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ITALY NEWS
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2001/09/01 
 
  イタリアの日本人 
  GIAPPONESE IN ITALIA  

斎藤典子さん
Noriko Saitoh


イタリア語通訳  
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JIBO:プロフィールを教えてください

斎藤:1947年生まれです。出身は兵庫県尼崎で今も両親がそこに住んでいます。神戸女学院の中学・高校を 経て、大阪大学外国語学部イタリア語科に入学しました。イタリア語科在学中の1968年に、ロータ リー奨学生としてパドヴァ大学に留学しました。パドヴァをなぜ選んだの、ときかれますが、文学が 好きでパドヴァ大学には、文学のよい教授がいらしたのから選んだ次第です。ご存知のようにパド ヴァ大学は、イタリアでボローニャ大学についで、2番目に古い伝統のある大学です。その当時、パ ドヴァには、日本人は3名しかいなくて、珍しがられました。2年間のパドヴァ大学での留学生活を楽 しみイタリアが気に入りました。日本と比べると自由ですし、個人主義の自分自分の性格にもあって いると実感しました。

日本に戻り、71年に大学を卒業しましたが、卒業後すぐに、イタリアに戻り、今度はミラノに住むこ とになりました。当時は日本の企業は数えるほどしかない時代で、観光客も少ない状況でした。日本 の銀行のミラノ支店に職を得て10年勤務した後、1981年に別の会社に移りました。日本のメーカーの イタリア支店で社長がイタリア人でしたので、社長の秘書兼通訳として3年間勤めました。今、思え ば、ここで通訳の訓練をさせてもらったと思います。

84年に会社を辞めて、通訳として独立し、ぼちぼちとフリー通訳・翻訳をはじめ、現在にいたってい ます。通訳を中心としています。

JIBO:現在のお仕事の概要を教えてください。

斎藤:日本とイタリアの交流が盛んになったのは、せいぜいこの15年位ですので、イタリア語の通訳は、英 語のように専門化が進んでいません。ですから、私も様々な分野の通訳をしています。自分が好き で、またお仕事の多い分野としては、政治、経済、金融、製薬医学、機械技術、建築・設計エンジニ アリング、学術調査、法律、自動車、などです。一言でいうと「硬い分野」に集中しています。また、 役所や地方自治体などの仕事も多くなっています。資料は事前にあれば、読ませていただきますが、 資料のない場合も少なくありません。ともかく、やりながら、覚える、学ぶというのが実情です。お 客様には、申し訳ないのですが、いろいろな分野を体験させていただき、勉強させてもらっていると いったほうがいいかもしれません。

私の仕事の発注先は、イタリア側の場合も日本側の場合もあります。地域的には、イタリア北部から 中部が主で、ローマ位まででしょうか。シーズン性はあまりありませんが、12月後半、8月は実質 上、休みです。年間の通訳日数は、とよく聞かれますが、計算したことはありませんが、年間100日 間程度でしょうか。

仕事の依頼は、企業や団体などから直接お受けしています。エージェントなどを通す仕事は殆どして いません。基本的には、スケジュールと条件があえば、お受けします。

フリーで仕事を始めた頃は、公式ミーティングの仕事の前夜は眠れなかったこともありました。私は 心臓が強いんだと思いますが、だんだん度胸がついてきて、ずうずうしくなってきて最近ではドキド キしなくなりました。

私の場合ですが、通訳の頭は、ザルのようなものといえると思います。入ったら、どんどん出て行っ て残らない。記憶がないのです。仕事が終了すると、通訳した話の内容は全部忘れてしまいます。よ く、社内機密のことが気になさる方がいますが、心配はいらないと思います、ザルですから。

JIBO:ご自分のお仕事をどのように受け止めていますか。

斎藤:基本的には、自分は「職人」だと思っています。職人という意味は、自分で好きなことを自分で納得 して仕事をしていきたいと思っているところです。ですから、たとえば通訳の会社をつくってマネー ジメントをしてということには興味がありません。

半日、一日の仕事でも、常に自分のベストをつくして、一つ一つの仕事をていねいに、最上のサービ スを提供するのが、職人だと思います。とは思っていても、「今日はベスト」と思えるとき、「今日は ちょっと」と反省する時といろいろあります。そんな時は次のステップにと思います。結局、私はこ の仕事がとても好きなのだと思います。

私が心がけているのは、自分のわからないこと、あやふやなことは適当に訳さないことです。それは 私の鉄則です。お客様には申し訳ないのですが、話の途中でも、わからないことは説明してもらう。 たとえば、代替語として英語ではなんというかを教えていただくことで、解決することもあります。 ともかく、どの分野にも専門用語がありますので、非常に難しい作業です。事前に資料をいただいて も、読んだだけではわからないことが沢山あります。特に、設計とかエンジニアリングの仕事など。 その場合は、わかるまで説明していただきます。

毎回が真剣勝負ですから、通訳をした直後は、空白状態です。3時間ぶっつづけにすると飽和状況に なり、機能が止まってしまう感じになります。そんな時は、コーヒブレークをお願いしたりします。 通訳は、両方の訳をするので、フル回転なのです。食事中に話ということもありますし。まあ、早く 食べる技術を習得しましたが(笑)

JIBO:通訳をなさってやりがいを感じられるのは

斎藤: 15年間、数え切れない位の通訳の仕事をしてきましたが、私が一番嬉しいのは、セミナーや講演など を自分が訳していて、それを聞いている聴衆の方から手応えがあるときです。質問が沢山出て、活発 な質疑応答が始まり、講演者と聴いている方との一体感が生まれる時です。聴衆の側の興味が高ま り、的を得た質問がでてきて、講演者も喜んでそれに応える、そんな時、それはフィーリングでわか りますし、大きなやりがいを感じます。

結局、我々の仕事の真髄は、講演者の方の話す言葉を言葉で置き換えるだけでなく、話す方のコンセ プトを理解し、別のカルチャー、別の言語体系の中で、別の言葉で伝えることですから。とても、む つかしく、リスクも高い仕事です。非常にデリケートな仕事だと思っています。

どんな仕事でも、創造性、Crearivity のない仕事は楽しくないと思います。毎回、毎回の通訳の仕 事の際に、これはどう訳せば、一番よく、理解してもらえるのかを見つけること、発言者のコンセプ トをどのように表現すればいいか、一瞬、一瞬、判断しながら、工夫して訳して行く、そこにたまら ない魅力を感じます。うまくいったとき、大きな喜びを感じます。ですから、同時通訳は好みませ ん。同時の場合は、いってみれば機械的にどんどん訳していくしいですから。

JIBO:むつかしさを感じられるのはどんな時ですか。

斎藤:通訳の仕事は非常に神経を使います。1−2日やると、2―3日は休みが必要です。最初から終わりま で、インテンシブな仕事で、緊張感が高いですから。

特に、イタリア側、日本側の両者間でなんらかのコンフリクトや利害の対立がある場合は、大変で す。商談の場合は、そこまでシビヤーではありませんが、法律や調停関係は一語一句が大問題です A社、B社が対立関係にある際、私自身を依頼した会社がどちらであっても、両者の間のパイプに なって、ニュートラルな立場で通訳にあたるのが原則と思っています。カラーをつけてはいけないの です。とても難しい仕事です。もちろん、A社に依頼された場合は、A社の情報が沢山入るというこ とはありますが。

もう一つ、むずかしいのは、イタリアと日本の考え方、精神構造、カルチャーの違いです。言葉は ツールであり、その背景にあるものが違う。いくら、言葉で説明しても、わかってもらえない。コ ミュニケーションの理解をはかるのはむずかしいと思い、限界を感じることも少なくありません。 私自身は、若い時は日本、成人してからはイタリアですので、ある程度は、両者の立場がわかりま す。とはいえ、違いの前で、無力感を感じることもあります。発想や考え方が違うと私の力では、相 互理解に貢献できないと。

さらに、問題だと思うのは、根本的なことですが、イタリアの方に比べて、日本の方が、話をじっく りする、会話をする、自分を表現する、ということに慣れてない方が多いこと。歴史・文化の中で、 異なる意見の方々がディスカッションし合うという経験が少なく、避けてきていますので無理はない と思いますが。子供の頃からの習慣でしょうが、自分のことが表現できない方が多い。意見が違った り、いいあいになるとすねたり、ふくれてしまったりする。ともかく、何かを話していただかない と、こちらは通訳したくても通訳できず、こまってしまいます。一方、イタリア側というと、とうと うと話をして止まらず、これはこれで問題なのですが。

JIBO:通訳を目指す後輩の方々にメッセージをお願いします

斎藤:通訳は、今日、明日できる仕事ではないと思います。まずは、基本的なイタリア語の修得に数年はか かるでしょう。イタリアに何十年住んでいるだけでもダメですし、イタリア語に対して、日本語で、 的確な言葉がシチュエーションに応じて、さっとでてこなくてはなりません。新しい言葉もどんどん インプットしていかないとなりません。

普段からの勉強、人と人との関係が大事ですね。言葉は人が使うものです。人のコミュニケーション の手段です。自分を成長させるために、豊かな人間関係を築き、多くの方から学ぶ、吸収することが 必要だと思います。私自身、知らないことがいっぱいあります。だから、この分野が好きです。勉強 すること、教えてもらうことが沢山あります。

71年にミラノにきた時、最初から通訳の仕事がやりたかったのですが、当時は、まだ通訳の市場がな く、その後10数年たって、日伊の産業や文化交流が盛んになった頃に、私も仕事を始めることができ ました。今思えば、10年間の銀行勤務、3年間のメーカー勤務と、企業で働いたことは非常に役立っ たと思います。また、その国にきて、かなり住むという生活体験も非常にプラスになると思います。 通訳は無色透明の仕事ではないと思います。通訳は人間がやるのであって、蓄積、経験、知識など、 その人のバックグランドがでてきます。その人のフィルターを通じて、言葉がでてくるのです。

JIBO:プラベートな時間はどうお過ごしですか

斎藤:自分の好きなことをしてダラダラしています。音楽、特にオペラやクラシックが好きで、コンサート にもよくいきます。文学が趣味で、イタリア語、英語、日本語の本、なんでもよみます。この夏は、 サルディニアの海にいってきました。山も好きですが。 (聞き手 大島悦子)




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