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ITALY NEWS
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2001/12/01 
 
  イタリアの日本人 
  GIAPPONESE IN ITALIA  

濱田 義文氏 
(Yoshifumi HAMADA)


東レ アルカンターラ(株)取締役  
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JIBO:プロフィールを教えてください

濱田:東京の新宿の生まれです。1970年、東レ株式会社に入社しました。最初の配属は、東京本社の織物販売部で、ポリエステル長繊維織物の販売分野を歩き、プリント地、タフタ、裏地、傘地とかの薄地、あるいはコートやスカート用の厚地織物などを扱ってきました。

85年から91年まで、東レ香港に勤務しました。東南アジアには、東レの関連会社が多数あり、東レ香港は、商社機能を担っており、マレーシア、タイ、インドネシアなどでつくっているポリエステルコットンのワイシャツ地などの織物を一手に引き受けて、アメリカ、ヨーロッパ、アジアの市場に販売しておりました。

91年に大阪に戻って、短繊維織物室長となり、国内営業および輸出を担当しました。輸出先としては、中近東が中心です。 95年に、エクセーヌ事業部長となり、日本サイドから、イタリアのアルカンターラ社の経営にかかわりました。そして、99年1月に、同社の取締役として、ミラノに赴任しました。

JIBO:アルカンターラ社について沿革や概要をお話しください

濱田:アルカンターラ社の設立は、1974年で、おととし、創立25周年記念行事を行いました。 アルカンターラという商品は、人工スエードで、人の髪の毛よりも細い極細繊維でつくられています。日本の東レが、独自の技術で創りだした素材です。今から30年前に、日本では「エクセーヌ」というブランドで発売されました。アメリカでは、「ウルトラ・スエード」というブランド名で売り出しました。

東レとイタリアとの関係は、1967年にイタリアのENIの傘下にあったアニッチ社(ANIC)とポリエステルの技術提携を結んでいたことに始まります。その縁で、1970年にエクセーヌが発売された後、当初は、輸出をし、その後、東レとアニッチ社は、この新商品をジョイント・ヴェンチャーで事業化することを取り決めました。東レ側は、技術を提供、マーケティングは、イタリア側と共同でやろうということになりました。そして、1974年にアニッチ社とともに、合弁会社IGANTO社を設立し、Italia-Giappone-Anic-Toray の頭文字を並べてIGANTO社と命名しました。イタリア資本が51%、日本資本が49%でした。そして、製品ブランド名をALCANTARAとしました。

1981年に、社名を「アルカンターラ」と変えました。 1995年に、イタリアの民営化の波にのり、イタリア側の資本を買い取り、三井物産をパートナーとして東レ70%、三井物産30%の会社となりました。

弊社の本社はミラノですが、工場はウンブリア州のテルニ県、ネラモントロというところにあります。従業員は540名。取締役は7名ですが、常勤は4名。日本人は、4名です。本社に私と、三井物産からの派遣の取締役の2名、工場に取締役1名と技術者1名の計4名おりますが、後は、全員イタリア人です。イタリアの会社といえます。

JIBO:アルカンターラの業績はいかがですか

濱田:お蔭様で、アルカンターラの評判は、発売最初からよく、70年代初頭から86年まで、業績は右上がりで伸びました。アルカンターラは、親孝行な素材で、大変収益が高いのです。人工スエードの発展を見込んだイタリアの感性と、日本の技術が結びついて、事業はスタートしました。イタリアを選んだことは、事業にとって幸運でした。皮革、スエードという商品をよく知る人々がいること、また、マーケットがそこにあったことです。

アルカンターラは、順調に成長してきましたが、86年ころに一度頭打ちとなりました。それまでは衣料用の需要が中心で、16年間もそれに全面的に頼っていたことが、伸び悩みの原因でした。 その頃から、用途の多角化を真剣に考えるようになりました。その結果、家具、特にイス張り地、自動車のカーシート、壁材などの用途が伸びてきました。ファッションの分野も、衣料品だけでなく、カバンなど範囲が広がってきました。

今後は、4つの用途、すなわち、家具、自動車、アパレル、アクセサリーに加えて、マイクロファイバーの機能を活かして工業材・エレクトロニクスの分野に挑戦してゆきたいと考えています。

JIBO: マイクロ・ファイバーの本部をイタリアに移されたとうかがいましたが

濱田:今年の7月から、東レ本社の組織が変わり、繊維事業本部は、1)ファイバー、2)テキスタイル、3)産業・機能素材 4)マイクロファイバー(エクセーヌ事業)の4部門で構成されることとなりました。そして、これまで、エクセーヌ事業部門と呼んでいたのですが、名称もマイクロファイバー事業部門と変わりました。このうち1)から3)は、大阪に本部を設置しておりますが、4)のマイクロファイバー事業部門は、ミラノに移され、イタリア人を部門長といたしました。

マイクロファイバー事業部門は、日本のエクセーヌ事業部、アメリカの東レ・ウルトラスエード・アメリカ(TUA)、そしてアルカンターラの日米欧の3極で構成されます。

イタリアに本部を移転することは、かなり画期的なことで、東レが取り組んでいる「営業改革」のひとつの証左と言えると思います。 一般に日本のメーカーにみられるコンセプトですが、汎用につながる用途を前提として、「良い物を安く」、「マスプロ・マスセール」がベースとなってきました。しかし、アルカンターラの営業は、コモディティ(汎用品)としてではなく、スペシャリティ・グッドとして、売っており、まったくコンセプトが異なっています。

イタリアでは、ブランドを意識した売り方が一般に上手です。ブランドをうまくつかって価値を売っていく、市場には少しずつ出して、価値を高めていきます。一方、日本の場合は、売れて評判がいいと直ぐに沢山つくって沢山売る、マスプロ・マスセールという路線を走りがちです。また、お客様のニーズがあるとそれに合わせて多くの種類をつくってしまいがちです。多品種化路線です。

日本が圧倒的シェアをもっているデジカメ、ビデオカメラなどにも言えると思うのですが、例えば、日本は素晴らしいモノをつくり出します。モノが良いから売れる。すると皆が一所懸命つくる。モノがあふれ、どんどんモデルチェンジがなされ、そして価格はドンドン安くなる。日本のビジネスモードのパターンです。

一方、ヨーロッパの売り方というのは、高い値段で、高い価値を売っていくといえるかと思います。グッチでも、ルイ・ヴィトンでも高いブランドイメージをつくって、価値を評価されるようにしていく。値段は崩さず、市場にでる数量をコントロールしていく。量より価値を優先するのが、ヨーロッパのビジネスモードと言えます。

アルカンターラの売り方は、まさにイタリア的です。アルカンターラの場合は、プロダクトは2種類しかありません。色は沢山ありますが、基本的には、車のカーシートも、家具やイスも壁などに用いるものも、製品自体の元は同じなのです。ですから、一つのものを工夫して、使い方の提案をして売ってきています。同じ製品を多様な用途に使えるように、きめ細かいソルーションの提案をしていくのが、アルカンターラの営業の仕方です。

イタリアで巧くいった、このようなアルカンターラのビジネスモードを、ミラノを本部とすることで、日本、アメリカ、ヨーロッパの三大市場に対し、グローバルに展開していこうというのが新体制の営業戦略です。

JIBO:イタリアで仕事をなさって感じられることは

濱田:イタリアの管理職の人間は、優秀ですし、よく働きます。集中力もありますね。それに比べ、日本では、のべつまくなしに働いている感じがします。すべてについて、あまりにも細かいことにまで配慮する、気を使うという感じがします。あまり起こりそうにないことも想定して、備えます。本筋でないことに精力を使うあまり、頭脳と能力のある人のエネルギーと時間を、結果からみればムダなことに消費しすぎているように思えます。

イタリアで仕事をしていて、一番違うなと思うのは、日本では、管理職になる人も、すべて現場を一通り経験し、いわば「たたき上げて」きていますが、イタリアの場合は、現場体験なしに管理職として採用される場合が多いため、仕事に対する考え方が違う。一言でいうと、体験ではなく、原理原則から入ってくる。いわば、現場主義と原理主義との考え方のギャップは大きいですね。

それと、日本人は、物事を企画する際に、様々な事態を想定して、積み上げて、細かくシナリオを描いていきます。予測できないことも何か予測してみないと落ち着かない。ところが、イタリア人は、そうしたシミュレーションをする習慣がない。細かいことをケアしない。気にしないというのでしょうか。分けのわからないことを考えるのは、ムダだと割り切ってしまう。方針が決まってから考えればよいと思う。でも、日本の経営的な尺度では、あぶなっかしい。意思決定の仕方が違います。そのため、日本と刷りあわせるのは、とても大変です。

かといって、イタリア側に緻密なシナリオを準備してくれと、あまり強くいうと、イタリアの持ち味がなくなってしまう。ですから、私の役割は、「目標はこれ」ということを明確にして、これだけはやってもらいたいという範囲で、達成できる手段を積み上げてもらうことです。

イタリア人が弱いと思われることに、時間をきちんとまもらないこと、仕事の詰めが甘いところがありますね。自分でやらなけれなならない部分は、一生懸命やるけれど、全体をみたり、相手に伝達するのが抜けていたり。例えば、締め切りのある資料を期限通りつくりあげたといっても、部下が送付するのを忘れている。納期を守ったことにならない。ですから、連携プレーがヘタで、スキマがあいている。日本であれば、同僚が何もいわなくてもカバーするところ、誰もケアしない。でも、いざとなるとパワーがどんとでるのもイタリア人の強みですね。また、感覚的な対応や反応は鋭く、フットワークもいいのです。

JIBO:プライベートの生活はいかがですか

濱田: 家族は5人ですが、イタリアに連れてきたのは、家内と長女です。娘は、高校三年生でミラノのインターナショルスクールに通っています。家内は、イタリアの生活をエンジョイしているようです。仕事は大変ですが、比較的長い休みがとれるので、旅行をしたり、文化的なものも味わっています。

(聞き手 大島悦子)


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