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ITALY NEWS
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2000/11/01 
 
  イタリアの日本人 
  GIAPPONESE IN ITALIA  

小松崎 弘志氏
KOMATSUZAKI Hiroshi


キヤノン イタリア(株)代表取締役 社長
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JIBO:キヤノンに入社なさってか らの経歴を教えて 頂けますか?

小松崎:キヤノン入社は1983年、ちょうど40歳の時ですね。「転社はしたけれども転職はしてない」というのが僕の自慢でね。元々僕は技術屋で、学校卒業以来ずっと、ビデオテープレコーダーの開発エンジニアをしていました。

キヤノンは1983年、僕が入社したその年に、電子映像事業部というのをつくりました。所謂ビデオカメラを扱う部門です。当時、キヤノンではカメラとか複写機とかはやっていても、ビデオカメラはやった事が無くて、新たに電子映像事業部をつくることになり、私に声がかかり、入社したということです。

その後ずっと1993年まで10年間、その電子映像事業部にいて、最後は事業部長をつとめました。1993年に初めて僕は「転職」したのです。技術屋っぽいものからセールスとかマーケティングという仕事に移ったのです。

僕はその時丁度50歳でね。初めて行ったのが、スイス。スイスのキヤノン現地法人の社長をやりました。その頃、スイスでは、カメラ関係はキヤノン資本の会社で扱っていましたが、オフィス機種機器は別の会社で取り扱っていたのです。僕の任務は、この会社を買収して合併し、キヤノンの冠を持ったブランドの全製品を扱う会社を作るということでした。一年半ぐらいでやれと言われたのですが幸いにも結構うまくいって一年ぐらいで終わっちゃって、新しい会社はスイス人の社長にやってもらうので、僕は、1年後にクビ。(笑)。

それで94年に、今のキヤノン・ヨーロッパというヨーロッパ全体の本社、オランダのアムステルダムにありますが、そこに移りました。僕の仕事は、副社長としてヨーロッパ全体のカメラビデオ系の責任者をしていまして商売をしていて、そこで副社長をやっていまして、97年の9月にキヤノン・イタリアに赴任したわけです。

JIBO:キヤノン・イタリアさんの沿革について簡単にお話し頂けますか?

小松崎:かなり難しいのですよ。よく覚えていないのですけど。(笑) 1996-97年に25周年だったことは間違いないので、設立は1971-1972年ですね。あの頃はキヤノンの主力製品が計算機とか、タイプライター類とカメラ部門でした。ここイタリアには、トリノに電卓やタイプライターを扱う会社があり、ヴェローナにカメラの代理店があったのです。それをあわせて、キヤノン・イタリアとして一緒にスタートしたのがその頃だったのです。僕は97年にイタリアにきたのですが、ここで各々の勤続年数を調べてみると、最高でも27年だと思ったのですが、30年勤続者もいるわけで驚いたら、その前の会社にいた人たちがそのままいるのですよね。

今ではもう28、9年は経っているでしょう。いや、もうすぐ設立30年近いんですね。当初は、ヴェローナが本社で物流センターもありましたが、97年の8月に唯一残っていた物流部門を移しミラノにすべての本社機能を移し、集約しました。

JIBO:イタリアでの陣容や業務内容、売上高というのはどんな具合になっているのですか?

小松崎:大雑把に言うと社員数は約600人です。ミラノ本社に250人位います。支店がイタリア全国に10箇所あります。北から南はパレルモにもありますからね。倉庫配送機能は、実は97年にミラノに本社機能を移行した時点で全てアウトソーシングしました。

我々の仕事は、マーケティングとセールス、そしてカスタマーサポートというサービスです。製品の生産はヨーロッパも含めて世界中の色々な国に製造工場がありますが、国の比率というのは当然日本が一番多いと思います。その次に多いのは、タイか中国でしょう。

製品分野としては、コピーマシン、プリンター、カメラ、ビデオ、ファックス類を扱っています。主力製品というのは、5年くらいの単位で変ると思いますが、今は今でもまだコピーマシンでしょうかね。それがメインですが、ここ数年はConsumer Products と言われてるデジタルプリンター、デジタルカメラやデジタルスキャナー等が急激に伸びています。 今、我々の扱っている製品は、全部で20くらいあってややこしいので、オフィス用かパーソナル用か、対象で分けて分類しています。オフィスで使う機械か、個人で使う機械かでね。たとえば、プリンターでも、インクジェットはパーソナル用、レーザービームならオフィス用、と分けています。そう区別すると、今うちでは売上の約65%が個人用で35%がオフィス用です。

売上高は、今年は約1兆7500億リラです。おかげさまでここのところ、成長率は2ケタ代が続いています。利益は積極的に広告等に投資しています。

JIBO:昔からキヤノンというと国際化というイメージが強いのですが、これは前々からの政策なのでしょうか?

小松崎:そう、基本的に自分で作ったものは自分で売ろうと思っているわけですよね。特に我々のような業界、工業製品っていうのは歴史的に商社を使うのを嫌うわけですよ。人に頼むのは嫌だ、要は商社や代理店には頼みたくない。やむをえない場合、例えば一時期中欧旧ロシア、東欧、中国とかは直接進出できなかったわけで仕方がありませんけどね。最近は大丈夫ですけど。そういう場合は代理店とか何かに頼むとしてもね。

現在、世界のキヤノン社の9割方は100%子会社という形だと思いますが、例えばスイスの会社は、上場しますので、100%ってことがなくなるわけですよね。国によって事情は違いますが、Canonとしては極力、自社の資本100%の会社でやりたいわけです。

オランダにあるキヤノン・ヨーロッパ本社には日本人は100人くらいいますが、あとは全部現地人です。ヨーロッパ全体では、各国には、キヤノン・イタリアのような現地法人15程ありますが、そのうち日本人社長は二人しかおりません。たまたま順番で、イタリアでは私が社長をしていますが。日本人にはこだわりませんね。結局は、現地法人の社長は人物次第で、国籍は関係ない。できるやつがやればいいんだ、というのが一つ。あと、できるだけ儲かればいいんですよ、いかにたくさん売れるかですよ、販売会社ですからね。

JIBO:社内の仕事の進め方についてはいかがお感じですか。

小松崎:社員については、非常にフレンドリーで素直だと思います。弊社の社風かもしれないけれど、とても責任感が強くて色々と考えてくれるんですよ、ああしようこうしよう、という提案が沢山でてくる。不満もありすが、いいことがいっぱいあるので楽しいですよ。ともかく、仕事については、非常に話がクリアーにできるのでやりやすい。日本だと責任とるのが嫌だからって言わないのが多いから。多いけど、ここでは、皆がいっぱい議論してワーワー 言うんですよ。「それで行こう!」とか「それがいい、それがいい!」とかね。勝手に決めていいんですよ、どうしても答えが二つにしかならなくて一個に絞れないと、私のところにやってくる。どうしましょうかってね。実際は、彼らはそれでもう勝手に決めてるんですが。私にとっては、そこまで考えこんだのなら、どっちになっても同じだってね、答えはね。結局、勇気をもって決断して実行に移すことですよ。

一番重要なのは、権限を委譲することだということです。それとずっと自分で肝に命じていることは、忍耐です。頼んだ以上は我慢しないとならない。約束するわけですね。「いつまで? 3日間ね。はい、はい。」と言って。一週間とか一ヶ月とかもありますけどね。頼んだ以上は、その間は何も言わないのですよ。私は答えを持っているのです。目的だけ言って、どうやって目的を達成するかを考えてくれとだけいう。俺だったらこうするとか、普通はこれだね、とか、それも言わないんですよ。

ただ、最初に言った期限が過ぎても答えが来なかったらその時は催促しますが。その間は忍耐力ですよね。折角任せたのにその間に首突っ込んじゃ、やった頼んだことにならないですよね。でも、それはすごい勇気が要りますよね、我慢するという。できると思うからその人に頼むわけですから。我慢強くなきゃ、すぐに答えでなくても。答えは一個ではないし。ある意味では彼らも呑気でいい加減な所があって、こっちは、そんな思いをまでして頼んだのに、忘れちゃうこともある。「忘れるんじゃないよ、全く。約束しただろ。」なんて言っても、「あ、ごめんごめん」とか言ってね。(笑)非常に大雑把でね。

JIBO:仕事をなさっていて困ることは

小松崎:正直いって、イタリア語ができないということは致命的ですね。3年前に来て、言葉ができなかったわけですから何もわからない。 管理職は英語で大丈夫ですけどね、一般の人は駄目だし、お客さんも殆ど駄目ですね。だから、僕は商談というのに参加できないわけですよ。通訳付きなんて行くのは行っても失礼ですよね。だから、社長としての直接営業活動はできない。

物を売るっていう業務は、セールスがいっぱいいて一生懸命売ってくれますから営業はすべてイタリア人社員にまかせています。営業本部は、ディレクターから管理職まですべてイタリア人です。そもそも、キノン・イタリアでは、日本からの出向社員が15人程いますが、管理職には、私の他には、日本人の部長が一人いるだけです。日本人スタッフは、日本の本社及び、オランダのヨーロッパ本社との調整や、マーケティング戦略に主として従事しています。

JIBO:業績は大変好調のようですが、悩みもおありでしょうか。

小松崎:前述したように、少なくともイタリアが2、3%って言う素晴らしいGDP成長している限りは、まだ二桁成長できると思っています。ただ、一番困ってるのはユーロが下がったことですね。勘弁してよと言いたくなります。円建てとかリラ建てとかは言わないけど、弊社の場合、基本的にはコストは円です。から、まともに割り出すと30%割高になっていますので。本社でも勘弁してと言いながらも最低半分はコストがあがるわけですよね。かといってヨーロッパのメーカーはユーロ安は関係ないし お客さんも関係ないのでコスト高の分、そのまま値段をアップできませんので、ホントにきついのです。売上は上がっても利益的には厳しいですから。

ただ、本社もわかってくれているので、我々の活動の成果は世界中全部、現地の通貨建てでカウントし評価することになっています。日本の会社ですから、連結決算では最後は円になってしまいますが、必ず、その点は、注釈がついているんですよ。

JIBO:今後のビジョンや課題などをお話ください。

小松崎:ここで一番やりたいのはね、ビジネスプロセスのIT化。今いろいろな意味で近代化してきているとはいえ、営業は、セールスマンがいっぱいいて、お客さんのところに行って話をして、お願いして注文を取って、その注文を紙かFAXか電話でやってやりとりしているわけですね。今後は、全部のセールスマンがラップトップコンピューターを持ち、社内には立派なデータベースを持ち、そこでもうお客さんのところにいって、営業していて、在庫数もすぐに把握できる、お客さんの質問に対しても、製品の仕様書とか情報が全部見えて、答えられてね。「はい、わかりました、じゃあこの機械いくらでモデルを何台。」といって、バーっと倉庫につながっちゃうと。そうなれば商品ももっと売れる。これがビジネスプロセスのID化です。

このくらいのことやらないとやっていけない。今現実的レベルでこのレベルのIT化を実現しているのがパソコンメーカーですね。我々のような企業は何百人も営業マンがいますが、パソコンと比べると、単価がすごく低くてパソコンなら当たり前だけど、20万円リラのスキャナーで、というのは難しい。今一番安いプリンターが15万リラですからね。20%のIVAが含まれている価格でね。ということは12万リラということ6千円ですよ。それをタイから運んでくるわけですよ。で、うちの倉庫に入れて。6千円のうち製造コストの他に販売店が少なくとも2割は取るわけでしょう。原価もあるし、さんの利益もあるし、その他諸々のコストもかかるし。冗談じゃないよね。 それをいかに効率化するしかないですね。

IDITツールを使って、全顧客とのコミュニケーションをインターネット等を駆使して。もう紙なんか使わない、FAXなんか使わないシステムにしないとやっていけない。金と時間、手間がかかるので少しづつやっていますがね。特に、小規模の販売店むけの教育は大変。教えることがいっぱいあって。最後までお客さんが抵抗するわけですよね、あと 2年くらいで完成させたいですね。どこまでお客販売店さんの了解取れるかわからないからね。理想的には8割まで普及させたいですね。

JIBO:イタリアに暮らして感じることはどのようなことですか。

この国の素晴らしいところは、規則は確かに守らないけどね、最低限、自分の中で守らなくてはいけない規則を自分自身が持っていること。一方、たとえばスイス人やドイツ人は規則があると絶対に守るけれど、なかったらダラーンと果てしなく伸びちゃう。たとえば、イタリア人は、酒を飲んで運転しちゃいけないという規則はあるけどそれを守らない。でも、絶対飲み過ぎない。ドイツ人達は 規則があれば彼らは守るけど、無くなったら際限が無くつっぱしってしまう。だから規則を沢山作る必要があるのですね。そういういい意味でのイタリアのいい加減さがいいですね。僕にとっては楽しいね。天気もいいしご飯もおいしいしね。

唯一ここの悪いところと言えば、行政の非効率さと治安の悪さはね、やっぱり引っかかりますね。スイスは50歳のとき初めての海外赴任で、しかも、日本人は会社には僕一人ですから、家族に一緒に来て欲しかったですね。周りの言葉もわからないし。チューリッヒのクローデン空港に着いて、迎えが来ているので、当然ドイツ語だろうと思って「グーテンターク」と挨拶したら「そんな言葉は使わない」と言われました。(笑) あの時は寂しかったです。イタリアは明るいし、開放的だしいい加減だし。僕もそっちに近いからね。(笑) 

JIBO:イタリアでの生活はいかがですか。

私は若い頃から残業が嫌いで。土日は会社に来ることは無いですね。 一番好きなのはゴルフで、もう何十年もやっていますので、それなりに上手くできますだと思っています。殆どの週末は最低一回は行きますから。 日本のゴルフ場は平均して、お客様を楽しませてくれますが、イタリアは苦しめます。日本は人口人工的できれいなゴルフ場をいっぱい作り、キャディさんという美しい女性がいますし、他にも色んな設備がよくできているんです。

すごくお金をかけてある。それに対してヨーロッパでは、ゴルフは自然とのスポーツです。あまり手入れしないので、きれいじゃないから日本人はびっくりしますよ。だから皆さん苦しむのですよ。日本から来てゴルフに行くと難しいんですよ。要はそれが本当のゴルフです。心ですからね。こっちのゴルフで慣れてしまった人は日本から来た人には絶対に負けないんです。日本では上手くなれないのです。ヨーロッパ平均して同じような感じですが、イタリアのゴルフ場の質はいい方です。イギリスの次にいいぐらいかな。ゴルフ場の範囲は せいぜい遠くて100Km圏内です。一番遠いところだとガルダ湖まで行きますからね。

原則単身赴任なので、ひとり暮らしで、家族は日本にいます。とはいっても年間、3分の一以上は誰かが来てますが。うちの家内は旅行が大好きなのですが海外に住み着くのが嫌いで、日本が飽きると2、3ヶ月くらい来るのです。年間4,5ヶ月は来てくれていますが、立場上は単身赴任です。子供は息子と娘が一人ずつで、大きいのです。もう働いているのであまり来られませんが、学生時代にはよくミラノに遊びに来ましたが。

夏休みは、期間は3週間ぐらい取っていますのでイタリアはやっぱりいい国ですよね。冬休みは1週間から10日くらいです。でも僕は単身ですから夏休みも冬休みも基本的には日本に帰っちゃい ます。7,8年間ヨーロッパ にいますが、一度もこちらでクリスマスと正月は迎えていないのです。だから、ここの正月の花火は見たことがありません。(聞き手 大島悦子)

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  日本のイタリア人  
  ITALIANO IN GIAPPONE 

フランコ・カンツォニエーレ 氏
Franco Canzoniere


トラットリア・イル・フォルネッロ(Trattoria il Fornello)

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東京の中野、区役所に程近いけやきの並木道、丁度、区立体育館の前に、イタリアレストランが一軒あります。暑い夏、並木の木陰は大都市のオアシスのように感じれれます。レストランの名前は「イル・フォルネッロ」。中に入ると、途端に、あの良きイタリアの雰囲気に包まれます。内装の趣味もなかなかのものです。料理は典型的なイタリア料理です。ローマで食事をしている人を想像しても、なんら羨ましさが湧いてこないと言ったらお解り頂けるでしょうか。今回は、このレストランのご主人、フランコ・カンツォニエーレさんにインタヴューしました。



JIBO: 出身地はどちらですか。

フランコ: ターラントなのですが、住んでいたのは8つの時までです。でも、あのターラントの美しい海は忘れられません。

JIBO: では、料理はターラント料理ですか。

フランコ: 中部イタリア、ローマの料理が中心です。イタリアに居た時はローマで働いていましたからね。でも私の料理には南部の影響があります。母や叔母達が作ってく れた料理も幾つかやります。例えば。オレキエッティなんかはターラントの料理の一例です。それに、魚介類はよく使います。

JIBO: 日本には何時いらっしゃったのですか。

フランコ: 丁度10年前です。東京で働いてみないかという誘いがありまして、それでやって来ました。日本についてはほとんど何も知りませんでした。大変だったのは、やはり、言葉です。一言もわかりませんでした。ですから、日本語を習いに学校へ行きました。難しい言葉ですけれど、私たちの言葉と全く違う言葉を習うことは面白い経験でした。それにイタリアではほとんど話せる人がいない言葉ですし。でも、私は仕事をしに来た訳ですから、日本語の勉強をそれほど深くする訳には行きませんでした。私の仕事に必要な範囲の日本語が解るということです。漢字も少し知っています。解らない時には人にきく事にしています。日本では人に訊ねることを恥ずかしがる様なところがあるみたいですね。私たちは何か解らないとすぐ人にききます。でも日本の人もきけば大概は親切です。道で郵便局がどこにあるか男の人に訊ねたのですが、郵便局に連れていってくれた事があります。30分くらい一緒に歩いたでしょうか。

JIBO: このレストランは何時からやっているのですか。

フランコ: 2年前、1998年3月からです。34席あって、平均、6、7人働いています。うちイタリア人は3人です。日本語の話しをしましたが、時々従業員と話しが上手く通じないといいますか、思っていることをうまく話せないことがあります。それで誤解を生じたりすることもあります。2年前までは私自身が従業員の立場にいたせいでしょうか、もっと主人として従業員と上手く話せるようにならなければと思っています。

JIBO: 日本でイタリア料理を作るのに手に入らない食材はありますか。

フランコ: いいえ。何でも揃っています。イタリアのあらゆるワイン、チーズ、パスタがありますし、肉や野菜といった生鮮食品も、何でもあります。無い物は何もありません。値が張るものはありますが、時として、本物の味、本当のイタリア料理を守るため無理して高いものを使わざるを得ないこともあります。

JIBO: 日本におけるイタリア料理のレベルはどんなものでしょうか。

フランコ: いいと思います。日本人のコックさんにも上手な人がいます。でも、まだ、あの日本独特の均一化という傾向がありますね。どういう事かといいますと、東京だけで1000も2000もイタリアレストランがあるのですが、多くのものが似通ったものだと思うのです。この日本特有の均一化をうまく説明できないのですが、みんな同じようになってしまう。例えば、日本人はスパゲッティ・アッレ・ヴォンゴレが好きだというので、どこへ行ってもそれが出てくる。テレビである料理をとり上げると、誰もがそれを求め、どこへでも行ってしまう。ですから、結局、どのレストランのメニューも似たり寄ったりになってしまうのだと思います。

ローマにもレストランが軒を連ねて集まっている場所というのもがあります。昔ながらの料理を出すのですが、どのレストランも個性があって、メニューはそれぞれ特徴があります。東京でも、これからは、レストラン間の競争を生き抜いていくためには、店の前にイタリアの旗を掲げるだけでは駄目だと思います。何かオリジナルなものを打ち出していかねばならないと思います。イタリアで2、3年修行をしただけでは不十分という時代になってきました。イタリアで、それも出来れば良い料理を作る有名なレストランで、しっかりした経験を積むことが大事だと思います。

JIBO: 横浜にもう一軒お店を開けると聞いていますが。

フランコ: はい。横浜の駅ビルに入ります。リトル・イタリーを作るというプロジェクトがありまして、ブティクだとかカフェだとかパン屋、ピッツィリアだとか、その外にも色々な店がオープンします。私はレストランを開きます。

JIBO: やはり、「イル・フォルネッロ」という名前にするのですか。

フランコ: いいえ。今度のはローマがテーマなので、「ピンチョ」という名にします。壁はフレスコ画にします。席数は50です。私自身は主にそちらに行くことになります。自宅からはちょっと遠いのですが、私はイタリア人ですから遠くに行くのは苦になりません。

フランコ・カンツォニエーレ (Franco Canzoniere)
トラットリア・イル・フォルネッロ(Trattoria il Fornello)
〒164-0001 東京都中野区中野 4-7-2、SHビル 1F
電話:(03)3387-5210
月曜日は定休日

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このインタヴューは水曜日の昼ちょっと前にフランコ・カンツォニエーレさんのレストランで行いました。11時半には、もうお客が二人入ってきましたが、ボーイさんが、「11時45分からですよ。」と言っていました。きっかりその時間に同じ二人が戻ってきたのに気が付きました。正午には店は満席でした。「イル・フォルネッロ」は近所で働く人が安く、速く食べるといった店とは違うのですが、あっという間に満員になりました。このレストランには何か人を引き付けるものがあるのだと思います。勿論、フランコさんの物静かな温かい人となりもあると思います。(K.M.)

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