JIBO:プロフィールを教えてください
北原:出身は名古屋です。1975年に愛知大学法学部を卒業し、ホンダに入社しました。当初原宿の東京本社
に配属され、二輪の国内営業に従事しました。四国の新居浜、名古屋など営業所をまわった後83年に
本社に戻りました。本社では、欧州の二輪に関する日本側の営業に携わりました。そして、87年から
スペイン駐在。91年に東京に戻り本社の商品企画部に移りました。94年から、リスボンでホンダポル
トガル副社長、96年からホンダ・スイスの社長を経て、99年6月1日にイタリアに赴任いたしまし
た。入社以来、一貫して二輪を扱ってきました。
ホンダの二輪関連としては、イタリアには、ホンダヨーロッパモータサイクルsrl社と、ホンダイ
タリアインダストリアーレSPAの2社があり、以前はこの2社がローマ市内別々の場所にありまし
たが、昨年8月に、現社屋に統一いたしました。さらに、二輪の企画開発をおこなう研究所、ホンダ
ヨーロッパR&D(Research & Engineering)社も、同じ社屋内に設置されております。私は、欧州
二輪統括会社のホンダヨーロッパと生産販売会社のホンダイタリア2社の代表を兼任しております。
JIBO:ホンダグループのイタリアでの沿革・概要について
北原:1971年に、ペスカーラのアテッサというところにある地場のオートバイ工場を買い取り、会社を設立
したのが、イタリアへの本格的進出の最初です。当時は、日本車に対する輸入規制が厳しい状況でし
た。一部大型二輪は、数の制限こそあれ、輸入も可能だったのですが、圧倒的な大きな市場である小
型二輪は日本からの輸出が事実上不可能でした。そのため、イタリアでの生産に踏み切ったのです。
スペインにも同じ理由で生産工場を持っています。
アテッサの工場では、125ccの生産を行い、89年からは50ccのスクータ分野にも進出しました。そし
て94年には、650ccの大型二輪の生産をスタートさせています。
今申し上げたように、当初は輸入規制に対応するためイタリアに生産工場を設立したのですが、90年
以降輸入規制が撤廃になりましたが、ここイタリアとスペインで、全欧むけの製品を生産しておりま
す。
したがって、ホンダイタリアインダストリアーレの本社はアテッサの工場にあります。ローマは事務
所です。従業員は約900名です。敷地面積14万平米、工場部分が4万3700平米の大きな工場で
す。
一方、ホンダヨーロッパモータサイクルは1996年6月に欧州本部のあったロンドンから欧州二輪
統括機能として、当地に会社を設立いたしました。主に欧州における二輪戦略立案、推進業務を行っ
ています。
販売、生産、開発各部門をまとめ、短期、長期の二輪の方向性を日々模索しております。
戦略企画部門は時として市場から離れてしまい、現場の声を無視しがちという反省から、
私を戦略部門のホンダヨーロッパと、現場であるホンダイタリアの責任者を兼任させたわけです。ま
さしく逃げ場を封じられた格好ですが、反面意思決定が早くなったと自負しております。
日本からは、総勢20名きています。ローマに7名。アテッサの工場に13名です。
ヨーロッパ市場全体が伸びていますので最近特に急拡大しております。特にイタリアはこの2年間、
二輪車購入への税制優遇策があったこともあり急成長しました。また、弊社の新モデルがあたってき
たこともあります。税制優遇策が昨年終了したため、今年はイタリア市場は2割落ちていますが、お
蔭様で弊社は5%延びており順調です。
2000年の売上が600億ユーロ。二輪車の売上台数は17万台です。
JIBO:日本とイタリアでは、扱っている二輪車は違うのでしょうか
北原:日本とイタリアでは販売している二輪車の種類も形体も大きく違います。特にスクーターですが、日
本はもともと車体が小さいし、一人乗りが基本です。一方こちらは二人乗りが普及しており、高速道
路も走行します。よってサイズも使われ方も異なる。当初は日本のものをそのまま持ってきましたが
あいませんでした。日本車はサイズが小さいことに加えて、デザインや色がイタリアでは受け入れら
れませんでした。現地で開発、生産するニーズが更にたかまってきたわけです。最近はスクーターだ
けにとどまらず、大型二輪車もイタリア、スペインで生産されるようになり、今後はさらに拡大する
予定です。
また、生産だけでなく、ヨーロッパの二輪車については、イタリアに企画開発研究所を持ってくるこ
とになりました。現在はリサーチから始まり、モデルの企画、デザイン、開発、テストと一連の開発
業務を行っております。
最近では、基本性能についてもヨーロッパの環境にあうものを研究しております。
特に、スクータについては、すべてイタリアサイドで企画開発を担当しております。
JIBO:新モデルの開発はどのようにして行われるのでしょうか
北原:昨年、市場に出した@「アットマーク」が、本格的なイタリアでの企画開発の第一号です。私が99年
にイタリアに赴任した当時は、最初のモデルの企画段階でした。
これまでは、日本で企画したものを、プラッスチック・パーツの部分の改良や色をこちらで考えると
うい程度で、フレームまでは変更できなかったのです。しかし、それでは、ヨーロッパの事情にあま
り合わないということで、全面的にヨーロッパで行うよう体制をイタリアに移管しました。具体的に
は、エンジンこそは、日本からもらいますが、イタリアサイドで基本のフレームやデザインを企画開
発し、それを日本側で検証・テストするという形をとっております。
すべてをこちらで行うのですから、我々にとっても初めてのことでした。以前は、企画開発本部がド
イツにあって、大型二輪車のリサーチとテストをやっていたのですが、二輪最大市場のイタリアに多
くの機能を移しました。
エンジン屋さん、フレーム設計、デザイン、テスト担当ということでイタリア人スタッフを内部社員
として採用しました。イタリア人だけでなくスペインやヨーロッパ諸国からもリクルートしました
が、デザインは圧倒的にイタリア人です。イタリアのスタッフは、個人プレーが強いので組織ではな
かなか動けない。日本人スタッフが全体のコーディネートに従事しています。それと、なんといって
も基本的な開発ノウハウは日本にありますので、日本とのコミュニケーションは大変重要になってき
ます。
JIBO:イタリアに企画開発本部を設置なさったのはなぜですか
北原:イタリアにクリエイティブティがあるというのももちろん理由の一つです。
それと、研究所というのはリサーチをするわけですが、これは営業の現場と近いことが必要条件で
す。それが、売り物になるのか、絶えず、実証していかなければなりませんから。
同じことは生産にもいえます。研究開発したものを、どうやってつくるか、というのは大きな課題で
あり、工場が近くにあることは最重要事項です。新モデル立ち上げ間際の2−3ケ月間は、工場に張
り付くことが必至ですし、コスト計算という面でも工場との二人三脚が必要です。
それと、各部品についても、専用部品をつくるべきか、あるいは、イタリアには沢山中小企業の部品
メーカーがありますので、既存の部品を使ってコストをさげることが可能かという検討も必要です。
既存の部品を使用可能かという判断には、今度は、デザイナー側からの検証も入ってきます。工場サ
イドからは既製品を使用してコストをさげたいという要望がでても、デザイン面では、少々コストが
高くてもオリジナル専用部品を作るべきという意見がでる場合もあります。さらに、イタリアの地場
メーカーに価格でも競争力を持たなければなりませんから、営業面からの注文が入ってくるわけで
す。このように各分野からの様々な検討を行い、デザイン面と生産コスト、品質の兼ね合いをはかっ
ていくには、工場が近くにあることはものづくりの前提条件なのです。
さらに、もう一つイタリアに開発本部をおく大きな理由は、ヨーロッパの二輪市場の35%をイタリア
が占めており、圧倒的に大きな市場であることです。特にスク−タでは、イタリアがヨーロッパ全体
の60%シェアをしめています。イタリアでの成功が他のヨーロッパ諸国に波及していきます。
さらにピアッジョ、アプリリア、ドカティなど地場のメーカーもイタリアにあり、当然イタリアで生
産しているため、優れた部品サプライヤーも国内に集中しています。弊社にとっても、自在に地場の
部品メーカーを使えることは大きなメリットです。
JIBO:イタリア人スタッフの最大の強みはどのあたりにありますか
北原:やはり、最大の特色は、カラー、デザイン感覚ではないでしょうか。
日本で考えるのとどこが違うかというと、全体的に第一に色が明るいことでしょう。第二に、色の幅
が大きい。たとえば、イタリアでは「シルバー」が流行っていますが、日本だと「シルバー」という
と明るいか暗いか1-2色程度。ところが、イタリアでは、「シルバー」だけで10種類はありま
す。光をあてると赤ぽっくなるとか、他の色がでてくるとか。「渋めの茶色」一つとってもサンプル
が莫大にある。第三に色のコーディネート能力が違う。色の種類が多数あるだけでなく、色のセレク
トもイタリア人にはかなわない。沢山の色の中から10種類選べといわれて、日本人が選ぶのとイタ
リア人が選ぶのでは比較できないほど、イタリア人には幅がある。だから、コストはかかるが出来上
がりはまったく違う。
とはいっても、イタリア人の本能的なセンスにすべてをまかせているわけではありません。色のトレ
ンドについては、リサーチ部門で、ファッション部門のカラー傾向など、きめこまかく調査してお
り、実際に車体に候補色をぬるなど、基礎調査はまんべんなくおこなっています。それをベースにガ
イドラインをつくって、イタリア人にぶつけて、彼らのセンスで最終決定するということです。
現在は、スクータだけでなく大型二輪についても、色はすべて、こちらで決めております。現在、
ヨーロッパに現地法人が12社ありますが、イタリアの研究所で色の基本提案を行い、12社の代表
の意見を盛り込んで決定するという形をとっております。イタリアでの企画開発した車については、
色とデザインについては日本の仕様にも影響を与えています。
JIBO:新組織の成果はいかがでしょうか
北原:アットマークの新モデルは、モデルの企画をしてから、8ケ月で市場にだしました。以前はイタリア
と日本の間を往復したりして、1年半位かかっていました。開発のスピードということでもイタリア
現地にもってきた開発体制は重要だと実感しています。失敗してもすぐにやりなおせるし。イタリア
はトレンドがすぐ変わってしまうので、どんどんモデルも変えていくことが必要です。長くて3年、
ヘタをすると毎年変えないと売れないほどです。
この新モデルは、昨年6月に市場にだしましたが、その成果が今年になってから数字でみえてきまし
た。このモデルは、先ほど申し上げたように、99年に私が赴任してからで、開発期間を短縮したもの
の発表が遅れ、昨年は市場拡大の波に乗り切れなかったのが正直なところです。お蔭様で今年に入っ
てアットはとても評判がよく、予定以上の台数がイタリアで売れています。また、欧州他国でも好評
です。一方。今年の4月に第二弾としてSH125TO150をラウンチしました。お陰様で、こち
らもアットを上回る勢いで販売店よりオーダーをいただいております。
JIBO:「現地化」ということについてはどのようにお考えですか
北原:私は、ヨーロッパの駐在が長いのですが、最初のポルトガルでは一人駐在でした。これは私のポリ
シーなのですが、その国にいったら、その国の人がマネーンジメントする。結局、現地でオペレー
ションをするのは、現地の人にまかせるしかないというのが私の持論です。特に、営業、生産は、イ
タリア人でないとやっていけません。
もともとは、工場責任者も日本人でした。正確にはイタリア人の工場長と日本人の工場長の二人体制
だったのです。私が赴任してから、このイタリア人工場長を、副社長に昇格し、より大きな責任を持
たせることにしました。組織上は、工場の日本人駐在員はすべて彼の下に配属という形となります。
日本人は、コーディネーターという位置付けです。当初は、少々波風もあったようですが、順調に稼
動しています。副社長となった彼は張り切っていて、現在は営業もみるように勉強しています。社長
自身も、イタリア人が将来的にはやるべきだと思っています。
これは、私個人だけでなく、ホンダの大きな戦略の流れでもあります。地域に権限を与えていくこ
と。私は日本人スタッフの人数はもっと減らしたいと思っています。
もちろん、日本とのコミュニケーションという意味では、必ず問題はでてきます。しかし、その問題
といっても、よく内容を吟味してみると、大して重要でないことも多いのです。10ある問題のうち
本当に重要なのは1−2ではないでしょうか。特に、日本側で困ることはあっても、こちら現地サイ
ドからみると、どうでもいいことも多いのです。そのあたりは、エイヤーと割り切らないとやってい
けませんね。日本的な配慮や根回しをこちらの人に要求すること事態無理で、それはしかたがないと
思います。通常のオペレーションについては、さほど重要でないことは、そのあたりの問題は切り捨
てています。特に、日本サイドで使うための諸々データの要求については、勘弁してもらっていま
す。年2回予算会議をやっていて、その際に資料は提出してありますので。
JIBO:今後、力をいれていくことは
北原:現地化を進め、イタリアで企画開発し、生産し、レースでイメージをあげていく、その路線を充実強
化してきたいと思っています。特に、レースに力をいれています。ヴァレンツイノ・ロッシと昨年、
独占契約を致しました。彼はレーサーとしてだけでなく、イタリアでは若者のトレンドにもなってい
るので彼の人気があがっています。投資金額も高いのですが。
さらに今後は、ますますこちらで生産を増やしたいと思っています。現在は、スクータはほぼ10
0%こちらでつくっていますが、大型バイクは一部のみです。今後は、650CCなど大型バイクの生産
を日本から持っていきたいと思います。
生産については、最初は品質面で問題があり、大型車はこちらではつくっていませんでした。しか
し、イタリアの競合メーカー、アプリリアもドカティもいい大型車をこちらでつくっているわけで、
イタリアでつくれないはずはないということです。浜松工場で生産の空洞化問題がおこっているほ
ど、ヨーロッパにもってきています。モデルチェンジ、コストの面で、そして為替変動の問題をクリ
ヤするためにも現地生産が基本となりましょう。さらに、今後は、大型の企画開発もイタリアに移行
してく予定で、イタリアの役割はより大きくなります。
日本にいることと比べると自分でいろいろ決められるのでそれだけに責任も大きいと思います。本社
との関係では、その年の売上というよりも将来への戦略として何を仕込んだか、それが大きく評価さ
れます。何をやっているか。結果はそれについてくるということで。これは弊社のいいところだと思
います。
JIBO:イタリア人スタッフについてはどうお考えですか
北原:スタッフについては、イタリア人はいいかげんということはまったく感じません。前任地、スイスと
比べてもまったく問題がない。イタリア人をみていてすごいと思うのは、最後にまとめあげる能力の
すごさです。たとえば、ボローニャでの見本市出展の際も、当日になってもホンダのスタンドが全
然、準備ができていない。どうなるかと思っていると、朝11時に私のプレゼンがあるとなると、そ
れまでに全部しあげてしまう。新しいことをなんとか、まとめあげる力はすごいと思う。それと、相
手を認めるという包容力を感じますね。やさしいというかいいかげんというか、ともかく、イタリア
人が好きです。オペレーションもやりやすいですね。一度、同じベクトルにむけると力がでてくる。
それと、意外に受けて喜んでくれるのはパーティです。いろいろな機会をつくって、社員が集い、食
事をする場を設けています。たとえば、今月1万台を達成したら、よかったねといってスプマンテ
(イタリア製シャンペン)で乾杯する。年末年始にはマネージャクラスは夫婦同伴でディナーをす
る。皆とても喜んでくれます。アテッサの工場では、全従業員と家族を集めて大きなお祭りをしてい
ます。町一番の大きな工場ですし、社員も働いているところを家族にみせたがっています。ともか
く、よくやってくれたね、というこちらの気持ちを具体的に表現するのが大切だと思います。何を考
えているのかわからないというのが、一番まずいのではないでしょうか。会社内でも、日常的に社員
には、できるだけ声をかけるようにしています。明るくて元気な社長ということが大切でしょう。
JIBO:プライベートな生活は
北原:家内と17歳の長女との生活です。娘は、インターナショナルスクールにいっています。スペインを
含め12年間、ヨーロッパの生活で、小学校1-3年だけ日本にいました。大学は日本でと考えてい
ます。
ヨーロッパ全体をみているため、出張が多く、イタリアもローマも観光地にはあまり行っていませ
ん。本社から元社長がきたときに始めて、フォーロ・ロマーノやバチカンを見に行った笑い話もあり
ました。
夏休みは、イタリア人は3週間、日本人は2週間です。冬は10日間休みます。私もきちんと休暇を
とります。趣味は、バイクと車です。バイクは弊社新製品を小型も大型もすべて乗るように心がけて
います。
(聞き手 大島悦子)