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2010/7/31

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ、91年よりミラノ在住。三井住友保険会社ミラノ支店勤務の一方で、日本、イタリア、フランス等各国で 異文化間マネージジメント、コミュニケーション、NLPセミナー・トレーニングを行っている(www.global-excell.com)。執筆は「ストレスは捨てられる」(中経出版)、「普段着のミラノ案内(晶文社)」をはじめ各種新聞雑誌コラム等多数。

 

2010/6/30

59. ワールドカップに思う

南アフリカを舞台に世界32カ国から集まった代表チームの戦いが1ヶ月間繰り広げられるサッカーのワールドカップ。

ありとあらゆる国籍の人が入り混じって生活しているミラノではいつでもどの試合が行われているときでも 町のどこかで歓声と涙のドラマがある。
そして イタリアに住んでいる外国人は自国とイタリアの両方を応援する。

もし、という言葉はワールドカップで意味がないが、あえて使うなら、もし、イタリアが予選落ちしていなかったらイタリアVS日本の試合になっていた。
当然イタリアはベスト16、ベスト8と上位へ進出すると信じていたイタリア人たちはその時期、どっちを応援するの?と興味本位に私に質問したものだった。

ところがイタリアは予選落ちしてしまった。
4年前の優勝の記憶があまりにも強かったからか同じ感動を分かち合った選手たちを 4年の年月が過ぎているにもかかわらず多く率い、若手に場を譲れなかった、それが敗戦の一番の原因だといわれている。
政界然り、経済界然りイタリア社会が抱える問題の根源を浮き彫りにしたような出来事だった。

それにしても情けない!
各選手のプレーに点数をつけ、責任を突きつけ、非難をし続けるイタリアメディア。
当然と思っていただけに 怒りが激しいのは理解できるがあまり後味のいいものではない。

ところで日本チームは本当にがんばった。
イタリアとは正反対に、予選に残れないかもしれないというところから始まったからなのか人々の感動と興奮がどんどん過熱していくのが 遠いイタリアでも感じられた。

チームワークがよくても なかなか得点につながらなかった従来の日本のサッカーを打ち破ってくれた今回のワールドカップ。

そしてパラグアイ戦、0−0の後のPK戦
惜しくも敗れたその直後から数日間
Twitterやさまざまなメディアのメッセージを私はずっと追っていた。

感動をありがとう!
お疲れ様、ゆっくり休んでください。
あなたたちを誇りに思います。
日本人に生まれてよかった。

そんなメッセージを読みながら目頭が熱くなった。

イタリア人の友人が ぽろっとこぼした一言が忘れられない。
今、イタリアに必要なのは 日本のそういう心だと思う。。。。  

 


2010/7/31

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


イタリア登山クラブ  
http://www.cai.it/

イタリア登山クラブClub Alpinismo Italiano (C.A.I.)は、1863年にトリノで創立された登山家と山歩き愛好者のための協会。全国に500以上の拠点を持ち、本格的登山活動をはじめ、一般愛好家啓発活動、さらには遭難時の救急活動など幅広く展開している。





2010/7/31
編集後記
経営者の意思の力
ベルガモのクレスピ村と「キロメトロ・ロッソ」 !


7月初旬、在イタリア日本商工会議所主催のプンティ・ディ・インコントロに参加し、ロンバルディア州ベルガモの産業実情を視察する機会に恵まれた。

早朝に訪れたのは1995年にユネスコ世界遺産に登録され、傑出した産業遺産の事例として知られる「クレスピ村(Vilaggio Crespi d'Adda)」でミラノからベルガモ方向に東北へ約30キロ、アッダ川とブレンボ川が合流する地点にある。イタリアに産業革命の波が押し寄せる19世紀後半に豊富な水量を誇るアッダ川沿いには多くの産業施設が集積しイタリアの産業の中心となった。とはいえ急激な発達により劣悪な労働環境が多かった中、綿織物工業を経営するクリストフォロ・クレスピが1878年に労働者のユートピアを目指して創り上げた工業都市である。

まちの中心には全長約1キロの大通りが一直線に貫いている。通り沿いには教会、学校、コミュニティ施設、病院といった公共施設が並ぶ。大通りを境に川側が工場、山側が住宅地区となっている。住宅地域を散策すると現在も手入れの行き届いた庭付きの戸建て住宅が並び、穏やかな生活のリズムが伝わってくる。今日、村に住んでいる住民は大部分が当時の工場村の行員の子孫の家族という。

次に訪れたのは、自動車・二輪車用ディスク・ブレーキ製造の世界的メーカー、ブレンボBrembo社の研究開発センターである。ミラノからベルガモ行きの高速道路を走ると、途中「真っ赤な壁」の続く場所がありびっくりするが、これが「キロメトロ・ロッソKilometro Rosso(赤い1キロメートルの意味)」という名のサイエンス&テクノロジー・パークで2007年に開設された。この赤い壁の中に同社のセンターをはじめ、多数の企業、研究所、ハイテクセンターなどが集積されており、国際レベルでの技術開発の中心、異業種交流の基点として活動が進められている。

フランスの建築家ジャン・ヌーヴェルによる「真っ赤」を貴重カラーとした斬新なデザインの建物内で感心してキョロキョロしていると、思いがけないことを小耳にした。この「キロメトロ・ロッソ」の基本インフラや共通スペースは本プロジェクト主唱者であるブレンボ社のアルベルト・ボンバッセイ会長&CEO個人の出資で実現されたとのこと。一方、センター内の各建物は参加各社の負担で建てられている。

同社は1961年に現社長の亡父エミリオ・ボンバッセイ氏がブレンボ川流域にあるクルノという村で設立した整備工場からスタートした。その後数十年で世界の主要高級車やF1出場スポーツカーのディスク・ブレーキ市場で首位の座を獲得するまでに成長させたボンバッセイ氏の経営手腕もさることながら、同氏の同社および地域経済の将来に対する投資の規模と意思には驚かされた。

クレスピ村の1キロの大通り、「キロメトロ・ロッソ」の1キロの赤い壁。どちらも、ベルガモの地に流れる将来を見据えた強い意思を持つ経営者の世界に対する発信の証しにみえてきた。猛暑を忘れさせるさわやかな感銘を受けるベルガモ訪問となった。


2010年7月31日
JIBO編集室
大島悦子 (Etsuko Oshima)

8月はJIBO編集室も夏休みとさせていただきます。
次の定期更新は9月末です。
お元気でこの夏をお過ごしください。Buone Vacanze !


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