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ITALY NEWS
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2001/08/01 
 
  イタリアの日本人 
  GIAPPONESE IN ITALIA  

中田 佳江子氏
Kaneko NAKATA


アルテ・ジャッポーネ主宰
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JIBO:中田さんのプロフィールを教えてください

中田:東京の生まれです。日本大学芸術学部放送学科在学中に、結婚のため渡伊することが決まり、4年生 の4月に夫の赴任先であるローマにきました。大学はその翌年に卒業。それから10年ほど、ローマで 家庭の主婦の生活をおくりました。90年に離婚し、ミラノに移りました。ミラノに移った理由は、仕 事の可能性があっためです。91年2月から95年まで、日本の輸入オフィス家具会社JBIのミラノ駐 在員を勤めました。その間、平行して91年から93年まで、ミラノにあるビアンカ・ピラーティという ギャラリーにアシスタントとして時々手伝いにいっていました。そして96年2月にARTE GIAPPONEアル テ・ジャッポーネを創立し、現在にいたっています。

JIBO:アルテ・ジャッポーネを設立した動機を教えてください。

中田:いくつか動機があります。私自身、もともと版画やアートが好きで、イタリアやヨーロッパの作家の 版画を趣味で集めていました。89年に、東京の銀座で、私のコレクションをもとに「ヨーロッパ作家 展示即売会」を銀座の天国8Fサロンで開催したことがきっかけとなりました。家庭の主婦の私に とってはこのような催しを開くのは初めての経験でしたが、開催してみて、展覧会の企画や運営は非 常に好きで興味を持ちました。ちょうどバブルも華やかなころで、展示即売の売上もかなりいったの ですが、営業販売はヘタだと思いました。

この展覧会開催が縁で、日本とも仕事上のいろいろなつながりができました。さらに、90年の離婚を 機にミラノに移った後、先ほど申し上げたビアンカ・ピラーティのつながりもできたため、この分野 を勉強しようと、ギャラリーに通うことになったわけです。その頃から、現在のような仕事をしたい という思いが芽生えていったと思います。まだ、思いだけで、具体的な形はみえてなかったのです が。そして、少しずつですが、イタリアの作家の版画類を日本の画廊に卸していく仕事も始めまし た。

その間、日本の画家やアーティストの方から、ミラノで展覧会をしたいのだがコーディネートをして くれないかという依頼が何件かでてきました。チャンスと思い、自分の知っている画廊でできないか と、動いてみたのですが、大きな壁につきあたりました。イタリアには、日本でいう「貸し画廊」と いうシステムはほとんどないため、会場がなかなか確保できなかったのです。イタリアのギャラリー は、ギャラリー側がこれはと思いプロモートしたい作家の展覧会を行うのが役割であり、一定期間を スペース貸しという発想はないのです。したがって、日本では有名な方でも、イタリアで無名な場合 はギャラリーとしてプロモートする対象とならず、したがって、場所は提供してくれないのです。と いってギャラリ―以外に、展覧会などを行える手ごろな公共的スペースというのも、イタリアにはあ まりないのです。

一方で、日本側には、イタリアやヨーロッパで自分の作品を発信したい、それを自分自身のステップ アップとしてトライしたいというニーズは強いものがありました。それで、イタリアのギャラリーと 日本のアートスペースを提携させて、イタリア作家を日本で紹介し、交換として、日本の作家をイタ リアで紹介する、という相互的な交流企画をできないかと模索したこともありますが、これも実現で きませんでした。イタリアのアーティストにとっては、一部の例外を除き、彼らの業界での名声やス テップアップは、ヨーロッパやアメリカの市場での評判が大切であり、日本というのは、営業販売市 場にすぎません。ですから、コストも高い日本にわざわざいって、挑戦しようという対象にはなりに くいのです。売れるということで、招かれれば喜んでいくのでしょうが。

日本からのニーズはあるのに、実現できない、ということで試行錯誤が続きました。そして、つい に、自分でスペースを持って、日本からのリクエストに答えて作家の紹介をしていくのが、自分でや りたいことをやるのに一番可能性が高いのではないという結論に達しました。そして、アルテ・ジャ ツポーネを開いたのです。

開設の動機としては、もう一つあります。私自身は、学生時代に結婚のためイタリアにきて主婦の生 活をして、その後離婚しております。したがって、自分のアイデンテイがない、という不安が常にあ り、アイデンティティを求めたい、イタリアにいる意味を自分としても持ちたいとという気持ちがと ても強くありました。

ミラノにきて輸入家具企業の仕事をして、ビジネスの社会の仕組みなど少しずつ勉強し、いい経験に なりましたが、ますます、私自身が何かをやりはじめなければという気持ちが強まる一方でした。日 本に戻ることも考えましたが、日本を離れて10年以上たち、しかも日本での職歴もないため、日本 で新に仕事を始めるのは不利だと思いました。やはり、イタリアで何か仕事をはじめなければと。 94年ごろに、決意し、場所さがしをはじめました。イタリアでは無名の方々を紹介するのですから、 イメージの高いよいロケーション、しかも予算は限られている、ということで決めるまでに1年間か かりました。

JIBO:実際のおしごとの内容を教えてください。

中田:一言でいうと、私どものスペースを会場として、日本人の作家やアーティストの方々のイタリアでの 発表の場をお手伝いするということになります。有料で行います。

展覧会の準備・運営するということになりますが、実際に行う業務はケースバイケースでかなり幅が あります。日本の貸し画廊のように、会場を貸しスペースとして御貸しし、先方がすべて実施運営を なさる場合もありますが、展覧会の展示レイアウト、搬出搬入、招待状作成、プレス関係へのリリー ス、オープニング手配などすべてをコーディネートする場合もあります。さらに、オープニングにあ わせてイタリアにいらっしゃる作家や関係者の方々のホテル予約まで面倒をみることも少なくありま せん。先方の事情やニーズに応じて、きめ細かく対応するのが私どもの特色と思っています。

招待状のデザインは専属のアートディレクターが準備してくれますし、プレスリリースもイタリアの 代表的な新聞・雑誌のジャーナリスト250名の方に招待状とともお送りしています。イタリアの代表 的新聞Corriere della Sera や、La Repubblica のアート欄には毎回掲載していただいております。

毎回の展覧会の期間は2週間から3週間で、年間約10−12本位の展覧会を開催しています。96年に開始 し、この5年間でちょうど50本の企画をおこなったことになります。 分野としては、絵画、彫刻、伝統工芸、家具デザインなど広範囲です。特に日本の伝統工芸では、陶 器、和紙、染物、織物、着物展など。4月のミラノ家具サローネの際には、照明展や桐の家具展な ど。今年は書画展も3度行いました。個展もあれば2人展、グループ展など形体は様々です。音楽会 も2回ほど開催しました。

さらに、毎年、一つか二つ、アルテ・ジャッポーネとしての企画展を行っています。特に、ミラノ在 住の日本人アーティストやイタリアの作家との交流を求めて、「うちわ展」、「絵馬展」などをやっ てきました。絵馬展では、イタリアの有名なアーティストの方々にもオリジナルの「絵馬」を書いて いただき好評でしたので、日本におけるイタリア年の行事の一環として、日本でも展覧会を開催の予 定です。

宣伝活動は特にしていませんが、口コミでの紹介でここまで仕事を続けることができて嬉しく思って います。一度やってよかったからと、2度目を開催なさる方もいらっしゃいます。

協力スタッフは、日本からブレラ美術学院に留学している学生さんが大半です。学生さんといっても 日本の美術大学を出て、仕事経験を経た方々ですので、大きな力となってくれています。

JIBO:仕事を進めていて感じることはどのようなことですか

中田: まず、強く感じたのは、日本のことを紹介する場所や機関がまったくないことです。ですから、ある 意味では、私のところが、大使館でもあり、あらゆる問い合わせが舞い込んできます。日本について の情報がいかにイタリアでは取りにくいかということを痛感しています。

忠犬ハチ公はどこにあるとか、日本の小物がほしい、パーティの時に日本の着物をきてくれるコンパ ニオンをさがしたい、そんなよろず相談所と思っている方も少なくありません。ミラノの領事館やJ ETROなど電話番号を知らない方が多くて、ご紹介するこが多いのです。

それだけに、日本に興味を持った方がいらしてくださり、説明をして、満足してもらうと、日本人と して日本の文化を伝えているという嬉しさが強くあります。逆に自分が不勉強で、日本人でありなが ら、なかな質問に答えられず、日本のことを知らないことを痛感しています。外国にいながら、日本 のことを強く思うということがいえると思います。

イタリア人のお客様は、日本に興味を持っている方々ですので、どうひっぱっていくか、今後どうし ていくかというのは、課題です。これまでにお茶会やお正月の催しなどもしましたが、これは持ち出 しで、採算上の問題もあり、今後どう展開していくか検討中です。

特に、このところ、イタリアでも、スシブームに始まり、大変な日本ブームです。従来からの日本 ファンだけでなく、こうした新しい層にも伝えていくスペースとしたいと思います。ですから、伝統 的なものだけでなく、コンテポラリー・アートも取り上げていきたいと思っています。

とはいえ、日本に関心のあるイタリア人の方に私どものスペースを通じて日本のアートを紹介すると いう仕事は進めていますが、日本のアーティストを本格的にイタリアでプロモートしていくというと ころには達していません。一方で、フランスのように歴史的にも東洋に植民地を持って海外の文化を 広く取り上げ、奥の深いコレクターを育ててきた国と違って、イタリアは何事もイタリア文化が中心 です。東洋美術への理解はまだまだで、特に日本の文化はマイナーで日本のアートに対する理解度は 裾野が浅いのが現実です。たとえば、書画についても、一部の方を除くとむずかしくて理解できない ようです。

日本でかなりの評価を得ていてもそれが、こちらで通用するわけではありません。イタリアにはイタ リアの評価の基準がありますから。今後は、イタリアの業界で通用する作家については、ネットワー クのあるイタリアの画廊を通して、紹介・プロモートをしてもらうという方向性も強化したいと思っ ています。

JIBO:今回、新しい会場に移られた背景は

中田:はい、7月末に場所を引越しました。今までは、ロケーションはプレステージも高くいい場所だった のですが、建物の中にあるスペースで、いったん敷地内に入り、中庭を通っていかなければなりませ んでした。また、オープニングなど夜にかけてのイベントがあると、建物の住人からクレームがでる など問題がありました。それで、契約更新を機会に、思い切って場所を移すことになりました。引越 しに当たって、日本人のスタッフや友人などが出入りしたので、近所の方は、スシレストランができ ると期待しているようですが。(笑)

新しい場所はミラノの心臓部に近く、ギャラリーなども多い地域で、今度は通りから直接入れる路面 店です。これまでは、広いオープンスペースでしたが、今度は、一階と地階に分かれていますので、 展示のレイアウトも、これまでとは違った提案ができると思います。新スペースでの最初の展覧会は 10月開催の日本の風景をテーマとした油絵展です。期間中、コンサートも開催されます。その後、 年内は書家の展覧会、日本画の技法による童画作家展、ミラノ在住日本人デザイナー11名のグルー プ展、12月には鎌倉在住の油絵&クラフト作家の2人展と続いています。気持ちを新に、積極的な 展開をしたいと思っています。

JIBO:プライベートな時間は

中田:年間12本も企画を抱えていると、同時並行的にいくつも企画を進めなければなりませんので.とは いえ、旅行が好きですから、ヨーロッパとイタリア各地の展覧会は極力、見に行くようにしてほとん ど時間がないのが現実です。います。もう一つの趣味は、ワインです。これもピエモンテ他各地に味 見にいっています。最近はゴルフも始めました。 (聞き手 大島悦子)




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