このZoomUpでも記事を掲載して頂いたのですが、2008年秋にはイタリア在住30年の節目として、イタリア観察記『違和感のイタリア』を上梓し、おかげさまで産経新聞、週刊朝日、読売新聞、図書新聞など多くの書評を頂き、読売新聞では年末にも“読書委員が選ぶ2008年の3冊”で再度言及して頂きました。
本書はその続編です。前著では学歴社会ではない、発想が根本的に違う創造性や思考力を育てるイタリアの教育のあり方。車の時代20世紀にイタリアの顔と言われたフィアット社を舞台に産業界の姿。敗戦国イタリアに色濃く残る戦争やレジスタンスの後遺症、マフィアや談合などを取り上げ、イタリアが背後に引きずる問題やイタリアという国の社会構造を日本と比較する材料として観察しましたが、本書では前著で扱えなかったイタリア人という人間たちのもつ価値観やその人間同士が織りなす実態を間近から観察しました。
なぜイタリア人は家族主義なのか。イタリアの地域社会システムそのものであるカトリックコミュニティ。価値観の原点、心のよりどころとしてイタリア人が実際に生きるカトリック教信仰。近代、現代を通じイタリアで広く普及した社会主義、共産主義がいかにカトリック教の影響を強く受けていたか。イタリアでは完全に庶民の党であった共産党が、戦後の焼けあとで人材教育に力を注ぎ、地域社会を機能させる地域リーダー育成のシステムを持ったこと。そのシステムがカトリック教の借り物だったこと。地域リーダーたちが叩き込まれた強いモラル意識。弱肉強食経済とは異なる“共生の経済システム”として大きくイタリアで根を張る協同組合など、北欧型福祉社会とは全く発想の違う社会が持つ可能性を観察しました。
自殺も孤独死も幼児虐待も社会問題とはならないイタリア
イタリアは長期に渡り、先進国中最も自殺の少ない国です。イタリアの自殺率は、日本の4分の1から5分の1、社会福祉先進国であるスウェーデンやフィンランドなど北欧諸国や、自殺がご法度の同じカトリック教国フランス、むしろイタリアよりずっと働く女性に手厚い社会政策を展開しているフランスと比べても2分の1から3分の1なのです。
日本同様に産業の空洞化問題や構造不況の波をもろにかぶる中小企業をかかえ、失業者があふれ、社会の急激な高齢化に悩み、働く女性がきわめて重い育児や介護を抱えるイタリア社会のどこに、人を自殺に追いやらない秘密があるのでしょうか。自殺、孤独死、親の幼児虐待や子殺しが出ない社会のしくみ、それを見極めたくてイタリアを眺めました。過去一度も国として自殺対策を考えたことがないにもかかわらず、“図らずも”自殺や孤独死が少ないイタリア。イタリアという名の全く異なる環境下で行われた社会実験は、日本だけを眺めていたのでは見えにくい、さまざまな問題を別の角度から照らし出してくれます。
地域リーダーに必須の現実的姿勢とモラル
戦後イタリアではカトリック教会の神父も、共産党支部長も、協同組合の組合長も地域の人々を支えるコミュニティのリーダーとして多くを担ってきました。リーダーすなわち独裁者という考え方は、必要不可欠なリーダーの役割をも全面否定してしまう不毛な見方ではないでしょうか。それぞれの社会にはそれぞれの社会でより機能するリーダーの形があり、リーダーのタイプは決して1つではありません。どんな組織にせよイタリアで機能しているリーダーは、人を納得させ動かせる人、協力したいと思わせる人、“地域をより良くしたい”情熱に人を巻き込める人、共感を呼ぶ人、人望のある人であることが共通の条件でした。
日本で最も機能するタイプのリーダーは、勝海舟の『氷川清和』にある、経済危機に瀕した江戸時代中期の松代藩立て直しに成功した恩田木工かもしれません。己の襟を正し、悪人を罰するのではなくむしろ味方に取り込み全員協力体制を作って改革に成功したのが恩田木工ですが、確実にイタリアでも機能するリーダーたちは、極めて現実的な問題解決を志向し、良識と情熱、モラルを兼ね備える人たちでした。
気が遠くなるような問題が山積の日本は、戦後、経済性・利便性・効率のみの追求のために置き忘れてきた価値をもう一度見つめなおす岐路に立っているのではないでしょうか。