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ITALY NEWS
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2001/11/01 
 
  イタリアの日本人 
  GIAPPONESE IN ITALIA  

高村 芳郎氏
(Yoshiro Takamura)


株式会社 伊勢丹イタリア 代表取締役 
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JIBO:プロフィールを教えてください

高村:浦和市の出身です。慶応義塾大学経済学部を1976年に卒業し、伊勢丹に入社しました。オイルショック直後の不況の時代で、大卒の採用は23名だけという年でした。当時は、新人はまず売場でということで、私は新宿本店の紳士セーター・シャツ売場に配属されました。紳士の売場を2ケ所経験した後、1980年に開店前の浦和店に移り、開店後は浦和店の紳士スーツ売場に勤務しました。

1982年から2年間、慶応ビジネススクール(正式には慶應義塾大学大学院経営管理研究科)に会社から派遣されました。会社は休職という形です。そこでMBAを取得した後、新宿店に戻りました。1年間紳士のトラッドショップのアシスタントバイヤーをやり、翌年係長に昇格して、紳士セーター・シャツ売場のセールスマネージャーを1年間務めました。

その後、1986年からの3年間、社内の経営スタッフ部門である「経営戦略室」(現在の経営企画室)において、オランダの金融子会社設立、ニューヨークのバーニーズとの提携などに携わりました。1988年に海外事業部に移り、ハワイの百貨店やサンフランシスコの不動産買収案件へ取り組んだり、ウイーンやバルセロナ店舗出店などの海外店舗の開発を手がけました。バブル絶頂期でもあり、当社も拡大路線を走っていました。

1991年4月、湾岸戦争の直後にシンガポール店に出向し、94年10月まで、経理部長や人事部長の職につきました。日本に戻り、1年間、国内の開発担当をした後、96年から、子会社の伊勢丹ファイナンス(現伊勢丹アイカード)に出向し、営業企画を担当しました。

そして2000年2月、ミラノに伊勢丹イタリアの社長として赴任しました。

JIBO:伊勢丹イタリアの沿革と概要を教えてください

高村:伊勢丹の欧州での展開は、1968年にパリに買い付けのための駐在員事務所を開設したのが始めとなります。

ミラノは、ニューヨークとほぼ同時期、1979年10月にまずは駐在員事務所として設立され、90年2月に現地法人、伊勢丹イタリアS.p.A.となりました。

現在ヨーロッパには、オフィスは、パリ、ロンドン、ミラノの3ヶ所です。店舗は、以前はロンドンとバルセロナにもありましたが、現在はウイーン1店舗だけです。

当社は現在9名の人員体制です。日本からの出向者が3名で、私と、あとの2名が各々総務と営業両部門の責任者です。ローカル採用として日本人2名、イタリア人4名がいます。

私どものオフィスの主たる業務は、伊勢丹バイヤーのイタリア製品買い付けのサポートとそのためのリソース開発になります。バイヤーは伊勢丹本社からが大半ですが、一部、シンガポールやマレーシア、ウイーンなど海外子会社、あるいは、日本で伊勢丹が主催するADOというグループの加盟百貨店、伊勢丹の取引先などの買い付けの仕事も行います。

そのため、毎年2回、買い付けシーズン前に私はローカルスタッフを連れて日本に戻り、買い付けに来るバイヤー全員と個別にヒヤリングを行っています。この12月にも行きますが、今年の秋冬の動向をスタディし、来年1月から3月にかけてミラノフィレンツェに入る2002年秋冬物買い付けバイヤーの目的や意向などを確認します。

それを元に、イタリア側では、まず買い付け先メーカーとのアポイントをアレンジし、バイヤーごとのスケジュールを作成します。実際にバイヤーが来ると、バイヤーごとに一人ずつ当社のスタッフがアテンドします。そしてバイヤーが発注したオーダーの生産から出荷までの管理を行うというのが、仕事の流れです。

こちらにやってくるバイヤーの数は、毎年、秋冬、春夏の各シーズンとも、延べで100名前後になります。ですから、シーズン中は大変な仕事量となります。

分野としては、圧倒的に衣料品・皮革製品・服飾雑貨などが多いのですが、ワインを中心にオリーブオイルやチーズなどの食品も買い付けています。

また、伊勢丹と直接取り引き契約を結んでいるブランドとの交渉や関係調整も私どもの重要な仕事です。例えば、TOD’Sという、日本やアメリカで現在非常に売れている靴とバッグの有力ブランドとは、商品内容はもちろん、広告宣伝、店舗改装、契約交渉など様々な局面で緊密にコンタクトを取り合っています。また食品では、モンテナポレオーネ通りにあるIL SALUMAIO と1988年以来、輸入・ライセンス契約を結んでおり、新宿店の中にIn Shopを開いています。

当社の収入は、日本の伊勢丹及び海外の伊勢丹子会社が買い付け額に応じて支払うコミッションと前述のADOグループ加盟百貨店や伊勢丹の取引先輸入業者への卸売りで構成されています。

JIBO:特に力をいれておられることはどのようなことですか

高村:日本市場にヨーロッパから、特にイタリアから沢山のブランドが入ってきています。日本進出当初は日本の商社や百貨店などと組むケースが多いのですが、ある程度日本市場で力をつけると、近年は、日本法人を設立し、ブランド自ら独立して日本でのビジネスを進めるケースが増えてきました。

このような環境の中では、日本の百貨店も単に輸入品を扱うだけでは差別化にはなりません。どうやって独自のカラーを出すかといえば、「他にはなく、新しく、センスがよく、クオリティも優れ、しかも適正な価格を持った商品を揃えること」によるのです。イタリアはこのようなファッション製品の生産地としては依然として世界一だと思います。したがって近年はこれまでにも増して、他にはない新しいリソースを開拓し、紹介していくことに力を入れています。

イタリアでの本社からの買い付けというのは、日本の他店にはない、日本にまだ入ってきていない、新しい商品やブランドを発掘することが主眼となっています。

そのため、我々ミラノオフィスとしても常に新しいリソースを探していかなければなりません。

しかし、使命が「メジャーになっていない新しいものの発掘」ということですので、必然的に、買い付ける数量や金額はそれほど大きなものにはなりません。実際、伊勢丹の売場で販売されている商品全体の中で、ミラノオフィスを通じてイタリアから直接買い付けた商品の割合は、数パーセントにすぎません。しかし、伊勢丹だけにしか置いていないものも多く、伊勢丹の独自性発揮や差別化への貢献度は、実際の数字以上に大きなものとなっていることは間違いありません。

我々としては「手垢のついていないもの」を探して、バイヤーに紹介していくわけですが、ある程度育ってきて有名になると、日本に子会社を作って一本立ちしてしまったり、あるいは他の流通関係者が日本への独占的輸入権をとってしまう、ということも少なくありません。外部の流通関係者も伊勢丹の動きにはアンテナをはって注目しておられるようで、これは伊勢丹の実力に対する評価として嬉しい反面、折角苦労して育てたブランドが手を離れてしまう寂しさを感じることもあります。このあたり、複雑な心境ですね。

とはいっても、伊勢丹の企業理念である「毎日が新しいファッションの伊勢丹」を実践するには、こういう日々の努力の積み重ねしかないと思っています。お蔭様で、ISETANという名前がファッションの世界では、徐々にではありますが一つのブランドとして確立されつつあるような気がします。

JIBO: 新しいリソースの開発はどのようになさるのですか

高村:新リソースの開発といっても、秘策があるわけではありません。やはり、足でコマメに動いて情報収集するしかないと思っています。特に、ミラノオフィスでは、確立された有名ブランドではなく、将来性豊かな新しい才能を発掘するのが課題ですので、有力なショールームや各地の展示会を見て歩くことが必要不可欠です。

広大な展示会場をくまなく見るだけでも大変なエネルギーがいります。だからといって、既に買い付け実績のあるデザイナーやブランドでも、常にシーズンごとのコレクションから目を離すわけにはいきません。たとえ今シーズンのコレクションが素晴らしくても、次シーズンもいいかどうかの保証はないからです。

現在、イタリアから買い付ける製品としては、靴とバッグなどの皮革製品が非常に多くなってきています。靴のバイヤーなど一回のミラノ出張に30日以上もかけて来ています。

JIBO:仕事をしていてむずかしさは

高村:まず、イタリアはいいものをつくるし、オリジナリティもあるのですが、生産してそれをきちんと納期に合わせ、出荷させるというのが非常に難しく、常に大きな頭痛の種です。オーダーを入れても、原材料が揃わなかったりオーダー数が少なすぎるなどメーカー側の事情で生産までいかない場合もあれば、注文どおりのデザインになっていなかったり等々トラブルは日常茶飯事ですが、もっとも困るのはデリバリー遅れです。扱っているのは、「ファッション」ですから、「旬」が大切であって、納期が遅れてしまうと、商品価値がなくなってしまうのです。

我々の職務は、いいものをつくるだけでなく、生産やデリバリーをきちんとしてくれる、信頼感のもてるメーカーを探すことが何にもまして重要となります。

次の問題は、品質についてです。仕上がりはいいのですが、色の堅牢度とか耐久性などに問題があることがあります。当社の場合は、社内に商品試験室があって、そこのテストに通らないと販売できません。PL法の問題もありますし。実際問題、こちらのメーカーはこのあたりのことを日本ほど重視しない傾向がありますが、伊勢丹というブランド力は、商品のクオリティ(独自性、ファッション性、機能性など)や販売サービスなどあらゆる面を厳しく自己管理して、築き上げてきていますので、当社の規準に合わせていただかないと商売となりません。

JIBO:イタリアでの仕事の進め方についてはいかがですか

高村: これは難しさでもあり、またイタリアの良さでもありますが、人と人とのつながり、直接的な人間関係が非常に大事ということ。顔を知っているか、なんらかの付き合いがあるか、これがとても物事を進める上で力をもちます。そのため、私どもでは、イタリア人のスタッフにとても頑張ってもらっています。

日本の本社側の立場からすれば、ミラノオフィスもスタッフが日本人で固まっていれば言葉の問題もなく便利なわけです。しかし、イタリアの企業や取引先と本音で付き合うには、イタリア人スタッフの力が大切であり、それなくしては本当の商売はできないと思っています。

幸い、私どもには、4名イタリア人のスタッフがいますが、それぞれ優秀なスタッフです。リソースの開発やバイヤーのアテンドを担当するスタッフは3名いますが、その中の一人は創立時の79年からいるベテラン女性で、ファッショントレンドにも敏感で、業界の中に多くの知己があり、取引先との交渉力にも秀でた人です。それでいて日本人のモノの考え方も理解でき、我々にとっては、大きな財産だと思っています。他のイタリア人スタッフ二人とも堅実な人柄で、一人はすでに10年選手です。

イタリア人スタッフが働きやすい環境をつくるため、日本本社とのやり取りはすべて英語でやっています。やり取りがイタリア人スタッフに直接伝わることで、翻訳にかける時間的ロスがなくなり、同時に情報の共有化もはかれるためです。

イタリアには、前任者が7年いました。私もおそらく4-5年はいるでしょう。オフィスでは英語で済みますが、やはりこの国にいる以上イタリア語をきちんと学ばなければいけないと最近感じています。イタリアは、仕事上でも生活面でも人と人とのつながりが特に大切な国だと思います。当たり前ですが、イタリア人とはイタリア語でやり取りする方がベターです。言葉ができるかできないかで、どこまで深くイタリアに入っていけるか、大きな違いがあると思うからです。仕事上でも、小さくても、無名でも、いい「モノづくり」をしているところがたくさんありそうですが、そんなメーカーを見つけ出すには、イタリア語で入っていくしかないと、痛感していますので

JIBO: NYテロ事件の具体的な影響などは?

高村: 9月11日のニューヨークテロ事件の後、日本の企業は海外への出張を大幅に取りやめたところが多いときいています。ただ、弊社の場合は、アメリカへの出張はとり止めとなりましたが、他の国、特にイタリアについてはほぼ予定どおり実施しました。ですから、9月―10月のコレクション発表時期も、予定では約100名来るところが、実際には80名ほどということで、多少減りましたが、他社ほどではありませんでした。

また、本社の社長交代がこの6月にあり、海外の取引先への表敬訪問をこの秋予定していました。テロ事件発生後も、9月末から10月初めに、予定通りミラノにもまいりました。コレクション発表へのバイヤー派遣を取り止めた日本企業が多い中で、トップが、約束どおりイタリアの取引先企業を訪問したということで先方からは大変喜ばれ、評価もされました。我々ミラノサイドとしても取引先との絆も深くなり、ビジネスがやりやすくなりました。

JIBO:イタリアでのプライベートな生活はいかがですか

高村:家内と2人住まいです。家内は、こちらに来た当初、予想以上に英語が通じなくて、かなり苦労したようです。引越しの後、電気や水道の職人がきても、まったく話しが通じないし、すごくストレスを感じてたみたいです。ただ、イタリア語が少しずつできるようになってからは、それなりに生活をエンジョイできるようになったようです。

こちらに住んでみると、イタリア人の生活は表面的な所得水準では想像できないぐらい豊かだし、オンとオフとのメリハリがあっていいですね。24時間、365日休みなく動いている東京から来ると、当初は不便を感じていましたが、だんだんこちらのペースに慣れるにしたがって、プライベートな生活を楽しむにはいいところだと感じるようになってきました。

先ほど、お話ししたように、日本からバイヤーが買い付けに来る1月から3月初旬、6月下旬、9月から10月初旬は、土日もない忙しさです。それ以外は、比較的落ち着いた毎日をおくれます。ただ最近は、メーカーが以前より細かくシーズンを区切ってコレクションを発表するようになり、バイヤーもそれに合わせて出張回数を増やさなくてはならなくなり、我々の繁忙期も必然的に長くなる傾向にあります。

私も家内もスポーツが好きですので、週末は、2人でよくゴルフをしています。昨年のクリスマス休みはチェルヴィニアにスキーに行きました。スキー場もよかったのですが、なんといってもチェルビーノ(マッターホルン)をあんなに間近で見られて感動しました。

夏のバカンスは、昨年は、スペインのマヨルカ島に、今年は、ポルトガル最南端のファーロとスイスのツェルマットに行きました。

イタリア国内は、出張ではいろいろ出かけますが、プライベートではほとんど行っていません。イタリア国内にも行ってみたいところはたくさんあるのでこれから訪れたいですね。 (聞き手 大島悦子)


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