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2009/4/30

HOTなエスプレッソITALY WEB SITE編集BACK NUMBER

HOTなエスプレッソ 



田中ちひろ

京都生まれ、91年よりミラノ在住。三井住友保険会社ミラノ支店勤務の一方で、日本、イタリア、フランス等各国で 異文化間マネージジメント、コミュニケーション、NLPセミナー・トレーニングを行っている(www.global-excell.com)。執筆は「普段着のミラノ案内(晶文社)」をはじめ各種新聞雑誌コラム等多数。

 

2009/4/30

56. 「ドバイにて」

先日ドバイを訪れた。
アラブ首長国連邦、ペルシャ湾に突き出したアラビア半島の先にある小さいけれどとても豊かな国のなかの、これまた非常に豊かな町。
石油マネーで急成長を遂げ、今やシンガポール、香港に次ぐ世界第3の中継ぎ貿易地となった、この町は私にとって、長い間なぞに満ちた町だった。

年間7千万人が利用するというドバイ航空に早朝についた私は、まず税関で真っ黒なブルカ(アラブの女性の民族衣装)をまとった女性から通関検査を受けた。
通関の男性もまた、アラブの白いベールと白い長い服、そして頭には例の黒い輪をつけている。
「ああ、アラブの国に着いたのだ」、そんな当たり前のことにいまさらながら感動した。

ドバイは、やしの木の形をした人口島、パームアイランドとその豪華なリゾートマンション群、ヨットの形をした有名な7星ホテルや、世界一高いビル、最近では45度を超える灼熱の地にスキー場を創るなど、世界の注目を浴び続けている。
その豊かで超モダンなイメージと、目しか見せない女性たちや砂漠を行くらくだの姿、そしてモスクから聞こえる祈りの声といったイメージが、どうしても結びつかない。あまりにもギャップがある。
そんな私の疑問を覆すように、そこではすべてが、ごく普通に共存していた。

ところで、イタリア人がアラブの人、特にアラブの女性の話になると、非常に感情的になるのはどうしてなのだろう。
「カルチャー」に関するセミナーをいろんな国籍の人相手にする機会が多い私だが、黒いブルカはもちろん、アラブの男性の白い長い衣装とベールを見ただけで、警戒心を持ち、攻撃的になる人を今まで何人も見てきた。
今回の旅を一緒にしたイタリア人の友人もその一人だった。
彼女自身、これがはじめてのアラブの国の訪問だった。アラブ人の友人を持ったこともないという。つまり、本来なら「白紙」であるべき人が、知らないうちにこれほどまでの偏見を持っていたことに彼女自身が驚いた。

一般の日本人にとっては アラブの人々はまだまだ「遠い人」だろう。
イスラム教も、せいぜいTVでみるくらいのもので、ミラノのように、日常生活でその祈りに出くわすこともない。

それに対してイタリアは、中世以降、歴史的に何度も好ましくない接触をもち、また最近では、イタリアの労働市場を脅かす移民問題や、或いは極端なテロ報道がアラブの人たちのイメージをさらに悪くする。
つまり、「近くにいすぎる異質で、厄介な存在」ということが、いつの間にかみんなに刷り込まれているようだ。

「自分の目で見たわけでもない」、「本来なら未知でニュートラル」であるべきことが、知らない間に周りの人のこれまた無責任な感覚にゆがめられて、大きな偏見を生んでいる.....
私たちは、いったいどのくらいの偏見を持っているのだろう。
そしてまた、そのために「知る」チャンスや「出会い」のチャンスを逃しているのだろう。

3日間という短いたびの中で、できるだけいろんな日常の場へ出かけ、現地の人たちと話をし、人々を観察した。
スークの屋台で働く人たちやフィリピンやインドからの移民と世間話をしたり、アラブのビジネスマンはドバイの経済事情を延々と説明してくれた。

有名ブティックでカラフルな衣装を試着するブルカの女性、レストルームでブルカの下のかっこいいスーツを整える女性、真っ赤な口紅をベールの下につける女性。
家族連れや夫婦では子供の手を引き、面倒を見るのは男性のようだ。子煩悩の白い衣装のパパは、大きな荷物もすべて運び、さらに女性を守っている。初々しく手をつないで歩くカップル、若い女の子たちが、きれいなブティックの前でお気に入りを友達と比べあっている。高校生くらいの少年たちが、スターバックスの前でふざけあっている。民族衣装を身に着けて、男女は別々に行動しているが、そんなどこの国でも見るごく普通の光景に心が和んだ。

一緒に言ったイタリア人の友人の偏見が一つ一つほどけていく....

町で出会った人々が、老若男女を問わず口々にドバイを語ってくれた。
税金というものがほとんど存在しない。学校も病院もすべて無料。治安はよく、夜中に町を歩いても問題はない。町はごみも落ちていないし、清潔できれい。そして「ここはとってもいい国だ」と断言した。

世界のあちこちで起こる紛争や問題に、おそらく、宗教も民族も関係ないのだ。
人々は豊かであれば、違いを受け入れる余裕も持つのだ。
人口の80%が外国人というドバイで、人々が違う宗教、違う風習、違う民族と毎日ふつうに共存しているのが、その何よりの証拠だろう。

アフガニスタンやパキスタン、アフリカの各地、その他、紛争が続く土地はいまだたくさんある。
そこの治安に貢献するといって使われる軍事費のすべてが、もし、その土地を豊かにし、食べ物や教育や医療がすべての人に届くように使われれば.......そんな夢のような物語を思わずにいられなかった。

 


2009/4/30

ITALY WEB SITE 
英語で楽しめるイタリアの注目WEBサイトの紹介


Campionaria
ーイタリアン・クオリティのショーケース
http://www.lacampionaria.it/Home_en.html

ミラノ見本市会場(Fieramilanocity) で5月7日ー10日に開催される「イタリアン・クオリティ」の「ショーケース」を目指すユニークな見本市。地域密着型の食品産業からインターナショナルに活躍する大企業まで、質の高いイタリア企業を一同に紹介。2015年ミラノEXPOにつながる実験ラボラトリーの性格も持つ催し。今回はフィレンツエにあるドナテッロ作「ダビデ像」の特別展示も行われる。



2009/4/30
編集後記
画家ジョットとイタリア8州

4月12日のパスクア(復活祭)と翌日の「パスケッタ」(パスクア直後の月曜の祭日)の連休をローマの友人宅に滞在しさわやかなローマの春を楽しんだ。

中でも特別の収穫はローマの中心にあるヴィットリオ・エマヌエル2世記念堂で開催されている「ジョットと14世紀展」(Giotto e il Trecento)を見たことだ。

ジョットといえば、アッシジのサン・フランチェスコ大聖堂とパドヴァのスクロヴェー礼拝堂の壁画がよく知られている。どちらも何度か訪れているが、特に思い出に残るのは10年以上も前、ジョットの絵を是非見たいという日本からきた母と一緒にアッシジとパドヴァを訪ねた時のことだ。 

ジョットはフィレンツェ郊外の出身。1267生まれで 1337年に没しているので70歳まで生きた勘定になる。平面的・装飾的なビザンティン絵画の描写法から現実味ゆたかなルネサンス絵画への先鞭をつけたため、ヴァザーリによる「近代最初の画家」という評価をはじめ、生前から一貫して巨匠としての名声を保っている。
今回の特別展では彼自身の絵画傑作が20点以上集められているだけでなく、主な壁画はマルチメディアで展示され、彫刻家、建築家の側面も紹介されている。またジョットの生きた時代およびその後の時代にどのような影響を与えたかという点も深めている意欲的な催しだ。

さらに興味をひいたのは、「ジョットとイタリア各州」という特別展示だ。なんとジョットは生前、現代イタリアの8州にあたる地域で仕事をしているのだ。出身のフィレンツェのあるトスカーナやローマ、それにアッシジのあるウンブリア州、パドヴァのヴェネト州のほか、カンパーニア州(ナポリ)、エミリア・ロマーナ州(リミニ)、マルケ州、さらにはロンバルディア州(ミラノ)まで。
アッシジの「小鳥と語る聖フランチェスコ」などを見ていると、勝手にジョットを繊細で病弱そうなアーティストと思い込んでいたが、実際は、650年以上も前にイタリア各地をエネルギッシュに駆け回って仕事を展開していた人物のようだ。展示脇でジョットの生涯をテーマにした映画の一部を放映していたが、ナポリの宮廷にも頻繁に通い宮廷からの支払い記録が多数残っているとのことだ。長いマントをはおった、たくましそうな男性がお付一人を伴って馬に乗り勢いよく出発していくシーンが印象的であった。それと驚いたのは、70歳で死去する1年前の1336年、ジョット69歳の時にフィレンツェからミラノまで来ていることだ。時のミラノ公国領主アッゾーネ・ヴィスコンティのもとで仕事をしたようだ。

3日間のローマでの休暇を終え、昨年末に導入されたばかりの高速列車アルタヴェロチタで、ミラノまで戻った。実にノンストップで3時間半だ。途中フィレンツェ付近でふとジョットのミラノへの旅のことを考えた。69歳だからまさか乗馬でなく馬車で来たに違いないけれど、それにしても旅は楽でなかっただろうと。


2009年4月30日
JIBO編集室
大島悦子 (Etsuko Oshima)


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