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ITALY NEWS
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2002/05/01 
  日本のイタリア人
  ITALIANO IN GIAPPONE  

エリオ・オルサラ氏
(Elio Orsara)


在東京、レストラン経営者

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JIBO:日本で働くきっかけは何でしたか?。

オルサラ:私はカラーブリアの小さなチェトラーロという町で生まれました。小さなころから私の夢は旅をすることでした。17才の時、ミラノへ出ましたが、移民のように扱われるのがいやになり、将来的にアメリカで幸運をつかもうというつもりで、英語を勉強するためにイギリスへ行こうと決心しました。3年間働きながら勉強をしたところで、ビザを取るための書類をそろえましたが、官僚的な手続きで、もう一年待たなければならないことになりました。その間、スペインに移り、そこで事業(バール、ピッツェリア)をはじめました。まずまずの成果をあげて、もうこの国に残ろうかと思っていた矢先に、アメリカ行きのビザがおりました。

最高に幸せで、この目的と希望にあふれた新しい冒険に乗り出しました。しかし、その希望は、すぐにアメリカの生活様式にになじめず、しぼんでいきました。南イタリアの小さな町の出身である私には、問題が多すぎて、文化が全く異なるその国で暮らすことはできませんでした。1年間、苦しんだあげく、ヨーロッパに戻る決心をし、イタリアに戻り、コモのゴルフクラブで働き、そこで、ある日本人と出会いました。このナカグチ氏(日本産業界の大立者)は、私に日本で働かないか、と提案しました。その当時、私にとって、日本は中国や韓国と大してかわらず、どうせ同じようなところだろうというくらいにしか、思っていませんでした。

1990年に日本へ行き、文化の違いにもかかわらず、すぐになじみました。私のことを「先生」として扱ってくれ、すぐにこれが人生のひとつのチャンスであると思いました。わずかな間に、日本語を学び、日本のかくれた伝統文化を理解しようとしました。そして日本人女性と出会い、結婚しました。

JIBO:日本市場とレストラン業界について大まかにご説明いただけますか。

オルサラ:最初のレストランを1996年に開設しました。個人的にも(そのとき婚約者は妊娠していましたし)経済的にも、大変苦労しました(「外人」に対して銀行は信用をおきませんし、レストランの家主はその場所を私に貸したがりませんでした)。差別をされたようで、日本を憎むところまできていましたが、その後、事は徐々にうまく運ぶようになりました。必要な資金はあるアメリカ人が貸してくれ、その3年後に借金をすべて返済すると、幸運がまいこんできました。弟と従兄弟らが私を助けるために日本までやって来てくれ、わずかな給料で、大変な仕事にもかかわらず、働いてくれました。同時に、私のそばにいて、私を助けてくれる日本人の若者たちを見つけることができました。

昨年、事業を拡大し、ケータリングの仕事を開始しました。東京の郊外に工場を借り、そこにイタリアから機械を持ってて、イタリアのジェラートから生パスタまで、色々なバラエティにとんだ製品を作る工場を作りました。しかしそれには満足できず、ラビオリ、ピザ、エスプレッソ・コーヒーを出す、ファーストフードのバールも開店しました。この数年間のあいだに、私は重要なことに気がつきました。日本では真剣に働けば、評価してもらえ、尊敬してもらえることです。イタリア人はイタリアの最高のイメージを享受しています。イタリア料理は日本で愛されている。それは東京にイタリアレストランが2000軒近くもあることを考えればわかります。そのうち本当にイタリア料理をだすイタリアレストランは10軒位でしょうが。

JIBO:日本の労働の世界に入って、第一印象はどんなものでしたか?

オルサラ:この国に来てすぐ、うまく機能している精神病院にでも入ったような印象をもちました。何から何まで、論理的でない様に見えたという意味ですが。日本語とその文化を勉強すると、今度はすべてが理解できるようになりました。仕事の世界は、それほど簡単なものではありません。なんとなく、推薦がなければ、どの門も閉ざされているような、シチリアの仕事の世界のように見えました。イタリア人は異なるメンタリティーを持っています。すぐに、全部を要求します。ところが、日本人は大変思慮深く、忠実です。いまだに名誉、家族の概念を持っています。そして特に仕事、会社には大変執着し、それが存在意義のようになっています。

JIBO:日本語をまず習われたようですが、それでも仕事をはじめるにあたって難しかった点はどういうところでしょうか。

オルサラ:語学として日本語を習うのではなく、国の哲学として学べば、それが一度わかってしまえば、自然に日本語は話せます。もちろん、私も最初は英語で説明しようとしていましたけれど。日本では英語を話す人は少ないですが、全員が英語の読み書きが出来るのは不思議です。

JIBO:仕事の外部の人との人間関係について、どんな印象をもたれましたか?

オルサラ:この国に来たばかりの時、日本人は皆よく似ていて、ロボットのような印象をうけました。その後、時間がたつにつれてやはり、日本人は無実で無垢な内面の調和と繊細さを持っていると確認しました。

JIBO:レストラン業界の日本人に対する評価はいかがですか。

オルサラ:私はレストラン業というのは、食べ物を介して、その国の文化を伝達するものであると考えています。したがって、外国人が、外国料理を100%実現することが出来るかどうかは大変難しいと思います。しかし、それが日本人のシェフに技術的にも能力的にも大変優れた人がいることを否定するものではありませんし、私は彼らのことを大変尊敬しています。

JIBO:日本滞在中に職業的にどんな成果を上げられたと思いますか。

オルサラ:二言で答えると、イタリアでは、一ヶ月1000ユーロでしたが、今、日本で、私の会社は年間500万ユーロの売上を上げるにいたりました。

JIBO:御社の活動領域について日本市場の将来はどのように見られますか?

オルサラ:日本の将来には幸運が見えます。というのはどういうことかと言うと、日本は今、政治的にも経済的にも危機に陥っていますが、それは他の国、アメリカやヨーロッパも同様です。私は日本を信頼しています。日本が私の第二の祖国だからです。個人的には、私の働いている業界は、経済危機でも、無くなってしまう業界ではありません。最悪でも利益が減るぐらいで。人々はアルマーニやプラダ、フェッラーリ製品を買うのをひかえても、おいしいパスタ料理とワインを我慢することはないと思います。

JIBO:最後に、日本市場に挑戦したいと思っているイタリア人に対してアドバイスするとしたら?

オルサラ:日本に来る前に詳細な調査をしてくる必要があるということ、または関連省庁、団体(商工会議所やイタリア貿易振興会など)に援助を求めることが必要ということです。物価はとても高いので、闇雲に飛行機に乗ってやって来れば何とかなるというわけではないからです。そして、もうすでに述べたように、知り合いがいなければ、何もできないということです。


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