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ITALY NEWS
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2001/03/01 
 
  イタリアの日本人 
  GIAPPONESE IN ITALIA  

佐々木 研氏
Ken SASAKI


Mitutoyo Italiana Srl (イタリアミツトヨ )
代表取締役社長

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JIBO:プロフィールを教えてください

佐々木:大学は法学部を卒業しましたが、好奇心が強くとにかく海外に行くのが夢で、海外ならどこでもということで 最初に入った会社では入社後インドネシア駐在員になりました。南洋材(原木)買付けが業務でボルネオ島の赤 道直下に3年半駐在し、電気も水道もないジャングル生活を経験するなど、今にして思うと得がたい貴重な経験 をしました。

その後現在の株式会社ミツトヨに入社しました。やはり、海外営業部に配属となり東南アジアを振り出しに ソ連、 イラン、イスラエル、北朝鮮、中国などを担当、一貫して営業畑を歩き出張ベースながら頻繁に担当各国を訪問 しました。その頃は夢中でしたが、こうして国名をながめるとなかなか複雑な国をまわっていたことになります。

そんな折、1986年にイタリア現地法人を立ち上げる話しがあって、欧州勤務になりました。 それまで、ヨーロッパ にはまったく縁がなかったので、正直、青天の霹靂でした。恥ずかしながらイタリアといってもミラノと言う都市名さ え知らなかったのです。ローマとヴェネツイアは知っていたのですが。でも新しい経験ということで喜んで赴任しまし た。

弊社では、イタリアのビジネスはすでに代理店を通してやっていましたが、代理店を通していると一定の売上まで いくと安住してしまって発展がないこと、また、顧客に近いところでサービスを行なうという基本方針があったので、 現地法人を設立することにしたのです。 1987年にミラノ着任以降、各種業務を経験しながらGeneral Manager を経て1999年1月社長に就任しました。今年で、イタリア滞在14年になります。

JIBO:株式会社ミツトヨというのはどのような会社なのでしょうか。

佐々木:一般の方には、なじみのない名前だと思いますので少々会社の概要を説明させてく ださい。

創業が1934年のユニークな会社です。創業者は広島の寺の息子で、東洋文化、特に仏教を世界に広めること に熱意を持っており、そのためには資金がいるということで事業をおこしたのが始まりです。自分も繁栄し、他人も こまらせない事業ということで、その当時、海外からの輸入製品に依存していた「測定器」に目をつけ、マイクロ メータを日本で初めて、国産化しました。その後、紆余曲折ありましたが、今日では世界一の精密測定機器の総 合メーカーとして社会に貢献しています。測定技術はマザーテクノロジーといわれ、産業の基盤技術を支え技術 革新の基幹部分を担っています。

精密測定機器といっても様々な分野があり、マイクロメーター、ノギスなどの測定工具からコンピューターおよびオ プトメカトロニクスを駆使したFA関連機器やシステムメ計測機器、サーボテクノロジー(制御技術)、精密センサ、 光学式レーザー、空間をはかる三次元測定機まで、弊社の製品は5000種に及んでいます。

それぞれの分野では、国内外に競合企業がいますが、総合メーカーとしては、国内シェア50%以上、世界のシェ アを見てもほぼトップシェアです。グループ企業には、硬度計、地震計のリーディング企業である「株式会社アカ シ」などもあります。

社員は、2000年の時点で 国内2262名、海外1774名です。 海外の販売拠点は、80数カ国以上、海外現地法人のある地域は20ケ国以上におよびます。製造拠点は日本 のほか、米国、メキシコ、ブラジル、英国、オランダ、中国などに各地に工場展開をしています。売上高は、2000 年3月で連結788億円です。

JIBO:イタリア・ミツトヨの概要と沿革を教えてください

佐々木:ここイタリア現法は1987年操業開始、販売と技術サポートが主たる活動で製造は行っていません。100%ミツトヨ 本社の資本です。海外進出については合弁は行なわず100%出資という形式で世界に進出しております。

ヨーロッパでは、すでに、ドイツ、英国、フランス、オランダ、ベルギー、スイスと現地法人を設立していました。 アルプスの南のイタリアはよくわからない、ということで、進出が遅くなったのだと思われます。

社員は合計55名。日本人は私のほか3名で、イタリア人が51名です。設立して13年になりますが、2000年度の 売上金額は435億リラです。

当初は、貸しオフィスでしたが、90年に土地を購入、93年に自社社屋を建設いたしました。日本のようなゼネコン がないので、各部門ごとに業者からいくつも見積もりをとって、大変な作業でしたが、仕事のしやすい環境の整備 をはかることができました。営業部門、ショールーム、技術部門、ロジスティック部門と倉庫、総務人事、経理部 門,計測ラボそして計測学院という学校があります。 個室はない、すべてオープンスペースです。1997年にはISO-9002の取得と伊政府認可計測ラボの設立もてが けました。

JIBO:クライアントはどのような企業なのでしょうか

佐々木:顧客層は幅広く、機械金属産業を中心とするイタリア産業全般に渡っています。機械関係の製造業では、あらゆ る製造部品は測定する必要があるわけで、工場の現場でも、品質管理部門でも「測定器」というのは不可欠な ツールなのです。イタリアの産業を支える中小企業の町工場にはじまり、FIAT、Ferrariといった自動車産業、機 械、電気、工作機械、航空機産業などあらゆる産業が客様です。

FIATにしても、本社から下請け企業まで弊社のお客さんは無数にあるのです。 製造業のあるところ、すべて精密測定機器が必要なわけですから、イタリアのように中小企業の集積している国 は、我々にとっては非常に重要な産業構造といえると思います。

顧客の大半は北部・中部イタリアにあります。弊社設立後、90年にトリノ、その後、2年おきに、モデナ、パド ヴァ、フィレンツエと支店を設置してきました。営業・ショールーム・エンドユーザへの研修施設をもつ地方拠点 です。おわかりのようにいずれも機械産業の集積している地域です。

南部については、これまで、正直、慎重な対応をしてきましたが、2000年にアブルッゾ州のキエーティという都 市に支店を開設しました。これまで、南部地域は、ミラノ本社からのダイレクト営業あるいは、地域の代理店を通 して扱ってきました。しかし、近年、南部のアドリア海側のアブルッゾ州やプーリア州の地域工業が着実に振興して きており、実際に販売実績が確実にあがってきているのをみて、南部への事務所設立を決意したわけ です。ここを拠点に南部全体への営業活動,技術サポートを積極的に展開していく所存です。

JIBO:御社のイタリアでの「成功」の秘密は?

佐々木:手前みそになりますが、第一に"国際競争力のある強い商品力" 第二に"総合的技術サービス力"といえると思 います。 社員には、常日頃から、自社商品の品質と競争力を確信し,顧客第一で営業技術サービス活動をす るようにといっています。

そして、第三には、全伊をカバーする強力な販売ネットワークです。国内に400社の販売代理店を持っていま す。これは、工具商というカテゴリーで、地域の中小企業に幅広くエンジニアリングサービスを提供しています。 こうした販売店との間の信頼関係が大切のことはいうまでもありません。 一方、高度の技術サポートなどの必要な製品やエンドユーザに対しては、ダイレクト・セールス部門が対応し ています。

また、力をいれているのは、販売店および、エンドユーザさんへの教育です。計測機器のハイテク化,ISO-9000 の普及にともなって計測技術者の育成が重要なテーマになっています。 そのために、計測の基礎から応用まで幅広く教えるMitutoyo Institute of Metrologyと言う学校を運営し、さらに イタリアの政府、研究機関や各地の大学との交流や共同研究なども行っています。

JIBO:イタリアでビジネスをなさって感じられていること。

佐々木:ジェネラルマネージャになって初めての頃の忘れられない失敗談があります。重要な案件を抱えたので、こち らとしては、日本流の頭で、アメリカの事例、ドイツの事例、英国の事例、といろいろスタディをして、丹念な 資料を準備して "他国がこうだから従ってイタリアでもこれを "と提案したことがあります。

すると、意に反して社員達から猛反発を受けたのです。反発の理由は、" イタリアはイタリアだ "他国の真似など したくない、自分たちは、オリジナルなことがしたいのだ、というのがポイントなのです。 その時、ああ、これがイタリアなんだなと思いました。

他ではどうしているかという前例や事前調査などを行うことはそれなりの必要も意味もあるのですが、それを表に だしてはダメ。 自分なりのオリジナルな考え方を提案しないと相手がのってきてくれないのです。 当初の失敗経験からイタリアでの仕事の進め方について多くのことを学んだと思っています。

もう一つ、常に感心するのは、 どんな難関、局面にあっても、イタリア人は全ての方法で解決策をさぐる。という 点です。契約条件で、双方が納得しない場合も、なんらかの打開策をさがす。めちゃくちゃ混乱していて、どう にもならないようにみえても、最後には現実的な解決策をみつけるという非常にプラグラマティックなところ、そ れには毎度のことながら感心しています。こうでないと駄目という頑ななところがないのです。

JIBO:仕事をなさってむつかしさを感じられる部分はどんなことでしょう

佐々木:私どものビジネスは中小企業のお客様が相手です。イタリアの中小企業の社長は、何事でも即断、即実行で す。会議などしない。いろいろな人の意見をききまわったりもしない。自分でよいと思うとすぐに決める。こうした 経営者のビジネススピード、意思決定についていくのは、我々として並大抵ではない。日本のように組織が大き くて、何度も会議したり、稟議したりというのとはまったく異なる環境にいます。 そのため、こちらも、取引条件など、間違いない内容でスピーディに提案するのは容易ではないのです。イタリア 中小企業のテンポに速やかに対応できる体制を整えるのが大きな課題です。

JIBO:今、力をいれておられるのはどんなことですか 。

佐々木:いかに社員にやる気を出してもらうかの為のシステム作りです。具体的にはMBO(Management by Objective)目 標管理制度を導入しました。全社目標を明確に提示、それをうけて、マネージュレベルの業務目標をクリヤーに する。そして、各部門のグループ目標の設定、さらには個人別目標へと展開させます。イタリア人は個人主義が 強いので、こうしたコンセプトについてきてくれるか、不安もありました。

ところが、全体を示した上で、個人の具体的 目標を提示したことで、社員のモチベーションがすごくあがったと思っています。予想以上の効果ですし、会社側 をここまで信頼してくれているのかというのは嬉しいことです。目標をはっきりさせた上で、後は自由裁量権を与え 「走ってもらう」というのがイタリア人のがんばりやすい構図のようです。2000年1月に始めたのでまだ1年ほどです が、手ごたえに満足しています。

JIBO:社内の人間関係についてはいかがですか。

佐々木:社内では、すべてイタリア語を使っています。私を含め日本人4名もイタリア語です。会議も社内メイルも 基本的にはイタリア語です。仕事のリズムという意味で、イタリアにいる限り、イタリア語を使うことが必至と 私は考えているからです。英語は、イタリア人にとっても日本人にとっても外国語です。互いに外国語を使っ ている限り、仕事のリズムに障害がでるとおもえるのです。赴任してきた日本人にとっては、最初は楽 ではありませんが。

イタリア人は日本人に比べて頭の切り替えが上手。どんなに激しい喧嘩になる議論 であっても、それが済めば笑って友人に戻れる。日本人は一度感情を害すると怨念として残る部分があり、イタリ ア人に学ぶ必要があると思います。

イタリア人社員との付き合いは、何でも自由にものを言わせ、その中の優れた意見を吸い上げる懐の深さを持つこ とでしょう。意見、要求を正面から言ってきてくれる点はメリットだと思います。

JIBO:最後にイタリアでの生活について

佐々木:家内と二人の生活です。家内は染色やアートの世界で自分の才能を発揮して楽しんでいます。 イタリアにいると、この国は文化遺産の蓄積が背景にあっての本当の意味での豊かさだと強く感じます。 豊かな文化遺産にかこまれ、人間のサイズに合った都市環境の中で暮らせる事は大 変贅沢なことだと思います。日本はあまりにアメリカナイズされすぎて本来の日本固有の深い文化を都市の中に 見出す事が難しくなっているようにおもえます。暮らしをとても大切にするイタリア人の生き方、休日もゆったりとっ て日々のストレスをため込まないで生きて行けるライフスタイルを共に我々も堪能出来て良い経験をしています。

(聞き手 大島悦子)

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  日本のイタリア人  
  ITALIANO IN GIAPPONE 

エンニオ・チェッリ氏
Ennio Cerri


フィアット・オート・ジャパン社長
(il presidente della FIAT AUTO JAPAN)

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フィアットの事務所を訪ねました。品川駅近くのまだ工事中のビルもある開発地域です。数年後、品 川のこの界隈は本当のビジネス街に変貌しフィアットのみならず、日本の企業も多数やってくること でしょう。

チェッリさんは1950年、ピエモンテ州、ヴァラッロに生まれ、トリノ工科大学を卒業しました。フィ アット自動車(株)に入社したのが1976年です。マーケティング部、製品部、技術部などで経験をつ み、1981年から1987年まではイタリア国内また欧州の部品部門に携わります。

その後1987年にフィアット(株)に移籍し国際関連の業務に従事しました。1988年にフィアットグ ループ代表事務所に次席として来日し、1994年に社長に就任し、2000年3月フィアッ ト・オート・ジャパン社に社長として就任しました。

*****

JIBO: フィアット・オート・ジャパン社はいつ設立されたのですか?

CERRI:フィアット・オート・ジャパン社は1990年、はじめ、アルファ・ロメオ・ジャパン社として 設立され、のちフィアットの名の入った今の社名になりました。

フィアット・オート・ジャパン社はフィアット社、アルファロメオ社製自動車の公式インポーターで す。直接販売はしておりません。日本各地の独立系販売店を通して販売しています。現在70箇所ぐら いの販売拠点があります。

ここフィアット・オート・ジャパンでは50人位が働いています。そのうちイタリア人は5人です。

JIBO:ランチャはどうなのでしょうか?

CERRI:現在のところ、ランチャは売っておりませんが、将来ランチャも販売できたらとは思ってい ます。日本でのランチャの販売が難しい理由の一つは、右ハンドルの車を生産していないことです。

JIBO:日本では何台くらい売っているのですか?

CERRI:本年度の売上台数は、アルファ・ロメオが約5000台、フィアットが約2000台の見込みです。 2001年の期末は、アルファ・ロメオが6000台でフィアットが4000台、合計10、000台にとどくだろうと 期待しています。

JIBO:フィアットの売上予が2倍になると見ているわけですね。

CERRI:はい。日本では今年7月に売り出したフィアット100年記念車、新型プントが大成功を収めま して、すぐには供給が追いつかないほどの注文でした。現在、注文した車の到着待ちの状態で、この 車種はまだまだ売れると思っています。日本の消費者に提供できる車種も多くなったこともあり売上 が伸びています。 現在、販売しているもののほとんどが右ハンドル、オートマチック対応になっており、少しづつクラ イアントに満足がいただけるようになってきています。

オートマチッククラッチは日本製のものを組み込んでいます。小型用のものは富士重工業製で、中型 用にはアイシン精機のものを使用しています。

JIBO:御社の車の何が、日本人の顧客の心を捉えるのだと思われますか?

CERRI:私どもの車は、際立ったエリートのイメージがあるんだと思います。美しさ、洗練されたイ タリアン・デザインが、他社の車との違いです。それが伝統と歴史に裏打ちされていると思います。 特にアルファロメオのレースの歴史などがいいイメージとなっていると思います。私どものクライア ントは本当の自動車ファンが多く、その多くがアルファロメオの熱狂的ファンでもあります。

2001年の日本におけるイタリア年にはアレーゼのアルファ・ロメオ博物館から歴史的な車を15から20 台を持ってくる予定です。きっと日本のアルファ・ロメオファンには忘れられない展示会となるで しょうし、アルファ・ロメオを運転したことのない人にもきっと気に入ってもらえると思います。

日本にはアルファ・ロメオやフィアットのファンの集まりがよくあります。フィアットに関しては、 バルケッタとアバースが人気があります。

JIBO:日本の市場に参入に際し、どんな困難がありましたか?

CERRI:多分のどんな外資系の会社にとっても最初は大変だと思います。でもそんなに困難ではな かったと思っています。私どもの車を愛してくださる方々のお蔭で、マーケットに入る事ができたの です。

マーケットの求める機種やモデルが増えるにつれクライアントの数も増えてきています。

JIBO:日本でフィアットの活動をずっと見ていらっしゃったわけですが、フィアットは自動車以外の部門に も進出しているのですか。

CERRI:北海道に、ニュー・ホーランド・ジャパン社という合弁会社があります。50%をフィアット が出資、残りを日本の会社が出資しています。ニュー・ホーランド社はトラクターを輸入していま す。大型トラクターでは市場の20%を占めています。草刈機では、市場が小さいとはいえ、50%以上 のシェアを占めています。また、イヴェコ社はの大型消防車を日本に売っています。

JIBO:一般的に、日本についてどう思っていますか?

CERRI:1988年から私は日本にある500以上の工場を訪れる機会がありました。そして生産部門の品質 と効率に就いては日本人は本当にすばらしいと思います。。

私は日本がとても好きです。ここに12年暮らすことができてとても幸せに思っています。日本は歴史 や伝統が豊かで、人々は本当に親切で礼儀正しく、人間を大切にする国民だと思います。日本の公共 機関のサービスは正確で迅速だと世界中で有名です。そして多くの人が思っているのとは反対に、こ の国は、特に東京はとても国際的です。何でもあります。それから大きな長所の一つとして、この国 は安全で犯罪率がとても低いという事を挙げなければならないでしょう。

よくない面ですか?それは物価が高いことですね。何でも高いです。家賃を例に挙げると、本当に驚 きます!!!

JIBO:日本の市場に進出したいと考えているイタリアの企業家に、何か助言することはありますか?

CERRI:家賃のこともありますが、イタリアから人を派遣するのがいいでしょう。現地でネットワー クを管理するのが大切です。

エンニオ・チェッリさんは大変紳士的な人です。洗練された落ち着いた人柄で、癇癪を起こすことな ど想像することもできません。周りにいる人もゆったり落ち着いた気分にさせます。

教養のある国際人ですが同時にイタリア人の暖かさも伝わってきます。お嬢さんについて語るチェッ リさんに今日的よきイタリアの父親を見た思いがしました。(k.m.)


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