、場合によってはなくなる可能性もあります。世の中は絶えず縮小の方向に向かって動いています。しかし、このような状況下でも、会社は従業員がいるので事業を縮小するわけにはいきません。
必ずしも昨日の延長線上に今日の仕事があるわけではありませんので、絶えず今日の仕事をやりながら明日、あさってのことを考えて、新しいことにチャレンジしていく。そのような余裕を持ちながら仕事をしていく必要があると思います。

JIBO:イタリア住友商事会社に転属されて6年目ということですが、振り返ってみていかがでしょうか。また今後の課題は?

撹上:ミラノに来るまで30年近くずっと繊維の仕事をしてまいりました。長年同じ業界の中にいると自分を見失うこともあります。ミラノで初めて機械というよその業界の仕事に携わる中で、基本的な仕事の進め方は商社ですのでそう変わらないのですが、業界によって考え方が違うということを身を持って経験し、いろいろと繊維の仕事をする上で新しい発見がありました。また、イタリアという外から日本を見ることでも、いい刺激を受けました。そういう意味で、海外勤務は自分の得意分野を見直すいいきっかけになったと思います。

また今後の課題ですが、イタリアのものづくりを理解することで、大きな仕組みで流れている日本をはじめアジアのものづくりの最終製品の付加価値をさらに高めることができるのではないかと思っています。逆の場合は日本、アジアのもの作りを理解してもらいイタリアでの生産性を上げることで時間の余裕を更に作るということができるのではと思っています。必ずしもイタリアと日本に限らず、イタリアと日本以外の国も同様です。そこの橋渡しをしていきたいと思っています。イタリアにはまだ隙間もありますし、同時にここにしかないものもたくさんあります。

JIBO:イタリアでの生活はいかがですか。

撹上:先ほど申し上げたような、ものごとに対する「許容範囲」のギャップが日本とイタリアにはありますので、それを理解するかしないかで、楽しくもなるし又つらくもなるのだと思います。電車なども確かに遅れることは多いですが、「今日中には必ず来る」くらいの気持ちの余裕を持って生活すれば、逆に人間らしい、機械に振り回されない生活ができるのではないでしょうか。

現在妻と二人暮らしです。子どもは二人います。長男は転勤が決まったときにはすでに日本で大学入学が決まっていましたので日本に残りました。長女は高校の一年のときにイタリアに来てミラノのインターナショナルスクールに4年間通いましたが、昨年6月の卒業と同時に帰国し、日本の大学に進学しました。長女はイタリア語も習得しましたし、こちらでの生活に大満足していました。長女がいうには、日本の大学の授業は先生はしゃべりっぱなしで、一方生徒は先生の話を聞いていない。イタリアは高校生でも先生と生徒が話を密にしながら授業を進めていく。意思の疎通がきちんとされている。したがって日本の大学はイタリアの高校以下かもしれない、と…。これは会社で仕事をしていても感じることです。イタリアではまず、議論があってお互いが納得のいくところまで話をしないと前に進まない。ただし会社の方針があるので、納得してもらわなくてはいけない部分もあります。しかし、頭ごなしに言ったことをやれと言うのと、理解してやってもらうのとでは結果として大きな違いが生まれます。当然、よりいい仕事ができます。

週末はよく妻と二人で近郊の緑の多い場所や小さな町に出かけます。日本の町はどこに行っても駅前に商店街があって、とワンパターンです。イタリアもどこの町の中心にも教会があってという点では同じなのですが、それぞれ歴史背景が異なるので、隣町とは建物の様式も違うし、食事も異なるし、その町その町ではっきりとした特徴があります。二千年の歴史がそれぞれ時系列的に伝え継がれてきているので、強いアイデンティティを持っているのです。ときどき、イタリアは一つの国ではないのではないか…と思うことがあります。
赴任中にまとまった時間がとれずに実現できそうにないことを、リタイヤしてからプライベートでやってみたいと思っています。たとえばアッピア街道を南端からローマまで三ヶ月くらいかけてたどるとか、アルプスのイタリアNO.2の高さを誇るモンテローザのふもとの村に滞在しながら、とにかく朝から晩までモンテローザを眺めるとか…(笑)。

実際にこちらで生活してみて、イタリア人が日本人を誤解していることもたくさんありますが、同時に日本人のイタリア人に対する誤解も大きいと感じています。たとえばイタリア人を時間に適当で何事もルーズだと言う人がいます。先ほども申し上げましたが、イタリア人はルーズなのではなく、日本人とはものごとに対する許容の幅が違うだけなのです。

第二次大戦時の三国同盟にしても、「イタリアがいなければ勝てた」というような議論がありますが、仕事が終わってからイタリア人とそういう話をすると、「ドイツと日本は、アメリカ軍によって戦争から解放されたが、イタリアの場合はパルチザンが中心となって自らの手でファシスト政権を倒し、自分たちの力で自分たちを解放した」と誇らし気に言います。今ヨーロッパは全体的に政治が中道ではありますが、その中でも交互に左に、右にとふれます。イタリアも例外でなく、決して時計の振り子以上には振れません。いきすぎたら、自らの手でそれを戻すという力を持っている文化だと思います。それぞれの人が自分の意見を持ってはいるのですが、同時に寛容な精神もあわせ持っているのではないでしょうか。自立できる能力を持っている国民だという感じがしています。

(終)

イタリアに転勤して6年目、在伊生活大ベテランの撹上氏。日本とイタリアの間に立ってのビジネスはさぞかしご苦労が多かろうと思いきや、「許容の幅が異なるだけなのだから、最初にルールさえ決めておけばよい」と、きわめて冷静沈着。長所だけでなく短所もわかりきった上ですべてを受容する、イタリアへのふところの大きな愛情が言葉の端々から感じられたインタビューでした(JIBO編集部)。

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