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2011/4/30

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ、91年よりミラノ在住。三井住友保険会社ミラノ支店勤務の一方で、日本、イタリア、フランス等各国で 異文化間マネージジメント、コミュニケーション、NLPセミナー・トレーニングを行っている(www.global-excell.com)。執筆は「ストレスは捨てられる」(中経出版)、「普段着のミラノ案内(晶文社)」をはじめ各種新聞雑誌コラム等多数。

 

2011/2/28

61. アラブ諸国の異変に思う

チュニジア、エジプトの旧政権崩壊から まだ戦いの続いているリビアまで、アラブ諸国の動きが世界中の注目を浴びている。 政権が崩壊していないそのほかの国々でも その動きは飛び火して、デモや衝突を生んでいる。

アラブ諸国とは石油をはじめ、経済的な関係で繋がっているとは言うものの、日常生活においてその地の人々とほとんど接する機会がない日本と違って イタリアにいると彼らは 日常のごく当たり前の風景の中にいる。

イタリア人にとって もっとも手ごろにいけるバカンス地は チュニジア、エジプト。
ローマからなら飛行機で1時間、パリに行くよりよっぽど近いチュニスやカルタゴは 私にとってもヨーロッパに住んで最初に行ったバカンスの土地。 いつもよく行くケバブ屋さんや角のピッツェリアのオーナーはエジプト人。 私の使っている銀行の最大株主はリビア政府。。。
毎日の生活の中で、アラブの人たちを見ることなしに一日たりともすごせないくらい、ミラノでは彼らの存在は日常化している。

これを機に民主化を願う声、イスラム勢力の拡大を懸念する声、さまざまな分析や思惑をよそに 居場所のなくなった大量の人たちの様子が 日々報道されている。
彼らに行くところ、そして帰るところはあるのだろうか。

この種の状況を耳にするたびに 思い出す友人がいる。
イラン人の友人、マホメッド。
パーレビ国王が追放されたイラン革命のときにヨーロッパへ命からがら逃れた人の一人。
国王に近かったエリートとして父親が捕らわれたときに、家族が彼を逃がしたという。

イタリアの外国人大学で 多くの留学生に混ざって身を潜めていた彼が ひょんなことで私のベルギー人の友達と恋に落ち、ベルギーに移ってから もう何年がたつのだろう。。。
今では3人の子供の父親となり、救急車の運転手として働く彼は イラン革命以後 一度もイランの地を踏んでいない。

イタリアの南の島には 毎日大量の難民が船でたどり着く。
チュニジア、エジプト、リビアから今後到着する難民の推定人数は なんと2,30万。
収容所の数は足りず 他の地へ送られていく多くの人へのインタビューをみながらマホメッドの面影が ダブって見える。

生き延びるだけで必死だった。
ベルギーにたどり着く前も、イタリア、フランスと仕事を求めて転々とした。 住む国の言葉と ルールを必死で学んだが、同時にイランに残してきた家族が心配で仕方がなかった日々。

日本のような平和な国にいると、そんなことが自分に起こることは想像さえできない。
そして同時に、そこまで必死で生きることも もしかしたらないのかもしれない。

数年前、マホメッドと再会したとき、彼が話してくれた夢を今でも忘れない。

僕は妻に救われた。
彼女に出会わなかったら、今の自分はいなかった。。。


いつか、いつの日か
今のイランの体制が変わって
僕がイランに戻れる日が来るとしたら、
今度は僕が彼女を幸せにしてあげたい。
そして イランの素晴らしさを

僕の子どもたちに
生きていくための誇りのために
見せてあげたいんだ。。。

本気で生きる姿勢と
政府や体制などを抜きにした自分のルーツに対する誇り、
ともすれば忘れてしまう大切なことを 彼は私に教えてくれた。  

 


2011/4/30

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


http://btobio.it/

BtoBIO expo は、ミラノ見本市会場で2011年5月8日から11日まで開催されるオーガニック製品の専門見本市で今回が初回。「オーガニック製品」の正式認証を受けた有機食品、化粧品、繊維製品など広範囲な製品が出展され、新しい販路開拓を狙うBtoBの催しであり、同時開催される食品産業見本市「TUTTOFOOD」と相乗効果をあげ、2015年の「Expo Milano 2015」開催につなげることを意図している。





2011/4/30
編集後記
イタリア中央銀行の「イタリア統一の通貨」展に思う


2011年3月17日イタリアは統一150周年を迎え、今年はイタリア各地で様々な式典や記念行事が開催されている。4月下旬、ローマで開催されているイタリア中央銀行主催の特別展「イタリア統一の通貨:リラからユーロへ(La Moneta dell'Italia Unita dalla lira all'euro)」を見学する機会に恵まれた。

150年前の1861年3月17日、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世がトリノでイタリア王国の成立を宣言し初代イタリア国王として即位し、トリノが統一後最初の首都となった。 翌1862年8月24日、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世は、貨幣制度の国家統一を制定する法律に署名を行った。「リラ」がイタリア通貨と定められ、それは2002年1月1日にユーロの導入が始まるまで続くこととなった。
とはいえ「イタリア統一」やそれに伴う「通貨の統合」は宣言や法律でできるものではない。歴史や成り立ちの異なる幾つもの国を一つの国に統一することがどれほど難しく複雑なプロセスであったかを、通貨の統一を通して描こうという企画である。リラへの統合、それをユーロへの統合プロセスとも対比させ、さらに、150年間のイタリア国民の生活の変化とも関連させつつ、子供にもわかるようマルチメディアも駆使しながら、社会における通貨のもつ意味も伝えていこうという主催者の意気込みが伝わる特別展であった。この間にイタリア中銀が果たしてきた役割の検証もかねた企画であることはいうまでもないだろう。

貨幣制度統合の最初の関門は通貨の統合の方法や手順である。
統一前のイタリアでは、大きく6つの通貨制度がありさらに各制度の中で多数の硬貨が使用されていたため、なんと、1861年の統一時には236種類もの硬貨がイタリア全土で流通していたという。たとえば、ミラノ、フィレンツエ、ローマ、ナポリ、それぞれの都市で使用硬貨が異なるばかりでなく、ミラノと近郊のコモでも硬貨が異なる。そのため、一つの商品の価値を別の硬貨に換算するのは面倒な作業で、さらに「国境」を超えるたびに「関税」を払う必要もあった。地域ごとの政治的思惑や計算もあり、リラに統一していく作業がどれほど複雑だったかは想像に難くない。

次の難問は、統一されたリラ通貨の「硬貨」や「貨幣」の製造技術を身につけることである。
統一当時、イタリア国民の78%は文盲で南イタリアに限ると文盲率は90%に及んだ。1872年におけるイタリア人の平均寿命は約30歳でヨーロッパでも最下位の国の一つだったという。「大いなる後進国」であり産業革命も経験していないため、イタリアは工業面での著しい遅れをカバーしなければならなかった。したがって偽造されないような精巧な紙幣を製造するのは大きな課題であった。イタリア中央銀行(当時はその前身)では俊英の技術者をヨーロッパ各地に送り最新技術に関する情報を収集させ、1868年には紙幣技術習得のため、4名の技術者からなるミッションがフランクフルトにある当時最先端の貨幣製造会社に派遣された。
実はそこで、イタリアと日本の興味深い出会いが出現する。研修を終えても4人のうちの一人はイタリアに帰国せず、1875年に日本に旅立ったのだ。日本政府から、紙幣の国産化指導者として大蔵省紙幣局に招聘されたエドワルド・キオッソーネだ。

以前から、キオッソーネの話は聞いており、彼が日本滞在中に収集した莫大な日本美術品コレクションで構成されるジェノヴァのキオッソーネ東洋美術館を訪れたこともある。ただ、日本政府が当時、専門家としてなぜ、わざわざイタリア人を招いたのか気にかかっていた。
今回の展示を見てよくわかったのは、1868年に明治維新を終えたばかり、あらゆる技術や制度を欧米から学ぶ必要のあった日本も、イタリアと同様、貨幣製造は重要課題でフランクフルトの同じ製造会社に日本の紙幣製作を当初は委嘱しており、そこで実務中のキオソーネの仕事ぶりをみて、三顧の礼と破格の条件で来日を要請したということだ。ドイツからの技術導入のために出向いた日本の専門家が、結局はドイツ人ではなく、イタリア人を連れてきたというのも予想外のことだったのだろう。が、もともと画家・版画家出身のキオッソーネ、それがドイツで技術面に磨きをかけた腕前、そして人柄が総合的に高く評価されたようだ。日本側の選択眼もなかなか見識があったといえよう。不思議な縁ながら、ともに近代化を目指す日本とイタリア間ということで、もしかしたら、共通の問題意識を互いに感じたのかもしれない。

ところで、今回の特別展を企画実施したイタリア中央銀行、時の政治勢力とは常に一定の距離を置く、自主独立型の機関とみなされており、市民を対象とした諸機関に関する信頼度調査(2011年1月)でも、「イタリア中央銀行」は4位で57%の値を記録している。なお、国民から信頼の厚かったユーロ導入時のチャンピ首相もイタリア中銀総裁をつとめている。
そして現総裁のマリオ・ドラーギ氏もイタリアでほぼ全政党から信頼を得ている傑出した人物である。 すでに4月26日付けロイタ―電で報道されているように、今秋任期が満了するトリシェ欧州中央銀行(ECB)総裁の後任としてドラーギ氏への支持をフランスのサルコジ大統領が表明しており、ドラーギ氏のECB総裁就任がほぼ、確実視されているようだ。
ヨーロッパの後進国、通貨統一でも他国に大きく遅れてスタートしたイタリアが150年後の今年、欧州中央銀行にイタリア人初の総裁を送れることになったとしたら、統一150年周年の何よりのプレゼントとなるに違いない。


2011年4月30日
JIBO編集室
大島悦子 (Etsuko Oshima)


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