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2011/9/30

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ、91年よりミラノ在住。三井住友保険会社ミラノ支店勤務の一方で、日本、イタリア、フランス等各国で 異文化間マネージジメント、コミュニケーション、NLPセミナー・トレーニングを行っている(www.global-excell.com)。執筆は「ストレスは捨てられる」(中経出版)、「普段着のミラノ案内(晶文社)」をはじめ各種新聞雑誌コラム等多数。

 

2011/2/28

61. アラブ諸国の異変に思う

チュニジア、エジプトの旧政権崩壊から まだ戦いの続いているリビアまで、アラブ諸国の動きが世界中の注目を浴びている。 政権が崩壊していないそのほかの国々でも その動きは飛び火して、デモや衝突を生んでいる。

アラブ諸国とは石油をはじめ、経済的な関係で繋がっているとは言うものの、日常生活においてその地の人々とほとんど接する機会がない日本と違って イタリアにいると彼らは 日常のごく当たり前の風景の中にいる。

イタリア人にとって もっとも手ごろにいけるバカンス地は チュニジア、エジプト。
ローマからなら飛行機で1時間、パリに行くよりよっぽど近いチュニスやカルタゴは 私にとってもヨーロッパに住んで最初に行ったバカンスの土地。 いつもよく行くケバブ屋さんや角のピッツェリアのオーナーはエジプト人。 私の使っている銀行の最大株主はリビア政府。。。
毎日の生活の中で、アラブの人たちを見ることなしに一日たりともすごせないくらい、ミラノでは彼らの存在は日常化している。

これを機に民主化を願う声、イスラム勢力の拡大を懸念する声、さまざまな分析や思惑をよそに 居場所のなくなった大量の人たちの様子が 日々報道されている。
彼らに行くところ、そして帰るところはあるのだろうか。

この種の状況を耳にするたびに 思い出す友人がいる。
イラン人の友人、マホメッド。
パーレビ国王が追放されたイラン革命のときにヨーロッパへ命からがら逃れた人の一人。
国王に近かったエリートとして父親が捕らわれたときに、家族が彼を逃がしたという。

イタリアの外国人大学で 多くの留学生に混ざって身を潜めていた彼が ひょんなことで私のベルギー人の友達と恋に落ち、ベルギーに移ってから もう何年がたつのだろう。。。
今では3人の子供の父親となり、救急車の運転手として働く彼は イラン革命以後 一度もイランの地を踏んでいない。

イタリアの南の島には 毎日大量の難民が船でたどり着く。
チュニジア、エジプト、リビアから今後到着する難民の推定人数は なんと2,30万。
収容所の数は足りず 他の地へ送られていく多くの人へのインタビューをみながらマホメッドの面影が ダブって見える。

生き延びるだけで必死だった。
ベルギーにたどり着く前も、イタリア、フランスと仕事を求めて転々とした。 住む国の言葉と ルールを必死で学んだが、同時にイランに残してきた家族が心配で仕方がなかった日々。

日本のような平和な国にいると、そんなことが自分に起こることは想像さえできない。
そして同時に、そこまで必死で生きることも もしかしたらないのかもしれない。

数年前、マホメッドと再会したとき、彼が話してくれた夢を今でも忘れない。

僕は妻に救われた。
彼女に出会わなかったら、今の自分はいなかった。。。


いつか、いつの日か
今のイランの体制が変わって
僕がイランに戻れる日が来るとしたら、
今度は僕が彼女を幸せにしてあげたい。
そして イランの素晴らしさを

僕の子どもたちに
生きていくための誇りのために
見せてあげたいんだ。。。

本気で生きる姿勢と
政府や体制などを抜きにした自分のルーツに対する誇り、
ともすれば忘れてしまう大切なことを 彼は私に教えてくれた。  

 


2011/9/30

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


SIMEI 第24回国際ワイン醸造用・瓶詰機器見本市
http://www.simei.it

SIMEI(Salone Internazionale Macchine per Enologia e Imbottigliamento)は1年に1度、フランスのボルドーとミラノで交代に開かれる世界最大のワイン醸造設備と瓶詰機器関連の見本市。2011年は11月22日から26日までミラノ見本市会場で開催される。ENOVITIS第8回ブドウ栽培・オリーブ栽培機器国際展示会も同時併催。





2011/9/30
編集後記
イタリアで初めての買い物


ある土曜日の午後のこと。トリノ通りVia Torinoの先で用事があるため、ミラノのドゥオーモ広場近くから市電に乗った。目的地まで停留所は3駅か4駅。久しぶりにこの市電に乗ってはたと両側を見渡すと、FAST FASHION系の店舗がやたら目につく。ZARAやH&Mをはじめ、それをおう二番手、三番手のFFブランド。同時に目立つのがスニーカーやスポーツシューズ専門店で10店舗以上も並んでいる。以前はトリノ通りというと老舗っぽいお店もあったが、今や完全に様変わりしている。

ちょうど、街歩き用のスニーカーを買い替えなければと思っていた矢先なので、用事を済ませた後は、市電に乗らず、歩いてドゥオーモ広場まで戻ることにする。10軒もあるので適当な出物もありそうだ。最初の2-3軒はショーウインドから店内を眺めるとあまりにも沢山の種類が並んでいてわけがわからなくなりそうなので通りすぎる。 しばらくすると「どれも30ユーロ」と大きな張り紙をした仮店舗のような店があり、台の上に沢山の靴が山積みになっている。次の店も同様のたたずまいで「すべて29ユーロ」とある。好奇心はあったがどこから持ってきた商品なのか不安もある。 頻繁に履くスニーカーなので安物買いで足を痛めてもかえって損をしそうだ。 

もう少し歩いたところで、しっかりした店構えながらコンパクトな店があったので中に入ってみた。店内の三方の壁にスニーカー類が案配よく展示されている。どれもそれなりにセレクトした靴のようだ。しばらく物色したのち、よさそうな靴をみつけた。店の人があうサイズを持ってきてくれたので試着してみると履きやすい。価格は思っていた予算より少々高かったが、皮革製なのでこの程度は払わないと無理そうだ。99%これにしようと決めたところで、バックから眼鏡を出して、近くで靴を見て、はっとした。なんと、日本のメーカー製でブランド名も日本語で書いてある。「え?」。お店の人に「これって日本のメーカーなのね?知らなかったわ」というと、嬉しそうに「今、とても売れている品です。絶対おすすめです」という。

考えてみると、20年もイタリアに住んでいて、衣料品や靴などファッション関係の品で日本製を購入するのは初めての経験である。購入どころか、イタリアのお店で日本の洋服や靴、バック類を見かけること自体が初めてであることに気づいた。もちろん、スニーカーの場合、実際の生産はアジアや途上国で行われるのが今や前提なので、メードインジャパン製品ではないが、日本製品であることにはかわりない。
イタリアで一般の人が日常的に出会う日本製品といえば、自動車やバイク、TVやオーディオ、コピーやプリンターなどオフィス機器類が中心だ。そして化粧品の資生堂、それに最近はスーパーでも見かけるようになったヤクルト。一方、衣料品や服飾品といったファッションの世界では、日本はイタリアから輸入するだけで、日本からイタリア市場へ、それも一般ボリューム市場に本格的に進出したという話はあまり聞いたことはない。それを考えると、この厳しい競争の分野でああ頑張っているんだと、店員ならずとも、嬉しくなってきた。

レジでお金を払っていると、「このスニーカー、気に入ったら、また買いに来てください」という。 「気に入ったら、日本に帰国した際に買ってこようかしら」と冗談ぽくいうと、「いいえ、お客さん、イタリアは今、深刻な経済危機なのです。絶対ここで買ってくださいね」と半ば真剣な顔をしていう。 「そうね、また来るわね。でも、日本製だからきっと、すごーく長持ちしてしまうわよ」といって店を出た。

トリノ通りの10軒もあるスニーカーの店舗。その中で店内に入った1軒目で、最初に試着した靴が日本製品だった。なんだか不思議な縁を感じるこのスニーカー。この秋、街歩きが楽しくなりそうだ。


2011年9月30日
JIBO編集室
大島悦子 (Etsuko Oshima)


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